消去法で与えられた遺伝子改造チートでどこまでやっていけるか? 作:適当でいいです
ガラガラと音を立てて馬車が走る。
この世界には、魔法で動作する『ベアリング(軸受)』が存在する。
それなりの商人なら手が届く価格帯だが、ひとつだけ厄介な仕様があった。馬引きか誰かが、絶えず『一定の』魔力を注ぎ続けなければならないのだ。
この『一定の』というのがポイントだ。
ただ大量の魔力を注げばいいわけじゃない。加減を間違えれば、魔法構造そのものがバチンと破損してしまう。
「おっちゃん、もしかして結構な商人さんなのかい?」
「いや、オレは魔力の微調整を買われて、専属の馬引きを任されている者だよ」
なるほど、最初に俺を乗せるか渋っていたのは、馬車が借り物で魔力管理に神経を使っていたからか。
道中の雑談で、大体の情勢を把握する。
ベスター市の周囲は「それなりに平和」らしい。
……まあ、日本人基準なら『十分デンジャラス』な環境だが、この世界の住人から見れば平和の部類に入るのだそうだ。
市内の中心部なら魔獣も盗賊も出ないという。
だが、その『市内』というのはあくまで中流階層エリアまでの話。貧民街から森林部へ一歩足を踏み入れれば、相変わらず魔獣や盗賊がハバをきかせている。
農場を開くなら、当然その危険エリアにどっぷり浸かることになるわけだ。
(まあ……いつものパターンだな)
ついでに作物の相場や、卸すならどこの市場がいいかなどの貴重な生情報も手に入れた。
銀貨2枚(+銅貨3枚)にしては、かなりお買い得なドライブである。
◇
その返礼として、夜の野宿ではちょっとした『仕掛け』を施してやった。
車中泊とは言っても、現代の自動車みたいに金属とゴムで密閉された空間じゃない。虫刺されが深刻な問題になる。
そこで俺は【遺伝子改造】を使い、テント周囲の草木に一時的に『天然の防虫・殺虫成分(除虫菊の成分)』を発散させ続けたのだ。
言ってみれば、常時強力な殺虫スプレーをぶち撒けながら寝ているような状態である。
翌朝――。
「なあ……新しく虫に刺された痕が、まったく無いんだが?」
「さあ? たまたまじゃないですか?」
「じゃあ、この足元に転がってるのは何なんだよ……」
辺り一面には、大型昆虫の哀れな死骸がゴロゴロと転がっていた。
さすがにこんな街道沿いで1号くんを動かして『お掃除(吸引)』させるわけにもいかず、そのまま放置していたのだ。
「……実は俺、農業の傍らで品種改良も試みていましてね。防虫煙に適した薬草のサンプルを持ってきていたんですよ」
「そ、そうなのか……」
ここで「見せろ」とか「詳しく教えろ」と野暮に食い下がってこないのが、百戦錬磨の商人だ。
商売をする以上、誰もが『秘伝のノウハウ』を持っていることは知っている。下手にタダで情報を掴まされても、それが罠である可能性だってある。だからこそ深くは踏み込まない。大人のマナーだ。
そんな快適(?)な旅を2週間ほど続け、ついに目的地の『ベスター市』に到着した。
街の景観は、中世ドイツ風というよりはギリシャ風。白い土(粘土)で作られた家々が整然と並んでいる。
「この辺の大都市だと、土系の魔法使いが多くてね。重い木材やレンガを組み上げるより、魔法で一発で家を固めた方が安くて頑丈なんだ」
「へえ……じゃあ、街の外縁部に多い『木造の家』は?」
「魔法使いの工房に依頼する金すら用意できなかった貧民が、自力で木やレンガを組んだ素人建築さ。ああいう家が並んでいるエリアは、貧民街の目印にもなる」
馬引きのおっちゃんがここまで気さくに情報を教えてくれたのは、運賃(小遣い)が入ったからだけじゃない。
例の『防虫薬草』に唾をつけられたからだ。
「商品化できたら真っ先にオレが雇われているノスヴォール商会に声をかけてくれ。いいか、オレに、声を掛けてからだぞ。」
と熱心に売り込まれた。
金になる商品を見つけた手柄が欲しいのだろう。しかし、先約ができるのは、商人(農家)として願ったり叶ったりである。
「ただ、商品化はまだまだ先ですよ。安定した栽培もできていませんし、この土地の土質に合うかも分からない。前の土地でも選り分けた僅かな株しか残らず、自分用に使っていただけですから」
「だろうねぇ。あの劇的な効力なら買い手は山ほどいる。貴族の遠出用なら高値で売れるだろう。……まあ、奇跡的に栽培に成功したら声をかけてくれよ」
「期待せずに待っていてください」
◇
ベスター市はしっかりとした人口があるため、ちゃんとした『宿屋街』が存在していた。
かと言って、魔法使いなどの高給取りでもない俺が高級宿に泊まるのは目立ちすぎて怪しい。
5軒ほど料金と部屋の設備をサクッと確認し、一番コスパの良い『中級宿』に決定した。
安すぎる宿は治安面で何が起きるか分からないし、高すぎる宿は目立つ。やっぱり『中間』が一番安全なのだ。
「今日はもう夕方か。農地の調査や市場の下調べは明日からだな」
部屋に荷物を下ろし、息をつく。
……ちなみに1号くんはというと、夜間にだけ少しずつ移動させていた。
なにせ動くだけで「バキバキドスン」と爆音を立てる存在だ。ベスター市からはまだかなり遠い森の中に潜ませてあるが、今はそれでいい。
1号くんを街の近くまで呼び寄せる事態……それはつまり、『この街を捨てて逃げる時』だからだ。
実は以前、1号くんを『小型化・複数個体』に分散できないか試したことがある。
……見事に失敗したのだが。
詳しく書けば、分裂自体には成功した。
だが、あまりにも細胞レベルで一体化しすぎていたため、脳(核)が含まれていた側の個体は正常に動いたが、脳が含まれなかった側の肉体は『ただの巨大な生肉の塊』になってしまったのだ。
それどころか、血液や神経の循環が寸断されたことで、速攻で腐敗が始まりやがった。
(脳(核)自体は、取り込んだ死体の数だけ存在しているはずなんだよな……。これをうまく配分して分裂させられればいいんだが……やり方がさっぱり分からん)
手脚や目玉程度なら切り離して遠隔操作できるのだが、脳だけは神経回路や栄養・魔力の供給ラインが複雑に絡み合っていて動かせないのだ。その上、肉塊の内部で脳がどこに位置しているのかすら分かりづらい。
生命探知を集中させれば、肉塊内部の神経や血液の流れ自体は把握できる。
……が、医療機器で例えるなら『人間10人を同時に撮ったレントゲン写真』を見せられているようなもので、訳が分からない。
「……となると、実際に『生きたまま解剖・実験』してみるしかないんだよな……」
結局、いつもこの手の物騒な結論に行き着いてしまうのだった。