転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい!   作:青葱小口切り

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番外編3、12話最後から13話で主人公が目覚めるまでのおまけ話です。


番外編3 合流地点には来ません

 

 稜線の形だけが、目の裏に残っていた。

 

 四つの炎が空へ別々の輪を広げて、その縁から黒い破片が弾き出された。一度だけ光を返して、煙と山の向こうへ落ちていく。着地点までは分からない。

 

 見たのは、方角だけだ。

 

 東へ流れた煙。その下に横たわる、二重に重なった長い稜線。仮面ライダーV3——風見志郎は基地の通路を走りながら、頭の中でその形を何度もなぞり直していた。

 

 忘れれば、探す場所がなくなる。

 

 角から戦闘員が三人、飛び出してきた。先頭の一人を壁へ叩きつけ、残る二人の足を払って越える。走りは止めない。

 

 床はまだ震えていた。発射台の設備が、主を失ったまま動き続けている。

 

 通路の突き当たりで、ヨロイ元帥の背が奥の暗がりへ折れた。

 

 逃げているのではない。あの男は、この基地の奥に何が残っているかを知っている。指揮系統も、通信も、まだ生きている。ここを残せば、結城が命懸けで止めたものの続きを、別の誰かが同じ手順で始めるだけだ。

 

 ——ロケットは任せてください。

 

 それが、最後に見た結城の姿だった。

 

***

 

 管制施設の下の階に、灯りのついたままの部屋があった。

 

 先に逃げ出したのだろう、人はいない。椅子が倒れ、記録紙が机から垂れ下がっている。壁際に黒い電話機が一台残っていた。

 

 風見は一度足を止めた。

 

 受話器を取り、番号を回す。呼び出しの音が四つ続いた。

 

『——立花だ』

「俺だ」

『志郎か!』

「ロケットは空で四つに分かれて燃えた。街は無事だ」

 

 受話器の向こうで、深く息を吐く音がした。

 

『……結城は?』

「結城の乗ったロケットの区画が山の方へ飛んだ」

『どっちだ』

 

 風見は目の裏に焼き付けた形を言葉へ直していく。

 

「谷の東だ。煙が東へ流れて、その下に長い稜線が二本、重なって見える。落ちたのは、その向こう側だ」

『……分かった。地図を出す』

 

 言うべきことは、あと二つだった。

 

「結城を探してくれ」

『生きとるのか』

 

 その問いには、答えられなかった。

 

「……見つけてくれ」

 

 受話器の樹脂が風見の手の中で小さく軋む。

 

『分かった』

「俺はまだ、戻れない」

『ああ。……勝て、志郎』

 

 立花の短く力強い激励が響いた。受話器を置く音が、無人の部屋に残る。

 風見は通路へ戻り、奥の暗がりへ向かって走り出した。

 

***

 

 電話の切れる音が響いても、片桐は卓の前から動かなかった。

 

 卓の上には、道路地図が広げてある。立花が貸した、書き込みだらけの一枚だ。西側の林道に丸が一つ。塞がれた場合に戻る採石場に、もう一つ。二本の退路には、それぞれ番号を振ってある。合流地点の印は、その中間にあった。

 

 地図の脇には車の鍵。床には医療品の鞄。包帯と副木を数えて詰めた箱。

 全部がそこにある。

 

 時計を見た。前に見たときと、わずかに針の位置が変わっただけだった。また地図を見る。

 

 立花が暖簾をくぐって入ってきた。

 

「志郎からだ」

「はい」

「ロケットは空で四つに割れた。街は無事だ」

 

 片桐は頷いた。結城丈二はいつだって、やると決めたことをやり遂げる人だ。

 

「結城さんは?」

「乗った部分が一つ、山へ飛んだそうだ。志郎はそれを見とる」

「……生きていると」

「言わんかった」

 

 立花が鉛筆を取った。受話器の横に走り書きした三つの語を、地図へ移していく。さそり谷の東。東へ流れた煙。二重に見えた稜線。

 

「ここから二本重なって見えるなら……この辺りだな」

 

 地図にないさそり谷を、あの人は道幅と地盤と電力から絞った。

 なら、同じやり方でいい。

 

「落ちたのは重量物です」

 

 鉛筆を借りて、稜線の東へ扇形の線を引いた。

 

「谷を出るまで飛んでから落ちたなら……斜面の向きを考慮すると、この沢筋へ下ります」

「車が入れるのは……この林道までか」

「その先は歩くしかありません」

 

 白い場所が、少しずつ減っていく。

 

***

 

 立花が電話へ手を伸ばした。壁には少年仮面ライダー隊の連絡網が貼ってある。

 

「朝までに、集まれる者だけでいい」

 

 受話器を替え、番号を替え、同じ話を何度も繰り返す。話は少しずつ短く、正確になっていった。

 

「危ない斜面は大人が入る。お前さんたちは道と、人の歩ける所を見てくれ」

「見つけても近づくな。まず知らせろ。それが守れん者は連れていかん」

 

 人を動かす声だった。こうやって力を合わせて、仮面ライダー達を支えてきたのだろう。

 夜が明ける前に、自転車の音が店の前へ集まりはじめた。

 

 片桐が表へ出ると、防寒着を着込んだ子どもが十人ほど、白い息を吐いて立っていた。

 

 その中の一人が、片桐を見上げた。

 

「探すのは、結城さんっていう人ですか」

「そうだ」

「幸運の家に来た人ですよね」

 

 片桐には、その顔に覚えがなかった。

 

「ああ」

 

 少年は頷いた。それだけだった。

 

「じゃあ、僕も行きます」

 

***

 

 荷物を取りに店へ戻ると、卓の上はそのままだった。片桐は、広げた地図に書いた二本の退路を見る。

 

「退路は二本とも無傷です」

「そりゃそうだ。使っとらんからな」

 

 立花が湯呑みを置きながら言った。

 

 片桐は鉛筆を取り、二本の退路の丸へ、順番に線を引いた。合流地点の印にも引いた。

 それから稜線の東へ描いた扇形の中を、沢と道で細かく区切っていった。

 最後に医療品の鞄を開ける。中身を三つに分け、持って歩ける分だけをリュックへ移した。

 

 空が白みはじめている。

 

「行きましょう」

 

***

 

 その日は、日が落ちるまで何も出なかった。

 

 地図を広げた片桐は、扇形に区切った範囲を一つずつ塗り潰していく。黒くなっていくのは何もなかった場所だけだ。

 幸運の家にいた少年は、帰りも隊列のいちばん後ろを歩いていた。

 

 翌朝も同じ場所から入った。先頭を歩く片桐が考えていることは二つある。

 

 結城の乗った区画そのものが空で燃えていた場合。

 落ちた先が崖だった場合。

 

 どちらも口には出さなかった。出したところで、探す範囲は変わらない。

 葉が落ちきっているのだけが、こちらの利だった。枝の折れ口も、土の色の違いも、夏なら見えなかっただろう。

 

 斜面の上で、声が上がった。

 

「何かあります!」

 

 あの時の少年だった。落ち葉を掻き分けた指の先に、黒いものがある。

 片桐が受け取ったのは、掌ほどの金属片だった。片側が鋭く裂けて、縁が内側へ巻いている。表面の塗装は焼けて縮み、裏には規則正しい間隔で穴が並んでいた。

 

 厚みを指で測る。曲がり方を見る。

 

「ロケットの外郭です」

 

 立花が斜面を上がってきた。

 

「間違いないのか?」

「この曲がり方は、内側から押されたものです。爆発の中にあった破片だ」

 

 片桐は顔を上げた。

 

「上です」

 

 二十メートルほど上の松が、太い枝を一本失っていた。折れ口は真新しく、白い。

 その枝の向きから、さらに上を見る。次の木は幹の皮が横に削れていた。削れた面が下を向いている。上から下へ、何かが当たりながら滑っている。

 

 その先の斜面で、土が長くえぐれていた。

 

 落ち葉の下から黒い土が帯になって、三十メートルほど続いている。帯の端は、谷底の手前で切れていた。

 

 誰も声を出さなかった。片桐は、その帯を目で追った。

 帯の終わりに、木が三本。その根元に黒い塊がある。

 

 枝と土に半分埋まって、潰れた円筒が横向きに止まっていた。外郭は片側が完全にひしゃげ、継ぎ目の板がめくれ上がっている。

 少年が一歩進みかけて、踏みとどまった。片桐と立花を振り返る。

 

「ここからは大人の仕事だ。お前さんたちは、上で待て」

 

 子どもは頷き、後ろの隊員たちへ道を空けるよう手を振った。

 

***

 

 ハッチは潰れていない側にあった。

 

 円い蓋の縁に、外側の留め具が三つ。二つは飛んでいる。残った一つが、歪んだ縁へ食い込んでいた。

 

 片桐は、手を触れる前に構造を見た。

 

 外郭が内側へ押されている。この状態で蓋だけを引けば、歪んだ縁が内へ落ちる。中に人がいる場合、ぶつかるだろう場所は想像がついた。

 

「支えてください」

「どこだ」

「この縁です。引かずに、押さえるだけで結構です」

 

 立花が両手を掛けた。

 

 片桐は工具の先を留め具の下へ差し込み、手首で起こした。金属が短く鳴って、留め具が外れる。

 

 工具を蓋の縁へ入れ替え、少しずつ外へ。

 

 三度目で、内側の空気が漏れた。

 

 中は暗かった。

 

 細長い箱の底に、強化服を着た結城が横たわっている。

 

 ヘルメットは付いたままだ。右肩から胸にかけて、装甲の継ぎ目が裂けていた。裂け目の奥で、下の布が不自然に引き攣れている。

 

 片桐は身体を内へ入れた。

 

 首の後ろへ手を回し、ヘルメットを外す。頭を動かさないようにそっと抜いたそれは、内側の材が潰れていた。

 

 顔は煤で汚れている。額の生え際に、乾いた血が筋になっている。

 

 片桐は指を首筋へ当てた。指先の感触をしっかりと数える。

 位置を変えて、もう一度数えた。

 

「……脈があります」

 

 上で立花が長い息を吐いた。

 

***

 

 すぐに外へ出そうとした立花を、片桐は手で止めた。

 

 右腕だ。

 

 右腕の重量がいま、接続部の一点にだけ掛かっている。

 

「このままでは動かせません」

「外した方が運びやすいんじゃないのか。その腕は」

「外しません」

 

 片桐は答えながら、リュックから副木と布を出した。

 

「接続部が傷んでいます。今引き抜けば、肩の側まで保ちません」

 

 立花は片桐の手元へ視線を落とし、副木の端を押さえた。

 

 右腕を胴へ寄せ、肘の下へ畳んだ布を入れて、前腕を斜めに立てる。副木を肩から上腕へ渡し、布で胴ごと巻いた。

 持ち上げるときは、頭と首を先に支えた。

 

 上で待っていた少年と目が合った。片桐はすぐに声を張る。

 

「先に戻れ。車までの道を空けてくれ」

「はい!」

 

 少年は他の隊員へ声を掛け、道の両側へ分けた。林道まで四百メートル。そこから車で四十分。

 

 脈はある。呼吸もある。だが片桐は、まだ何も安心していなかった。

 

***

 

 幸江が最初にしたのは、服を脱がせることだった。

 

 強化服は片桐が接続を切った。その下から、生成りのシャツと濃い紺色の上着が出てくる。

 

 右肩は、幸江が開けた場所だ。

 自分が留め具を縫い付けた縁は、もう形を残していなかった。切れた糸だけが、接続部の端へ巻き込まれている。

 

 幸江は鋏を入れた。

 

 自分の縫い目に沿って、袖の付け根から下へ。開けるために作った縫い目を、今度は切り開いていく。

 

 布は、もう使えなかった。

 

***

 

 湯を運ばせて、身体を拭いた。土と煤と、乾いた血。

 

 傷を一つずつ数える。額の生え際。左の肘。両膝。背中一面の打撲。折れているところはなさそうだった。右肩だけは、兄が診るまで触らない。

 

 水を含ませる。最初は口の端から流れた。二度目に、喉が動いた。

 

 紙を一枚、枕元の柱へ画鋲で留める。時刻、体温、脈、含ませた水の量。

 書くことがあるうちは、手が止まらない。

 

 その夜、結城の目が開いた。幸江は湯呑みを置いて、覗き込んだ。

 

「結城さん」

 

 瞼は開いている。だが、視線はどこにも合わなかった。天井を通り越して、もっと遠いところを見ている。

 

「結城さん。分かりますか」

 

 左手の指が、わずかに動いた。それが返事なのか、ただの反射なのか。幸江には分からない。

 結城の唇が動く。

 

「……風見……」

 

 ほとんど息のような声で、ここにはいない人を呼んだ。

 幸江は聞き返さず、手拭いの端を水へ浸して、唇へ当てた。

 

 喉が一度動いた。瞼は、それきり閉じた。

 

***

 

 翌日の昼、片桐が右肩の布を替えに来た。

 

 幸江が上体を支え、片桐が接続部の縁へ薬を塗る。立花が湯を持って階段を上がってきたところだった。

 

 そのとき、また唇が動いた。

 

「……タヒチ……」

 

 幸江が顔を上げる。

 

「今、何と言いました?」

「……タヒチ、と聞こえました」

 

 片桐の手が止まった。

 

「タヒチ?」

「……分かりません」

 

 立花が盆を畳へ置いた。

 

「呑気に旅行の夢でも見とるのかね」

 

 立花は首を傾げたまま盆を寄せる。幸江は次の包帯を出した。

 

***

 

 午後、幸江は店を出た。

 

 洋品店を二軒回って、厚みのある柔らかい生地の服を選んだ。帰りに糸を買い足す。

 

「どこへ行っとった」

「服を買いに」

 

 幸江は紙袋を持ち直した。

 

「起きたときに、着るものがありませんから」

 

 立花は紙袋を一度見て、店の奥の台を空ける。

 

 その夜、幸江は買ってきた服を膝の上へ広げた。

 右の肩から袖にかけて、指で押さえて幅を測る。片桐が付けた留め具の位置も、接続部の大きさも、頭には入っている。

 

 鋏はまだ、入れなかった。

 

 糸で印だけを置いていく。開ける線。留め具を付ける位置。袖の付け根の逃がし。

 寸法は、起きてから確かめればいい。

 そっと畳んで、枕元へ置いた。

 

***

 

 その翌日、風見が立花の店の前へ着いたのは、日が落ちてからだった。

 ハリケーンのエンジンを切ると、通りの音が戻ってくる。自転車。閉まるシャッター。夕飯の匂い。

 

 戸を開けると、立花が出迎えた。奥の階段の下に片桐が立っている。

 

「結城は?」

 

 風見の鋭い問いに、立花はすぐ答えた。

 

「見つかった。生きとるが……まだ目は覚まさん」

 

 風見は階段へ向かった。

 卓に広げられた地図には、二本の退路と合流地点を消す線が引かれている。その横には、焼けた黒い金属片と、泥のついた少年隊の腕章が置かれていた。

 何があったのかは聞かなかった。今は、二階へ行けばいい。

 

***

 

 二階の襖を開けた。

 

 枕元に、灯りが一つ点いている。

 

 額と左肘に包帯。右腕は、肩から胴へ副木ごと巻かれて固定されていた。顔は洗われている。眠っているというより、そこへ置かれているように見えた。

 

 風見は寝台の脇まで行き、椅子へ腰を下ろした。

 結城の右肘から先は、掛布の上へ出してある。

 通常手型。金属の五本の指が、掌を上へ向けて置かれていた。

 

 風見は、それを両手で包んだ。

 

 肩は引かない。この腕がどこで繋がっているかは知っている。一度自分の手で外して、付けた手だ。

 しばらく手を握っていると、冷たい金属が風見の体温の分だけ温くなった。

 

 それだけのことに、しばらく動けなかった。

 

***

 

 階段の板が鳴る。声をかけたのは、幸江だった。

 

「風見さん」

「なんだ」

「食事です」

「あとでいい」

「駄目です」

 

 盆が、寝台の脇の台へ置かれた。

 

「手当ても、あとでします」

「ああ」

 

 幸江は盆を下げなかった。風見も手を離さなかった。

 

 しばらくして、片桐が上がってきた。

 

「診ます。手を離してください」

 

 風見はそう言われてようやく手を離した。

 片桐が接続部の熱を確かめ、包帯の下を見て、脈を数える。柱の紙へ数字を書き足し、鉛筆を耳へ挟んだ。

 

「終わりました」

 

 風見はまた手を握った。

 幸江が盆の位置を少しだけ動かして、階下へ降りていく。

 窓の外で、風が雨戸を一度鳴らした。

 

***

 

 そうしている内に、夜が明けた。

 

 階下で水を使う音がする。金属の棚へ商品を並べる音が混じった。立花が店を開ける支度を始めている。裏では、幸江が湯を沸かしていた。

 

  廊下には片桐の工具箱が置いてある。昨夜固定を直したときのまま、蓋が開いていた。

 枕元には、右肩へ糸の印をつけた服が畳まれている。柱の紙には、時刻と体温と脈が、三日分、隙間なく並んでいた。

 

 どれも、風見がいないあいだに置かれたものだった。

 

 風見は椅子に座ったまま、上体だけを寝台の縁へ預けていた。少し眠っていたらしい。

 カーテンの端から光が入ってきている。

 

 そのとき。

 

 包んでいた指が、ほんの少し動いた。




読んでいただきありがとうございます。次は8月28日に十年後のライダーマンの話を投稿し、番外編もラストになると思います。もう少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。
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