こちら銀河英雄伝説   作:亀頭十三

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第4話

 イゼルローンから前線へ向けて同盟軍の輸送艦隊が航行していた。その宙域は同盟軍の占領地であるのだが、キルヒアイスが率いる大艦隊はミサイル攻撃を放つ寸前まで、同盟軍輸送艦隊に察知されることはなかった。

「占領地の哨戒すら、ろくにやっていないとは。同盟軍の窮乏は予想以上のようです」

 赤毛の若き中将の声には同情の響きすら含まれていたが、その攻撃は苛烈であり、容赦なかった。一〇〇隻の輸送船の周囲に陣取っていた二六隻の護衛艦をまたたくまに完全破壊すると、キルヒアイスは残った輸送艦隊を包囲しながら降伏勧告を行った。

「停船はしていますが、降伏するか悩んでいる様子ですね」

「なら、手筈通り、小官の出番ですな」

 キルヒアイスの傍らで陽気な声をあげた者がいる。リョーツナッハであった。

「ですが、追い詰められたものは何をするかわかりません。くれぐれを気を付けるように」

「ご忠告、感謝します」

 敬礼を切ると、豪胆なのか無神経なのか判断をつけがたい足取りで、宇宙海賊とあだ名される男は艦橋を出ていき、シャトルに乗り込んで同盟軍輸送艦隊へと飛んで行った。

「だいじょうぶだろうか……」

キルヒアイスが気をもむ時間は、だが、拍子抜けするほどに短かった。

「話がつきました。食料物資は輸送艦ごと引き渡すと言っています。シャトルでの全員退艦、イゼルローンまでの安全が交換条件です」

 あっけらかんとした声が通信で届けられたとき、リョーツナッハの乗ったシャトルが輸送艦に着艦したときにキルヒアイスが注文したコーヒーはまだ湯気をたてていたのである。

「ははは、気のいい連中でしたよ。食料は腹ペコの民衆に必ず届ける、軍需物資にはしない、と約束したら二つ返事でした」

「そ、そうですか。それはよかった」

思わず渇いた笑顔になってしまったキルヒアイスが口をはさむ間もなく、退艦の手順は進められていく。

 やがて、キルヒアイス麾下の戦艦三隻に先導されてシャトルの大軍がイゼルローンへ向けて出立した。途中で同盟軍と遭遇したときはシャトルを引き渡して帰ってくることになっている。

「さあ、野郎ども! 訓練の成果を見せるときだぞ!」

リョーツナッハの怒号を合図に、帝国軍のシャトルがわらわらと同盟軍輸送艦へと群がった。それらに乗り込んでいたリョーツナッハ艦隊の精鋭たちが輸送艦へと乗り移る。そして、手に入れたばかりと思えぬ手慣れた様子で同盟軍輸送艦を動かし始め、キルヒアイス艦隊に随行していたリョーツナッハ艦隊に加わってゆく。

 彼らはこのひと月半ほどの期間、以前に拿捕した同盟軍補給艦を借りて操船訓練にいそしんできたのである。

 このとき、既にラインハルト率いる帝国軍は全面攻勢に転じている。次々と解放されてゆく被占領地を巡って、リョーツナッハは住民に食料を供与していった。

「やれやれ、もう腹がへったと泣いている子はいないな」

 ようやくリョーツナッハがひと息ついたとき、アムリッツァ星域では帝国軍が同盟軍に歴史的大勝利をおさめていた……。

 

「陰謀の季節が来そうだな。あー、やだやだ。辛気臭い」

 旗艦カメアリーンの艦橋にて、リョーツナッハは渋面でぼやいた。

 アムリッツァからオーディンに凱旋したラインハルトたちを迎えたのは、街中にひるがえる弔旗と、皇帝崩御の報せであった。先帝となったフリードリヒ四世は後継者をさだめようとせず、さだめぬままに死んだ。そのため、次の皇帝の座になんぴとが着くのかをめぐっての宮廷闘争が勃発するのは確実視されていた。いや、すでにそれは始まっているとみるべきであろう。

「リョーさん、そろそろ着陸態勢に入るよ」

 副官に声をかけられて、リョーツナッハはモニターに映った荘園惑星を見やった。岩山と砂漠に覆われた、潤いというものから縁遠い星。

「惑星ヴェスターラントか。ここには初めて来るな。水資源さえどうにかできればかなりの伸びしろが期待できそうだ。今のところは他の惑星でとれた水産物を運んでくるので精一杯だけどな」

 

 水面下の戦いというものは、それがみなもに浮かび上がってきたとき、大抵は勝敗が決しているものである。

 今回も例外ではなかった。三人の次期皇帝候補者の、より正確に言えば三人の次期皇帝候補者の背後にいる者たちの戦いの表面化は、エルウィン・ヨーゼフ二世の即位公表というかたちでなされたのである。

 新皇帝の背後にいるのはリヒテンラーデ公、そしてローエングラム候であった。

「なあ、リョーさん。これで俺たちは時代の勝者の側に立った、ってことになるのかな」

おずおずと訊いてきたテラインタールに、リョーツナッハは苦々し気にこたえたものである。

「そう考えるのは気が早いだろうな。陰謀に負けた連中がおとなしく引き下がると思えねえよ。陰謀の次は内乱が待っていそうだぞ」

 リョーツナッハとしては別に予言をしたつもりはなかったが、それから間もなく、陰謀に負けた連中が門閥貴族を巻き込んで、まず火種をつくった。彼らは結託し、リップシュタット貴族連合と称される軍事組織を誕生させたのである。貴族連合の盟主ブラウンシュヴァイク公の部下の暴走を切っ掛けとしてラインハルト陣営との対立が表面化し、ラインハルト陣営は軍務省と統帥本部を占拠し、貴族連合はオーディンを脱出してガイエスブルク要塞を本拠として武力蜂起の姿勢を明らかにした。さらにはラインハルトが軍事独裁権を手にし、ブラウンシュヴァイク公をはじめとする「賊軍」討伐の勅命を「出させた」ことで、内乱という名の武力衝突は避けえぬものとなった。

 

 リョーツナッハ艦隊はラインハルト麾下の輸送艦隊であるが、機動力重視の艦隊編成といい、帝国領内の自由な航行を認めていた件といい、どうやらラインハルトはリョーツナッハがなにをするか面白がっていたきらいがある。悪徳商人に目の仇にされ、宇宙海賊リョーツナッハなどとあだ名されるような事態になっても、どうもかえってよろこんでいたふしさえある。

 だが、この情勢にいたってはリョーツナッハ艦隊を好きにさせておく余裕はなく、緻密な航行スケジュールのもと、兵站の一端を担わせていた。

 これに対してリョーツナッハは普段の野放図なふるまいとは裏腹に精励してこたえ、ラインハルトも信頼を抱きつつあった。

「リョーツナッハ提督! 宇宙海賊リョーツナッハ提督! お願いだ、私のふるさとを、ヴェスターラントを救ってくれ!」

 ガイエスブルクからの脱走兵がリョーツナッハ艦隊に駈け込んできたのはそんな日々のなかのことだった。

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