真説・ぬらりひょんと狐の嫁入り   作:海野入鹿

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 老人に導かれる様に、指で刺された方角へと歩を向ける。

 目的の場所にたどり着くのにどれほどの時間が経っただろうか? 二時間はかかっていないと思うが、太陽は西へと傾きつつあった。

 ごく普通の農村、時代劇などで見る風景よりも若干みすぼらしいが、それも時間の経過と思えるほどに普通の農村があった。

 男は、庭で草むしりをしていた女性に竹中家の東屋の場所を聞き、やっとの事で目的の家へとたどりついた。

 

「……ここか? しかし、城でなく東屋とは……」

 

 男は呟く様に小さな声で確認をし、目的の人物との邂逅を試みる。

 

「すみません、どなたかいらっしゃいますか? すみません」

 

 うるさく無い程度の大きな声で、男は家の中へと声をかけた。

 僅かな時間の後、玄関の内側からガラガラとやや騒がしい音が聞こえてくる。

 そして引き戸が空き、一人の人物が姿を現す。

 現れたのは女性であった。

 年の頃は十八、九。

 ボサボサの髪をポニーテールに結い、目が悪いのか、目つきは半眼で鋭い。

 涼しげな浴衣をはだける様に纏い、足取りは怪しい限り。

 なんてことは無い、女性の手を見れば一目両全。

 酒瓶を手に持ち、ゴクリと一飲みして男に向かってくる。

 つまりは酔っ払い少女が居た、と言う事だ。

 

「だれですか?」

 

 酔っ払いは男に近づくと一言確認の言葉を口にする。

 男は素直に名乗ろうかとも思ったが、自分の境遇が理解出来ていない内は、そうしない方が良いような気がした。

 ではどうするのか?

 答えは一つ。

 

「私は柳田邦夫と申します。怪異譚を求め旅をする者でございます」

 

 堂々と嘘を吐くのである。

 

「怪異譚の蒐集?」

 

 酔っ払いは言葉と共にじろじろと男、柳田邦夫を見つめた。

 五分ほど経っただろうか、酔っ払いは「ふうん」と納得ともとれる言葉を発し、視線を柳田の顔へと戻す。

 そして

 

「怪異譚の蒐集家かぁ。だからそんなのと一緒にいる訳だ」

 

 そう言って子狐のおでこをピンと軽くはたいた。

 

「みゃ!」

 

 子狐は驚き、柳田の腕からスルリと抜け出し、近くの藪の中へと逃げていった。

 それを見た酔っ払いは

 

「ふむ。悪いことをしたかな? なあに、柳田殿、心配めさるな。あの子狐と柳田殿は一心同体、すぐに会えるさ ケホッ」

 

 そう言ってケラケラと笑った。

 そういわれても柳田には一切解らなかった。

 ただ一つ解ったのは、目の前の酔っ払いは、ただの酔っ払いでは無い、と言う事だった。

 酔っ払いはひとしきり笑うと、やや表情を硬くし

 

「お客人に名乗らせて、我が身を名乗らぬとはなんと不誠実。私は竹中半兵衛重虎、この東屋の主だ」

 

 そう名乗った半兵衛は、わずかに邪気の無い笑みを見せた。

 “竹中半兵衛重虎”知らぬ人はいない美濃の知恵者。

 あの豊臣秀吉に天下を取らせた二兵衛の一人。

 その人物が目の前にいる。

 

 それも女性?

 

 確かに、竹中半兵衛は中世的な顔立ちであったと言われている。

 それが、真に女性だったとは。

 柳田邦夫と名乗った男の緊張はこれでもか、と高まっていく。

 しかし、それを表には出してはいけない。

 当たり前の様に、そう、知っていた様に振る舞う事を心がける。

 半兵衛に誘われるまま柳田は玄関の引き戸をくぐる。

 身体が屋内へと入った所で、柳田は後ろ手で引き戸を閉めようと手をかけた。

 瞬間、半兵衛が振り向き

 

「そうだ。玄関の戸は、このぐらい開けておいてくれないか」

 

 そう言って親指と小指を強調するように掌を見せた。

 親指と小指の間、つまりは二十センチから二十五センチほど開けておけと言う事らしい。

 柳田は一瞬首をひねるが、換気のためだろうと思い言われる通りに開けておいた。

 

 

 柳田は居間の様な所に通された。

 上座に半兵衛はドスンと腰を下ろす。

 酔っているのか、その所作には女らしさなど微塵もなかった。

 

「柳田殿、それでお前さんは何用でこんな辺鄙な村へ来たのかな? ケホッ」

 

 半兵衛は先ほどよりもさらに砕けた言葉使いで問いかけてきた。

 柳田は「そうですねぇ」と前置きを口にし、なんと言い訳しようかと一瞬言葉に詰まる。

 こ一拍の間を自身に対する疑問と捉えたのか、半兵衛はうんざりとした表情を浮かべ他言無用と注意を促し先に口をひらいた。。

 

「私がこんな田舎にいるのはなぁ、生まれ故郷を田舎と言うのもなんだが、あの馬鹿息子のせいなのよ」

 

「馬鹿息子?」

 

 柳田は驚きの様な表情を浮かべ、半兵衛の言葉を繰り返す。

 

「そう馬鹿息子。斎藤義龍」

 

 半兵衛は苦々し気な表情のまま、馬鹿息子の名を口にした。

 

 竹中半兵衛の話を聞くと、こうだった。

 斎藤道山が留守の時、息子義龍が家臣を集めてこういった。

 “この稲葉山城は、天然の要塞。どんな天才や戦の達人と言えど落とすことかなうまい”と。

 この自身の功績でもない事での自慢っぷりに、竹中半兵衛はプツリと切れた。

 この時、いつもいさめてくれる、義理の父である安藤守就(もりなり)が不在であったのも一因であったのだろう。

 売り言葉に買い言葉、切れた半兵衛は、明晰な頭脳を駆使して、言葉通り稲葉山城を占拠した。

 その事に対し、斎藤道山は激怒した。

 半兵衛の言葉によると、激怒した振りをしたらしい。

 そして、その罰として謹慎を言い渡され今に至ると言う。

 

「はあ、なるほど」

 

 柳田は相槌を打ちながら、今がどれくらいの時代なのか思案する。

 斎藤道山の存命? 稲葉山城の乗っ取り……辻褄の合わない事もあるが、一番重要な事は、岐阜城ではなく稲葉山城であると言う事。

 歴史から考えて、稲葉山城の乗っ取りがおこっているならば、桶狭間の戦いは終わっている。

 しかし、柳田は頭の中でそれを事実として受け入れる事が難しかった。

 理由は特にはない。だが、何かが違うのだともう一人の自分が言っている様な気がした。

 ならば、答えは一つ。確認するまで。

 

「不躾な質問なのですが」

「なんです?」

 

 柳田の問いに、半兵衛は酒瓶をコクリと傾け返事を返す。

 

「尾張の戦は、どうなりました?」

 

 この問いに、半兵衛は僅かに首を傾げると

 

「何を言っいるんです? 尾張の戦? 一揆でもありましたか?」

 

 帰って来た答えは、?マークだらけなものだった。

 この瞬間、柳田の背筋にゾクリと悪寒が走る。

 何かが違う。いや、そうではない。違う、そうなのだ。

 何が何だか判らない。

 必死に感情を誤魔化し、努めて冷静を保とうと必死になる。

 その努力を知ってか、半兵衛はクスリと年相応の笑みを浮かべると

 

「なかなか難儀な状況の様ですね、答えはすぐそばにあるかも、ですよ」

 

 そう言って一拍置き

 

「あなたの後ろ、とかに、ね」

 

 茶目っ気たっぷりに片目を閉じ(ウインクし)た。

 

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