ブラウンシュヴァイク公の領地ヴェスターラントの代官が、圧制に耐えかねて暴動を起こした領民に殺された。殺された代官はブラウンシュヴァイク公の甥にあたるシャイド男爵であった。
「甥を殺されたブラウンシュヴァイク公は怒りくるい、ヴェスターラントに核攻撃をくわえようとしている、か」
「ちょっと信じられないはなしだよね」
テラインタールが困惑の声をもらした。無理もない。あまりにも常軌を逸したはなしである。
「本当なんだ! 信じてくれ! 俺は見たんだ! 戦艦に積み込まれる熱核爆弾を! 小惑星の爆破工事に駆り出されたことがあるからわかる! あれは核弾頭だ! お願いだ、俺の帰りを待っている女房と生まれたばかりの息子をたすけてくれ! もしもこれが嘘だったなら、この目をくりぬいて舌を切りとってくれてかまわない、お願いだ!」
ガイエスブルクからの脱走兵は悲愴な思いをこめてさけんだ。
真顔でそれをみていたリョーツナッハであったが、やがて副官に向き直った。
「テラインタール、星間航路図を出してくれ」
「! 了解!」
ディスプレイをにらんだまま、宇宙海賊とよばれた男は脱走兵にきいた。
「核攻撃艦隊の編成は?」
「え? ええと、正確なところはわからないけど、見た感じ、戦艦が30隻を下回ることはないはずだ」
「核攻撃艦隊はいつ頃に出発する?」
「俺が脱走したときはまだガイエスブルクに係留されてたけど、たぶんもう出港していると思う」
「ふむ……。カメアリーンと、高速輸送艦だけを連れていく」
これは、補給艦と、同盟軍から拿捕してそのまま借りパクしている輸送艦は置いていく、ということだ。
「リョ、リョーツナッハ提督……」
脱走兵の、その声には涙がまじっていた。
「野郎ども! ハラァくくれ! 目的地は惑星ヴェスターラント! 全力でいくぞ!」
「了解だぜ、ダンナ! ぶっとばすぜ、舌ァかむなよ!」
カメアリーン艦長ホンダースが覇気にあふれた笑顔で応じる。
「超光速通信の用意を! ローエングラム候に緊急通信だ! ……ああ、それからな」
「ローエングラム候。リョーツナッハ少将より緊急通信が入っております」
ブリュンヒルトの司令官室にて、総参謀長オーベルシュタインの報告を、どこか精彩を欠く表情でラインハルトは受け取った。
「……なにごとだ?」
「どうやら、ヴェスターラントの件をどこからか嗅ぎつけたようです。熱核攻撃阻止の艦隊の派遣を要請しています」
思わずラインハルトは安堵の表情を浮かべた。それに冷酷な視線を向けたオーベルシュタインは冷たく言い放った。
「この要請は黙殺するべきです」
「なんだと」
「この血迷った攻撃をあえて阻止せず、実行させることで、やつらに大儀はなく、我らにこそ大儀があることをしめす。先日、それに同意をいただけたものと思っていましたが」
「だが、黙殺しきれるものでもないだろう」
ラインハルトは反論する。もしかしたら、自分はまだ引き返せるかもしれない。その思いが彼の玲瓏な声を止めさせなかった。
だが、義眼の総参謀長は冷然と言い放つ。
「後日、これが問題になったなら、小官がこの緊急通信を握りつぶしたことにすればよろしい」
これがオーベルシュタインという男の恐ろしさだった。彼のマキャベリズムは、自分自身を供物とすることさえ躊躇しないのだ。
「閣下。覇道を征く者には、ときとして清濁を併せ呑む度量が必要かと存じます」
義眼に異様な光をたたえながら、オーベルシュタインはラインハルトに決断をせまった。
「だが……」
のぞきこんではならぬ深淵へ引きずり込まれようとしているような感覚をおぼえながら、ラインハルトがあえいでいると、艦橋からの通信が入ってきた。すがるようにしてコンソールを操作する。
「ローエングラム候、帝国放送が緊急帝国全土放送を流しています。至急、ご確認を!」
ただならぬ様子に、星間放送をディスプレイに映し出した。
左右でつながった太い眉毛の角刈り男が必死に声を張り上げていた。
「ヴェスターラントに告ぐ! ブラウンシュヴァイク公がとち狂った! 熱核攻撃をくわえようとしている! すぐに逃げろ! 逃げられないなら地下室とかに隠れろ! 核兵器の直撃を避けろ! こちら宇宙海賊リョーツナッハ! 繰り返す! ヴェスターラントに告ぐ! 今すぐ逃げろ!」
「………………」
ラインハルトは絶句した。
「………………」
オーベルシュタインも絶句した。
ディスプレイではリョーツナッハが、なおもがなりたてていた。
「そもそもな、ブラウンシュヴァイクさんちのオットーちゃん? 聞こえてるか? もしもーし? てめえ、なにを考えてんだ? 生まれて初めてかもしんねえが、ちょっとばかり脊髄じゃなくって脳みそを使ってみろや。一秒もかからずわかんだろ? アカンことやってるってよ! これが貴様らの正義だってのかよ、二重アゴのとっちゃんボーヤ!」
「………………」
ラインハルトはさらに絶句した。
「………………」
オーベルシュタインもさらに絶句した。
「だいたいガイエの貴族どもはなにやってんだ。止めろよ! 止めろや! それとも、てめえらも巻き髪ブルドックの共犯者か? 何百万人焼き殺しても、苦しいのはボクチンじゃないもーん、とかタワゴトぬかすクチか? 知ってっか? てめえらの頭にはなあ、悪趣味なヅラをのせる以外の使い道があるんだぜ? 強けりゃ弱いやつになにしてもいいってわけじゃねえってことを理解するって使い道がよ! きこえてるか? 残念キノコ! 貧弱ワカメ! てめえらのことだよ!」
リョーツナッハの罵詈雑言は続き、ラインハルトとオーベルシュタインの絶句も続いた。
しばらくして、ようやくラインハルトは口をひらいた。
「これを黙殺しろと? ……無理ではないか?」
「…………………」
オーベルシュタインの絶句は、まだ続いていた。
「……まずは、すぐに艦隊を動かせる態勢にあった俺が派遣されることになった。あとからミッターマイヤーも増援に来る予定だ。卿にヴェスターラントで会えるのを楽しみにしているぞ」
「お待ち申し上げております」
カメアリーンの艦橋にて、ビッテンフェルト中将からの通信にリョーツナッハは笑顔でこたえた。
「……なんで、帝国放送にコネがあるんだよ。ときどき変な人脈を発揮するよな、リョーさんは……」
通信が終了すると、テラインタールはちからなくぼやいた。
「まあ、昔いろいろとな」
リョーツナッハは適当にはぐらかしながら、ディスプレイとにらめっこする。
ラインハルトに核攻撃阻止の艦隊を要請し、ヴェスターラントの民衆に避難を呼びかけ、ブラウンシュヴァイク公をはじめとしたリップシュタット連合の貴族たちをけん制し、できれば核攻撃撤回をうながす。あと、やり残したことはないだろうか。ほかにもできることはないだろうか。
そしてなにより。
核攻撃の阻止は間に合うのだろうか……。