真説・ぬらりひょんと狐の嫁入り   作:海野入鹿

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 山を下って行くと地形が弓なりに湾曲しているのが見えた。

 弓の弦が結わえてある方、簡単に言うと曲がった先へと歩を進める。

 その先には、思った通り沢があった。

 そんなに大きくはないが、透明な清水が流れている。

 男はゆっくりと腰を屈め、掌ですくって水を口へと運ぶ。

 

「みぃ」

 

 腕の中で子狐鳴いた。

 先ほどの嫁さん発言で照れたのか、ずっとそっぽを向いてご機嫌斜めだった子狐が。

 

「うん? なんだ、お前も飲むか?」

「みぃ」

 

 子狐は小さく鳴き、首をコクコクと立てに振る。

 男は手で水をすくい、子狐に与えながらぐるりと辺りを見渡した。

 自分が目覚めた場所とさほど離れてはいないが、この沢の辺りは人の手が入った形式がある。

 それは、沢の左右にある樹木が証明していた。

 四方八方へと伸ばされた枝だが、この沢の方向だけ綺麗に切り落とされている。それも人の背丈よりもやや上の辺り、実質二メートル弱の辺りで。

 しかし、男はこの光景を見て僅かな疑問を感じた。

 少し、ほんの少しだが、切り落とされた枝の位置が低いのだ。

 むろん、切り落とした人物の背丈が低いのならば問題はないのだが……。

 この妙な気持ち悪さを強引に胸の奥にしまい込み、男は次の議題を考え事フォルダの中から引っ張りだす。

 

「沢の手入れがされているって事は、誰かが利用しているって事、だよな」

 

 ぼそりと呟いた言葉に、腕の中の子狐が「クウン」と鳴いた。

 まるで返事をしている様に。

 そんな考えが頭の中をよぎるが、溜息と共に外へと追いやる。

 怪異など、一度遭遇すればお腹一杯だとでも言う様に。

 それに、今は怪異よりも現状をどうするか、だ。

 

「山の中の沢、それも手入れされた沢、か……」

 

 男は先ほどよりも、さらに小さく呟くと思考の到着点を口にする。

 

「棚田でもあるのか?」

 

 田植えの時期は幾分過ぎてはいるが、田んぼがあるなら集落も近くにあるだろう。

 最悪田んぼがなくとも、沢の周りが手入れされているのを見るに、用水やため池などの水を利用した施設はあるだろうと決め男は山を下りだした。

 沢なりに山を下り始めて三十分程、視界が広がった。

 視界の先には、男の予想通り棚田があった。

 その棚田には、幸運にも一人の老人の姿が見えた。

 男は意を決し、その老人に話しかける。

 

「すみません、少しよろしいですか?」

 

 務めて礼儀正しく言葉をかけたが、目の前の老人の視線は、いかにも胡散臭い人物を見るようだった。

 そして男の視線も同様である。

 お互いに、見てはいけない者を見るような視線であった。

 

「おみゃあさん……どこから来なさった」

 

 目の前の老人は勇気を振り絞ったのか、男に声をかけてくれた。

 

「ああ、私ですか?」

 

 男は努めて礼儀正しく言葉を返す。

 しかし、男の思考は老人の言葉を半分ほどしか受理してはいない。

 その理由は、老人の衣服にあった。

 老人の身なり、まじかで見ると老人かも疑わしいが、その身なりがみすぼらしすぎるのだ。

 擦り切れて周りに竹がはみ出した傘。

 洗ってはあるのだろうが、汚れが落ち切らなくなっている手ぬぐい。

 そして、つぎはぎだらけの着物。

 

 着物?

 

 男の視線が止まる。

 そして、背中に嫌な汗が流れた。

 男は意を決して老人に問いかける。

 

「すみません、岐阜はどちらの方向ですか?」

 

 そう問うが、老人はポカンとした表情を浮かべる。

 

「岐阜はどちらの方向ですか?」

 

 男は再度問いかける。

 

「おみゃあさんは、何をいうとるんじゃ?」

 

 だが、老人から帰って来た言葉は、表情と同一のものであった。

 再度同じ質問をするべきか? 男は一瞬迷ったが、男の口から出た問いは、同じであって同じでは無い言葉だった。

 

「井ノ口の街はどの方角ですか?」

 

 闇の中で手探りをする様に問うかける。

 

 老人は少しポカンとした表情を浮かべたが

 

「井ノ口の街? 東へ行きゃあ井ノ口の街だども、ずいぶんと遠いで? おみゃあさん、何用で井ノ口へ行きなさる?」

 

 老人から返された言葉は、疑問だらけだった。

 そして判った事は、ここはあの女狐の言う通り戦国の時代、もしくは室町の後期の可能性が高い事。

 ならば、確認することはまず一つ。ここが何処か、だ。

 

「度々すみません、ここは何処でしょうか? 山に入って道に迷ってしまいまして」

 

 苦しい言い訳だと思いながら、男は質問を投げかける。

 老人は、訝し気な表情を浮かべるが

 

「ここは……不破の菩提山だで」

 

 

 “不破の菩提山”

 

 男の脳裏に火花が散った、そんな思いだった。

 全ての事に合点が行く。

 老人の表情も、岐阜と言う地名が通じない事も、井ノ口と言う地名に対しての反応も。

 まずは老人の表情。ここが戦国の世ならば、自分の服装は異形そのものだ。

 そして、岐阜と言う地名が通じないのもさもありなん。

 最後に、井ノ口と言う地名への反応。遠いのだ。ここ、不破の菩提山から井ノ口の街への距離は約三十キロ。それほどの距離には見えないかもしれないが、山越えの三十キロだ。舗装路でマラソンするのとは訳が違う。

 どうすればいいのか? 男が思案していると老人が声をかけてきた。

 

「この先の東屋に、竹中様がお休みに来ておられるで、相談してみてはどうかの? まあ、多少不敬な気もせんではないが、おみゃあさんの着物を見るに、うわさで聞いた南蛮とやらがかかわっているんじゃろ? どうなるか判らんが、竹中様は知恵者じゃ、きっと良い知恵を貸してくれるじゃろうて」

 

 そう言って老人は行く先を指さした。

 

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