こちら銀河英雄伝説   作:亀頭十三

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第3話

 オーディンに凱旋したラインハルトは、その武勲によって元帥に叙され、元帥府を開いた。

「スゲーな、二〇歳で帝国元帥かよ」

 他人事のように感嘆していたリョーツナッハであったが、間もなく他人事ではなくなってしまった。なんと、ラインハルトの元帥府にリョーツナッハが登用されたのである。階級も大佐から准将に昇進し、小規模ながら輸送艦隊をひとつ任されることになった。高速輸送艦二〇隻、高速補給艦五〇隻から成り、これに旗艦である新型輸送戦艦カメアリーンが加わる。

「すごいよ、リョーさん! 大出世じゃないか!」

 副官のテラインタールは無邪気に喜びを表情と声に出した。

「ついにオレも新造艦の艦長か。いままで中古のロートル艦ばかりだったからな、やっぱりテンションがあがるぜ」

 旗艦カメアリーンの初代艦長に就任したホンダースもご満悦である。

 リョーツナッハ艦隊は規模こそささやかなもの、ある特権が与えられていた。ラインハルトからの指示が無いときは、帝国領内の自由な航行が認められているのである。

「なんでワシがこんなに目をかけられているんだ? ほかの誰かとまちがえているんじゃないのか?」

 リョーツナッハは訝しんだが、もともと遠慮とは縁遠い男である。

「せっかくだ。人違いだった、と取り上げられる前に存分に使いたおすとするか」

 あっさりと開き直った。

 

 ……やがて、ラインハルトのもとに、いくつもの苦情が届くようになった。

 曰く、リョーツナッハ艦隊が辺境星域を回って、それぞれの荘園惑星の特産品を買い上げ、運んで回って売りさばいている。

 曰く、利ざやをとるどころか、運搬費すらも値段に計上しないという原価売りをし、売上は生産者にそのまま素通りしている状態である。

 曰く、このままでは領主と結託していた商人たちの既得権益が侵害されてしまう。

 曰く、リョーツナッハ提督に文句を言っても、これは訓練の一環である、と言い張って取り合ってくれない。

 なんとかしてほしい、という身をよじるような業者たちの懇願を、ラインハルトは笑い飛ばした。

「流通が活性化して結構なことではないか。それとも、お前たちは流通が滞らないと自分たちに都合が悪いとでも言うつもりか」

 ローエングラム伯は経済がわからぬ、とひとしきり憤慨したあと、彼らは副官のキルヒアイスを頼った。相談を受けた赤毛の若き少将は優しく微笑んで言った。

「あなたたちの話を聞いていると、まるで、今まで通りに暴利をむさぼれないので困っている、と言っているようにしか思えないのですが……」

 畜生、やさしそうな顔して根性がねじ曲がってやがる、とひとしきり憤慨したあと、彼らの一人が絡み手に出た。少なからぬ額の賄賂でキルヒアイスを買収しようとしたのである。やった当人は気の利いたことをしたつもりであったろうが、即座に贈賄罪で逮捕され、厳格に裁かれてしまった。

「銀河帝国に贈賄罪なんてものがあるだなんて、俺は聞いてないぞ! 賄賂を送って何が悪い! 賄賂も送れないやつが悪いんだろうが!」

 余罪が次々と暴かれ、最終的には死刑になった彼の捨て台詞がそれであったという。

 リョーツナッハ艦隊は悪徳商人たちによる有形無形の妨害をかいくぐって宇宙の星々を駆け巡った。

 宇宙海賊リョーツナッハの呼び名が広まりだしたのは、この頃であったと考えられる。むろん、この場合の海賊とは、自由を謳歌する義賊的人物のことである。

 

「宇宙海賊キャプテン・リョーツナッハ、まかり通るぞ!」

「畜生、好き勝手しやがって!」

「待ってました、リョーツナッハ! いいぞ、いいぞ、リョーツナッハ!」

 角刈りの宇宙海賊は悪徳商人を嘆かせ、農奴たちに歓声をあげさせていたが、やがてひとつの急報が帝国をかけめぐった。

 イゼルローンの陥落である。

 

「ねえ、リョーさん。イゼルローン要塞が陥ちたってことは、同盟領へ侵攻しなくてよくなった、ってことかな」

 旗艦カメアリーンの艦橋にて、副官がリョーツナッハにそう問いかけたことがある。

「同盟領まで乗り込まずにはすむだろうな。だが、代わりにイゼルローン要塞を陥とさなきゃならなくなっちまった。今度はワシらが雷神のハンマーで吹き飛ばされる番、て訳さ。……近いうちにローエングラム伯に勅命が下るだろうよ。イゼルローン要塞を奪還しろ、とね。そんときゃワシらもお供せにゃならん」

「ぞっとしない話だなあ。その予想、外れる余地はないのかい?」

「同盟軍が帝国領に侵攻してきてくれればイゼルローン要塞を直接あいてにせずとも済むんだが、望み薄だな。今の同盟は守りを固めて国力の回復に専念できるボーナスタイムの真っ最中だ。こいつを手放すバカがいるとは思えん」

「……まいったなあ。きくんじゃなかったよ」

「そう言うな。希望だってあるんだ。例えば、帝国と同盟のあいだで和平条約が結ばれる、とかな」

「そうか、そうなれば戦争そのものをせずに済むんだ!」

テラインタールの声が弾んだ。

「うまくいけば何十年かは戦争と無縁でいられる」

「でも、そうなったら俺たちはどうなるの?」

「そいつはわからんが……。まあ、やれるとこまで宇宙海賊キャプテン・リョーツナッハをやるだけよ。ワシらが失業するってんなら、それはそれでめでたいことさ」

 

「……なんて会話をしたこともあったっけなあ」

 イゼルローン要塞陥落直後のころのことを思い出して、リョーツナッハは遠い目をした。

 リョーツナッハ艦隊が今いるのは、イゼルローン回廊周辺にある、とある星系である。

 率いる輸送艦には食料が満載されている。このあたりの有人惑星から根こそぎ徴発したばかりの食料が。

「ちょっとリョーさん、真面目にやってよ」

「やってられっかよ、こんなん」

副官の叱咤もどこ吹く風である。

「しょうがないじゃないか、ローエングラム伯の命令なんだから」

「しょうがないで済むかよ。ワシがやりたかった宇宙海賊はこんなんじゃない。農民や鉱夫から食料を無理やり取り上げるなんて、宇宙海賊キャプテン・リョーツナッハのすることじゃねえ……」

「リョーさんってば!」

「あーもー。なんで同盟軍が帝国に攻め込んでくるのよ。バカじゃねーの。なに考えてんの。なんでおとなしくできねーの」

「まだ攻め込んできてないよ。攻め込んでくる前に物資を引き上げないといけないんじゃないか」

「よせやい、焦土戦術なんて今どき流行らないぜ」

 リョーツナッハはすっかりやる気を失ってしまっていた。今にも床に寝転がって駄々をこねそうである。

「じゃあ、イゼルローン要塞攻略戦のほうがよかったってのかい?」

「そっちもやーなの、やーなの」

「歳いくつだよ、リョーさん」

「心はいつも一八歳……」

「だめだこりゃ」

 

 なにをとち狂ったのか、同盟軍が大軍勢で帝国に侵攻しようとしている。

 それを聞いたとき、リョーツナッハは反応に困った。イゼルローン要塞を直接あいてにせずに済んだとよろこぶべきか、でかい戦争がはじまると憂えるべきか。どっちにしたって戦争じゃねえか、ばかばかしい、と自己解決したリョーツナッハにもたらされた命令は、イゼルローン回廊近辺星域からの物資徴発であった。飢えた民衆を同盟軍の枷にし、その兵站を締め上げようというのだ。

 勤労意欲を刺激しないことはなはだしい任務をぼやいたり拗ねたりしながらも、なんとかこなしたリョーツナッハは、そのあとしばらく怠惰の化身と化した。

「一杯どお? 少しぐらいなら良いんじゃないかな」

「やけ酒とふて寝酒は趣味じゃねえよ」

 見かねたテラインタールが励まそうとしたが、取り付くしまがない。

「同盟軍が撤退したら、食料を満載して届けに行こうよ」

「そんなの、いつになるかわかんねえじゃねえか。侵攻してきた同盟軍が窮乏するまで何十日かかると思ってるんだ。バカぞろいの同盟軍だって兵站体制は整えてるだろうし、輸送艦隊だって持ってるだろうしよ。…………まてよ?」

「リョーさん?」

 不穏な空気を感じ取ったテラインタールが声をかけたが、すでに上官の耳には届いてないようであった。

「……そうだよな。同盟軍だって兵站には輸送艦隊を使うしかないんだ。だったら……」

 ときおり独り言ちながら考え事に没頭するリョーツナッハであったが、やがてリクライニングモードになっていた指揮官席から飛び起きた。軽やかに床に降り立ったリョーツナッハの表情は、悪だくみの算段がついたいたずら小僧のそれであった。

「まずはキルヒアイス中将に話をつけておくか」

 ふてぶてしくまなざしを光らせて、リョーツナッハは動き出した。

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