酒宴がはじまった。
瓶が空になるたび、リョーツナッハは新しい瓶を取り出してきた。つまみはハムとチーズである。
「小官はあ、今回の件でえ、ロイエンタール閣下があ、どんなことになるとしてもお、どこまでもお、お供する所存でえ、ありますん」
よほどに心労が重なっていたのか、真っ先に酔いが回ったのはベルゲングリューンであった。
「ははは、そうはいっても閣下を閑職や予備役で遊ばせとく余裕は帝国にはないでしょうな。そんなことをしたら……」
「どうなると?」
ちびちびとワインをなめていたクナップシュタインが先をうながす。
「まずはミッターマイヤー元帥とフロイライン・マリーンドルフが心労で倒れます。次はメックリンガー上級大将とケスラー上級大将があぶない。そこまでいくと、ミュラー上級大将もどうなるか」
「その場合、オーベルシュタインはどうなるのだ?」
多分に酒精を含んだ呼気とともに、毒気のある声でロイエンタールが問いかけてきたが、リョーツナッハはあっけらかんとこたえた。
「心労で倒れる軍務尚書どのですか。想像もつきませんな」
満座は爆笑した。
翌日の昼前。二日酔いに痛む頭をさすりながら、ロイエンタールはきいた。
「……リョーツナッハはどうした」
「今朝がた、お帰りになりました」
「……なにをしにきたのだ、あの男」
ロイエンタールは毒づいたが、翌々日にふたたび総督府にあらわれたリョーツナッハを見てふたたび毒づいた。
「なにをしにきたのだ、この男」
実はフェザーンからハイネセンへ向かう道すがら、リョーツナッハは別働隊を惑星ウルヴァシーへと派遣していたのだ。その調査結果を別動隊から受け取ったリョーツナッハはハイネセンを再訪したのである。
「……では、ウルヴァシー事件の黒幕は地球教団残党か!」
ロイエンタールがあげた声は、驚愕よりも納得の響きをより多く含んでいた。
皇帝弑逆の実行犯たちの、非合理的、というより不条理といってもよい行動にロイエンタールは怪訝なおもいを抱いていたのである。不可解で当たり前だった。行動原理が自分と根底から異なるのだから。
「さすがはロイエンタール元帥です。軽々に動かず、状況の把握につとめられた。地球教団が糸をひいているとわからずに動けば、そこをつけこまれていたでしょう」
リョーツナッハの陽気な声に、喜色もあらわな満面の笑顔で呼応したのはベルゲングリューンである。
「そ、その通りです! そして、事件の背後にかくれている輩の顔がわかった以上、大本営と連絡を密にし、この事件の解明と解決をはかるべきです!」
「小官もベルゲングリューンと意見を同じくします。まずは、皇帝陛下への通信文をだすべきかと」
ロイエンタールはしばらく沈黙をまもっていたが、ふいに角刈りの提督の顔に視線をやった。……こいつ、これで俺が折れねば次はどんな切り札をだしてくるやら……。
「……。卿らの言う通りだな。まずは、戦死したルッツの弔意文をおれの名前でだしておいてくれ」
「は、ただちに!」
「ところで確認しておきたいことがあるのですが」
歓喜と安堵があふれ出るような表情と動作で駆け出しかけたベルゲングリューンの足を、リョーツナッハの声が急停止させた。
「まだなにか気になることがあるのか」
「部下の報告だと、我が艦隊が惑星ウルヴァシーを調査する前に何者かによって調査がなされた痕跡があったそうです。ロイエンタール閣下には何か心当たりがおありでしょうか」
「ああ、それならグリルパルツァーだろう」
「グリルパルツァーでも暴けなかった黒幕をつきとめたのだ、さすがリョーツナッハ提督の部下は優秀ですな」
「いや、ベルゲングリューン大将、それがですな、部下によると地球教徒の痕跡はいくらでもそこらに転がっていたというんです」
「まさか、そんなはずは」
「でなければ、こんなにはやく証拠をもってここにもどってこれませんよ」
「だとすると、考えられるのは……」
やがて。
「あ」
あるひとつの仮説に至ったことを示す声が、ほぼ同時に複数の口からあがった。
かくして。
「グリルパルツァーのバカはどこだ! でてこいグリパ!」
戦斧を振りかざしたベルゲングリューンがグリルパルツァー旗艦艦橋に殴りこむに至ったのである。
ロイエンタールが情報を攪乱する者を排除し、事件の黒幕を把握することに成功した旨を伝える通信がフェザーンに届けられたのは、ラインハルトがフェザーン回廊に到着したのと、時をほぼ同じくした。
ロイエンタールがフェザーンに赴き、皇帝ラインハルトの御前にひざまずいたころ。
ヨブ・トリューニヒトは自分の人生に、望まぬ中断を強いられようとしていた。総督府の近所の階段で足をすべらせ、手すりの角で頭部を強打したのである。延髄と頸椎に深刻なダメージを受け、舌先も動かせぬが意識だけはあるという状態におちいっていた。
後日に判明することであるが、トリューニヒトという保身と寄生の権化は、銀河帝国を自分の望む方向への立憲君主国家に変質させ、銀河帝国の首相の座を得ようとしていたのである。
合法的な手段でも、非合法な手段でも、この妖怪じみた男を斃すことはついに成しえなかった。無造作に捨てられたバナナの皮だけが、それを成し遂げたのである。
トリューニヒトの死体が通行人に発見されたときには、ロイエンタールの謝罪と釈明は皇帝ラインハルトにうけいられていた……。
「リョーさん、また朝食をそれだけで済ませているのかい?」
「ハイネセンで安売りしてたからって、買いすぎたな。まだ残ってるんだよ」
カメアリーン艦橋で、バナナの皮を剥いてはパクつくリョーツナッハに、呆れを含んだ視線をおくった。
「その辺にバナナの皮を捨てたりしないでよ」
「そんなことはせんよ。……あ」
「なんだよ、心当たりがあるのかい?」
「このあいだ総督府から帰るときに、バナナを食いながら町を歩いていたんだがな、あのとき腹をすかした子供に分けてやったんだよ。あの子たち、皮はちゃんとゴミ箱に捨てたかな」
首を傾げるリョーツナッハだったが、その疑問はすぐに忘却のかなたに去ってしまったのであった。内国安全保障局長ラングが、フェザーン代理総督ボルテックに冤罪を着せた罪で逮捕されたというニュースが入ってきたのだ。