消去法で与えられた遺伝子改造チートでどこまでやっていけるか? 作:適当でいいです
農地契約を交わしてからは、ひたすら地味で泥臭い作業の繰り返しだ。
領主令により、最初の1年半は『開墾特例』として年貢の納入が免除される。それどころか最低限の生活費まで支給されるのだ。
……と聞けば聞こえはいいが、実際のシステムはそう甘くない。
足りない経費は地主の持ち出しになるため、最初の半年で草刈りと土づくりを終わらせ、残りの1年で最初の作物を収穫まで育て上げなければならない。
つまり、余裕(バッファ)はゼロ。
もし栽培に失敗すれば、領主お墨付きの『多額の借金』を背負い、国中を追われる身となる。
1年半の補助金を吸い尽くして倒産……なんて日本のゾンビ企業みたいな真似をかませば、物理的に処刑されるか奴隷に落とされて社会的に殺されるだけだ。
地味だが、まさに命がけの作業。
これが「農家がそう簡単に移動できない(できない)」最大の理由でもある。
「よいしょ……っと」
神様っぽい存在から「身体能力は強化してある」と聞いていたが、一般人の中では「ちょっと強い」程度だと言っていた。
確かに荒くれ者相手に負けはしないが、無傷で無双できるほど楽な強さでもない。
そしてそれは、日々の肉体労働(農作業)においても同じだった。
「お前さん、見かけによらず結構な力持ちだねぇ」
「まあ、力仕事くらいしか能がありませんから」
農作業の合間、地主のおっさんがこちらの様子を見にやってくる。
気を遣ってくれているのか、ただの興味本位か……。
(ちっ……人の目さえ無ければ、もっと楽に作業できるのに……)
周りの農家の目がなければ、例の【バイオ外骨格】を装着して自分の筋肉関係なしに化け物の馬力で開墾できるのだ。
実は、荷物の中に「エロ作品でおなじみの触手くん」を密かに忍ばせてある。
触手だって元をたどれば強力な筋肉の塊だ。
それを俺の腕や腰に『針金人間』の要領で巻きつけて連動させれば、SFアニメに出てくるパワードスーツのバイオ版が完成する。
「それにしても……アレ、どこから採ってきたんだろ、1号くん」
色とりどりの不気味な触手たち。
どれも根元からぶっつり切られた状態なので、本来何と繋がっていたのか、全体像がどんな怪異なのかは不明だ。
遺伝子解析で構造自体は理解しているが、あくまで『こんな感じ』という情報だけで、実際に動くイメージはほとんどできない。
昔、まだ1号くんが今より十回りほど小さかった頃、森の洞窟の調査に行かせたら自分の身体に巻き込んで持ち帰ってきたのだ。そのうちの数本を実験用に分けてもらったわけである。
……もちろん、本来の「アレな用途」に使うことだって可能だ。
今のところ、そんな欲望を発散する機会も相手も存在しないのだが。
◇
フェンズーヌのじいさんからわざわざ『普通の農法』を教わり、ここで愚直に実践しているのにもまた別の明確な理由がある。
もし俺がチートで『超作物』を作り出したとして、いずれはそれを目当てにした害獣や魔獣、新種の病原菌なんかが大発生したらどうなるか?
間違いなく周りの農地まで巻き込んで収穫量は激減する。病原菌はより悪質な性質になっている。
そうなればどうなるか?
今まで恩恵を受けていたベスター市民たちは、手のひらを返して俺を「救世主」から「飢餓の種を持ち込んだ悪魔」として吊るし上げるだろう。
俺が死んだ後の話ならどうでもいいが、生きている間にそんな大騒動を起こされたら、また面倒な逃亡劇を演じる羽目になる。
「人間なんて都合の良い考え方しかしないからな。真面目に客観的な功罪を評価してくれる奴なんて、まず居ない」
異世界生活を送る中で、現代人の知識知識で改善できる点は幾つも見つけた。
だが俺は基本的に「改善の手法を知っていて、かつ責任を負わずに済む範囲」でしか動かないことにしている。
何百年という時間をかけ、この魔法世界で最適化されてきた手法や社会制度なのだ。
そこへ異世界から来た日本人が「これ、もっと効率よく改善できますよ!」なんて口を出せばどうなるか。
『じゃあ、そのためのは原料はどう手配するんだ?そんな不純物が0.1%以下のものを製造する段階から研究が必要だろ!』
『製造するデカイ工房を作る金はどこから出す?そもそも設備製作の難易度がけた違いだぞ!』
と、冷徹な現実問題が突きつけられる。
仮にそれをチート能力で無理やりクリアしたとしても、さらにデリケートで危険な問題に発展するだけだ。
『他国にない突出した技術や製造方法がある』
『しかもそれは自国の人間には再現不可能』
となれば、待っているのは【戦争】だ。
技術の開発者(俺)や関係者を拉致・拷問するか、軍を動かしてその工房ごと強奪・接収しにくるに決まっている。
「まあ……絶対にそうなるよな」
これすら力技でねじ伏せる超大国に主人公が居座っているなら物語として成立するだろうが、俺はただのしがない男、この王国も普通の国力。
「そもそも、高校の化学で習った程度の知識で工業化なんてできるわけがない。空気が原料の『ハーバー・ボッシュ法』すら再現不可能だろ。化学式を暗記をしていても、じゃあそれどうやってプラント化するか知っているのか?気圧はいくつかけるか教科書に載っていたか?触媒や保存方法は?」
社会制度への口出しなんて、もっと論外で危険だ。
歴史や風土に合わせて出来上がった制度には、必ず利権を握る王や貴族(既得権益者)が存在する。そこに手を触れた瞬間、『国家追放(または暗殺)ルート』にまっしぐらだ。
「国とガチで正面衝突する覚悟がなきゃ無理だろ。そもそもただの浮浪者が信用されるわけもないし……。王族や貴族に転生したとしても、権力の中枢に関わればどのみチート無双なんてやってられない」
だからこそ――。
こうやって地元の風土と世界に目立たず溶け込み、しれっと生きる「普通の生活」が一番マシなのだ。