「いや、めでたい!」
リョーツナッハは大音声を鳴り響かせた。
「めでたいな、めでたいな、あ、めでたいなったらめでたいな! あ、乾杯!」
ワイン樽を担ぎながらスキップする。
「皇帝ばんざい! 陛下に乾杯! 皇妃ばんざい! 殿下に乾杯! 皇帝ご夫妻に乾杯だあ! イヤッホウ!」
ボックスのステップを踏みながら器用に杯をかさねる。
「皇太子殿下に乾杯! 皇女殿下に乾杯!」
ステップは阿波踊りに変化した。むろん、ワイン樽とワイングラスは手放さない。
「よよよい、よよよい、よよよい、よい、はーめで……」
ガコン!
「いいかげんにしてよ、リョーさん!」
「……っつー、ビールサーバーで殴るな! せめてジョッキだろ!」
「ジョッキならいいんだ……」
ここは戦艦カメアリーンの艦橋である。そこでバカ騒ぎを繰り広げているのはリョーツナッハひとりだけであった。ほかの艦橋勤務員は、遠巻きに見ているだけである。
「ちくしょう! なんで今年の新年も戦艦で迎えなきゃならないんだ」
角刈りの提督は嘆いたが、それでも控え目に新年を祝おうとしたのである。だが、大本営の中庭で行われた新年祝いでヒルダが皇妃にむかえられることが公表され、瞬く間に帝国全土にも知れ渡ると、このお祭り男は湧き上がってくる衝動をこらえることができなかったのだ。
「試作式典戦艦があればなあ。なんで、計画だけで終わっちゃったんだ」
「リョーさんみたいなひとがムチャな使い方をするのが目に見えてるからじゃないかな」
「そんなの、やってみなけりゃわからないだろう」
「実際にやられてからじゃ手遅れなんだよ」
「ああ。こんなことなら、リップシュタット戦役のときに、大貴族の戦艦をひとつふたつちょろまかしとけばよかった。アイツらの戦艦は、パーティ会場完備だったってきくぜ。まあ、今更そんなことをいっても、あとのカーニバル……」
「そんなことをいうひとがいるから式典戦艦の建造が見送られたんだと思うよ」
「ええい、こうなったら陛下の結婚式にはぜったいでてやるぞ!」
「そもそも招待状がくるのかな……」
ラインハルトの結婚式に関連して、リョーツナッハ艦隊に重要な任務があたえられた。
キルヒアイスとアンネローゼをオーディンからフェザーンまで送り届けよ、と命ぜられたのである。命じたのはラインハルトであり、この任務に失敗したとき、どういうことになるか、誰にも予想できなかった。
「お二人に毛ひとすじほどのの傷がついただけで、陛下が大魔神になるぞ」
などとリョーツナッハはいったものだが、特撮映画黎明期の作品など何も見たことがないテラインタールは首をかしげるよりほかになかった。
警戒の対象としてはまず第一に地球教団残党があげられた。ヤン・ウェンリー暗殺未遂、皇帝ラインハルト弑逆未遂。かの狂信者たちは銀河を混沌に突き落とすために存在しているとしか思えなかった。
地球教団が大艦隊を率いてやってくるわけがなかったので、リョーツナッハは自分の艦隊を五つに分けて、どの艦隊にキルヒアイスとアンネローゼがいるかわからないようにした。
さらに、民間の客船を貸し切りにして、その護衛にベルゲングリューン艦隊についてもらった。挙句の果てに、バルバロッサも動かした。ここまでやっておいて、実際に御両人をフェザーンに送り届けたのは、ビッテンフェルト艦隊であった。
「お気遣いありがとうございます」
車椅子のキルヒアイスは、人好きのする笑顔で礼をいったものだが、リョーツナッハにしてみれば、用心のしすぎということはなかったのである。
ラインハルトの結婚式にキルヒアイスとアンネローゼが出席できるようにするために、リョーツナッハは努力を惜しまなかったのだが、結局、リョーツナッハ自身はラインハルトの結婚式に出席できなかった。
新領土の流通が滞りがちになり、そのフォローに宇宙海賊と呼ばれた男は忙殺されたのである。
「ちくしょう! なんて世の中だ。正義も何もあったもんじゃない……」
「他人の結婚式でタダ酒のむのがリョーさんの正義なの……」
ラインハルトとヒルダの結婚式当日、シャンプール星域でリョーツナッハは悲嘆にくれたが、丸顔の副官はそれに同調しなかった。
「ハイネセンあたりで二次会やってくんねえかな。会費は帝国もちで……。しかし、どうも妙だな。流通がごたついているのは、何者かの妨害のせいなのは確かなんだが、やり口が地球教団残党っぽくないぞ。もっとこう、経済活動に精通した……たとえば、フェザーン商人みたいな……」
「でも、フェザーンが占領されたばかりの頃ならともかく、いまさらフェザーン商人が陛下の治世を乱そうとするかな?」
「そうなんだよな。ラインハルト陛下は賄賂や汚職にきびしいし、法だの税だの裁判だのも公平だから、むしろ今のほうが健全な商売をやりやすくなってるんだ」
「健全じゃない商人が犯人ってことかい?」
「にしては、やり口が巧みだ。健全な商売ができない輩にできることとは思えん。うーむ、こんなことをしそうなヤツか。どこかにいたような気がするなあ。こう、喉まで出かかっているんだが……」
頭をひねるリョーツナッハのもとに、報せが届いた。凶報であった。
惑星ハイネセンで暴動が起きたのである。しかも、同時多発したのだ。これは偶然であろうか。
「こいつにも誰かさんの操る糸が張られているとしたら、とんだ野暮天だ。陛下の結婚式をさける気遣いもできないんだからな。陛下の結婚式を狙って暴動を起こさせたのなら、陰険、陰湿、陰気の大三元だな。フリテンしてしまえ」
などと、角刈りの提督は悪態をつくのだった。
暴動は武力で鎮圧できる。事実、ハイネセンに駐留しているワーレンの手によって、暴動のほとんどは速やかに鎮圧されていった。
だが、人心を暴力で安定させようとするのは愚者のおこないである。堅実にして賢明なワーレンは、むろんそれを熟知していた。ハイネセンの物資不足を帝国軍の軍需物資の一部放出によってやわらげ、人心の安定をはかった。
「人間、腹が減ってると怒りっぽくなるからな。さすがワーレン上級大将だ。ツボを押さえた対応をする」
リョーツナッハは賞賛を惜しまなかったが、不審の声もあげた。ワーレンに対してではない。フェザーンの航路局に対してである。
「なあ、テラインタール。航路局に問い合わせてた件だが、返事はきたか?」
「まだだよ、リョーさん。おかしいな。今までこんなことはなかったのに……」
「二月に入ったあたりからだよな」
「うん。急にこうなったんだ」
異変の原因は間もなく明らかになった。航路局の航路データがバックアップごと消去されていたのである。
「やばいぞ、銀河の経済がマヒを起こしちまう!」
さすがのリョーツナッハも狼狽したが、事件は致命傷に至らずにすんだ。
オーベルシュタインの指示により、軍務省が独立したバックアップを先年末にとっていたのである。
この事件により、得るものもあった。実行犯の逮捕、尋問により、黒幕の名が判明したのである。
実行犯を使嗾した者の名はアドリアン・ルビンスキー。フェザーン自治領の最後の自治領主である。
「こりゃあ、フェザーンの黒狐のヤツめ、再起を図って地下に潜ったはいいが、出てくるタイミングを見失ったんだな」
リョーツナッハはテラインタールに皮肉っぽく語った。
代理総督ボルテックが失脚したときにでも歴史の表舞台に颯爽と登場するつもりだったのかもしれないが、そのときにはフェザーンは遷都によって帝国の新たな首都となることが決定していた。フェザーンの領民は、皇帝ラインハルトのもと、帝国臣民としての新たなアイデンティティを獲得していたのである。
「ルビンスキーに出番が回ってくるとしたら、フェザーンが昔を懐かしんだあげくに、陛下を追い出してフェザーン自治領を復活させようって気運が高まったときだったんだ」
「でも実際には、昔を懐かしむひとよりも未来に期待しているひとのほうが圧倒的に多くなっちゃったよね」
「そりゃそうさ。陛下の治世のもとのほうが、よっぽど商売がやりやすいからな。未来に夢をもてる。現実を見ずに懐古主義をゴリ押しして無惨に失敗したのが銀河帝国正統政府だが、ルビンスキーはアレの二の舞にすらなれずに不発弾になっちまった」
「かといって、陛下の治世の足をひっぱったって、どうなるもんでもないだろうに……」
「今更のこのこと出てきて、『お待たせしました。わたしがフェザーン自治領を復活させてあげましょう』なんていっても無視されるのがオチ。かといって陰謀で陛下の治世を混乱させても、民衆の敵と見做されるだけ。もう、ヤケになってんじゃねえのか」
「ルビンスキーは、どうすればよかったのかな」
「というか、ルビンスキーはどうなりたかったのやら。いつのまにやら、陰謀をめぐらすこと自体が目的になってたんじゃねえのか。幸せな家庭をきずいて、それをまもって、いつくしむことを目的にすることだってできたろうにな」
「幸せな家庭かあ……。あ、そうだ、そろそろマトイーゼさんは臨月じゃないの?」
「そーなんだよなーっ! 新領土のゴタゴタが片付かないと、いつまでたってもオーディンに帰れないぞ。出産に立ち会えなかったらどうしてくれるんだ、あの野郎!」
再び幸せな家庭をきずく幸運を得た角刈りの提督は、ついに幸せな家庭をきずけなかった男に向けて、怒声をあげるのだった。