おいおい、俺が誠意だけ長々と書く馬鹿野郎に見えるのか。
ちゃんと連続で投稿してやんよ。
「…必ず結ばれる幸運の大樹だ?」
「そうなの! まことみらい市の何処かに生えてる巨大な樹の下で男女が告白をすれば、なんと来世もその人と結ばれるって噂なの! どう、一緒に探さない?」
「却下、俺には仕事がある。」
「えぇ!? なんでよ〜。」
「あのな……此処に居候してる分、金が払えねぇから、きっちり仕事で払うってお前らにも言ったし、第一、こんな馬鹿広い事務所なんて少しでも放置したら、一瞬でゴミ屋敷だ。」
未だに鳥の囀りもない、朝と呼ぶには不十分な時刻に、場違いなほど元気いっぱいに信憑性のない噂を笑顔で語るのは、俺の命の恩人、
彼女は何やら、この地域に生える恋愛関係の樹木を探したいと言っているが、俺は協力する気は微塵もないし、職務を放棄することはできない。
そもそも、俺は衣食住の提供の代価に労働力を払っているため、此処での職務怠慢は俺の生命線に関わるが故に、手を離せない。
というのも理由だが、第一に俺はそういった信憑性のない噂やオカルトの類には一切の興味はない。
更に、よく異性の言う恋愛関係の噂やオカルトはもってのほかで、恋愛自体には興味があって、彼女が欲しいという願望はあるが、そんな噂で到底彼女ができるとは考え難い。
「釣れないわね……あ、そうだ!」
「おいおい、まさか……るるかを巻き込む気じゃねぇよな?」
「そのまさかよ! 大丈夫、きっと話せば分かってくれるから!」
それじゃあと、嵐のように部屋を飛び出して行く彼女の背を見届け、大きく溜息を吐きながら業務を再開する俺は、朝食の準備へと取り掛かる。
衣食住の提供に労働力を払う俺の一日のルーティーンは多岐にわたって、多忙な毎日だ。
まず俺の起床時間は四時で、そこから着替えや寝癖を直した後、事務所全体の軽い掃き掃除と窓拭きを行って、約数時間が経過する。
次に、寝坊助な名探偵達を起こす。
正直に言えば、これが最も危険で恐ろしい最難関の仕事で、一度でも奴らの術中にハマれば、軽く数時間は浪費してしまう。
そうだな、ある程度例を交えて説明することにしよう。
例えば、俺がくれあを起こしに部屋へと入り、くれあの眠る寝床へと近づき、体を揺さぶる。
最初の頃は些か異性の寝室に入ることに抵抗もあり、起こすのに膨大な時間と労力を浪費していたが、背に腹は代えられないと抵抗を捨てた。
起こすだけなら何ら問題はない。だが、此処で俺は地獄を経験することになる。
『……えへへ、ユウトだ。一緒に、寝ましょ。』
最初の頃は寝ぼけた彼女にそう言われ、ベッドへと引きずり込まれて、細く、一瞬で解けそうな腕からは想像も絶する力で抱き潰される俺は、静かに彼女の慎みもあるが、成長を感じさせる二つの山に顔を埋められ、危うく窒息しかけた。
しかし、これはくれあに限った話ではない。無論、くれあがこれなら、奴も大方予想はついているだろうが、るるかも同様なことだ。
るるかの場合、無言でこちらを見つめた後、首を傾げながら一度上体を起こし、突然と両腕を広げる。
その瞬間、
他の業務の物覚えは良い俺でも、唯一、稀に失敗が重なる名探偵達を起こす業務。
その次は朝食の準備を行い、再び清掃。そこからは多少の自由時間となり、俺は自重トレーニングや、これからの昼食と夕食の献立を考え、自由を過ごす。
昼食が終われば、買い出しに事務所の軽い整備の点検を行い、それが終われば既に夕食時で、三人とお供二匹と食卓を囲んで、夕食を終えれば、入浴と食器洗いやらを行い、最後に戸締まりの確認をした後、十時半には寝床へと入るのが俺の一日。
そして、現在時刻は既に六時の針を越えており、俺は忙しなく朝食の準備を行っている。
ちなみに、食事のメニューはあいつらが飽きず、美味しいと思えるように毎回バリエーションを変えながら作っている。
昨日は和食だったため、今日の朝は洋食といこうと献立を脳に刻み、食材を取り出そうと冷蔵庫に手を掛けた俺だが、その手は彼女達の声で止まる。
「くれあから話は聞かせてもらった。……一刻も時間が惜しい、今日の朝食は全員で外食にしましょう。」
「ね、るるかも絶対乗るって言ったでしょ。」
「頼むよ、唯一の常識人がこれに乗ったら収拾つかねぇだろ。」
この場での唯一の常識人すらも、物の見事に陥落し、この場で唯一正しいのは俺一人となった。
「まずな、お前らに好きな奴がいんのか?」
「……唐変木。」
「鈍感にぶちん男。」
「やっぱり超が付くほどの唐変木には一生理解できないわよね。」
「黙ってされるがままにされるべきでシュ!」
___何故だ、何故罵倒から入るのだ?
寧ろ、俺は当たり前のことを言っているだけで、身内や友人に好きな人を尋ねることは、至極普通な行動で、罵倒されるのは筋違いってものだ。
後、マシュタンは後で説教として、シュシュタンの言葉には何故か背筋が凍ったのは此処だけの話。
しかし、こうも二人が乗り気ならば、俺は今日一日は基本的に暇となる。
探偵業を行う彼女達でも一応は未成年、更には学校にも行っていないことから、平日は基本的に事務所に入り浸っている。
そのため、俺が忙しなく働いているだけだが、彼女達が事務所にいない日は基本的に色々な業務が減り、感覚的には休日と同じ扱いになるほど、一人の時は暇だ。
「……じゃあ気をつけてな。俺は適当に時間でも潰して待ってるからさ。」
「何言ってるの?」
「勿論ユウトも付いてくるのよ。二人だけじゃ手が足りないし、シュシュタン達も協力してくれるけど、男手も借りたいから。」
「何度も言うが、俺は微塵も噂話の類に興味はねぇ! 行くなら勝手に二人でやってろ。」
「……もう、釣れないわね。美少女二人からの熱い要望に応えるのが男の使命って奴じゃない?」
「……はぁ。」
「噂話の類は信じないって言ってたシュけど、何もそこまで渋る必要はないはずでシュ。……もしかして、誰かに告白された経験でもあるんでシュか?」
「なんで分かったんだよ。」
「「……は?」」
心底冷え切った二人の言葉が重なり、突如と二人の瞳から光が消え失せ、二匹の妖精もあり得ないという表情で、俺に疑問の視線を投げる。
「貴方、自分がどれほどに罪作りなことを言った自覚はあるのかしら!?」
「いや、何がだよ! 実際、告られたことは事実なんだし。……って言っても、俺が告白されたぐらいで誰かが困ることもねぇだろ?」
「……それは、あれを見てから言ってほしいでシュ。」
彼は気づかずに、いかに自分が恐ろしい一言を放ったのか、罪の自覚がない。
マシュタンは呆れた溜息をこぼし、シュシュタンは視界の隅で壊れ始めた彼女達に視線を向ける。
「るるか。……どうするべきかしら?」
「いっそのこと、婚姻の儀でも交わしてしまった方が手っ取り早いと言いたいけど、法律の壁が私達を阻んでしまう。」
「なら、既成事実だけを先に作ればいいんじゃないかしら?……婚姻は無理でも、彼に離れられない理由を付けることはできるわ。」
「……その手があった。」
「でも、朝一の時間帯って雰囲気もムードもないと思うんだけど。」
「彼は一度その気になれば、雰囲気も何も関係なく私達を貪り始める。……大丈夫、私達の容姿はユウトのお墨付き。」
「るるか達……は、大丈夫じゃないわね。」
「何やってるでシュ!」
「おばばば、首……絞め……うが!?」
邪悪も生温い漆黒の雰囲気を醸し出す彼女達と対照的に、シュシュタンに首を絞められ呻く彼と、情報が完結しないカオスな状況にマシュタンは溜息を吐きながら、
「……いい加減に、しなさいーー!」
____________________
「楽しいわね、
「……あはは、うすね。」
「しらみ潰しに一個一個着実に真実に辿り着く、これが名探偵の手腕。……ほら、行くわよ
「俺は分裂できねぇんだよ! いちいち腕を引っ張り合うな!」
拝啓、母さん父さん。俺は今、両手に花を抱えていますが、その花はどちらかというと食虫植物のような危険な花でした。
心に両親へと概ねの感情を記した手紙を送る俺は、必死に現実から逃げ、現実を直視しないようにしている。
結局、マシュタンの打診で俺も同行の上、噂の木が生える場所を探す俺達だが、一つ不可解な点が発生した。
それは異様に彼女達の距離が近いことで、腕に体を預けるのは勿論だが、あろうことか俺を旦那やら貴方やらと、誤解を招く名で俺を呼ぶことだ。
はっきりと言えば、美少女二人を両腕に抱え、旦那や貴方と呼ばれるのは歓喜と同時に酷い誤解を生んでいる。
___周りの目が、痛い。
ヒソヒソと俺達を見つめながら何かを呟く老若男女の視線と言葉が俺の心に深々と突き刺さり、俺は逃げるように人目がない場所へと二人と共に移動する。
「お前ら、一体どういう意図で言ってるんだ?……何だ、新手の嫌がらせか?」
「嫌がらせではない。そうね、強いて言えば見せつけてるってところかしら。」
「どっちかと言えば牽制に近いわね。……でも、どうしてそんなことを気にするの?」
「お前らが気にしなくても俺は気にするし、何なら俺が一番被害を食らってるのよ?」
「元を辿れば貴方が原因を作った。」
「それ相応の報いを受けるべきだと、私とるるかは思うの。」
「お前ら探偵よりも拷問官の方が似合うぞ。」
思わぬ才能の片鱗に恐怖を感じつつも、俺は今この場で人目に付かず穏便に噂の木を探す方法を必死に作り出す。
今の二人の状態ははっきりと言えば、拷問官のようなもので、今一度人目に出れば同じ轍を踏むのは明白。
かと言って探索範囲を狭めれば、かえって時間を浪費することになり、非常に俺としてはそれだけは避けたい。
「……どうしたもんか。」
「なら、一つだけ私達の質問に答えてくれたら、あの呼び方を辞めてあげる。」
「……マジで?」
「えぇ、嘘はつかない。くれあも、それでいい?」
「全然大丈夫よ!……私も丁度るるかと同じことを言うと思っていたし……けど、ちゃんと答えてね?」
「お、おう。ばっちこい!」
るるかの提案を呑む俺は、大まかに投げられる質問の回答を用意する。
別に聞かれても問題のある質問なんて万に一つも存在しないが、彼女らの小賢しさとあれば油断大敵で、何処かで俺は回答に詰まる質問があるはずだ。
しかも一つだけの質問となれば、絶対に碌なもんではない。
そして、彼女の口が開かれ、質問が投げ掛けられる。
「ユウト……貴方が告白された相手、場所、雰囲気を事細かに教えなさい。」
「…………はぁ?」
「これは大事な質問なの。……真剣に、嘘偽りなく答えてね。……嘘でもついたら、私もるるかも貴方に何をするのか分からないもの。」
「えぇ〜?」
呆気に取られながらも、俺は仕方がなく彼女達に人生初告白の
そう、それは俺の全盛期である中学二年生の夏の日、自分で言うのもあれだが、俺は非常に女子人気の高い男だった。
部活動には熱心に打ち込み、悩み事に親身に寄り添い、頼み事は何でも引き受ける、英国紳士も度肝を抜くモテムーブをかましていた。
更に身嗜みにも気を遣い、まるで完璧超人のような生活を送っていた俺は、ある日の放課後、見知らぬ後輩の女の子に呼び出された。
___先輩の気遣いに心打たれました。私と、付き合ってください!
その時の俺は神にすらタメ語で話し、唾を吐き掛かるぐらいに凄まじい全能感に支配されていた。
年下、更に非常に容姿の整った、所謂美人の分類に入る後輩の女の子に告白された俺であるが、実際に即決とはいかない。
当時の俺には恋愛と同等に部活動へと熱心に打ち込んでいたが故に、俺は一度考えさせてほしいと彼女に頼んだ。
だが、彼女は頑なに今返事をもらいたいと言い、俺は非常に困惑の表情を浮かべながらも無理を通して、明日に返事を延ばした。
___そして、その子はその日に転校してしまった。
その時の俺は頭が真っ白になったし、思考を放棄しても心に刺さった罪悪感は拭い切れず、深い後悔と悲しみを俺の胸に宿しながら、初めての告白は終わりを告げた。
「……ってのが俺の苦い思い出だよ。ぶっちゃけ話すのも辛い話だし、本当にあの時の俺は擁護できないぐらいに最低な男だった自覚はあるけど……って、どうしたお前ら?」
「……ごめん。」
「……ごめんなさい。」
「……え、え? いや、別に謝ることじゃねぇし。そもそも、俺はもう吹っ切れたから大丈夫だって。」
「けれど、自分勝手に掘り起こしたくない過去を思い出させたのは失態。」
何故か妙に重苦しい雰囲気の二人と対照的に俺は、この重苦しい雰囲気に耐え切れず、色々とフォローの言葉を回す。
別に、完全に吹っ切れたと言えば嘘になるが、最初の頃に比べれば、人前でも平気で話せるようになったし、辛い経験に変わりはないが、俺自身に変わるきっかけを与えてくれた出来事と勝手に思っている。
でも彼女達は何処か重く捉えて、何故か自分達を責め始めている。
流石にこの雰囲気はいかんと俺は考え、不穏な雰囲気が支配する空間を変えようと策を講じるが、名案が浮かばず頭を悩ませる。
すると、二人の背後からそれぞれのお供妖精が姿を現し、必死のジェスチャーで何かを伝える。
『……あ・た・ま・を・な・で・な・さ・い。』
『そ・の・後・は・頼・む・で・シュ。』
結局は投げやりの言伝。だが、何もやらないよりはマシと考え、早速行動に移す俺は両の手を彼女達の頭に置く。
「……そんな事、気にする必要はねぇよ。確かに辛いことだったし、俺からしたら千載一遇のチャンスだったかもしれない。」
「けど、そんな事も気にする必要はないぐらいに俺にはお前らっていう大切なもんができたし、その千載一遇の機会は多分、お前らに出会うためにあったんだと思うからさ……俺はもう大丈夫だ。」
ぶっちゃけ自分で言ってても恥ずかしい言葉を並べたもんだと思いながら、彼女達の頭上にいる妖精達へと視線を向ける。
『まぁ・まぁ・ね。』
『セ・ン・ス・は・な・い・で・シュ・が・よ・く・やっ・た・で・シュ。』
腹が立つぐらいの身振りに怒りを覚えると同時に、案をくれたことには感謝する。
だが、頭を撫で続ける現状は変化なく、撫で続ける影響か膝から先が妙に痙攣し始め、根性で腕を上げ続ける俺だが、突然と二人の姿が消える。
何が、と言い終わる前に俺の両腕には再び彼女達が先と比べ物にならない力で寄り掛かり、押し付けられる彼女達の服越しで分かる膨らみが存在感を増し、俺の意識は嫌でも彼女達を意識する。
「……あの〜。」
「そうね。私達との出会いが千載一遇の機会ってことなら、私達が一生を掛けて貴方を幸せにする義務がある。」
「……大丈夫よユウト。私達が貴方に全てを捧げるつもりで幸せにするし、ちゃんと傷を癒す責任も取ってあげるわ。」
「……悪い、ちょっと先の話が飲み込めたいんだが、とりあえず俺はこれからどうなるんだ?」
「「私達の旦那
「おい、それは生涯契約だろうが!?」
励ましの言葉を投げたつもりが、何故か俺の生涯契約が署名無しに結ばれそうになる危機的状況に陥る俺は、安堵と同時に悟りを開く。
おかしい、俺は励ましの言葉を投げたつもりが、後戻りできない様々な約束や、身に覚えのない責任を取ったり、取らなかったりと様々だ。
言い換えるなら、恋愛ゲームで好感度が足りないはずのキャラが、一回の選択で好感度カンスト、そのままエンディングを迎えるようなもの。
___まずい、非常に不味い。
『騙したな、妖精どもが。』
『騙してないわ。ただ物語が良い方向へと戻っただけだから安心しなさい。』
『安心できる要素が何一つねぇんだが?』
『乗り掛かった船って奴でシュ!……大船に乗った気持ちで進んでいくでシュ。』
『大船じゃなくて泥舟の間違いだろ。こちとら進むどころか底なし沼にズブズブ沈んでってんだよ!』
嘆きは虚しく、再び二人に腕にしがみ付かれながら大通りへと出た俺達。
しかし出たのはいいが、結局状況は何一つ変化しておらず、噂の木の手掛かり以前に、それが存在しているのかすら分からない状況に正直、打つ手なしだ。
実際、まことみらい市は俺の中では大規模な都市展開を行う大都市と言っても差し支えないほどに広く、何処かに行くのも一苦労の中で、存在するか分からない物を探すのは、砂漠から小さなダイヤを探すに等しい。
最後に考えられる手は書き込み調査だが、この手の質問を投げることには俺も流石に羞恥を感じるもので、恥ずかしくてありゃしない。
___どうしたもんか。
二人に目配せするが、同様に二人も答えが出ず、延々と考えを巡らせている。
その時、一つの泣き声が聞こえた。声色的には幼い少女で、膝からは血が垂れ落ち、溢れ出る涙を乱暴に両手で拭っている。
俺は考えるよりも先に体を動かし、彼女達の腕から離れ、少女の元へと駆け出していた。
「……はぁ、やっぱり彼ならそうすると思った。」
「そうね。でも、別に私達はそれを否定しないし、あの在り方は美しい彼の美徳だもの。それをとやかく言う資格は私達にないわ。」
「でも、やっぱり心配になるわ。」
「ユウトの優しさは言ってしまえば猛毒、人を溶かす甘く優しい物だからこそ、利用されるのは耐え難い。」
「そうならないように私達がいるのよ!……彼には、あのままでいてほしいから。」
「同感。」
私達は同意するように頷き、彼女に手を引かれながら何処かに向かう彼の背を少し引いた所で、私達は見つめる。
___ユウト。
もう日常の一部となって、私達が守るべき愛おしい人。
けど、初対面の印象は人付き合いを極端に避け、まるで全ての人に絶望しているような雰囲気を与えていたが、そうなるのも彼の今までを聞けば当然のこと。
寧ろ、数ヶ月も耐え凌げたことが奇跡に等しいほどに、彼の生活は地獄と言って差し支えない。
その経験からか、当初の頃から私達と一定の距離を保ち、踏み込みたい私達の行動を予測するように自らに拒絶の壁を設け、近づき過ぎない絶妙な距離感。
そして彼自身は、自らの傷も恐怖も、痛みすらも曝け出さず、それらを後回しにして誰かに尽くそうとする、度が過ぎた優しい人。
逆に言えば、自分を必死に隠しながらも相手の深い所に踏み込み、助けようとする……否、してしまう人。
だからこそ私達が危険な時に、真っ先に飛び出し、傷を負い、命を散らそうとも平然と
彼の力を私達は知っている。けど、不死という力は強大な物であっても、それに通ずるように痛みもあれば、死の恐怖が薄れる訳ではない。
なのに、彼は
実際、怪盗団ファントムとの戦闘中、非力で戦う術を持たない彼は敵の注意を自らに向けたり、肉壁になったりと酷いものだ。
___人の気も知らないで。
優しくて、けどそれを表に出せない不恰好さは何処か微笑ましくて。それでいて、いてほしい時に一番側にいてくれて、欲しい言葉をそのまま投げ掛けてくれる彼のことを、私とるるかは愛している。
言葉じゃ伝えきれなくて、紙にまとめようたってまとめきれない彼の魅力も、全てが愛おしくて、欲しくて堪らない。
だから、自分をもっと大切にしてほしいのだ。
自分の命には然程価値がないと彼は言った。けど私達にとって、彼が傷つくことが何よりも耐え難いことだとは、彼自身は理解できていない。
それは彼の力もそうだが、彼自身が自身に何の価値も見出していないのが一番の原因で、普通と自身を自負する彼が唯一普通じゃない、強い自己嫌悪。
それが幸か不幸か、彼の常人じゃ耐えられない仕打ちを耐えられる糧となっていて、時折それが酷く恐ろしく見える。
しかしそれは、彼の優しさを否定することになる。
彼は誰かの為に自身を削る選択肢しか知らないのだ。故に、彼は自身が傷つくことで誰かが悲しむとは本気で考えていないのだ。
___それは、家族でもなのだろうか。
彼の家族構成を私達はよく分かっていない。
未来から訪れたのなら、きっと彼の家族も血眼になって彼のことを探しているのは容易に想像できるし、私達もそれを思うと心が痛い。
けれど、彼自身は家族のことで何かを喚いたことはなく、
目先で、彼女と共に歩くユウトを見つめながらそう思う私だが、当然と隣に並ぶるるかが私の肩を指でつつく。
「……距離が近いと思う。」
「……あのねぇ、るるか。子供に嫉妬心を燃やすのはいけないことだわ。それこそ、一番大人気ないわ。」
「けど、あの指の絡め方は恋人繋ぎ。私達は一度も繋いだことはない。」
「既にハグとキスを常識的にしてる私達が、今更そんなことで妬けるものかしら?」
幼い少女に対抗心を燃やす彼女を宥め、私は今一度彼の背を見つめる。
確かに、思う所はある。私達とは激しいスキンシップを避ける彼は手を繋ぐことも、ましてや抱擁すらも拒否し、私達は彼が油断の隙をついてやっとできる。
けど私達以外の相手には基本的に甘く、ましてや年下の異性や少女には度を超えて優しい。
___確かに、そう考えると。
「確かに、私も妬けちゃうわ。」
「くれあまでそうなると収拾が付かなくなるでシュ!」
「ほら、るるかも気をしっかり保ちなさい! よそ見をすればすぐ彼はどっかに飛んで行く……って、いない!?」
シュシュたんの言葉で我を取り戻し、マシュたんの悲痛な悲鳴で周囲を見渡せば、既に彼と少女の姿が視界から消え、私は冷や汗を滲ませる。
同じくるるかも事の重大さを理解したのか、焦るように周囲を見渡すが、痕跡らしい痕跡もない。
しかし、突然と当の本人は私達の肩を叩き、呑気に声を掛ける。
「おい、お前ら大丈夫か?」
「貴方ね……突然と毎回消えて突然と現れる癖は、やめた方がいいわよ。」
「仕方ねぇだろ? あの子が初めてのお婆ちゃん家で、一人が怖くて一緒に付いて行ったんだから。そもそも、そんな距離がないってのに、何で俺を見失うんだ?」
彼は、自身の行動を事細かに語り、ぐうの音も出ない正論に思わず黙る私達をよそに、彼は何故か笑みを浮かべながら私達を見つめる。
「そういやさ、ちょっと連れて来たい所があんだけど、いいか?」
そう言う彼の顔は心底嬉しそうなものだった。
____________________
「……これって。」
「別に何もない普通の木だよ。まぁ、普通なのは外見だけだからな。」
「それで、私達を此処に呼び出した理由は何?……言ったでしょ、私達の目的は噂の大樹を探しに来たの。」
「……るるかはピンと来てないっぽいが、くれあは言わずとも分かってるよな。」
「……えぇ、全部理解できた。今、私達の目の前にあるその木……それが、噂の幸運の大樹ということで合ってるのよね。」
「正解、花丸だ。」
俺は彼女達を誘導させながら辿り着いた場所は、探し物である幸運の大樹であり、るるかは驚愕で顔を染め、くれあは疑問の目を俺へと向ける。
実際、この場所を見つけられたのは偶然の産物で、俺自身の力じゃない。
俺が助けた少女。その少女のお婆ちゃんはどうも昔からこの地域で生まれ育ったらしく、積み重ねた年月とご近所さんとの付き合いから凄まじい情報網を持つお婆ちゃんは、何と幸運の大樹の存在を知っていた。
尋ねた自分が何を言うのかと思うが、行き詰まった状況で誰かの手を借りたいと思った俺の怠惰は今、勲章ものだ。
だが、俺は何かの対価を差し出すのかと身構えたが、孫を助けたお礼としてこの場所を教えてもらい、今に至る。
ちなみに、この場所は僅かに街から外れていても徒歩数分圏内に街には戻れ、すぐ近くにはそのお婆ちゃん家もある。
「色々と物申したいことは山ほどあるけど、今は貴方に感謝してる。……ありがとう。」
「どういたしましてって言いたいけど、実際俺の力じゃないし、興味もない俺からしたら感謝されるようなもんじゃねぇよ。」
「……それでも、私達のために動いてくれたもの。感謝は受け取っても損はないと私は思うし、私はユウトが助けてくれたこと、凄く嬉しいわ。」
「……ど、どういたしま……して。」
心底むず痒く、頬を指で掻く俺は噂の木を見上げ、何処か不思議な感覚に襲われる。
別に、微塵もオカルトなどの科学で説明できない類の物を信用する気は毛頭ないし、これを見たところでそれを信じようとおめでたい心は生憎とない。
でも、良いことをするってのは悪くないものだと自然と思えた。
「……それで、お前らはこの木を見つけてどうしたいんだ?……伐採か?」
「どうしてその発想になるのか訳が分からないわ!」
「二人の態度と言動から物事を察しろでシュ!」
二人のお供妖精に頬を柔らかい肉球で殴られ、痛みこそはないが何処となく敗北感を感じる俺だが、それを掻き消すように二人の僅かに冷えた手が俺の手を握る。
別に、異性に手を握られることに抵抗がない訳じゃない。
俺も男と分類される生き物が故に、生物学上、異性に手を握られるという行為は俺の思考を鈍らせ、甘く理性を溶かす。
が、この二人なら話は別だ。
この二人は俺の命の恩人で、その恩人たる人物に欲情はできないと考えていたが、日夜激しいスキンシップに耐え続けた俺は、正直に言えば彼女達の行動に何処か慣れを感じている。
容姿云々の話ではないし、容姿を比較に出せば彼女達は群を抜いて美人の分類に入るのは確実だ。
___なんか、違和感がある。
どうして、俺はこうも第三者目線で物事を語るのだろうか。
これは俺が今経験していることで、遠い過去の
頬を赤らめ、俺を射抜く二人の視線。
けど、どうしてか俺は泣きそうな顔で二人を見つめながらも、二人はゆっくりと口を開く。
そして、
____________________
「……ぁ。」
酷い頭痛に苛まれ、激しい倦怠感が溢れる全身に鞭を打って、上半身だけを起こす俺は、必死に混乱する頭を冷静にする。
周囲にはいつもとなんら変わらない事務所の内装だが、一見違う物があるとすれば、俺が寝ていたソファーの目の前に置かれているのはアルコール度数が非常に高い酒瓶で、俺は前日の記憶を思い出す。
依頼解決の報酬として依頼人から頂いた一升瓶。
前日は珍しくあんなちゃんもみくるちゃんも依頼で事務所には居らず、一人の時間を過ごしていた俺は、久方ぶりにアルコールを摂ろうと、一升瓶に手を伸ばした。
理由なく飲酒と喫煙を繰り返す俺でも、流石に彼女達の前では自堕落な姿は見せられないため、此処数週間は禁煙と禁酒を行った反動で歯止めが利かず、今に至るということだ。
___にしても、リアルな夢だった。
これだけ、悲しくて、懐かしいと思った記憶はもうないぐらいに、俺はまだ
彼女は、るるかは意思や感情はどうであれ、何かを成すために自らに汚名を着せてでも、前に進んでいる。
___なら、俺はどうだろうか。
散々覚悟云々を抜かしておきながら、自身は未だ全貌を知っている訳ではない。
寧ろ、俺は怪盗団ファントムの全容も、プリキュアという存在もつい最近に知ったばかりの、無知の知な俺だ。
自身が置いてきぼりなことなんて痛いぐらいに分かってる。自身に特別な何かが宿ったとて、俺自身の力が底上げされる訳ではない。
頭も足りない、力も変身できる彼女達からすれば非力な物に変わりない。
___けど、
「……諦める、理由にはならねぇだろ。」
折れる言い訳に己の弱さを出すな。
自らの弱さで道を塞ぐのは結局、前の俺と変わらず、永遠と停滞を選ぶことになる。
誰がどうしろと言った訳じゃない。自分で選んだ選択に弱さも周囲を引き合いに出すのは、まずもって論外だ。
弱さも頭が悪いのも、何もできなくても進むと誓いを立てた自らの覚悟を疑うことなど言語道断。
「……んじゃまぁ、リセットといきますか!」
早速行動開始といきたいが、最初はこの汚部屋達を綺麗にすることから始めようと意気揚々に立ち上がる俺だが、突然と俺の背を射抜く針のような視線を感じ、恐る恐る背後を振り向く。
そこにはマシュたんを腕に抱きとめ、シャドウもびっくりな闇を背後に溢れ出させる森亜るるかがそこにいた。
アルコールで嫌悪感漂い、重かったはずの体は嘘のように軽くなり、僅かな酔いすらも吹き飛んだ俺は、冷や汗を額に滲ませる。
「……ねぇ、これはどういうことか説明してもらえる?」
「……ちょ、ちょっと水分補給をと思ってな。別に、アホみたいに酒を浴びた訳じゃねぇからな?」
「一升瓶の半分以上が減ってるのは、貴方にとって普通のことなのかしら?……だとしたら、貴方はアルコールに相当な耐性があるわね。」
「いや〜酒が強いってのも困るもんですね。」
無表情で淡々と事実を話す彼女だが、その雰囲気は死刑執行人と錯覚するほどに殺伐とし、見えない死神の鎌が喉に当てられる。
冗談で乗り切ることは不可能。ましてや、彼女は飲酒喫煙に度が付くぐらいには厳しい。
更に、桁違いにアルコール度数の高い酒が入った一升瓶の半分を飲み干し、酔い潰れたと聞けば……そう考えるよりも先に窓から身を投げ出した俺は、何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しい彼女との鬼ごっこが幕を開けた。
____________________
落ち込んだ時、酷く泣きたい時に自然と足を運ぶ場所がある。
この場所は別に私だけの秘密な場所なんてもんじゃない、至って普通の場所。
特段、街から離れてる訳でもないし、少しばかり歩けば簡単に街へと戻れるくらいには距離のない、ただ一際大きい木が生える場所。
更に周囲には住宅街があり、ひっきりなしに人の声や、子供達が近場の公園の遊具で遊ぶ陽気な声が耳に心地よい。
けれど、大木の下は太陽の光が阻まれ、何処か薄暗い。
なのに、どうして私は此処に足を運ぶのか。
その理由は漠然として、到底自分自身ですら理解が及ばない無意識的な物で、心と体とは無関係に此処に私は懐かしさと同時に愛しさと安らぎを感じている。
私は
「……誰なの?」
一体誰が私に何の魔法を掛けたのだろうか。魔法じゃなければ説明できない不可解な事象。
魔法使いは誰だろうか。けれど不思議と、その魔法使いはきっと私にとって……帆羽くれあにとって大切な存在なんだと思っている。
だって、この場所に訪れる度、私の胸の鼓動は何度でも速まり、まるで恋に焦がれる乙女みたいになるんだから。
多分、私は記憶にない
自分でもこんな気持ちを抱くのだと感じる反面、顔も姿も知らない誰かに何故、これほどまでに恋焦がれるのか。
それは、多分、科学なんて物じゃ証明できない私と深い何かが関係していると勝手に思っている。
___なら、そろそろ迎えに来るのが、白馬の王子様の役目でしょ。
流石に、私も我慢強くないらしい。
私の一度も
そろそろ迎えに来てくれないと、私の堪忍袋も切れてしまう。
「……なんて、馬鹿馬鹿しいわね。」
自らで心に述べた心の要望用紙を破り捨てる私は、バイト先の『パティスリーチュチュ』へと向かうため、大木に背を向ける。
その時、非常に情けない嘆きを上げながら目の前を走り抜く少年が目に入った。
「こちとら経験値豊富だぞ! 無傷で逃げ切って……それは無理だ!?」
雨なんて降っていないはずなのに、彼の頭上からは雨にも似た紫の粒達が降り注ぐが、少年が不自然に右手を突き上げれば、粒は硝子細工が割れる音と共に消え、少年は再び全力で走り出す。
「……な、なに。」
私はあまりにも非現実的な光景を前に、考えるよりも先に体を動かし、息が上がるほどの速さで少年が居た場所へと駆け出す。
その刹那、一人の絵に描いたような美少女が空から降ってきた。
私が以前に見た映画で似たようなロケーションを見たことはあるが、到底それはフィクションの話で、現実に存在する物理法則では説明できない。
が、私もその非科学的な事象を受けた身である故に、特段何かを言える道理はないが。
それにしても、この状況はどうすれば良いのだろうか。
目の前の、神秘的な黒の衣装に身を包み、その衣装も大変美しいが、その身に纏う装いは彼女の美貌を強調する物でしかないと思えるほどに、目の前の美少女は美しい。
そんな美少女が私の顔を見つめ、その相貌からは考えられない
「……その、大丈夫ですか? 何かお困り事があるのなら、私で良ければ話し相手になりますが。」
「……別に、貴方が世話を焼く義理はない。余計なお世話。」
「余計なお世話でも、一人で抱えるより誰かと分け合って共感し合えるのが解決の近道だと思いますよ。……それこそ、私はお節介と言われても何度だって貴方にこう言います。」
「……貴方は、変わらない。」
何が、___真意を尋ねる前に、目の前の少女は瞬きの瞬間にその姿を消し、空と周囲を見渡しても彼女の痕跡は綺麗に一つもなかった。
___嵐みたいな人達だったと、そう思った。
方や誰かか分からない見知らぬ少年と、方や見知らぬ華やかな衣装に身を包む二人の男女。
けど、どうして。
こんなに、胸が苦しいの。
名前も顔も知らない人達にどうしてこんな気持ちになってるのか、私は分からない。
でも、でももし叶うのなら、もう一度会いたいと私は心にそう決めて、足早にその場を離れて行った。
そう言いやXとかで小林偽者説が出てるのが不思議なんだが、それはそれでおもろい。