黒色槍騎兵艦隊はリョーツナッハ艦隊と合流し、ラインハルト本軍へと向かった。その際、三十隻からなる小艦隊をヴェスターラントに警護としてのこしている。ブラウンシュヴァイク公の領地をブラウンシュヴァイク公の魔の手からまもろうというのだから、なんとも奇妙なはなしではあるのだが。
ヴェスターラントへ増援として向かっていたミッターマイヤー艦隊は途中で引き返し、ラインハルト本軍と既に合流している。
ロイエンタールは早速、旗艦トリスタンの自室にて親友と呑み交わす席をもうけたのだが、そこで酒の肴として出てきた話題は、いささか愚痴めいたものであった。
「しかし、ビッテンフェルトにも困ったものだ」
「やはり、卿のところにも通信がいっていたか」
ロイエンタールが肩をすくめると、ミッターマイヤーはその事情を言い当てた。
「と、いうことは卿も、あのご高説に付き合わされた口か」
「ああ。リョーツナッハを失えば、ローエングラム候に大いなる損失をもたらす。リョーツナッハはもちろん、その部下も含めて、寛大な処置を求めてわれら一同が声をあげるべきだ、か。言い分はわかる。気持ちもわかる、わかるが……」
「むずかしいところだ。任務放棄に機密漏洩、とどめに独断での交戦行為。美談ですませていい話ではない。当の本人のリョーツナッハ自身が、軍規に違反したのに罰されなかった前例をつくってはならぬと主張しているそうではないか」
「だがな、ロイエンタール。俺は思うのだ。もしも自分があの時あの立場にいたら、と。ヴェスターラント核攻撃の件をローエングラム候に報告して、それだけですませられただろうかと」
「たしかに、それでは核攻撃の阻止が間に合わず、二百万の民衆が焼き殺されていただろうことは確かだが……。しかし、それは結果論だろう。いまだから主張できることだ」
「正直なところ、あの放送を見て俺は心がわきたった。痛快だった、といってもよい。敵旗艦に乗り込んで制圧したときなど、羨望すら感じた。こんな戦いに命がけで挑めたなら、と」
「……なあ、ミッターマイヤー。こんな見方もできることを知っているか。リョーツナッハは荘園星系間の流通を活性化し、リョーツナッハ自身は利ざやをとらぬことで、荘園惑星の民衆は自分の農産品や鉱産品をこれまでより高く売り、他星の特産品をこれまでより安く買えるようになった。それにより、生まれて初めて借金がなく、ささやかながら貯えのある身になった者も多いときく。だが、ローエングラム候と門閥貴族との戦役が始まると、貴族たちは戦費をまかなうために徴税と称してかれらの貯えを根こそぎ奪ってしまったのだ。民衆の憤懣は急激に高まり、暴発の沸点は低くなった。……リョーツナッハが流通の活性化を行わなければ、ヴェスターラントの暴動発生はもっとあとになっていた可能性がある。その頃ならば、戦況は我々に優位にすすみ、もっと迅速にヴェスターラントへ艦隊を派遣する余裕があったかも知れぬ。暴動が発生する前にキルヒアイス上級大将がヴェスターラントを解放していた可能性だってあるのだ」
「何が言いたい、ロイエンタール」
ミッターマイヤーの声に遠雷の響きを感じ取って、金銀妖瞳の美男子は苦笑した。
「早合点はよしてくれ。リョーツナッハ准将を貶めるつもりはない。俺が言いたいのは、ほかならぬリョーツナッハ自身がそのことを気に病んでいたのではないか、ということだ」
「ああ、そういうことか。すまない、これはたしかに俺の早合点だった」
グレーの瞳の眼光をなごませた親友のすなおな謝罪を、ロイエンタールはわらって受け入れた。
「なんにせよ、リョーツナッハが軍規違反をしたのは確かだ。だが、情状酌量の余地があるのも確かだ」
「うむ。ローエングラム候がその事情を無視して無情なだけの裁定をくだすとも思えぬ。今の段階で俺たちが差し出がましく陳情などすれば逆効果になりかねないな」
「そうだな。俺たちが声をあげるのは、ローエングラム候が厳罰をくだそうとしたときになってからで遅くはあるまい。まあ、万に一つもありえぬことだとは思うがな」
それを聞いたミッターマイヤーはウイスキーのグラスを掲げた。
「ローエングラム候がくだされるだろう寛大な裁きに」
ロイエンタールも微笑みながらグラスを掲げた。
ビッテンフェルトからの通信が入ったとの報告がもたらされたのは、二人がグラスを飲み干した直後のことであった。
顔を見合わせている二人に向かって、モニターごしにビッテンフェルトが声量と熱量たっぷりに話しかける。
「おお、ミッターマイヤー大将も一緒だったか、これはよかった。リョーツナッハ准将の件だが、ぜひとも卿らのちからを借りたくてだな、こうしてあらためて……」
旗艦ブリュンヒルトの艦橋で、ロイエンタール、ミッターマイヤーをはじめとした諸将が整然と立ち並んでいる。
彼らの視線は彼らの上官であるラインハルトと、その前にひざまずくリョーツナッハに注がれていた。
低くこうべをたれる角刈りの准将を見下ろして、ラインハルトは思った。なんという茶番だ! と。民衆が虐殺されるのを自分の覇権のために黙認しようとした男が、虐殺されようとしている民衆を救うためにすべてを捨てる覚悟で命がけで戦った男を一方的に裁こうとしているのだ。
この男を裁く資格が、自分のどこにあるというのだ。
これが貴様らの正義か!
リョーツナッハの、帝国全土に放送されたあの言葉がラインハルトの胸中を切り裂いた。
弟とその親友を抱きしめたまま焼け死んだ少女。奪われてはならぬものを、取り返しのつかぬかたちで奪われた三人。
その光景が脳裏によみがえる。
キルヒアイスはどう思うだろう。
後悔と、そしてそれ以上に大きく激しい憤怒が自分自身を灼いているのをラインハルトは自覚した。外敵を打ち砕くためにつねに放出されていた膨大なエネルギーが、今は自分自身に向けられている。
つよいめまいにラインハルトはおそわれ、ふらつかぬために、すくなからぬ努力を必要とした。からだから活力がぬけていくような感覚すら感じる。いまはまだ、かすかな感覚ではあるのだが。
はげしい葛藤はラインハルトの表情を険しくさせ、居並ぶ諸将を不安がらせた。いかなる事情があるにせよ、この美しい若者は軍規を破る者をゆるさないのか。
「……リョーツナッハ准将」
感情を押さえているのがありありとわかる声であった。
「はっ」
こたえる角刈りの声に、動揺はない。覚悟している者の声であった。
「物資輸送に優先してのヴェスターラント防衛を卿に命じた件だが……」
諸将の顔に、程度の差はあれ、例外なくおどろきが浮かんだ。
ラインハルトはつづけて言った。
「口頭連絡のみにとどまったため、妙な行き違いが生じているようだ。あらためて命令書を公文書のかたちにて卿に送付するゆえ、遺漏なく事後処理をすませるように」
驚きに顔をあげたリョーツナッハであったが、すぐに自分のおかれた状況を理解した。ラインハルトは、「そういうこと」にしようとしてくれているのだ!
「御意」
かしこまって、宇宙海賊とよばれた男は頭を下げた。
「そして、ヴェスターラントへの核攻撃艦隊の件を帝国全土に許可なく放送した件だが」
リョーツナッハの全身がこわばった。そうなのだ。任務放棄と、独断による交戦は不問にされたかたちだが、機密漏洩の件は依然としてのこっているのだ。
「軍事機密の漏洩は重罪である。許しがたい。よって、卿の艦隊司令の任を解く。身柄はキルヒアイス上級大将預かりとする。ただちに出立するように」
リョーツナッハの額を汗がつたった。軽い。処分が軽すぎる。降格すらないだと? まさか、部下たちにまで責が及ぶのでは? その前に自裁すれば、そのあたりだけでも、どうにかうやむやにできるか……?
思案をめぐらすリョーツナッハに、さらにラインハルトの声がかけられる。
「部下を大切におもうのなら、はやまった真似はせぬことだ、リョーツナッハ准将」
それをきいて、ようやくリョーツナッハの身体からこわばりがぬけていった。おとなしく処分を受け入れれば部下に累は及ばないと諸将のまえで明言されたのである。
ラインハルトが艦橋を去ると、リョーツナッハは立ち上がり、諸将が歩み寄ってきた。
それをさえぎろうとするかのようなタイミングであった。
「リョーツナッハ准将」
それは、一同に冷水を浴びせかけるような声であった。
「オーベルシュタイン総参謀長……」
声の持ち主の名を、ミッターマイヤーが苦々しげによんだ。