自由惑星同盟が滅んだとき、同盟領は旧同盟領と呼ばれるようになった。その旧同盟領は、いまや新領土と呼ばれるようになっていた。
新領土総督ロイエンタール元帥がハイネセンの地を踏んだ時、彼に歓呼の声を注ぐのは彼の配下にある帝国軍軍人だけであった。
総督府に着任後、ロイエンタールは同盟政府が解決できなかった諸問題を次々とドラスティックに解決していった。このままロイエンタールが辣腕をふるい続けていたならば、元同盟の民衆たちは、この金銀妖瞳の美丈夫に歓呼の声を浴びせるようになっていたかも知れない。
だが、周知のように、そうはならなかったのである。
「ねえ、リョーさん」
「なんだ? テラインタール」
「八月の講和で、ヤン大統領のところとは三年間の不可侵協定を結んだじゃないか。……三年後には、どうなっちゃうの」
「……憎くもないヤツと殺しあわずにすむ素晴らしさをみんなが知れば、ああ、こりゃええわいってなって、不可侵協定は延長されるだろうな。ああ、退屈だった、さあ殺しあおうってなったなら……知るか。そんな人類なんざ、とっとと滅んじまえ」
「本気で言ってるのかい?」
「そんな羽目にならなきゃいいと、本気で思ってるよ」
戦艦カメアリーンの艦橋で、そんな会話をしていた角刈りの提督と丸顔の副官に、報告がもたらされた。皇帝ラインハルトが、ハイネセンへの行幸をおこなうというのである。
「……こいつは吉と出るか凶と出るか」
リョーツナッハは大きな目をすがめた。ロイエンタールが皇帝に叛意をいだいている、という噂はリョーツナッハもきいていたのである。この行幸が無事に終われば無責任な噂は雲散霧消するであろう。だが、何か事件がおこったなら、この噂は最悪な結末へむけて事態を後押しするかも知れない……。
事件はおこった。
ウルヴァシー事件。あらたな戦乱のにおいをひとびとに運んできた、それが事件の名だった。
ハイネセンにむかう途中、ガンダルヴァ星系の惑星ウルヴァシーにたちよった皇帝ラインハルトを何者かが害そうとしたのだ。
「何者か、だって? ロイエンタールの手の者以外に誰がいるというんだ!」
そういう声は、大きくはないが、とにかく数が多かった。
ラインハルトは総旗艦ブリュンヒルトでウルヴァシーを脱出した。ルッツ上級大将をはじめとした、多大な犠牲を払って。
ロイエンタール謀叛。非公式に銀河帝国をかけまわったその言葉を、ロイエンタールの沈黙が不吉に縁取った。新領土総督は、この件にかんして、なにも弁明しようとしなかったのである。
「皇帝ラインハルトがロイエンタール討伐の勅令をだすのは時間の問題だ」
そんなささやき声が帝国のあちこちから噴出した。
リョーツナッハ艦隊が惑星ハイネセンに急行したのは、そんなときであった。
「たったひとりで? だめだよ、危険すぎるよ、リョーさん!」
「こいつはな、単身でロイエンタール元帥と顔を合わせてないとつかえないんだ」
「だから、こいつってなんのことだよ?」
「それは言えん! 決して誰にも言えないんだ! こいつはワシの手札のなかでも特級の劇物だ。ワシがやろうとしていることが彼女たちにバレれば、ワシだってどうなるか」
「彼女たち?」
「とにかくな、こいつはワシひとりでやるしかないんだ。やらなきゃならんのだ。人の道を踏み外した外道と罵られてもな」
「どうしてそこまでして……」
「戦争を止めるためだからだ。死ななくてもいいやつらが殺しあうのをとめるためだからだ。そのために泥をかぶる覚悟はできている」
「リョーさん……」
「じゃあな。ちょっくら戦争を止めて来るぜ」
シャトルを自分で操縦して、単身、惑星ハイネセンへとリョーツナッハは降りたった。
「さすがはヴェスターラントの英雄だ。あの豪胆さは変わらず健在のようだな」
「いやあ、ロイエンタール元帥こそ、相変わらずおモテになるようで。この分だと『ロイたんとミッたんを見守り隊』のハイネセン支部ができるのも時間の問題ですな」
角刈りの提督を金銀妖瞳の美男子は総督府の執務室で出迎えたのだが、宇宙海賊と呼ばれた男は、さりげなく無形の爆弾を放り込んだ。しかもこれは、毒ガス兵器に類するしろものであったのである。
「…………なんだと?」
「え? あ、ハハーン、さては『ロイたんとミッたんを見守り隊』のハイネセン支部はとっくの昔にあるんですな? 何人の女性を泣かせたんですか、このこのお!」
「待て。待て。待て待て待て! なんだ、その『ロイたんとミッたんを見守り隊』とやらは?」
「なんだ、と言われても、同好の士が集まっての文芸サークルで……ああ、たまたまですが、彼女たちの会誌がここにあります。ご覧になりますか?」
そういってリョーツナッハが取り出した薄い文芸誌を、警戒心もあらわにロイエンタールは受け取った。ぱらぱらと流し読みする。ときおり、耽美な筆致のイラストがまじっている本を。
「待て。待て。待て。待て待て待て! なんだ、これは?」
「だから『ロイたんとミッたんを見守り隊』の会誌ですよ」
「おれがいっているのは内容のことだ! なんでおれがミッターマイヤーに接吻をせがまねばならんのだ!」
「それは彼女たちにきいてくださいよ。彼女たちが書いたんですから」
「どうやってきくんだ。こんなものを書くような女に知り合いなぞいないぞ!」
「なにをいってるんですか?」
心底ふしぎそうな表情をリョーツナッハはつくった。
「なんだ、なにがいいたい」
「閣下の恋人だった女性の多くは、『ロイたんとミッたんを見守り隊』のサークルメンバーになっていますよ」
「待て! 待て! 待て! どういうことだ!」
「彼女たちがおとなしく身を引いたのはどうしてだと思ってたんです? ロイエンタール元帥の、ミッターマイヤー元帥への純愛に心をうたれたからにきまってるじゃないですか」
「嘘だといえ! リョーツナッハ!」
この場にはベルゲングリューンとクナップシュタインの両名がいたのだが、すっかり蚊帳のそとに追いやられてしまっていた。両者とも、ロイエンタール閣下でも狼狽することってあるんだなあ……、という表情を浮かべるばかりである。
「ちなみにですね、『ミッたんとロイたんを見守り隊』というサークルもありまして」
「……なにがちがうんだ、とでもきいてほしいのか」
「こちらのサークルは、創始者と初代代表が誰なのか、誰も知らないんです」
「それがどうした。おれもべつに知りたいとは思わぬ」
「このまま閣下が皇帝に叛旗を翻したりするような事態になったときには、『ミッたんとロイたんを見守り隊』の創始者兼初代代表はオスカー・フォン・ロイエンタール元帥だったってことにされる手筈になっております」
「どういうことだ! それでなにがどうなるというのだ!」
「後世の歴史家に、オスカー・フォン・ロイエンタールは妻帯者のミッターマイヤーに横恋慕した挙句に、自分を討たせるように仕向けて無理心中を図ったことにされます」
カクン。
そんな音が聞こえてきそうな動作で、ロイエンタールは膝から崩れ落ちた。
「ちなみに、この件に関してミッターマイヤー元帥からのビデオメールがこのスティックメモリの中に!」
「ひい!」
ロイエンタール閣下でも、悲鳴をあげるってことがあるんだなあ……という顔を、二人の大将がするなか、角刈りの中将はからからとわらった。
「なんてね。ミッマイヤー元帥にはこの件について一切お知らせしてませんよ。別にうらみがあるわけじゃなし」
「……まるで、おれにはうらみがあるかのような口ぶりだな」
「うらまれる覚えがないとでも?」
「なんのうらみがあるというのだ!」
「このままでは内乱がおきます。やらなくてもいい戦争で、死ななくてもいい男たちが何百万人も死にます。それに、親兄弟や友人が、敵味方にわかれて殺しあいます。ロイエンタール閣下。あなたにしか止められない戦争で、あなたが止めようとしない戦争で。これで恨み骨髄にならないとでも?」
剣呑な三白眼の眼光を浴びて、ロイエンタールはきまり悪げに視線をはずした。
「……だが……しかし……」
「なにやらお疲れのようですな。こんなときは、コレ! じゃん!」
リョーツナッハはワインのマグナムボトルをデスクの上においた。ロイエンタールの知らない銘柄だった。安酒であろう。
「とてもそんな気にはなれん……」
「では、『ミッたんとロイたんを見守り隊』の会誌朗読会にしますか。おお、なんてことでしょう、こっちの新刊もここに!」
「飲もう! 素面でいるのがつらくなってきた!」