転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい! 作:青葱小口切り
翌朝、実験棟に着くなり片桐が走ってきた。
「結城さん、全数検査の結果が出ました。三台とも停止させています」
手渡された検査記録に目を落とす。データは明瞭だった。前日に破損した共振器と同種の欠陥が、三台すべてから検出されている。うち一台は、あと数回の稼働で同じ破損が起きていた可能性が高い。
「停止措置を継続してくれ。交換部品が届くまで代替系統を使う。負荷上限は七割だ。検査記録は、異常がなかった箇所も含めて残してほしい」
染みついた結城丈二が、今日も朝一番から完璧な指示を出している。無能化計画の死亡診断書に、詳細な検死結果まで添えなくていいんだけどな。
「それと、昨日の事故報告書が科学部門全体へ回されまして。外部検査済みの部品であっても、受入側で再確認するという暫定方針が出ました」
やめて。俺の計画失敗を組織的な成功事例にしないで。
「そうか」
こっちが二文字で済ませたのに、片桐はほっとした顔をしている。上司が評価されて嬉しいらしい。その素直さで死亡フラグを積み上げているのだと、俺だけが知っている。
片桐は報告のあと、本日の作戦会議資料を差し出した。
表紙に、怪人の名前がある。
ガルマジロン。
その文字を見た瞬間、前世の記憶が勝手に再生を始めた。
配信で見たV3の第41話。地下で強制労働をさせられていた作業員たち。腐食性の鱗が飛ぶ。崩れる人影。山下喜作という男だけが意図的に生き残らされ、V3をおびき寄せるための餌として脱走させられる。
サブタイトルは『あッ! 人間が溶ける! ヨロイ元帥登場』。
『あッ!』じゃないんだよ。そんな軽い感じで人間を溶かすな。
しかし、もうガルマジロンまで来てるのか……。となると次がカタツブラー。その次に画面へ出てくるのが、カマクビガメ——そして結城丈二。
俺の腕のタイムリミットは、怪人二体分。
でも、あの人たちのタイムリミットは今日だ。
「結城さん?」
「……ああ、すまない。会議の前に確認したいことがある」
作戦資料を手に、自室へ戻った。
***
机に向かい、ガルマジロン関連の業務割り当てを確認する。
結城丈二の担当は、完成試験のあとから始まる。試験結果を受領し、出撃時の負荷を調整し、鱗の使用回数や状態を確認する。完成試験そのものは、ヨロイ元帥直属の怪人運用班が仕切る。
つまり、画面の中の結城丈二は、ガルマジロンが作業員を殺す現場に立ち会っていない。
過去の怪人試験報告を引っ張り出した。結城の手元へ届く書類には、試験結果、測定値、承認印、そして試験対象を「複合有機試料」「廃棄資材」などとした記録が揃っている。
技術文書として破綻はない。人体実験の痕跡だけが、この部署へ届く前に消されている。
結城丈二は見落としたのではない。見せられていなかったのだ。
俺が配信で見ていなければ、今日もこの数字を受け取り、何人分の死体から出たものかも知らずにガルマジロンを調整していた。
書類を閉じ、ペンを取る。
無能になる計画は昨日死んだ。代わりに、担当外へ首を突っ込む一人監査法人が生まれようとしている。これ絶対、逃げやすくなる方向の進化じゃないよな。
片桐を呼んだ。
「ガルマジロンの完成試験について、一次測定記録と試験区画の設備図を取り寄せてくれ」
「完成試験は怪人運用班の担当ですが」
「管轄を変更するつもりはない。私の署名に必要な条件を確認するだけだ」
「試験にも立ち会われるんですか」
「その必要がある」
片桐は一瞬だけ目を見開いて、それから「分かりました」と動いた。疑問はあっても、結城丈二が言うなら理由があると思っているのだろう。この信頼が恐ろしい結果を生むのだと知りながら、今は使うしかない。
あわせて、既存の試験設備を使った遠隔監視の準備を指示した。腐食速度の記録装置、試験区画内の人員確認センサー、非常時の退避経路の点検。
前日の事故を受けた安全確認として筋は通る。
前世の知識で悪事を止めたい俺と、測定条件を曖昧にできない結城丈二が、初めて同じ方向を向いた。
***
作戦会議。科学班向けの技術支援会議だが、今日は上座に見慣れない顔がある。
ヨロイ元帥。
配信で見た顔と同じだ。ただ画面越しと実物では圧倒的に迫力が違う。作り物のようなチープさは全くなく、体を覆う鎧にちゃんと重厚感がある。部屋の空気に重力が一個増えたような威圧感が、そこにいるだけで漂っていた。
(うわ、この人が俺の腕を溶かす予定の人か……)
右手を太ももの上に置いた。まだある。まだ、指は五本ともしっかり動く。
会議で示されたのは、地下開発施設での研究をV3から守るため、ガルマジロンを施設防衛に投入するという計画だった。腐食性の鱗が味方設備に与える影響も確認する。施設内の人員は正式な作業員であり、安全管理の対象だという。
善なる組織としては、筋の通った説明だった。山下さんを囮にすることも、作業員を処分することも、一言も出てこない。
ヨロイ元帥が、完成試験への立ち会いの件に触れた。片桐が出した事前照会が上がっていたらしい。
「貴様の担当は完成後の調整だ、結城丈二」
「完成判定の根拠を確認できなければ、調整値を決められません」
「怪人運用班の報告を信用しないのか」
「昨日、承認済みの検査記録を通過した部品が破損しました。信用と検証は別の問題です」
大幹部にそんなこと言うな。正しいけど。ものすごく正しいけど、こっちはまだ右腕が無事な状態で帰りたいんだよ。
ヨロイ元帥の視線がこちらを測っている。拒否したいのだろう。だが拒否すれば、結城が出撃調整の完成判定を出さずガルマジロンの投入が遅れる。しかも前日の事故を踏まえた安全確認を、大幹部自身が妨げたことになる。
「いいだろう。ただし、試験の指揮は俺が執る」
「承知しています。私は測定条件を確認するだけです」
結城丈二の口が、見事に落としどころを差し出した。相手の面子を保ちながら、自分が必要とする場所への入場券だけを確保する。この人はデストロンの政治の中を、こうやって泳いできたのだろう。
すごいけど、今の俺の心拍数を結城丈二に見せてやりたい。あんたの体、内側でこんなにバクバクしてるよ。
***
完成試験当日、試験区画に入った瞬間足が止まりかけた。
疲弊した人間たちが並んでいる。作業服を着て、目が虚ろだ。監視員は現場責任者のふりをしており、彼らは設備確認のため残っている正式な作業員なのだと説明された。
ああ、画面でちらりと見た人たちだ。このあとガルマジロンの鱗で溶かされる、犠牲者。
俺はその意味を知っている。
「試験区画の人員を全員退避させてください」
すぐに怪人運用班の担当者が止めに入る。
「現場確認のため、作業員を残す予定です」
「必要ありません。監視と計測は遠隔で行います」
「緊急時の設備操作要員だ」
「人間が残らなければ成立しない試験なら、試験設備の方に問題がある」
ヨロイ元帥も口を挟んだ。
「その者たちは施設に慣れている。危険は承知している」
「慣れは、腐食性物質に対する防護にはなりません」
「目視確認も必要だ」
「映像記録と計測器で確認できます。そのための設備はすでに準備しました」
片桐が間髪入れずに報告する。
「結城さん。遠隔計測、開始可能です」
いい仕事をする。その有能さが仇になるのだから皮肉な話だが、今この瞬間は頼もしい。
ヨロイ元帥は沈黙した。
この人が作業員を残したい本当の理由は、ガルマジロンに殺させるためだ。しかし、それは言えない。結城丈二が信じているデストロンは、人類のために科学を使う組織なのだから。
あんたらが俺に見せているデストロンなら、これが当然なんだよ。だったら最後まで、その設定を守ってもらおうか。
「……いいだろう。作業員を退避させろ」
「ありがとうございます。退避後、区画内の人員反応がゼロであることを確認してから開始します」
作業員を退避させるだけではない。結城丈二の安全管理記録に、彼ら全員を載せた。氏名、配置区画、試験前の健康確認、退避先、腐食性物質への曝露の有無。
右手で、最後の名前の横に確認印を押す。
原作では、この名前の人たちはここで消える。今日は、書類に残った。それだけで守り切れるとは思わない。でも、少なくとも今から数分後に溶ける予定だけは消えた。
***
「試験区画内、人員反応ゼロです」
「試験を開始してください」
ガルマジロンが、規格化された試験対象に鱗を放った。有機材、骨格に近い材質、金属板、V3の装甲を想定した複合材を重ねたもの。
鱗が刺さった瞬間、表面が泡立ち、各層がみるみる崩れていく。
画面で見たのと同じ能力だった。違うのは、溶けているものが人間じゃないことだけだ。科学的再現性って最高だな。こんな文脈で思いたくなかったけど。
「外層の溶解後も反応が継続しています。単純な酸ではない。付着した鱗自体が反応を維持している可能性がある。使用後の回収は行わず、汚染物として隔離してください」
だから完璧な性能分析をするな。いや分析しなきゃV3が困る可能性もあるんだけど。敵の怪人の品質保証、立場が複雑すぎるだろ!
なんにせよ試験は成功し、必要な数値はすべて揃った。科学班の空気だけが明るくなる。
ヨロイ元帥の表情は、最後まで動かなかった。
***
試験終了後、作業員たちは隣接区画で経過観察に入った。
そこへ、警備部門から報告が飛び込む。
「作業員の山下喜作が施設から脱走しました」
脱走したんじゃない。
脱走
ここから山下さんは、風見志郎が変身した仮面ライダーV3に助けられる。そこへ風見の旧友・高木裕介が現れるが、その正体こそがガルマジロンだ。そして山下さんの家族が捕まって——原作で見た流れが、裏側から始まっている。
「試験区画への立入り記録は」
「あります」
「腐食性物質に接触している可能性がある。追跡班には、発見時の健康確認を優先させてください」
結城丈二の口が、相手の健康を気遣う形で時間稼ぎの指示を出している。いや、これは時間稼ぎじゃない。本当に心配しているのだ、この体は。
介入すべきか、一瞬だけ迷った。
でも——山下さんとその家族は、最終的に助かる。V3がガルマジロンを倒す。ここで山下さんの脱走を止めたら、V3が基地へ来ない可能性がある。
原作を守りたいわけじゃない。助かると分かっている道筋まで俺が壊したくないだけだ。怪人には触らない。作戦の真ん中にも触らない。端にいる人間を、少しだけ外へずらす。
それが、今の俺にできる精一杯だった。
——間もなく、施設内に警報が走った。
V3の侵入。ガルマジロンが行動を開始する。
画面で見ていたとき、俺が気にしていたのは風見志郎とガルマジロンだけだった。床を開いた人間も、換気を動かした人間も、隔壁を閉める人間もいたはずだ。いま、その席に俺がいる。
制御室のモニターに、戦闘の振動が細かな波形として跳ねている。腐食性物質の警報。隔壁の一部が損傷。
そこへヨロイ元帥の声が飛んだ。
「全隔壁を閉鎖しろ! V3を閉じ込める!」
制御盤の表示が点滅している。経過観察中の作業員たちがいる第二区画は——閉鎖予定の避難路の内側だ。
制御盤に、第二区画『退避未完了』の赤字が残っている。
さっき書類に載せた、二十一人だ。
「第二区画の人員退避が完了していません。隔壁閉鎖は待ってください」
「V3を逃がすつもりか!」
「作業員を閉じ込めたまま、腐食性物質と戦闘を同じ区画に入れる方が施設損失は大きくなります」
「作戦を優先しろ、結城丈二!」
「人員を失って守る施設に意味はありません。退避完了後、直ちに閉鎖します」
これは正規の避難命令だ。結果だけが、デストロン被害者の集団脱走になる。
非常扉が開いた。作業員たちが、正式な避難命令に従って地上側の退避路へ移動していく。戦闘と警備の混乱に乗じて、そのまま施設の外へ——
制御盤の数字が減っていく。
二十一。十五。八。三。
ゼロ。
「第二区画、退避完了しました」
片桐の声。
「隔壁を閉鎖してくれ。換気系統を切り離す」
閉鎖完了。研究区画への腐食性物質の侵入を遮断する。
直後、ガルマジロンの生命反応が消えた。V3に倒されたのだろう。制御室が一瞬だけ静まり返る。
高木裕介が、死んだということだ。
高木もデストロンの掲げる理想を信じていた人間だ。結城丈二と同じように。
ガルマジロンの被害者たちは助かった。高木裕介は死んだ。名前も知らなかった人たちは助けられて、名前を知っていた人は助けられなかった。全部は無理だった。
いや、完全救済できるなんて思いあがるなよ俺。こっちはまだライダーマンにもなれない白タイツの科学者なんだから。
***
作戦後の報告会は、重い空気だった。
V3の撃破に失敗。ガルマジロン喪失。山下一家の確保にも失敗。作業員たちは避難後に所在不明。
一方で俺の担当範囲は——完成試験成功、詳細な能力データを取得、科学班の死傷者なし、腐食性物質の研究区画への侵入を阻止、主要設備を保全。
ヨロイ元帥の初作戦が潰れた報告会で、担当部分だけが完璧に成功している科学者が一人いる。針の筵だ。居心地がいいわけがない。
「完成試験と施設保全については、貴様の判断が適切だった」
「ありがとうございます」
「だが、それが作戦全体を動かしたと勘違いするな」
「そのようには考えていません」
勘違いなんてしてません。できれば俺が関わった記録ごと消したいくらいなんだけど。
報告会が終わり、他の班員が退室していく。ヨロイ元帥が俺だけを残した。
「首領が貴様を高く評価する理由は理解した」
「光栄です」
「理解した、と言っただけだ」
ヨロイ元帥が釘を差すように強調する。
「今後、怪人の完成試験には貴様も技術審査として加われ」
「私が、ですか」
「今回のような測定上の不備を、実行前に除かせる。報告書はこちらへ直接提出しろ」
「承知しました」
褒められたはずなのに、首輪が一つ増えた。
これからは成功も失敗も、まずヨロイ元帥の目を通る。抜擢というより、監視に近い。
(承知できねえーー!)
心の中で叫んでも、ただ虚しいだけだった。
***
自室に戻ると、机の上に次の作戦資料が置かれていた。
カタツブラーだ。
提出先の欄に、これまでなかった『ヨロイ元帥』の名前が入っている。
ガルマジロン、終了。次、カタツブラー。その次、カマクビガメ——つまり結城丈二の処刑。
怪人カレンダーが一枚めくれ、報告先にヨロイ元帥の名が増えた。
他人の逃げ道を開けた分だけ、俺の逃げ道が閉じている。結城丈二の有能さは、使うほど利息がつくらしい。返済先は硫酸プールだ。いや、それにしたって。
「……利息がつくの、早すぎない?」