消去法で与えられた遺伝子改造チートでどこまでやっていけるか? 作:適当でいいです
防虫効果のある薬草を燃やし、モクモクと煙を焚く中で調理班が夕食を作り始める。
遠征中は歩みを止めるわけにはいかないので、温かい本格的な食事にありつけるのは夜だけだ。
日が出ている間にお腹が減ったら、前夜の夕食の残りを小麦粉や片栗粉のようなものでギュッと固めた『携帯食(カチコチの固形食)』をかじって飢えをしのぐ。完全に兵士の行軍である。
そう、この世界における『冒険者パーティー』の実態も、俺の想像とはまるで違っていた。
ファンタジー小説みたいに「剣士とヒーラーと魔法使いの数人パーティー」なんて甘いものじゃない。30人規模の大所帯なんてザラだ。
なにせ、自分たち戦闘パーティーの身を守るだけでなく、俺たち膨大な荷物を運ぶ『輸送人員』も護衛しなければ、帰りの途中で飢え・渇き・病で全滅する可能性が高いからだ。
(これ……冒険者っていうより、もはやミニ軍隊じゃん……)
もちろん、普段からこの大集団で行動しているわけじゃない。
近場の簡単な依頼なら冒険者も数人のいつものパーティーでこなすし、調理担当は町で料理屋を、俺みたいな肉体労働者は工事現場で働いている。
こうして大型案件の時だけ一斉に集められるのだ。
日本でいうところの……なんだっけ? 『予備役』とか『民兵』ってやつか。
◇
――その日の夜。
警備と休憩をローテーションしながら、各自が身体を休めていた時のことだ。
「おい、シェリトール。どうした、小便か?」
「まあ、そんなところ」
声をかけてきた見張りに適当に返事をする。
……今は『シェリトール』という偽名を名乗っている。
まあ、本当は小便なんて一切催していないんだが。
――俺は、今から脱走する。
(……2日間だ。丸2日間、ずっと4体の『魔獣』か『魔族』に包囲されたまま行軍しているのに、この集団は誰ひとりとして気づいていない)
おまけにさっき、さらに1体追加で合流しやがった。
奴らが速攻で襲ってこないのは、この集団を確実に全滅させるための『頭数』が揃うのを待っているからだろう。
(……はい無理。勝てるわけがない。完全に詰みだ、これ)
実は転移したばかりの頃、街で展示されていた魔獣の死体を「記念に」と言って触らせてもらったことがある。
その時に能力で魔獣の遺伝子構造を読み取っていたのだ。
その副産物として、俺の身体は『魔族側の魔力(魔素)』をも探知できるようになっていた。
だからこそ――察してしまったのだ。あいつらの中に『超絶ヤバい奴』が混じっているってことに。
ここは人間エリア(北半球)だ。魔族の魔力はほとんど使えないはずの場所。
そんなアウェイの環境で、隠しきれないほどの魔素を漏らしているバケモノ……それが何を意味するか。
おそらくは王都に居る王国内最強戦力を連れてきてやっと相手できるか、というレベルだ。こんな田舎街のトップ層で相手になるわけがない・・・
俺は音もなく陣地を抜け出し、奴らの包囲網の『外側』まで一気に離脱して身を潜めた。
もし、あの冒険者臨時軍が奇跡的に奴らを返り討ちにできたなら、しれっと「腹を壊してトイレに行ってました」顔で戻ればいい。
壊滅しても生き残りがいるなら、そこに合流して脱出する。
だが――全滅あるいは皆殺しなら、俺はまた別の町へ逃げるだけだ。
【包囲されていることにすら気づいていない、おめでたい臨時軍】
【完璧に包囲した気でニヤついている、魔族の襲撃群】
そして――
【そのさらに外側から、高みの見物決め込む俺】
とは言っても、こちらも丸腰だ。水も食料もない。
荷車には盗難防止の厳重な見張りが付いていたから、物資をくすねてくる余裕なんてなかったのだ。
逃走に必要な物資を考慮すれば、猶予は『日が昇るまで』。
新たな1体が合流したのに動きを見せない敵に対し、潜伏しながらどう動くべきか考えを巡らせる。
戻るべきか、完全に逃げるべきか……。
時計なんて便利なものは無いが、月が沈みかけている。夜明けは近い。
――ならば、やるべきことはひとつだ。
「何かいるぞ――――っ!?」
俺は大声で叫んだ。
もし奴らがただの「様子見」で潜んでいたなら、警戒して逃げるだろう。
逆に「武力行使前提(襲撃目的)」だったなら、しびれを切らして強硬手段に出るはずだ。
仮に前者だったとしても、「……なんか気配がした気がしたんすよね」と頭をかいてごまかせば済む話である。
そして、結果は――後者だった。
「……ああ、なるほど。そっちが目的だったのか」
見事なまでの奇襲だった。
5体の魔獣と魔族が一斉に襲いかかり、あっという間に現場は凄惨な地獄絵図へと変貌する。
「3体で陣形を崩して暴れ回り、残りの2体が外囲を旋回してキルゾーンからの脱出を許さない。……徹底してやがる」
とはいえ、臨時軍の冒険者たちも伊達に修羅場をくぐっていないらしい。
見事な連携で魔族側の1体を槍で刺し殺していた。……もっとも、その代償として一瞬で7名が殺されていたが。
(う~ん……死んだかどうかは、このチートじゃ判別できないんだよな……)
心臓が止まろうが、脳が潰れようが、細胞自体はまだ動いている。
【遺伝子改造】の権能は生命反応を検知するには超有能なのだが、こういう時の『キル判定』には使えないのが玉に瑕(きず)だ。
暗視ゴーグルのような特殊な視界(生命反応のオーラ)で、現場の生存者を探す。
「……全員が接敵。攻撃を受けたな。動き、無し」
気分はまさに、画面越しに戦況を眺める『戦争ゲームのプレイヤー』だ。
決定的に違うのは、自分もこの戦場にいる当事者のひとり、ということくらいか。
◇
やがて夜が明け、生き残った魔族たちは倒れた仲間1体の死体を回収して去っていった。
それを見届けてから、俺はゆっくりと惨劇の現場へ戻る。
「お、おい! どうした!! しっかりしろっ!!」
わざとらしい、クサい大演技だ。
だが、万が一にも『虫の息の生存者』がいた場合、この地獄絵図の中で冷徹に一人一人脈を測る奴がいたら、あらぬ疑いをかけられかねない。
現場の惨状は、控えめに言って地獄だった。
まともな人間の形を保っている遺体がほとんどない。
……まあ、おかげで一発で『死亡』と分かるから、こちらとしては非常にありがたかったが。
「……よし。全員、脈無し」
となれば、当初の計画通りだ。この街からもトンズラさせてもらう。
問題は、逃走用の水と食料だが……あるにはあるが、荷車を一人で引くのはさすがに疲れるし、血まみれの荷車を道中で見られたら・・・
また『アイツ』に頼むとしよう。
(……来れるか?)
脳内で『ソレ』に問いかける。
直後、ドシン……ドシン……と重い音を立て、周囲の木々を薙ぎ倒しながら『ソレ』が姿を現した。
現れたのは――あまりにも悍(おま)ましい、巨大な【肉塊】だ。
これまで道端で見つけた身元不明の人間、動物、魔獣、さらには魔族たちの腐乱死体を捏ね繰り回し、繋ぎ合わせた集合体。
まさに『生命に対する冒虐(侮辱)』そのものの造形。
ドロッとしたピンク色と赤色のグロテスクなコントラスト。
表面のあちこちから、ランダムに目玉や耳、叫ぶ口、歪んだ腕や脚が生え出ている。
……さっきの魔族の方が、まだ人型をしているだけ親しみが湧くというものだ。
「じゃあ……その辺の遺体を、6人分くらい食べていってくれ」
さすがに「全員の遺体やその一部があるのに、シェリトールの遺体だけ影も形もない」となると、後から調査が来た時にマズい。
適当に数人分の遺体を『アイツ』に丸呑みさせて、俺の痕跡ごと消してもらう必要があるのだ。
俺は眉一つ動かさず、自身の生み出した悪夢の肉塊にそう命じた。
ちなみに、このバケモノの核(コア)には俺自身の細胞が使われている。
……と言っても、俺の髪の毛1本だけどな。
毛根の細胞がまだ生きているうちに死体へ植え付け、【遺伝子改造】を発動させる。すると、植え付けられた死体そのものをエネルギー源にして、死体が意思を持ったように動き出す。
これこそが、俺が秘匿している『戦闘向きじゃない、このチートの戦闘術』のひとつだ。
『じゃあ……このゾンビに、さらに別の死体を吸収・合体させたらどうなるんだ?』
そんな疑問と実験精神から生まれたのが、目の前にいるコイツである。
ただし、体が大きくなればなるほど、維持に必要なエネルギー(餌)が膨大になるのは自然の摂理だ。
やろうと思えば、もっと巨大で山のような肉塊を作り出すこともできた。だが、そんなものを維持しようとすれば『餌(死体)の供給』が全く追いつかなくなる。
だからこそ、現在運用しているデカい肉塊は、2メートル四方の不定形。頭数も管理が容易な『2体』だけに留めているのだ。
「……よし、綺麗に食い散らかしてくれたな」
数人分の遺体を跡形もなく平らげた肉塊を見届け、俺は満足そうに頷く。
これで俺(シェリトール)は、この惨劇で魔獣に食い殺され、骨すら残らなかった哀れな運搬員の一人として処理されるはずだ。
「さてと……じゃあまた容姿と名前を変えて、違う街に移住するとしますか」
俺は髪型と顔の骨格、皮膚の質感を微妙に組み替え――
昨日までの『シェリトール』をその場に捨て去ると、誰にも気づかれることなく、静かに夜明けの森へと消えていった。