2-1
「遠いのぅ」
何もない道すがら、九尾の姫雫が何度目かの愚痴をこぼす。
外見は幼稚園児の様に見えるが、このちんちくりんは、れっきとした九尾の怪異である。
その愚痴を聞き、男、未来から来た男、つまりは隣で愚痴をこぼすちんちくりんの夫は、げんなりとした表情を浮かべる。
何故にこの様な表情を浮かべるのか? それは、隣のちんちくりんが約500メートルごとに愚痴をこぼすからである。
現在の場所は、今の住所に置き換えると岐阜県安八郡。竹中半兵衛の東屋があった池田町から訳17キロ。
つまりは、34回目の愚痴を聞かされているしだい。げんなりも当然と言った所。
しかし男も男、多少の事ではへこたれない。
「遠いな、遠いよなぁ。ああ、遠い」
何事もなく返事を返す。
だが、夫が夫なら妻も妻。
「遠いのぅ。お前様よ、アレをだせ、アレ」
「ああ?」
雫の謎の要求に、男は首を傾げる。
アレの意味が解らない為だ。
その謎に意も介さず、雫は言葉を続けた。
「アレじゃよ、ほれ、V-MAX」
「はあ?」
雫の要求は、ヤマハの大型バイク。
この要求には、男も間抜けな言葉で答えるしかなかった。
だがそれも一瞬の事、聞き捨てならない言葉が混じっている事に男は気づく。
「おい雫」
「なんじゃ、お前様」
何気ない呼びかけに、当然と言った返し。
しかし、両者には大きな違いがあった。
「おまえ、どうしてV-MAXだなんて……」
そう男が言いかけるが、当の雫は呆れた表情。
「お前様よぉ、言ったであろう? 九尾は知識を食う、と」
それは聞いている。
だが、意味を大きくは理解してはいなかった。
「わかっておらんかったようじゃのう。いいかお前様、知識を食うとは、契りを交わした相手と知識を共有すると言うことじゃ」
雫の言葉を、男はゆっくりと噛みしめる。
「……と言う事は……」
「お前様の知識は、わらわと共にあると言うことじゃな。平成、令和、それ以前の知識も」
「つまりは、俺が体験したり教わって来た知識がお前の中に……」
「そういう事じゃ」
そう言って雫はふふんと鼻で笑った。
「しかしのうお前様。V-MAXはともかく……」
「なんだ?」
突然のむずがる様な雫の言葉に、男は首を傾げた。
「これはなんとかならんかのぅ」
そう言って自分の頭を指射した。
そこにあるのは、地味な黒いキャップ。雫の愛らしい獣の耳を隠す為に男がかぶせた物だ。
「とりあえず、今は我慢しろ。いずれ何か考える」
そういう夫の言葉に、雫は“ふんっ”と鼻を鳴らしふさふさの尻尾をブンと振る。
実際の所、耳もそうだが、尻尾も十分まずい。
だが、尻尾の装飾付きの腰巻だと言い張れば耳よりかは誤魔化せる。
それを踏まえての放置である。
まあ実際の所、クソ暑い中外套を着せる事も出来ずの苦肉の策である。
「ついでに聞くのじゃが……」
「何だ?」
続く雫の問いかけに、気だるそうに男が答えた。
「先ほどなんぞもらっておったようじゃが、何をするのじゃ、そんなモノで」
男が背負ったリュックに縛り付けられた藁の束を指さした。
男は背後を見るでもなく、ただ何となく宙を仰ぐ。
そして
「……いずれ解る。まあ、問題は解決するだろ」
そう言って悪党の笑みを浮かべた。
言われた雫は、いつもの事とでも言う様に満面の笑みで返事を返すと二人は再び歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やっとの事で井ノ口の街、今の岐阜市へと到着した二人。
宿代の後払いを了解してくれる店を探し、腰を落ち着かせる頃には、時はすっかり夜へとなっていた。
「随分とかかったのぅ」
ささやかな夕食を終え、畳の上で大の字に寝っ転がった雫が口を開く。
「まあな。怪しげな二人組、それでもって宿代の後払いを了承してくれた店に感謝だな」
畳に座り、僅かに高くなった窓枠に腕を掛けた男が答える。
「それで、どうするのじゃ?」
雫の唐突な場面転換に、男は首を傾げる。
「
僅かに視線を傾け、男を見ながら雫は問いかける。
男は逆に雫から視線を外し、提灯の灯かりが照らす町並みを見ながら
「まあな」
言いながら、手に持つ物を指先で遊ばせた。