転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい!   作:青葱小口切り

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第十二話 覚悟なんてできるわけない

 

「中に何がある」

 

 V3の声が扉の方から飛んできた。戦闘員の相手をしながら、顔半分だけこちらへ向けている。

 

「中央連結区画に、手動の分離盤があります。そこから四つを切り離します」

「できるのか」

「私なら」

 

 それだけで、V3は前へ向き直った。

 「戻れるか」とは訊かれなかったから、答えなかった。

 

 問題は、ここから発射台までの距離だった。

 

 管制施設と発射台は谷の反対側にある。来た道は隔壁で閉じ、渡りを越えるためのロープアームは床だ。付け替えている時間もない。

 

 どう並べても、間に合わない。

 

 顔を上げたとき、壁際の表示が目に入った。

 

 小さな四角い窓が、赤から緑へ変わっていた。

 

 略図を見る。管制室の四角から指を右へ滑らせると、岩壁の中を通っている線が一本あった。太い燃料配管に沿って、発射台の根元まで届いている。

 

 燃料系の保守路だ。

 

 通常は発射台側からしか入れないが、緊急発射時だけ管制室側の隔壁も開く。

 

 ヨロイ元帥の選んだ手順が、こちらにも道を開いた。

 

 迷っている時間はない。床のロープアームも、空になった携行ケースも置いていく。腰へ差せる短い工具だけを抜いた。

 

 右肩の点検部が開いたままだったことに、今さら気付いた。

 

 通常手型で布の縁を押さえ、左手を内側へ入れる。三つの留め具を、下から順に閉じた。金属の小さな音が三つ鳴って、肩が塞がる。

 

 V3が押し込んできていた戦闘員をまとめて外へ返した。

 

「V3、こちらです」

 

 壁際の扉のハンドルへ体重を乗せる。厚い板が横へ滑り、その奥に細い通路が見えた。熱い空気が顔へ当たる。

 

 二人で内へ入ると、背後で防火隔壁が落ちた。

 

 扉を叩いていた音が、一枚の鉄の向こうへ消える。

 

 右手の配管の中を、液体が走っていた。低く、途切れない音。その音が、通路の先で一度細くなり、また太くなる。順番に弁が開いているのだ。壁へ手を近づけると、鉄が熱を持ち始めているのが分かった。

 

***

 

 保守路は、人一人がやっと走れる幅しかなかった。

 

 片側に太い配管、反対側に岩壁。ところどころに裸の電球が下がっていて、その間は自分の足音だけで進む。

 

 発射台へ近づくほど、床の振動が強くなった。踏むというより、震えている板の上を運ばれている。空気の温度も上がっていき、ヘルメットの中に汗が伝った。

 

(強化服、熱の免除まではしてくれないらしい)

 

 俺が先を走り、V3が後ろを守った。追ってきている音はない。

 

 配管の音が、一段太くなった。通路の先が明るい。

 ——出口だ。

 

 岩を抜けた瞬間、音が世界ごと変わった。

 

 発射台の足場は、下から吹き上がる白い蒸気に包まれていた。頭上に、プルトンロケットの胴があった。図面で何度も見た形が、谷の壁に立てかけられたように斜め上へ伸びている。表面に霜がついて、そこから水が細く流れ落ちていた。

 

 その足場の中央に、ヨロイ元帥が立っていた。

 

「保守盤に手を入れておいて、気づかれぬとでも思ったか」

 

 ヨロイ元帥の声は、蒸気の音を平気で越えてきた。

 

「副指令所には、盤の開閉も表示される。緊急点検路が管制室側から使われたこともな」

 

 俺は足を止めなかった。

 

「貴様が何を見つけたかは知らん」

 

 鎧が一歩、こちらへ出る。

 

「だが、ロケットへ向かう理由など一つしかない」

 

 中身まで読んだわけではない。それでも、俺が通る出口だけは塞いでいる。

 前回姿を見せずに計画を潰したのと、同じやり方だ。

 

「退け」

 

 鎧の肩が沈んだ。

 

 次の瞬間、ヨロイ元帥の腕が振り下ろされていた。

 

 速い。副指令所で指示を出すだけの人間の速さではなかった。俺はヨロイ元帥があの姿では戦わないと考えていた。数え間違いだ。

 

 その腕を、V3が受け止めた。

 

 足場が大きく鳴った。床が波を打って、俺の膝がその上で跳ねる。V3の踵が半歩ぶん滑って、止まった。

 

 止まったけれど、押されている。

 

「ここは俺が引き受ける!」

 

 V3はヨロイ元帥の腕を受けたまま、足場へ踵を食い込ませた。

 

「ロケットを止められるのは、君だけだ。行け、結城!」

 

 俺は、ヨロイ元帥をもう見なかった。

 

 ヨロイ元帥と俺のあいだにあるものは、処刑計画から数えても、あの洋館から数えても、そこそこの量がある。それを自分の手で終わらせたい気持ちも、確かにある。

 

 でも、全部置いていく。

 

「……はい」

 

 走り出しながら、俺はV3の背中を一度だけ見た。

 

 風見は、俺が操作を終えて戻ってくる前提で背中を押した。その組み立ての中に、俺の知っている三行は入っていない。

 

 訂正する時間がない、という言い方は卑怯だろう。

 

 背後で硬いもののぶつかり合う音が始まった。

 

 俺の前には、ロケットの側面へ這うように取り付けられた点検足場があった。細い板が、振動でずっと小さく揺れている。

 

***

 

 足場は手すりが片側にしかなかった。

 

 床板の隙間から、下の蒸気とそのさらに下の暗がりが見えた。見なかったことにした。

 

 足元で、金属の爪が引き込まれる音がする。

 

 発射架台と機体をつないでいる部分だ。順番に、一つずつ外れていく。踏んでいる足場そのものが、機体から離れる準備をしている。

 

 中央連結区画のハッチは、四つの区画の継ぎ目にあった。

 

 円い蓋の縁に、外側の留め具が三つ。工具の先を差して起こすと、内側の空気が音を立てて漏れた。蓋が数センチ外へ動く。

 

 狭い。

 

 右腕から先に差し入れて、身体を横向きにして潜り込んだ。肩の接続部が縁へ当たって、鈍い痛みが背中まで走る。

 

 内側の取っ手へ五本の指をかけた。

 

「結城!」

 

 背後から呼ばれ、俺は顔を出した。

 

 足場の向こうで、V3がヨロイ元帥の腕を押し返している姿勢のままこちらへ顔を向けていた。

 

 目が合う。

 

 それだけで、この人が何かを言おうとして、言葉を見つけていないことが分かった。

 

 鎧の腕がV3の胸へ入り、視線が外れる。

 

「ロケットは任せてください」

 

 俺の口は、それだけを言った。

 V3がヨロイ元帥の腕を跳ね上げ、蒸気の中で叫んだ。

 

「……行け!」

 

 俺は右手でハッチを引いた。

 

 円い蓋が縁へ収まると同時に取っ手を回す。一回。二回。金属が奥で噛み合う音が、三度に分けて響く。

 

 外の音が、遠くなった。

 

 誰に命じられたわけでもない。風見につけてもらった手で、俺が閉めた。

 

 閉めた途端に、恐怖がはっきりした形になった。

 

 覚悟なんて固まってない。逃げ道が一つもないことが、事実として確定しただけだ。手のひらが冷たくて、指の関節が言うことを聞くのが少し遅い。

 

 それでも、口に出さないのが最後のプライドだ。

 

 内部灯が点く。

 

***

 

 中央連結区画の内部保守室は、細長い箱だった。立てる場所は中央の一人分だけで、両側の壁が肩に近い。地上でここへ入る技術者は、たぶん腰を曲げたまま作業する。

 

 左右の壁に、一から四の番号を打たれた遮断器が並んでいた。太い配線束が、番号ごとに分かれて機体の四方へ抜けていく。

 

 中央に、腰の高さのレバーが一本立っていた。

 

 その根元に、太い安全ピンが横から刺さっている。ピンの上の小さな窓に、谷内、と表示が出ていた。

 

 壁には折り畳まれた保守通話器。数本の手すり。工具を差し込む小さな点検口。

 

 座席はない。

 

 安全帯もない。

 

 脱出用と書かれた装置もない。

 

 一つずつ、目で確かめた。図面の三行を読み返す必要はなかった。

 

 俺は一番目の遮断器の脇を見る。

 そこには二つの記号が一組で並んでいた。

 

 遮断。自動復帰禁止。

 

 カタツブラーの図面に書き足したものが、そのまま金属の板に打たれていた。

 

 通常手型の指先で触れると、機体の振動が返ってくる。番号の書き方も、配線束をまとめる帯の巻き方も、研究棟で見ていた班の仕事だった。俺が抜けたあとも、あの部屋の人間が同じ手つきで、この箱を組み上げたのだ。

 

 俺は自分の設計に、初めて内側から会っていた。

 

 紙は俺の手を離れて、ここまで来た。俺が処刑から逃げ、この日を怖がっているあいだにも走り続けて、ここで金属になっていた。

 

(よくやった、と自分に言うべきなんだろうな。……せめて手動じゃなくしておけよ)

 

 一番目の遮断器を、両手で握った。

 

 重い。片手用に作っていない。体重を乗せて下へ落とすと、腹に響く音がして、一番の表示窓が白から黒へ変わった。

 

 二番目も同じように落とす。

 

 黒が二つ並んだところで、足の下から新しい音が来た。

 

 低い。近い。金属の壁を通して、鼓膜ではなく胸へ入ってくる音。

 ……推進部の点火だ。機体全体が、一度沈む。

 

 次の瞬間、プルトンロケットが動き出した。

 

***

 

 床が、俺を追い越した。

 

 気がついたとき、俺は後方の隔壁へ背中から張りついていた。強化服が衝撃を散らしているのは分かる。背中は壊れていない。それでも、身体の全部が隔壁へ縫いつけられている。

 

 強化服は重さの免除をしてくれない。

 

 頭を持ち上げようとすると、首の後ろが軋んだ。胸が上から押されて、息が半分しか入らない。半分の息で、次の半分を吸う。

 

 右腕が、いつもの何倍も重かった。人工の腕は重量がある。その重量が全部、右肩の接続部一か所へ集まっている。留め具の三つが、内側から布ごと引かれる感覚があった。

 

 足を動かそうとしても、靴底が床から離れない。

 

 三番目の遮断器は、肩より高い位置にあった。

 

 左腕を手すりへ絡めて、靴底を隔壁へ押しつける。腹に力を入れて、右手を上げた。

 

 カセットアームには、引けるだけの力がある。問題はいつもその力を受け止める側だ。腕が保っても身体が保たないことは、これまでの戦いで何度も分かっていた。今それは、敵ではなく作業の障害として戻ってきている。

 

 指が三番目の遮断器にかかった。

 

 力を込めて、落とす。

 

 金属音が加速の音に飲まれて短くなった。それでも表示窓は黒へ変わった。

 

 四番目は、さらに遠い。

 

 身体を数十センチ横へずらすだけで、息が切れた。手すりを掴み替えて、爪先で床を探して、また掴み替える。こんな距離、地上でなら二歩で歩けるのに。

 

 腰の工具を右手で抜いた。

 

 四番目の遮断器の脇に、補助穴がある。地上で固い取っ手を動かすときに使う穴だ。工具の先を入れて、左手と両足で身体を固定し、体重を柄へ預けた。

 

 てこの原理で遮断器が下りた。

 

 四つ目の表示窓が黒へ変わる。

 

 四区画の遮断は完了した。

 

 中央のレバーへ手を伸ばす。安全ピンは刺さったまま、窓もまだ谷内を示している。

 

 ピンが抜けるまでは、もう何も触れられない。

 

 俺はレバーの脇へ身体を固定して、待つ姿勢になった。

 

 それがいけなかった。

 

 手を動かしているあいだ、俺は何も考えていなかった。考えないでいられる作業が、都合よく次から次へ来てくれていた。それが切れた。

 

 加速の音と、自分の呼吸だけが残る。

 

 俺は壁の保守通話器を見た。

 

 分離のあと、四つの区画は別々に落ちる。落ちた先を確認して人を近づけないようにするのは、地上にいる人間の仕事だ。それを渡しておかないと、この操作は半分で終わる。

 

 開けば、この線は共通回線につながる。届く先は、選べない。

 

 俺は左手で通話器を引き出した。

 

***

 

「風見さん。聞こえますか」

 

 雑音が長く続いて、その向こうから声が届く。

 

『聞こえる。結城、どうなっている』

 

 殴り合いの音が一緒に入っている。

 

「四区画の遮断は完了しました。谷を抜け次第、最終分離を行います」

 

 機体が横へ振られた。左腕を手すりへ絡め直して、右手をレバーへ置く。

 

「分離後、各区画は別々に落下します。市街地へ被害を出す規模にはなりません。落下地点の確認をお願いします」

『待て』

 

 声が変わった。

 

『君はどうする』

「中央連結区画も、同時に切り離されます」

『そうじゃない』

 

 短い呼吸が、回線に乗った。

 

『君は、どうやって戻る』

 

 とうとう訊かれた。

 訊かれたことには、正確に答える。それだけは決めていた。

 

「……戻れません」

『何だと?』

「発射後は、保守ハッチを開けられません。この区画に脱出設備もありません」

 

 わずかな沈黙があって、それから声が来た。

 

『なぜ、それを言わなかった』

 

 怒っている。当然の怒りに対して言い訳を並べる気はなかった。

 

「言えば、あなたは止めたでしょう」

『当たり前だ!』

 

 言い切られて、俺は少し安心した。この人はそういう人だから、伝えなかったのだ。

 

「ですから、後を――」

『自分でやれ』

 

 声が遮った。

 

『戻ってきて、自分でやるんだ』

 

 俺はいつもの調子で、無茶を言うなと返すつもりだった。軽く投げ返して、それから引き継ぎの続きを言えばいい。

 

 口を開いた。

 ——用意していた文が、そこで崩れた。

 

「……怖いです」

 

 最初は、まだ繕えていた。

 

「ここにいたくない、戻りたい」

「嫌だ」

 

 敬語をつなぐだけの息が残っていない。喉の震えも止まらなかった。

 

「死にたくない」

 

 言ってしまった。

 

 ずっと内側だけで言っていたことを、線の向こうへ流してしまった。情けない言葉ばかり並べたと数えている。この通信を聞いているのは風見だけではないと言うのに。

 

 返事が来なかった。

 

 雑音だけが続いた。戦闘の音も、一度止まっていた。

 

 その沈黙が長くて、怖くて、俺は自分の呼吸の音を聞いていた。

 

『……聞こえている』

 

 風見の声が来た。少し間があってから、続く。

 

『全部、聞こえている』

 

 風見は「大丈夫だ」とは言わなかった。それでもその声を聞いていると、視界の端が滲む。

 

『死ぬな、結城』

 

 無茶だ、と言おうとした。

 

『手を止めるな』

 

 さらに強く言葉が続く。

 

『最後まで、生きるために動け』

 

 まともな返事にならない息を、一度吐いた。

 

「……はい」

 

 通常手型の五本の指で、レバーを握り直した。

 

 怖いままだった。嫌なままだった。死にたくないままだった。どれも、覚悟には変わらなかった。

 

 ただそれを全部聞いたうえで、声を返してくれる人が一人いる。

 

***

 

 振動が変わった。

 

 岩壁から返ってきていた音が、消えた。反響を失った音は薄くて、代わりに風の音が機体の外側を流れていく。

 

 ピンの上の窓の表示が、ゆっくり切り替わった。

 

 ガン。

 

 安全ピンが音を立てて引き込まれ、レバーが動く状態になった。

 

 プルトンロケットを回避したかった。

 

 そのために前世を思い出したのだと、俺はどこかで思っていた。回避の準備をして、日付を数えて、怪人の順番を数えて、間に合わせようとしていた。

 今だって嫌だ。

 

 怖い。死にたくない。

 

 なのに結局、俺はロケットの中にいる。回避なんて、できていない。

 それでも、ここで手を離して、人を見捨てることはできなかった。

 

 口がもう一度、死にたくないと言った。

 

 右手が、分離レバーを引いた。

 

 その両方が、自分の意思だった。

 

 レバーを最後まで引き切ると、固定部が順番に外れた。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 四つ。

 

 機体を一つに束ねていた構造が解けた。四つの区画が、互いに違う方向へ押し出されていく。壁の向こうで配線束が引き抜かれていく音が、少しずつずれて四回分聞こえた。

 

 俺のいる中央連結区画も、推進部から離れた。

 

 脱出用として射出されたのではない。束ねる役を終えた部品として、横へ弾き飛ばされただけだ。

 

 加速とは別種の衝撃が来た。

 

 右手がレバーから離れ、五本の指が何もない空間を掴んだ。身体が壁と壁のあいだで一度跳ねて、ヘルメットが隔壁へ打ちつけられた。視界が白く飛ぶ。

 

 通話器から風見の声が聞こえかけて、雑音に潰れた。

 

 自分がどこへ飛ぶのか、考えなかった。爆発からどれだけ外れたのかも分からない。

 助かるという前提は、図面のどこにもない。

 

 自分の操作が終わったことだけを確かめて、俺の意識は切れた。

 

***

 

 さそり谷の外の空で、プルトンロケットが四つに崩れた。

 

 離れた場所で、一つ目が爆発した。少し遅れて二つ目。三つ目。四つ目。四つの炎は互いに重ならず、別々の輪を空へ広げていった。輪の縁が薄くなり、煙になって東へ流れる。

 

 その四つの炎の縁から、黒い金属片が弾き出された。一度だけ光を反射して、煙と共に山の向こうへ消える。

 発射台に立つV3の複眼が、その消えた方角を追った。

 

 足場では、保守用のスピーカーが雑音だけを流している。

 ヨロイ元帥が、その音の方へ鎧の面を向けた。

 

「聞いたか、V3」

 

 蒸気が薄くなった足場に、二つの影が立っている。

 

「あれだけ泣き言を並べて、最後は自分の作った仕掛けに呑まれた」

 

 鎧が鳴った。

 

「デストロンを裏切った臆病者にふさわしい末路だ」

 

 V3は空を見ていた。

 

「黙れ、ヨロイ元帥! どれほど怯えていようと……それでもあいつは、人間を守るために最後まで手を動かした」

 

 V3がヨロイ元帥へ向き直り、一歩前へ出た。

 

「それが結城丈二の勇気だ!」

 

 腕が上がる。

 

「ライダーマンは――」

 

 足場の鉄が鳴った。

 

「仮面ライダー4号だ!」

 

 ヨロイ元帥の面が、蒸気の中で反った。

 

「たわけたことを!」

 

 鎧が膨れ上がり、割れた。赤黒い甲殻と、巨大な鋏が現れる。ヨロイ元帥の本体——ザリガーナが足場の中央で身を起こし、蒸気を巻いて鋏を振り下ろした。

 

 V3の拳とぶつかる。

 

 衝撃で鉄板が裂けた。二撃、三撃。V3の踵が下がっていく。四撃目で背中が手すりへ当たり、支柱が谷へ落ちた。

 

 ザリガーナの鋏が開く。

 

 V3は下がらなかった。

 

 開いた鋏の内側へ正面から踏み込み、腕で押し上げてすり抜ける。鋏が空を噛んだ。

 

 その隙にV3は足場を蹴った。蒸気を突き抜けて、影が舞い上がる。

 

「V3フル回転キィィック!」

 

 V3の足が、ザリガーナの胸を打ち抜いた。

 

 甲殻が砕け、爆炎が足場の端から吹き上がる。煙の中で赤黒い塊が縮み、鎧武者の姿へ戻った。

 

 ヨロイ元帥は、片膝で足場の板を割りながら立ち上がった。鎧の肩当てが半分なくなっている。

 

「……覚えておれ」

 

 鎧が背を向け、蒸気の奥の通路へ消えていく。

 

 V3は追いかけようとして、足を止めた。

 

 四つの煙が空にまだ残っている。その下には何も見えない。落ちた先は、分からなかった。

 

 V3はその煙を一度だけ仰ぎ、ヨロイ元帥を追って基地の奥へ駆け込んだ。




評価・お気に入りなどありがとうございます!励みになります。明日の更新で最終話となりますので、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
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