「リョーツナッハ准将」
オーベルシュタインはくりかえし角刈りの准将をよんだ。
「は、なんでありましょうか。オーベルシュタイン総参謀長どの」
それに敬礼をしてリョーツナッハはこたえた。
「卿は自分がなにをしたのか、いまひとつ理解がおよんでいないようだ」
「……? 恐縮であります」
「……やはり、よくわかっていないようだ。卿はローエングラム候の覇道に禍根をのこしたのだ、ということをな」
「それは……軍規の乱れを招くという意味で」
「そのような些事ではない」
義眼の総参謀長は角刈りの准将の言葉をさえぎった。
オーベルシュタインの「糾弾」は続く。
「卿が差し出がましい真似をしなかったなら、どうなっていたか。ブラウンシュヴァイク公の残虐な本性は帝国全土に知らしめられ、大貴族に為政者の資格などないことの証となっていたのだ。門閥貴族への民心は離れ、貴族連合軍は急速に弱体化し、この内戦は長引くことなく早期に終結していたであろう。それにより犠牲者とならずにすむ者たちは1000万をくだるまい。わかるか? 卿は200万人を救い、1000万人を見殺しにしたのだ」
それは、マキャベリズムと呼ぶことさえはばかられる冷徹な計算式であった。あまりのいいように、諸将たちはとっさの反論ができずにいた。
それをきいていたリョーツナッハの目が、剣呑な三白眼となった。その眼光が、「へー。そーなんだ」と語っていた。
「リョーツナッハ准将。卿にはこの言葉を贈ろう。君子、清濁を併せのむ。この言葉をな」
オーベルシュタインがそう締めくくると、宇宙海賊とよばれた男は即座に反撃を開始した。
「では、ワシからはこの言葉をおくらせてもらうぜ。一滴の泥水が垂らされたワイン樽に入っているのは、樽いっぱいのワインじゃなくて樽いっぱいの泥水だ。この言葉をな」
ひと息に言い終えると、うやうやしく敬礼して、さらに言ったものである。
「で、あります。オーベルシュタイン総参謀長どの」
と。あきらかな挑発である。おちょくっている、といってもよかった。
まさか言い返してくるとは思っていなかったのか、義眼の総参謀長が返す言葉を見つけられずにいると、リョーツナッハは追撃を開始した。
「ワシは軍人だ。死ぬ覚悟も、泥をかぶる覚悟もある。だからこそ。だからこそだ。掲げる旗にはシミひとつなくピッカピカに輝いていてもらわなきゃ、報われねえよ。1000万の犠牲を200万にするんじゃねえ。1000万の犠牲を0にするために知恵を絞り、命がけで戦うのがワシらの本分だろうが」
そして慇懃無礼な敬礼をして、「で、あります。オーベルシュタイン総参謀長どの」と締めくくった。
……オーベルシュタインは、しばし無言であった。ふいに、その義眼が異様な光を放ったが、それをリョーツナッハは黙殺し、なんの反応もかえさない。
「なかなか威勢のいい男だ。……いつまでそれが続くか、見ものではあるな」
冷然と言い放ち、オーベルシュタインは艦橋を去った。
呪縛からはなたれたかのように、諸将がふたたびリョーツナッハに歩み寄る。
リョーツナッハは真っ先にビッテンフェルトの前に進み、敬礼した。
「こたびのこと、誠にかたじけなく」
おだやかに笑って礼をいう。
ビッテンフェルトがリョーツナッハの減刑のために方々に働きかけていたのは、この場にいる誰もが知っている。ビッテンフェルトが何もしなかったとしても、この件はこの結末に至ったであろうことは、諸将にはうすうすわかっていたが、それはビッテンフェルトの努力が無価値であることを意味しない。
パチパチパチ。
心からの賞賛をこめて拍手を贈ったのはメックリンガーであった。それはまたたくまに伝播し、満座の拍手となった。
「いや、その、俺は当然のことをしたまでであってだな……」
オレンジ色の髪の猛将は、てれくさそうにわらうのであった。
「さーて、自分で艦を操縦するのは久しぶりだな」
さして多くもない私物をまとめてリョーツナッハはシャトルに乗り込んだ。向かう先は辺境星区制圧の任についているキルヒアイス艦隊である。
「できることなら、俺の艦隊で送っていってやりたいぐらいなんだが……」
「そういってくださるだけで十分です」
ビッテンフェルトに見送られ、リョーツナッハは出航した。
「しっかし、あれだけ好き放題に暴れたってのに、いまだに命があるとは思わなかったぜ。別に死に場所さがしてるつもりはねえけどよ」
シャトルの操縦席でリョーツナッハはひとりごちる。
「天上のカトリーヌたちに会えるのは、もう少し先になるか……」
事故死した妻の名を、彼はよんだ。
「いや……。そうなってたら、『えーっ! もう来たの? 信じらんない! 私たちの分まで長生きしてよ! 気が利かないわね、もーっ!』くらいのことは言われてたな。……じつに気の強い女だった」
自動操縦に切り替えて、安物のバーボンが満たされたスキットルを取り出す。
こんなときに呑む酒は、タンブラーやショットグラスではなく、お行儀悪くラッパのみで嗜みたい。そんな気分だった。
「………………お願いだ、俺の帰りを待っている女房と生まれたばかりの息子をたすけてくれ! ……か。そういわれちゃあな。イヤとはいえねえじゃねえか」
あの脱走兵は無事に家族に再会して、今はヴェスターラント星域を巡回しているビッテンフェルト艦隊の別動隊に参加しているらしい。
「……あの子たちが、天上でもいっしょにいられていることを祈って」
弟たちを抱きしめたまま焼け死んだ少女のことを、姉に抱きしめられたまま焼け死んだ少年たちのことを思い浮かべ、リョーツナッハはスキットルを高く掲げ、そして口にはこんだ。
「わたっしは~宇っ宙の~はっこび屋さ、あ、あ~ん……」
調子っぱずれの鼻唄とともに、シャトルは虚空を進んでゆく……。
「赤く塗ったからキルヒアイス提督の乗艦になったのか、キルヒアイス提督の乗艦になるから赤く塗ったのか。はてさて、と」
ルビーのごとく真紅に輝く戦艦バルバロッサを見て、リョーツナッハは軽口を叩いた。ビーコンにしたがって、シャトルを赤い船体に着艦させる。
船内に足を踏み入れたリョーツナッハは面食らうことになった。大勢の兵士たちの敬礼にでくわす羽目になったからである。敬礼をうけるたびに答礼するので、リョーツナッハはせわしなく腕を上下させ続けねばならなかった。
「旗艦とはいっても、やけに人がおおくないか? 行く先、行く先にずらっと並んでいるぞ?」
艦橋への案内役をしている士官に問いかけると、士官は笑顔でこうこたえた。
「艦内で手すきの者、非番の者たちはほぼ全員、リョーツナッハ閣下を出迎えるために、艦橋までの通路のどこかでお待ちしているはずです。みんな、ヴェスターラントの英雄を歓迎したくてたまらないんですよ。小官も閣下の案内役をおおせつかって光栄の至りです。きっと一生の自慢になります」
「英雄って……そんな大層なことをしたおぼえはないぞ」
リョーツナッハはぼやいたが、それさえも好意的にとられたようで、士官が笑顔をとめることはなかった。
「リョーツナッハ准将をお連れしました」
バルバロッサ艦橋にリョーツナッハが足を踏み入れると、艦橋勤務員たちは待ちかねたように一斉に席から起立し、リョーツナッハに向けて敬礼した。
驚いたことに、司令官席では赤毛の青年将官が敬礼こそしていないものの、彼も起立してリョーツナッハを待っているのである。
「リョーツナッハ准将であります。ただいまをもってキルヒアイス上級大将の指揮下に入ります」
「ようこそ、リョーツナッハ准将。おひさしぶりですね。われわれキルヒアイス艦隊はあなたを歓迎します」
こうしてキルヒアイスの麾下にはいることになったリョーツナッハであったが、これからどうなるのか、見当もついていなかった。なにしろ、自分は軍事機密漏洩の前科者である。閑職にまわされる、ぐらいですめば御の字で、下手すれば懲罰部隊にぶち込まれるかもな、と考えていた。
何故かキルヒアイス上級大将はリョーツナッハに対して好意的のようだが、リョーツナッハを処罰したローエングラム候の手前、厚遇するわけにもゆくまい……。