混乱と窮乏にあえぐハイネセンをはじめとした新領土の人々は、イゼルローンとエル・ファシルを版図とする自由共和連邦のたすけを期待した。ヤン・ウェンリー大統領のたすけを期待した、といってもよいかも知れない。
「期待するほうの気持ちもわからないでもないんだけどね……」
ヤン・ウェンリーはため息をつく。
「こっちも余裕があるわけじゃないんですよね。リョーツナッハ提督に相談してみましょうか」
紅茶を淹れながらユリアンが応じる。
新国家の建国というやつは、国の名前や国旗や国歌だのを決めればすむわけではない。
法の整備、行政機構の再構築、軍備の増強、……。やらねばならぬことは山積している。
当然ながら、そのなかには外交の充実もふくまれている。
「そういえば、ロイエンタール上級大将の着任はいつだったっけ……」
「まだ、正式な日程は決まってませんけど、準備はすすんでますよ」
ウルヴァシー事件の責任をとるかたちで新領土総督の任をとかれ、降格されたオスカー・フォン・ロイエンタールは、首席駐在武官としてエル・ファシルに赴くことになっていた。
左遷されたのだ、と見るむきもあるが、いまや銀河帝国唯一となった最前線の司令官に着任した、という解釈もなりたつのだ。
ヤンとしては、ロイエンタールにはいずれ銀河帝国駐自由共和連邦大使という地位をつくりあげてほしいところだった。そうなれば、自由共和連邦は銀河帝国と対等の国家であるという既成事実をまたひとつ積み重ねることになる……。
「リョーさん、ヤン大統領から通信が入っているよ。……ヤン大統領でいいのかな。ヤン提督? ヤン司令官? どの呼び方があっているんだろう」
「そのへんをどうするかを自由共和連邦で決めているんだろうよ。とりあえずワシはヤン大統領と呼ぶがな」
「どうしてだい?」
「ヨッ、大統領!ってヤジが言いやすくなる。……どれどれ……通信の内容は、新領土の混乱と、その対応についてか。けっこうなことだ。自由共和連邦との連携がとれれば、そのぶんオーディンに帰れる日も近くなるってもんだぜ」
カメアリーン艦橋で、角刈りの提督は気を吐くのだった。
ロイエンタール上級大将は、いずれロイエンタール元帥となって、大本営に呼び戻されるだろう、と予測する者は帝国軍において圧倒的な主流派をなしていた。
ミッターマイヤー元帥にとっては、それは予測というより願望であった。
「はやくかえってこい、ロイエンタール」
単純化すれば、それで事足りる通信をミッターマイヤーはいくつも送っていた。
ミッターマイヤーには懸念がある。皇帝ラインハルトの健康であった。この若く美しい皇帝は、しばしば発熱し、病臥するようになっていたのである。
ロイエンタールが中央にもどってくれば、ラインハルトの負担は大幅に軽減され、それは健康面にも反映されるはずであった。
「はやくかえってこい、ロイエンタール。おれには、おまえが必要なのだ……」
ひとり酒杯を傾けながら、ミッたんとロイたんを見守り隊が耳にしたら大興奮しそうな言葉をつぶやくミッターマイヤーであった。
様々なひとの様々な思惑が銀河のあちこちで複雑に絡み合ってる中、多くの人々を驚かせる人事が公表された。
火種がくすぶり続け、ときには発火すらおこしているハイネセンに、軍務尚書オーベルシュタイン元帥が皇帝の全権代理として派遣されたのである。
「消火活動に氷を放り込むのが有効とは限らんぞ。水蒸気爆発をおこして火がとびちることだってあるんだからな」
ガンダルヴァ星系にて、リョーツナッハはは不機嫌にぼやいた。
不機嫌なのには理由があった。
この角刈りの提督は、ついに息子が出産されるのに立ち会えなかったのである。
ハイネセンに降りたった軍務尚書オーベルシュタイン元帥は、きわめて高圧的に、強権的に動き出した。まず、同盟政府において高官だった人々を連行し、収容してしまった。しかも、収容先では暴動がおき、多数の死傷者が出た。地下に潜伏したアドリアン・ルビンスキーを発見、逮捕したりもしたが、それでハイネセン市民の反感が薄まるわけもない。
火種の周りに薪の山が積み上げられていくような状況のなか、ついに皇帝ラインハルトはハイネセンに向かうことを決意した。
発熱を繰り返しながらもハイネセンに到着したラインハルトは政治犯の解放を布告し、ハイネセン市民の反感と緊張は霧散した。
「典型的なマッチポンプじゃねえか。ハイネセンの連中もチョロすぎんだろ!」
そう毒づくリョーツナッハの機嫌は依然として悪い。生まれたばかりの息子に、未だに会えていないからである。
ハイネセンに銀河の耳目が集まっていたが、今度はフェザーンで事件が起こった。
仮の皇宮である柊館が地球教団残党の襲撃を受けたのである。当時、柊館には出産を控えたヒルダと、そしてそれを見舞いにきていたアンネローゼがいた。
憲兵総監ケスラー上級大将の陣頭指揮のもと、帝国軍は地球教徒を撃退し、皇帝の妃と姉君を救出した。
この騒動が終焉すると、すぐに次の事件が発生した。ヒルダの陣痛が始まったのである。
健康な男子が出産され、帝国に歓喜と祝福の声が満ちた。
吉事のあとには、凶事の足音が忍び寄ってきた。
皇帝ラインハルトが発熱し、病臥した。そして、回復の兆しすら見えなかったのである。
訃報がおとずれた。ラインハルトのものではない。逮捕され、入院していたアドリアン・ルビンスキーのものである。ルビンスキーは自身の頭蓋骨のなかに爆弾の遠隔爆破スイッチを埋め込んでいた。爆弾は旧自由惑星同盟評議会ビルの地下深くに設置されていた。
ルビンスキーの死とともにスイッチは作動した。爆発がもたらしたものは、大地震に似ていた。市街のあちこちで建物の倒壊や火災が発生した。フェザーンの不発弾がハイネセンで爆発しやがった、と評したのはリョーツナッハである。
病臥したままのラインハルトを救出したのはビッテンフェルトであった。
ラインハルトは総旗艦ブリュンヒルトに搭乗して、ハイネセンを去った。
向かう先はフェザーン。
そこで、彼にとってかけがえのない大切なひとたちが待っているのだ。
皇帝ラインハルトの崩御が近いのは、もはや明らかだった。
帝国軍の諸将の多くが、フェザーンへ向かった。
「な、たのむ、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんだ。ちょこっとだけオーディンに寄るだけだ。な、ひとめだけでいい。息子にあわせてくれ」
「だめだよ、リョーさん。これに遅参したら、いくらなんでもまずいって!」
「ちくしょー! ワシに息子を抱っこさせろ!」
そのなかには、旗艦カメアリーン率いるリョーツナッハ艦隊の姿もあった……。