核ミサイルを撃ちこまれたオアシスには、三万人ちかい住民がいた。
リョーツナッハの避難勧告によって命をすくわれた者はおおぜいいたが、それでも二四四三人の犠牲者が出た、と記録にはある。
そのなかに、とある農家の娘がいた。村落の村長が所有していたラジオを経由して、避難を呼びかける声がようやく村中に広まると、彼女は一緒に避難しようとする父親の手を振りほどいて外にかけだしていった。彼女のまだ幼い弟と、その親友が遊びにでかけたまま、まだもどっていなかったのだ。
……彼女が見つかったのは、家から離れた、小川だったはずの場所ちかくだった。弟と、その親友を抱きしめたまま炭化した遺体を発見し、三人ごと抱きかかえた者がいる。
惑星ヴェスターラントに降下し、船外活動服を着込んで救助活動にあたっていたリョーツナッハであった。
「正義派諸侯軍を自称する者どもに告ぐ。この光景が見えているか。この声が届いているか。答えろ! これが貴様らの正義か!」
慟哭にも似たその叫びは、映像とともに帝国全土に流された。
その映像をキルヒアイス上級大将が目の当たりにしたのは、辺境制圧の途上にある旗艦バルバロッサの艦橋でのことだった。
傍らにひかえていたベルゲングリューンは憤激のまなざしをモニターから上官の横顔にうつし、そして思わず息をのんだ。
端正な顔立ちにいつも宿っていた温厚さと思慮深さがいずこかへ去ってしまい、かわりにはげしい憤怒と悲嘆が渦を巻いていたのである。キルヒアイスのこのような表情を、ベルゲングリューンは見たことがなかった。
このとき、キルヒアイスはある光景を幻視していた。
隣家の美しい姉弟とともにいるのがあたりまえだった、あの懐かしい日々。
十歳のキルヒアイスはラインハルトと共に公園を駆け回っている。
やがて、自分たちを呼ぶ声が聞こえてくる。
「姉上だ!」
笑顔を輝かせたラインハルトが、公園の入口にあらわれた十五歳のアンネローゼにかけより、自分もそれにつづく。
「ラインハルト! ジーク! ああ、よかった、さがしたのよ。さあ、はやく逃げましょう!」
逃げる? いったいなにごとだろう。ふたりは訝しんで顔を見合わせた。
そのとき、三人のはるか頭上で閃光がはじけた。
熱い、と思う間もなく肌が灼け、焦げ、泡立った。
アンネローゼが二人の上に覆いかぶさる。だが、身体が灼け、煮えたぎってゆくのはとまらない。
「ごめんなさい……」
アンネローゼのかすれ声がきこえる。
どうしてアンネローゼさまが謝るのですか。
謝らねばならないのは、お二人をまもれなかった自分のほうなのに。
自分をだきしめてくれているアンネローゼの腕から力がぬけてゆく。
となりのラインハルトの呼吸が小さくなってゆく。
だれだ、だれだ、だれだ! 二人の命を奪ったのは。
許さない! 許さない! 許さない!
何百光年もの距離を隔てて、キルヒアイスと同様の光景を幻視した者がいる。
それはブリュンヒルト艦橋の指揮官席に座っていたラインハルトであった。
無意識のうちにラインハルトは立ち上がり、ふらつき、指揮卓に手をつこうとして失敗し、ぶざまに尻もちをついた。周囲の者が、それに非難がましい目を向けることはなかった。床に胃液を吐く者が続出している状況である。むしろ人間味をラインハルトに感じる者もいるぐらいであった。
かけよってきた士官にささえられて立ち上がったラインハルトを、後悔が苛んだ。
これは避けられたはずの悲劇だった。
ブラウンシュヴァイク公のヴェスターラント核攻撃を察知したときに、即座に艦隊を派遣していれば、こんなことにはならなかったのだ。それを、自分の覇権を補強するために、民衆が虐殺されるのを黙認したのだ。
あの三人は俺たちだ。奪われてはならぬものを奪われた俺たちなのだ。
自分は、奪われてはならぬものを奪ったやつらを否定し、奪われてはならぬものをとりかえすために戦ってきた。
それが、いつのまにか自分こそが奪う側の人間になってしまった! それも、取り返しのつかないかたちで!
ブラウンシュヴァイク公のヴェスターラント核攻撃を阻止する任務を与えられた黒色槍騎兵艦隊は、手持ちの高速戦艦だけを率いて即座に出航した。
「ブラウンシュヴァイク公の核攻撃艦隊は多くて百隻ときく! ならば五十隻だ。脱落する艦がどれだけでたとしても、のこったのが五十隻もあれば十分だ。無力な民衆を虐殺するような腐れものなど、それだけあれば撃破してくれるわ!」
艦隊司令官ビッテンフェルトが懸命に叱咤激励を続けての強行軍であったが、ついにヴェスターラントへの核攻撃阻止には間に合わなかった。
もともと無理な日程ではあったのだが、ビッテンフェルトは開き直る気にはなれない。全力を尽くしたが間に合わなかった。事実は事実として受け入れ、わずかな手勢で奮戦し、核攻撃のほとんどを阻止したリョーツナッハには真摯にわびよう……。
リョーツナッハ艦隊が核攻撃艦隊を制圧した翌々日。ようやくヴェスターラントに到着したビッテンフェルトはそんな心境でリョーツナッハが乗艦王虎に来艦するのを迎えた。
敬礼を交わしたあと、リョーツナッハは無言で腰のブラスターを抜いた。
これにはビッテンフェルトよりも彼の幕僚たちのほうがいろめきたったが、リョーツナッハは気にするそぶりもなく、銃身を握るかたちに持ちかえると、銃把をビッテンフェルトに向けて差し出した。
「小官の身柄をビッテンフェルト中将にあずけます。今回の独断専行は、すべて小官に責があります。部下たちは、私の命令にしたがっただけであること、くれぐれもご失念なきよう……」
泰然として、よどみなく口上を述べるリョーツナッハに対し、ビッテンフェルトは困惑することしきりであった。
とりあえず王虎に一室を割り当てて、リョーツナッハにはそこにいてもらうことにした。
むろん、扉に外から鍵をかけるようなことはしなかったが、リョーツナッハが部屋から外に出てくる気配はない。
そこで、食事が終わる頃合いをみはからってビッテンフェルトはリョーツナッハの部屋をたずねた。
「なあ、リョーツナッハ准将。今回の件は、たしかに卿の独断専行といえないこともないが、処罰されねばならぬようなことには思えぬぞ」
実際、もしもビッテンフェルトの部下が別行動中に今回のリョーツナッハと同じことをしていたなら、ビッテンフェルトは「よくやった! さすがは栄光ある黒色槍騎兵艦隊の一員だ! 俺も鼻が高いぞ」とほめていただろう。
「いえ。小官は処罰されねばなりません」
「なぜだ」
「真似をするバカが出てくるからです」
「それは……」
「今回、小官は輸送艦隊としての任務を放棄してことにあたりました。そのために兵站に多大な負荷をあたえています。のみならず、ブラウンシュヴァイク公の軍事行動という軍事機密を公表し、勝手に自らすすんでの交戦行為すらおこないました。これらの行為が処罰されぬとあれば、将来に禍根をのこします。今回はうまくいったかも知れません。ですが、後日どこかの英雄へのなりたがりが小官の真似をして任務を放棄し、軍事機密を漏洩し、独断で戦闘行為をおこなえば、その犠牲は何千万、何億となるやも知れぬのです。それは小官の本意ではありません」
「リョーツナッハ准将……その……俺は……」
言葉をつまらせたビッテンフェルトにリョーツナッハは晴れ晴れとした笑顔を向けた。
「小官はよいのです。もとより覚悟の上でしたことなのですから。ですが、部下たちには家族がいます。未来があります。ビッテンフェルト中将。今回の件、もしも部下たちにも累が及びそうになったなら、どうかお力をお貸し願えないでしょうか。父母はすでに亡く、妻には先立たれ、息子は戦死し、弟も、友人たちも続く戦乱のうちにすべて喪いました。小官にとって身内と呼べるのは部下たちだけなのです。迷惑は承知。ですが、小官が頼りにできるのは、ビッテンフェルト中将、あなただけなのです」