転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい! 作:青葱小口切り
稜線の形だけが、目の裏に残っていた。
四つの炎が空へ別々の輪を広げて、その縁から黒い破片が弾き出された。一度だけ光を返して、煙と山の向こうへ落ちていく。着地点までは分からない。
見たのは、方角だけだ。
東へ流れた煙。その下に横たわる、二重に重なった長い稜線。仮面ライダーV3——風見志郎は基地の通路を走りながら、頭の中でその形を何度もなぞり直していた。
忘れれば、探す場所がなくなる。
角から戦闘員が三人、飛び出してきた。先頭の一人を壁へ叩きつけ、残る二人の足を払って越える。走りは止めない。
床はまだ震えていた。発射台の設備が、主を失ったまま動き続けている。
通路の突き当たりで、ヨロイ元帥の背が奥の暗がりへ折れた。
逃げているのではない。あの男は、この基地の奥に何が残っているかを知っている。指揮系統も、通信も、まだ生きている。ここを残せば、結城が命懸けで止めたものの続きを、別の誰かが同じ手順で始めるだけだ。
——ロケットは任せてください。
それが、最後に見た結城の姿だった。
***
管制施設の下の階に、灯りのついたままの部屋があった。
先に逃げ出したのだろう、人はいない。椅子が倒れ、記録紙が机から垂れ下がっている。壁際に黒い電話機が一台残っていた。
風見は一度足を止めた。
受話器を取り、番号を回す。呼び出しの音が四つ続いた。
『——立花だ』
「俺だ」
『志郎か!』
「ロケットは空で四つに分かれて燃えた。街は無事だ」
受話器の向こうで、深く息を吐く音がした。
『……結城は?』
「結城の乗ったロケットの区画が山の方へ飛んだ」
『どっちだ』
風見は目の裏に焼き付けた形を言葉へ直していく。
「谷の東だ。煙が東へ流れて、その下に長い稜線が二本、重なって見える。落ちたのは、その向こう側だ」
『……分かった。地図を出す』
言うべきことは、あと二つだった。
「結城を探してくれ」
『生きとるのか』
その問いには、答えられなかった。
「……見つけてくれ」
受話器の樹脂が風見の手の中で小さく軋む。
『分かった』
「俺はまだ、戻れない」
『ああ。……勝て、志郎』
立花の短く力強い激励が響いた。受話器を置く音が、無人の部屋に残る。
風見は通路へ戻り、奥の暗がりへ向かって走り出した。
***
電話の切れる音が響いても、片桐は卓の前から動かなかった。
卓の上には、道路地図が広げてある。立花が貸した、書き込みだらけの一枚だ。西側の林道に丸が一つ。塞がれた場合に戻る採石場に、もう一つ。二本の退路には、それぞれ番号を振ってある。合流地点の印は、その中間にあった。
地図の脇には車の鍵。床には医療品の鞄。包帯と副木を数えて詰めた箱。
全部がそこにある。
時計を見た。前に見たときと、わずかに針の位置が変わっただけだった。また地図を見る。
立花が暖簾をくぐって入ってきた。
「志郎からだ」
「はい」
「ロケットは空で四つに割れた。街は無事だ」
片桐は頷いた。結城丈二はいつだって、やると決めたことをやり遂げる人だ。
「結城さんは?」
「乗った部分が一つ、山へ飛んだそうだ。志郎はそれを見とる」
「……生きていると」
「言わんかった」
立花が鉛筆を取った。受話器の横に走り書きした三つの語を、地図へ移していく。さそり谷の東。東へ流れた煙。二重に見えた稜線。
「ここから二本重なって見えるなら……この辺りだな」
地図にないさそり谷を、あの人は道幅と地盤と電力から絞った。
なら、同じやり方でいい。
「落ちたのは重量物です」
鉛筆を借りて、稜線の東へ扇形の線を引いた。
「谷を出るまで飛んでから落ちたなら……斜面の向きを考慮すると、この沢筋へ下ります」
「車が入れるのは……この林道までか」
「その先は歩くしかありません」
白い場所が、少しずつ減っていく。
***
立花が電話へ手を伸ばした。壁には少年仮面ライダー隊の連絡網が貼ってある。
「朝までに、集まれる者だけでいい」
受話器を替え、番号を替え、同じ話を何度も繰り返す。話は少しずつ短く、正確になっていった。
「危ない斜面は大人が入る。お前さんたちは道と、人の歩ける所を見てくれ」
「見つけても近づくな。まず知らせろ。それが守れん者は連れていかん」
人を動かす声だった。こうやって力を合わせて、仮面ライダー達を支えてきたのだろう。
夜が明ける前に、自転車の音が店の前へ集まりはじめた。
片桐が表へ出ると、防寒着を着込んだ子どもが十人ほど、白い息を吐いて立っていた。
その中の一人が、片桐を見上げた。
「探すのは、結城さんっていう人ですか」
「そうだ」
「幸運の家に来た人ですよね」
片桐には、その顔に覚えがなかった。
「ああ」
少年は頷いた。それだけだった。
「じゃあ、僕も行きます」
***
荷物を取りに店へ戻ると、卓の上はそのままだった。片桐は、広げた地図に書いた二本の退路を見る。
「退路は二本とも無傷です」
「そりゃそうだ。使っとらんからな」
立花が湯呑みを置きながら言った。
片桐は鉛筆を取り、二本の退路の丸へ、順番に線を引いた。合流地点の印にも引いた。
それから稜線の東へ描いた扇形の中を、沢と道で細かく区切っていった。
最後に医療品の鞄を開ける。中身を三つに分け、持って歩ける分だけをリュックへ移した。
空が白みはじめている。
「行きましょう」
***
その日は、日が落ちるまで何も出なかった。
地図を広げた片桐は、扇形に区切った範囲を一つずつ塗り潰していく。黒くなっていくのは何もなかった場所だけだ。
幸運の家にいた少年は、帰りも隊列のいちばん後ろを歩いていた。
翌朝も同じ場所から入った。先頭を歩く片桐が考えていることは二つある。
結城の乗った区画そのものが空で燃えていた場合。
落ちた先が崖だった場合。
どちらも口には出さなかった。出したところで、探す範囲は変わらない。
葉が落ちきっているのだけが、こちらの利だった。枝の折れ口も、土の色の違いも、夏なら見えなかっただろう。
斜面の上で、声が上がった。
「何かあります!」
あの時の少年だった。落ち葉を掻き分けた指の先に、黒いものがある。
片桐が受け取ったのは、掌ほどの金属片だった。片側が鋭く裂けて、縁が内側へ巻いている。表面の塗装は焼けて縮み、裏には規則正しい間隔で穴が並んでいた。
厚みを指で測る。曲がり方を見る。
「ロケットの外郭です」
立花が斜面を上がってきた。
「間違いないのか?」
「この曲がり方は、内側から押されたものです。爆発の中にあった破片だ」
片桐は顔を上げた。
「上です」
二十メートルほど上の松が、太い枝を一本失っていた。折れ口は真新しく、白い。
その枝の向きから、さらに上を見る。次の木は幹の皮が横に削れていた。削れた面が下を向いている。上から下へ、何かが当たりながら滑っている。
その先の斜面で、土が長くえぐれていた。
落ち葉の下から黒い土が帯になって、三十メートルほど続いている。帯の端は、谷底の手前で切れていた。
誰も声を出さなかった。片桐は、その帯を目で追った。
帯の終わりに、木が三本。その根元に黒い塊がある。
枝と土に半分埋まって、潰れた円筒が横向きに止まっていた。外郭は片側が完全にひしゃげ、継ぎ目の板がめくれ上がっている。
少年が一歩進みかけて、踏みとどまった。片桐と立花を振り返る。
「ここからは大人の仕事だ。お前さんたちは、上で待て」
子どもは頷き、後ろの隊員たちへ道を空けるよう手を振った。
***
ハッチは潰れていない側にあった。
円い蓋の縁に、外側の留め具が三つ。二つは飛んでいる。残った一つが、歪んだ縁へ食い込んでいた。
片桐は、手を触れる前に構造を見た。
外郭が内側へ押されている。この状態で蓋だけを引けば、歪んだ縁が内へ落ちる。中に人がいる場合、ぶつかるだろう場所は想像がついた。
「支えてください」
「どこだ」
「この縁です。引かずに、押さえるだけで結構です」
立花が両手を掛けた。
片桐は工具の先を留め具の下へ差し込み、手首で起こした。金属が短く鳴って、留め具が外れる。
工具を蓋の縁へ入れ替え、少しずつ外へ。
三度目で、内側の空気が漏れた。
中は暗かった。
細長い箱の底に、強化服を着た結城が横たわっている。
ヘルメットは付いたままだ。右肩から胸にかけて、装甲の継ぎ目が裂けていた。裂け目の奥で、下の布が不自然に引き攣れている。
片桐は身体を内へ入れた。
首の後ろへ手を回し、ヘルメットを外す。頭を動かさないようにそっと抜いたそれは、内側の材が潰れていた。
顔は煤で汚れている。額の生え際に、乾いた血が筋になっている。
片桐は指を首筋へ当てた。指先の感触をしっかりと数える。
位置を変えて、もう一度数えた。
「……脈があります」
上で立花が長い息を吐いた。
***
すぐに外へ出そうとした立花を、片桐は手で止めた。
右腕だ。
右腕の重量がいま、接続部の一点にだけ掛かっている。
「このままでは動かせません」
「外した方が運びやすいんじゃないのか。その腕は」
「外しません」
片桐は答えながら、リュックから副木と布を出した。
「接続部が傷んでいます。今引き抜けば、肩の側まで保ちません」
立花は片桐の手元へ視線を落とし、副木の端を押さえた。
右腕を胴へ寄せ、肘の下へ畳んだ布を入れて、前腕を斜めに立てる。副木を肩から上腕へ渡し、布で胴ごと巻いた。
持ち上げるときは、頭と首を先に支えた。
上で待っていた少年と目が合った。片桐はすぐに声を張る。
「先に戻れ。車までの道を空けてくれ」
「はい!」
少年は他の隊員へ声を掛け、道の両側へ分けた。林道まで四百メートル。そこから車で四十分。
脈はある。呼吸もある。だが片桐は、まだ何も安心していなかった。
***
幸江が最初にしたのは、服を脱がせることだった。
強化服は片桐が接続を切った。その下から、生成りのシャツと濃い紺色の上着が出てくる。
右肩は、幸江が開けた場所だ。
自分が留め具を縫い付けた縁は、もう形を残していなかった。切れた糸だけが、接続部の端へ巻き込まれている。
幸江は鋏を入れた。
自分の縫い目に沿って、袖の付け根から下へ。開けるために作った縫い目を、今度は切り開いていく。
布は、もう使えなかった。
***
湯を運ばせて、身体を拭いた。土と煤と、乾いた血。
傷を一つずつ数える。額の生え際。左の肘。両膝。背中一面の打撲。折れているところはなさそうだった。右肩だけは、兄が診るまで触らない。
水を含ませる。最初は口の端から流れた。二度目に、喉が動いた。
紙を一枚、枕元の柱へ画鋲で留める。時刻、体温、脈、含ませた水の量。
書くことがあるうちは、手が止まらない。
その夜、結城の目が開いた。幸江は湯呑みを置いて、覗き込んだ。
「結城さん」
瞼は開いている。だが、視線はどこにも合わなかった。天井を通り越して、もっと遠いところを見ている。
「結城さん。分かりますか」
左手の指が、わずかに動いた。それが返事なのか、ただの反射なのか。幸江には分からない。
結城の唇が動く。
「……風見……」
ほとんど息のような声で、ここにはいない人を呼んだ。
幸江は聞き返さず、手拭いの端を水へ浸して、唇へ当てた。
喉が一度動いた。瞼は、それきり閉じた。
***
翌日の昼、片桐が右肩の布を替えに来た。
幸江が上体を支え、片桐が接続部の縁へ薬を塗る。立花が湯を持って階段を上がってきたところだった。
そのとき、また唇が動いた。
「……タヒチ……」
幸江が顔を上げる。
「今、何と言いました?」
「……タヒチ、と聞こえました」
片桐の手が止まった。
「タヒチ?」
「……分かりません」
立花が盆を畳へ置いた。
「呑気に旅行の夢でも見とるのかね」
立花は首を傾げたまま盆を寄せる。幸江は次の包帯を出した。
***
午後、幸江は店を出た。
洋品店を二軒回って、厚みのある柔らかい生地の服を選んだ。帰りに糸を買い足す。
「どこへ行っとった」
「服を買いに」
幸江は紙袋を持ち直した。
「起きたときに、着るものがありませんから」
立花は紙袋を一度見て、店の奥の台を空ける。
その夜、幸江は買ってきた服を膝の上へ広げた。
右の肩から袖にかけて、指で押さえて幅を測る。片桐が付けた留め具の位置も、接続部の大きさも、頭には入っている。
鋏はまだ、入れなかった。
糸で印だけを置いていく。開ける線。留め具を付ける位置。袖の付け根の逃がし。
寸法は、起きてから確かめればいい。
そっと畳んで、枕元へ置いた。
***
その翌日、風見が立花の店の前へ着いたのは、日が落ちてからだった。
ハリケーンのエンジンを切ると、通りの音が戻ってくる。自転車。閉まるシャッター。夕飯の匂い。
戸を開けると、立花が出迎えた。奥の階段の下に片桐が立っている。
「結城は?」
風見の鋭い問いに、立花はすぐ答えた。
「見つかった。生きとるが……まだ目は覚まさん」
風見は階段へ向かった。
卓に広げられた地図には、二本の退路と合流地点を消す線が引かれている。その横には、焼けた黒い金属片と、泥のついた少年隊の腕章が置かれていた。
何があったのかは聞かなかった。今は、二階へ行けばいい。
***
二階の襖を開けた。
枕元に、灯りが一つ点いている。
額と左肘に包帯。右腕は、肩から胴へ副木ごと巻かれて固定されていた。顔は洗われている。眠っているというより、そこへ置かれているように見えた。
風見は寝台の脇まで行き、椅子へ腰を下ろした。
結城の右肘から先は、掛布の上へ出してある。
通常手型。金属の五本の指が、掌を上へ向けて置かれていた。
風見は、それを両手で包んだ。
肩は引かない。この腕がどこで繋がっているかは知っている。一度自分の手で外して、付けた手だ。
しばらく手を握っていると、冷たい金属が風見の体温の分だけ温くなった。
それだけのことに、しばらく動けなかった。
***
階段の板が鳴る。声をかけたのは、幸江だった。
「風見さん」
「なんだ」
「食事です」
「あとでいい」
「駄目です」
盆が、寝台の脇の台へ置かれた。
「手当ても、あとでします」
「ああ」
幸江は盆を下げなかった。風見も手を離さなかった。
しばらくして、片桐が上がってきた。
「診ます。手を離してください」
風見はそう言われてようやく手を離した。
片桐が接続部の熱を確かめ、包帯の下を見て、脈を数える。柱の紙へ数字を書き足し、鉛筆を耳へ挟んだ。
「終わりました」
風見はまた手を握った。
幸江が盆の位置を少しだけ動かして、階下へ降りていく。
窓の外で、風が雨戸を一度鳴らした。
***
そうしている内に、夜が明けた。
階下で水を使う音がする。金属の棚へ商品を並べる音が混じった。立花が店を開ける支度を始めている。裏では、幸江が湯を沸かしていた。
廊下には片桐の工具箱が置いてある。昨夜固定を直したときのまま、蓋が開いていた。
枕元には、右肩へ糸の印をつけた服が畳まれている。柱の紙には、時刻と体温と脈が、三日分、隙間なく並んでいた。
どれも、風見がいないあいだに置かれたものだった。
風見は椅子に座ったまま、上体だけを寝台の縁へ預けていた。少し眠っていたらしい。
カーテンの端から光が入ってきている。
そのとき。
包んでいた指が、ほんの少し動いた。
読んでいただきありがとうございます。次は8月28日に十年後のライダーマンの話を投稿し、番外編もラストになると思います。もう少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。