転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい! 作:青葱小口切り
午後の作業場は、油と金属の匂いがした。
板を渡した長い台の上に、換装台の受け金具と留めねじを並べていた。先日の試験で、腕を載せる台の保持位置が足りていないことが分かっている。持ち上げる途中で先端がわずかに下がって、軸がずれる。受けを三センチ前へ出せば、たぶん噛み合う。
通常手型で紙の端を押さえて、左手で寸法を書き込んだ。字は相変わらず読みにくい。片桐に見せれば、また言い訳になっていませんと返ってくるだろう。
この一週間で進んだのは、そのくらいだ。
ネットアームの網は、巻き取るたびに片側がたるむ。張力の試験はまだ一度もしていない。単独換装の再試験も、台を直してからだ。
(一週間じゃ形にならないんだよな。というか、なった方が怖い)
階下で電話が二、三度鳴ったところで止まった。立花さんが出たのだ。受話器の向こうと短くやり取りする声が、床板越しにくぐもって聞こえてくる。
その声が、急に大きくなった。
「志郎、海外からだぞ!」
風見が工具箱の蓋を閉じる。
「本郷だ!」
今度は俺の手が止まった。
(本郷猛!?)
風見が作業場を出ていく。階段を下りる音が遠ざかって、下で受話器を受け取る気配がした。
俺は紙へ視線を戻す。
戻したのだが、寸法線が同じ位置に二本引かれていた。定規を当て直して、間違えた方を消す。それからさっき締めたばかりのねじにドライバーを当てて、すでに締まっていることに気付いて手を止めた。
(落ち着け。国際電話は高い。そのうち終わる)
盗み聞きに行く気はなかった。行ったところで階段の下は店だ。客に見つかる。
電話は、思ったより短かった。
板の鳴る音が戻ってくる。俺は顔を上げ、なるべく落ち着いて見えるように背筋を伸ばした。
「本郷先輩から連絡があった」
***
本郷猛は、まだ国外にいるという。
風見の説明は短かった。日本のデストロンが壊滅したことを向こうで知ったらしい。それで、風見と立花さんの無事を確かめるために電話をかけてきた。
(無事の確認が電話一本で済むのか……)
近いうちに一度、日本へ戻る予定があるそうだ。日取りが決まれば、また連絡が来る。
「会わせたい人がいる、と伝えた」
「……そうですか」
少なくとも、自分のことだとは思わなかった。少年仮面ライダー隊の誰かか、店に出入りしている若い子たちの誰かだろう。
「本郷先輩は、了承している」
「名前や経歴は、話されたんですか」
「話していない」
「先に伝えておいた方がよかったのでは」
「国際電話だ」
それもそうだ。俺は台の上の部品を並べ直した。
「必要なら、デストロンの施設と技術について資料をまとめます。日本支部の残りの拠点は、たぶん私の方が把握しています」
「資料だけじゃない。君も来い」
「私も、ですか」
並べ直しかけた部品を一つ持ったまま、少し考える。
(元デストロンの科学者として? それとも技術協力者? ……風見さんの手術を勝手にやった人? いやこれは絶対に外聞が悪い)
どう説明されるにせよ、まあ、支援要員あたりだろう。それが一番実態に合っている。
「仮面ライダー4号として、紹介したい」
一瞬、息が詰まった。
(……俺、仮面ライダー4号だったの!?)
***
今度こそ作業を続けるのを諦めた。工具を台へ置く音が思ったより大きく鳴る。
「待ってください」
「なんだ」
「今、仮面ライダー4号と言いましたか」
「ああ」
混乱している時ほど、この口は事務的になる。順番に確かめていくしかない。
「仮面ライダー4号というのは、誰のことです」
「君だ」
「いつ決まりました」
「プルトンロケットから人を守った時だ」
「誰が決めたんです」
「俺だ」
息を吸った。
「どこで、誰に言ったんですか」
「発射台で、ヨロイ元帥に」
(立会人が敵だけ! しかもそいつ、もう死んでる!)
次々に浮かんだ言葉を全部飲み込んだ。念のため、確認しておく。
「その場に、他に誰かいましたか」
「いない」
「その宣言を聞いたのは、ヨロイ元帥だけなんですね」
「そうだ」
俺は世界で二人目にその話を知った人間ということになる。当事者なのに。
ここしばらく、俺は網の張力に頭を悩ませていた。知らないところで肩書きが一つ増えていたとは思わなかった。
「なぜ、今まで私に知らせなかったんです」
風見はすぐに答えなかった。忘れていた、という顔ではない。
「君はまだ、起き上がったばかりだった」
二日間見つからず、三日眠って、目を覚ましてからもなかなか動けなかった。その間ずっと、この人はこの話を持ったまま椅子に座っていたわけだ。
台の上の道具へ一度目を落として、それに、と風見が続ける。
「君に名乗らせるために言ったんじゃない」
「では、何のためにです」
少し間があった。
「……あいつに、言い返すためだ」
作業場がしん、と静かになる。俺は誤魔化すように紙の端を指で押さえ直した。
「……本人へ知らせずに決めていい話では、ないでしょう」
「四号と呼ばれるのが嫌か?」
風見の問いに、すぐには答えられなかった。嫌か嫌でないかの前に、先に言っておかなければならないことがある。
「ライダーマンは、私が自分で引き受けた名前です」
そこは取り消さない。
「あの夜も、そのつもりで行きました。これから必要になれば、同じように動くつもりです」
台の上の、まだ腕になっていない筒を見る。あれはそのために作っている。
「ですが、仮面ライダーというのは……私の中では、それとは違います」
仮面ライダー。
俺にとってそれは、ヒーローの名前だ。
配信の画面の向こうで、何度でも立ち上がっていた人たち。改造人間となり、多くを奪われて、それでも人間のために戦うことを選んだ人たち。どの回も結末を知っていたのに、立ち上がる場面では毎回、息を詰めて見ていた。
俺は菓子を食べながらそれを眺めて、次回が待ち遠しいと言っていた側の人間だ。
もちろんそんなこと、口には出せない。
「私は、その名前を自分から名乗れません」
それだけ言うのが精一杯だ。
風見は否定しなかった。腕を組んだまま、俺の言葉が終わるのを待っている。それが分かったので、続ける。
「私がしたのは、設計した人間としての後始末でしかありません。それに……最後は、泣き言ばかり並べました」
そこで言葉を切った。
怖かった。逃げたかった。死にたくなかった。全部そのとおりだ。
ただ、否定を並べ続けるのも違う。レバーを引いたことを恥じてはいない。恥ずかしいのは、その最中の自分の声の方だ。
紙を押さえていた通常手型の指先に、いつの間にか力が入っていた。薄い紙の端が小さく折れている。
言い終えてから、もう一つ引っかかっていたものが浮いてきた。
あの時、この人は俺が死んだと思っていたはずだ。四つの炎を見て、落ちた先も分からず、二日のあいだ見つからなかった。
だとしたら。
「あの時、私は死んだと思われていたのでしょう」
風見の眉が動いた。
「だから、せめて――」
「違う」
遮られたが、止まる気はなかった。
「私はあの時、怖くて――」
「知っている」
その言葉を聞いて、言葉に詰まった。風見が台のこちら側へ一歩出る。
「全部、聞こえていた」
(……あのみっともなさを改めて確認されるくらいなら、通信記録ごと爆発していてほしかった!)
そう思ったのは一瞬だった。風見の顔が、慰めるためのものではなかったからだ。
「怖くなかったから四号と呼んだんじゃない」
風見は俺を見たまま言った。
「怖がっていたことも、逃げたがっていたことも知っている。それでも君は最後まで手を止めなかった」
喉の奥が狭くなる。返事をしようとして、うまく息ができない。
通話器を引き出したのは、落下地点の確認を頼むためだった。そこへ俺は、必要のないことまで流した。
覚えている。だからこの一週間、自分からは一度もその話に触れなかった。
「……死んだと思ったから、贈った名前ではないんですか?」
指先が紙の端をわずかに折った。そこだけは、言葉にして否定してもらわなければ受け取れない。
「生きて戻っていても、同じことを言った」
……そうか。
追悼では、なかったのか。死者なら、名前だけをきれいに残せる。生きて戻った俺は、この先も失敗するし、また怖がる。それでも同じ名前を使うと言っている。
その方が、ずっと重かった。
「それでも私は、あなた方と同じでは――」
「俺も、本郷先輩じゃない」
あっさり言われた。
「君が俺と同じである必要もない。君は、君のやり方で人を守った。――俺はそれを見て、仮面ライダー4号だと言ったんだ」
風見はそこで言葉を切った。少し置いてから、続ける。
「それでも嫌なら、本郷先輩にはそう紹介しない。君が使う名前だ。そこは君が決めろ」
風見は腕を解き、台の脇へ二歩退いた。視線で催促することもなく、俺と作りかけのネットアームのあいだを空ける。
俺は台の上を見た。
通常手型。今、紙の端を押さえている手。
換装台。受け金具は、まだ仮留めのままだ。
ネットアーム。網の片側だけが、不格好に垂れている。
設計紙。俺の字の横を、片桐の字が同じ線の先まで延ばしている。
どれも、俺一人のものではない。どれも、まだ完成していない。
ライダーマンは、自分で選んだ。だから失敗しても俺一人の見込み違いで済む。
仮面ライダー4号を受け取るなら、あの日に風見が見たものまで一緒に受け取ることになる。
同じようには、扱えない。
本郷猛の前に立って自分から名乗るところを想像してみる。
『初めまして、仮面ライダー4号です』
(……無理だって! 仮面ライダー1号へ4号として挨拶するって、どういう状況だよ)
(元デストロンの研究者です、右腕は自作で、残りは生身です。……ないな)
想像だけで頭を抱えたくなる。それでも、嫌かと訊かれたなら答えはは別だった。
通常手型の指を、一度握ってから開く。
「自分からそう名乗れるかは、まだ分かりません」
少しだけ、間を置いた。
「……でも、嫌ではありません」
「そうか」
風見はそれだけ言って、台のこちら側へ戻ってくる。
「本郷先輩の帰国日が決まったら、君にも知らせる」
「……はい」
「その時は、仮面ライダー4号として紹介する」
四号、という音はまだ落ち着かない。それでも、今度は訂正しなかった。
「資料も用意します」
「好きにしろ」
(そこは譲らない。俺は科学者だ)
工具を持ち直したところで、念のため、言っておくべきことを思い出した。
「ただし、一つだけ」
「なんだ」
「今後、私の呼び名や立場を決めるときは、先に伝えてください」
風見が俺を見た。ほんの少し咎めるような視線と、からかいの色が乗っている。
「戻れないことを黙ってロケットへ乗った君が、それを言うのか?」
(ぐうの音も出ない。……いや、出す。ここで黙ったら全面的にこちらが悪いことになる)
「それとこれとは別です」
「どこがだ」
「私が黙ったのは、私の命についてです。あなたが黙ったのは、私の名前についてです」
「どちらも君のものだろう」
言い返そうとして、口が止まった。
目を覚ました朝に、この人が最初に言ったことを思い出したからだ。
――君はまた、勝手に一人で決める。
あのときの声まで一緒に戻ってきた。
風見は腕を組んだまま、こちらの返事を待っている。
先に息が漏れた。肩から力が抜けて、口元が自然と緩む。
「風見さんだって、大概勝手に決めるじゃないですか」
次は8月25日に主人公が意識不明だった五日間の話を投稿します。その後十年後のライダーマンの話を一本投稿する予定です。よろしくお願いします。