リョーツナッハ艦隊は間に合った。
ブラウンシュヴァイク公の核攻撃が実行されるまでに惑星ヴェスターラントに到着することには。
だが。
「……やめろ、やめるんだ! おまえら、自分が何をやろうとしているのかわかっているのか! 罪もない女子供まで生きたまま焼き殺そうとしているんだぞ!」
リョーツナッハは懸命に通信で呼びかけた。
このときのリョーツナッハ艦隊の編成は、旗艦である輸送戦艦カメアリーン、そして高速輸送艦一七隻である。このとき三隻の脱落を出していた。武装が無いわけではないが、戦艦五〇隻からなる核攻撃艦隊に比べれば豆鉄砲も同然である。
武力行使による核攻撃阻止を行うには絶望的な戦力差であった。
そして、ビッテンフェルト艦隊は、いまだヴェスターラントに到着していなかった。
ブラウンシュヴァイク公の核攻撃艦隊はリョーツナッハ艦隊を無視して、惑星ヴェスターラントの周囲に散開した。水資源に乏しいヴェスターラントでは、人の生活圏は散在するオアシス周辺に限られる。そのオアシスの遥か上空に、核兵器を搭載した戦艦は陣取った。
「ヴェスターラントの各オアシス付近にはカメラが設置してある! ふざけた真似をしたら、てめえらの悪行は帝国全土に生中継されるぞ! ボクチンは非力な農夫や鉱夫を虐殺してエクスタシーする性癖持ちでーす、あっはーん、うっふーん、ほーら見てごらんって全国ネットで宣伝する気か!」
リョーツナッハが絶叫する、この品性に欠ける通信も帝国全土に生中継されている。こうなれば、あとは舌先三寸しか武器は残っていなかった。
この「口撃」は効果があった。
ほとんどの戦艦でためらいが発生した。もしかしたら、今にも攻撃中止命令がブラウンシュヴァイク公から下されるかもしれない…。
ためらわなかった戦艦もあった。核攻撃艦隊の旗艦ポンパドールである。
一条の光が、オアシスのひとつに向けておちていった……。
まず、閃光がオアシスとその周辺の農場をつつんだ。そして衝撃波と爆風が一帯を圧する。すさまじい勢いでふくれあがるキノコ雲のしたでは、地上が灼かれ、地上のあらゆるものが吹き飛ばされた。
リョーツナッハは必死に避難を呼びかけていたが、それがどれほどの効果をもたらしていたのか。そんな疑問すらいだかせる光景を、リョーツナッハははカメアリーン艦橋で凝視していた。
しばらくの間、リョーツナッハは無言であった。彼の大きな目は、腫れぼったいまぶたによって剣呑な三白眼をかたちづくっていた。
「へー。そーなんだ」
宇宙海賊とよばれた男の喉の奥から平坦な声がひびいた。
「な、なんだ、その言いぐさは……」
ガイエスブルクから脱走してきた男がリョーツナッハにつめよろうとするのを、テラインタールが羽交い絞めにしてとめた。
「今のリョーさんを刺激しないで!」
テラインタールは知っている。今の「へー。そーなんだ」は、「そうか、そうか、そうなんだな。おまえらは手段をえらぶ義理ってもんが通用しない相手なんだな」という意味なのだ。
テラインタールは知っている。こうなったリョーツナッハを止めようとすると、余計にひどいことになるのだ。
「なにをやっている! 二発目、三発目はどうした! はやく撃たんか! ほかの艦も、なにを愚図愚図している! 軍法会議にかけられたいか!」
核攻撃艦隊の旗艦ポンパドールでは艦隊司令官アッカンハイムが怒鳴り声をあげていた。
今の彼の頭のなかには、手柄をあげてガイエスブルクに凱旋することしかない。
彼にとって、二百万の民衆を虐殺することは手柄でしかないのである。
アッカンハイムとはそういう男であった。
「こちらに向かってくる艦があります!」
オペレーターが報告した。それはリョーツナッハ艦隊旗艦カメアリーンであった。
主砲を斉射しながら肉迫してくるが、所詮は補給戦艦の武装である。その攻撃は旗艦級戦艦の防護フィールドをつらぬけるようなものでは到底なかった。
「なんのつもりだ。リョーツナッハとやらは頭がおかしいのか」
嘲りを込めたつぶやきを吐き棄てた次の瞬間、旗艦ポンパドールは衝撃に大きく揺れた。
「な、なにごとだ!」
「強襲揚陸艦です! 強襲揚陸艦が体当たりしてきました!」
「ばかもの! なぜ接近に気付かなかった!」
「敵艦カメアリーンの斉射の真っただ中に紛れ込みながら突入してきた模様です!」
アッカンハイムは思わずよろめいた。
「……リョーツナッハとやらは頭がおかしいのか……」
今度は戦慄を込めて、アッカンハイムはつぶやいた。
艦橋に通信が入った。揚陸艦が衝突してきた区画からである。オペレーターが通信をとると、ディスプレイには左右でつながった太い眉毛と黒々とした角刈りの、装甲服を着込んだ男が映し出された。
男は慇懃無礼に言った。
「あー、もしもし。そちら、艦橋かね。艦長、いや、司令官かな? ちょいとばかり伝えといてくれるかな」
角刈りはそこでいったん言葉を切ったので、オペレーターは耳をすました。
「今から、そっちに行くってな!」
いきなり爆音といってもいいような怒鳴り声が轟き、ディスプレイいっぱいのゲンコツが映ったかと思うと、唐突に通信が切れた。どうやら、向こう側の通信機が破壊されたらしい。
「リョーさん。なんだい、今のは?」
「こういうときの様式美だよ」
副官の質問に、リョーツナッハは壁の通信機にめりこんだゲンコツを引き抜きながらこたえた。
「……初耳だよ、そんなの」
「まあ、出典は西暦二十世紀のアニメ作品だからな」
「どこから見つけてくるんだよ、そういうの」
「それより、中継のほうは大丈夫か? こいつを帝国中に流しつづけてれば、ブラウンシュヴァイク公が攻撃中止命令を出す気になるかもしれねえ。すくなくとも、増援を出すのをけん制するぐらいの効果はあるはずだ」
「ああ。多少ノイズは入るかも知れないけど、全国生放送は継続中だよ」
その言葉にリョーツナッハはうなずくと、右手に解体工事用ハンマーを、左手に特大サイズのバールを担いだ。
「野郎ども! グダグダやってるヒマはねえ! 目指すは艦橋だ! いくぞ!」
「な、なぜだ! 乗り込んできたのは百人にも満たぬはずだ! それが、殲滅どころかとめることもできぬなど、あってたまるか!」
アッカンハイムからは余裕という名のメッキが完全にはげ落ちてしまっていた。
「侵入者の先頭がとてつもない勢いで進んでいます!」
「やむを得ぬ、重火器の使用を許可する!」
「センサーにゼッフル粒子反応多数! 引火すれば、撃沈しかねません!」
「リョーツナッハとやらは悪魔か!」
アッカンハイムの声は、もはや悲鳴に近かった。
それを背後にききながら、オペレーターたちがささやきを交わす。
「すげえ戦いぶりだ」
「オフレッサーの怨霊でも憑りついてるんじゃないのか」
「そこお! 無駄口をたたくな!」
実のある指示を出せなくなったことをごまかそうとするかのように、アッカンハイムは叱責の声をはりあげるのだった。
やがて、歓迎されぬ物騒な客人たちの一団は艦橋出入口ゲートのひとつにまで迫った。
「敵はゲートのロックをハッキングで解除しようと試みているようです!」
「ならぬ、ならぬぞ! なんとしても阻止するのだ!」
艦橋にいた者たちのほとんどが、そのゲートの前に陣取っていた。このゲートが破られるようなことになれば、即座に迎撃しなければならない。
ドガン!
そのゲートとちょうど反対側に位置するゲートが、交通事故じみた音を轟かせた。
ドゴン! ガゴン!
思わず乗組員たちが顔を見合わせるあいだにも、ゲートはなにか、大きくて重くて硬いもの、そう、例えば解体用大型ハンマーのようなもので叩かれ、ひしゃげてゆく。
ゲートは閉じたままだが、ゆがんで隙間が拡がっていく。
その隙間から、何かがいくつも、立て続けに艦橋に投げ入れられた。
「ゼッフル粒子発生装置と催涙弾だ!」
誰かが叫んだが、その時には二種類の危険な気体が、艦橋内への急速な拡散を開始していた。
ふくれあがってゆく煙幕に艦橋の誰もが気をとられているあいだに、ゲートの隙間に特大サイズのバールの先端がつっこまれた。
メキ、ミシ、ギギギギギ。
そしてゲートがこじ開けられていく。装甲服を着込んだ密度の高そうな体躯が、そこから艦橋のなかにねじこまれてきた。
「ひ、ひいいい、ゲボボッ」
涙と鼻水と涎で自分の顔面をグシャグシャにしながら、アッカンハイムは催涙ガスから逃れようと床にうつぶせになったが、その襟を掴んで引き起こした者がいる。
涙と鼻水ににじむ視界にまず飛び込んできたのは、装甲服のヘルメットバイザー越しの、左右でつながった太い眉毛、そのしたで腫れぼったいまぶたによって形づくられた剣呑な三白眼だった。小さな瞳から放たれる、煮えたぎるような凍えるような眼光がアッカンハイムを射すくめた。
「よう、はじめまして。会いたかったぜ!」
言うなり、アッカンハイムの鼻梁を殴りくだき、自分の顔面を汚す液体に大量の鼻血が追加された男を床の上にのたうちまわらせた。
痛みと困惑が相乗効果で増幅され、猛火に囲まれた幼児のような心境におちいったアッカンハイムの襟元を、リョーツナッハは遠慮のない動作で掴み、ふたたび引き起こした。
「さっそくだが、攻撃中止命令をだしな」
静かな口調だったが、それは煮えたぎる溶岩が音もなくせまってくるさまに似ていた……。