転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい!   作:青葱小口切り

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第六話 初対面の手順が違います

 

「……誰だ、君は」

 

 聞かれたなら、名乗ればいいだけの話だ。ところが口の中で言葉が渋滞を起こしている。

 

(待て待て待て。風見志郎ですって名乗られる前に風見って呼んだら終わりだからな!?)

 

 この人はまだ名乗っていない。俺がその名前を知っている理由は配信の知識と——デストロン内部で憎き敵として名前が挙げられていたからだ。正気を疑われるか、敵として見られるか。最悪の二択だ。

 

 考えて、考えて、口が出したのはこれだった。

 

「……少なくとも、あなたの敵ではありません」

「答えになっていない」

 

 ですよね。

 

 視界の端で警告が点滅し、接続部温度の上昇を教えている。手術から半日で怪人に追い回されたのだから当然だ。喋っているあいだも、律儀に灯り続けている。

 

 黙っててくれ。今はそれどころじゃないんだよ。

 

 V3が一歩、距離を詰めた。構えは解いていない。

 

「向こうで爆発があった。黄色い煙が上がっている」

「……はい」

「君か?」

 

 違います、と言いたい。厳密には違う。あれを投げたのはカマクビガメで、俺は投げられた子亀を叩き落とした側だ。

 

 だが、そこまで説明するには前置きが多すぎる。追われている理由。追ってきた相手。守ろうとした人間の名前。どれ一つ取っても、口にした瞬間にこちらの立場が悪くなる情報しかない。

 

 正直に話すほど怪しくなるという状況が、この世に存在するとは知らなかった。

 

「私が起こしたものではありません。ですが、私がいたから起きました」

「……」

 

 黙られてしまった。

 

 自分でも今のは何だと思う。誠実であろうとした結果、いちばん不気味な言い方になった。

 

「その装備は、デストロンのものか?」

「……」

 

 答えられなかった。

 

 部品はデストロンの倉庫から出ている。持ち出したのも事実だ。

 

 それでも、返すつもりはない。これはもう俺の右腕だった。だが初対面の相手にそこだけ言えば、盗人の開き直りにしか聞こえない。 

 

 嘘をつけば早い。けれど、この体の口はそれを覚えていなかった。部下に嘘をつくやり方すら身につけないまま今日まで来た人が、初対面の相手にだけ器用になれるわけがない。

 

 沈黙の時間だけが伸びていく。

 

 その時、背後の斜面が鳴った。

 

 太い枝の折れる音が、下から一直線に近づいてくる。雑木林の梢を割って、あの長い首が持ち上がった。

 

「逃げても無駄だぞ、結城丈二!」

 

 ……あ。

 

「デストロンの試作兵器を返せ! 裏切り者め!」

 

 名乗る前に、敵が身元照会を済ませてしまった。

 

 名前、所属、追われている事情、武器の所有権を主張されている状況。俺が三分かけて出せなかった情報を、カマクビガメが一瞬で片付けている。

 

 初対面の進行を怪人に握られるとは聞いていない。

 

 V3がこちらを見た。仮面だから表情はない。ないのに、頭の中の情報が更新された気配だけは、はっきり伝わってきた。

 

 斜面の下から、黒い服が次々に上がってくる。片桐家の庭にいた戦闘員たちだ。ロープで転がしたぶんも、律儀に全員起き上がってきたらしい。

 

 勤勉だな。もう少し労働環境を疑ってくれてもいいんだぞ。

 

***

 

 カマクビガメの首が伸びた。

 

 狙いは俺だ。避けようとした足が半歩遅れる。強化服の中で肩が軋み——

 

 間に、白と緑が入った。

 

 伸びきった首を腕で受け止め、体ごと横へ弾く。マフラーが翻る。カマクビガメの巨体がたたらを踏んで、路肩の草を薙いだ。

 

「下がっていろ」

「しかし——」

「その状態で戦うつもりか?」

 

 ヒーローに、変身したままの俺が戦力外通告を受けている。

 

 反論しようと一歩踏み出した瞬間、視界の端に二つ目が灯った。今度は生体監視の項目だ。包帯の下で出血が増えている。

 

 だから黙っててくれって言ってるだろ。

 

「私は戦闘要員ではありません。ですが、あの個体の仕様は把握しています」

「……教えてくれ」

「伸びる首、重くなる体重、子亀爆弾に毒ガス。限界値も分かります」

 

 V3が小さく頷いて、それから前を向いた。

 

「離れていろ。近づくな」

 

 俺はそれを、拒否ではないと解釈することにした。

 

 まずやる必要があるのは、戦闘員の足を止めることだ。

 

 斜面を上がりきった連中の何人かが、道を下って住宅街の方角へ向かい始めている。あちらには片桐家がある。空き家になった片桐家を検分に行くのか、逃げた車の行方を探すのかは分からないが、どちらにしても人の住む方角だ。

 

 ガードレールへロープを回した。

 

 路面すれすれの高さで張って、走り込んできた先頭の脚を掛ける。二人が転び、後続がつまずいて折り重なった。起き上がろうとする脇へ、道端の廃材を引き寄せて立てかける。

 

 通せんぼだ。原始的だが、道幅が狭いほどよく効く。

 

 これで人家の方へは行けない。行くなら林を迂回することになるが、それには時間がかかる。時間さえ稼げれば十分だった。

 

 カマクビガメが甲羅の縁から子亀を掴み出した。片桐たちの車へ投げてきたものと同じだ。

 

 投げられる。落下点は、道の向こうの二階家だ。物干し竿に洗濯物が掛かっている。

 

 考えるより先に右腕が動いていた。ロープが伸びて、子亀の甲羅を巻き取る。腕ごと振り抜いて、反対側の空き地へ叩き落とす。

 

 爆発と同時に、毒を含んだ煙が地面を這って広がった。

 

 最後の警告が灯る。反動許容。腕を振り抜いたあと、鈍い衝撃が肩から脇腹へ追いついてきた。息が詰まり、視界が一度揺れる。

 

 三つ揃った。役満か。

 

「V3、風上へ。あの毒煙は道に沿って動きます」

 

 V3が位置を変えた。迷いがない。俺の言葉を検討した様子すらなかった。

 

 次は首だ。あの伸縮に振り回されているうちは、踏み込む隙が作れない。

 

 道路標識に目をつけた。支柱の太さ、埋設の深さ、基礎の見当をつける。ロープを首へ巻きつけ、支柱へ二重に回して固定した。

 

 カマクビガメの動きが止まる。

 

 止まったのは、一瞬だった。

 

 軋む音がした。支柱が根元からゆっくり傾いでいく。カマクビガメの体が、沈み込むように重くなっていた。

 

 体重増加。最大一トン。

 

 怪人の体重変化を、道路標識の耐荷重まで含めて考えていなかった。俺の初実戦、反省点が多すぎる。

 

 それでも、傾いた支柱は数秒だけカマクビガメを縛った。その一瞬でV3が動いてくれた。

 

 傾いていく標識を足場にして軌道を変え、伸びた首の外側へ回り込む。俺が稼いだ数秒を、一つも余らせず攻撃へ変えていく。

 

 鋭い蹴りが甲羅の縁を叩いた。カマクビガメが後退する。首が引き戻され、甲羅の縁がまた持ち上がって、次の子亀へ手が伸びる——

 

 違う。手は囮だ。首の付け根の筋が右へ寄っている。

 

「V3、右へ!」

 

 彼は迷わず右へ跳んだ。直後、さっきまでその体があった空間を、長い首が薙いだ。

 

 ……。

 

(V3に指示出しちゃった!!)

 

 しかも従われた。V3は振り返りもせず、必要な声だけ拾って、もう次の攻撃へ移っている。

 怪しい他人の声でも、使えるなら使う。戦い慣れた人間なら当然の判断だ。俺が特別に信じられたわけじゃない。

 

 分かっている。分かっているんだけど、心臓がうるさい。

 

 決着は、心臓を落ち着かせる前に来た。

 

 カマクビガメがV3の脚へ噛みついた。そのまま引き倒し、甲羅の縁が大きく開く。

 

 V3の体が飲み込まれ、甲羅が閉じる。

 

 息が止まった。

 

 配信では、このあと内側から甲羅を破って出てきた。順番も結末も覚えている。

 それでも、目の前で甲羅が閉じた音は、記憶の中よりずっと重かった。

 

 咄嗟にロープを甲羅の合わせ目へ差し込んだ。てこの要領でこじ開ける。右腕の出力は足りるはずだ。足りるはず——

 

 合わせ目が少しだけ動いて、止まった。

 

 視界の端で、三つの警告がまとめて色を変えた。接続部温度、上限。反動許容、上限。生体監視は、もう数字が読めない。

 

 包帯の下が熱い。滲んだ血が袖口まで届いている。

 

 ここでロープアームごと壊れたら、次の一手がなくなる。片桐がいない以上、この場では換装できない。ロープアームがなくなれば、俺はまた右腕のない女になる。

 

 手を止めた。

 

 止めるという判断が、これほど難しいものだとは思わなかった。

 

 異常が出たら切り離し、原因が分かるまで戻さない。カタツブラーにも、自分の右腕にも、同じ手順を書いたのは俺だ。人には散々守らせたくせに、自分の番になると指が言うことを聞かない。

 

 震える手でロープを引き戻した。

 

 信じる。

 

 結果を知っているはずなのに、頭に浮かんだのはその言葉だけだった。待つしかないこの時間だけは、配信の記憶にも肩代わりしてもらえない。

 

 唇を噛んでいると、カマクビガメの体が内側から膨らんだ。

 

 亀裂が走る。次の瞬間、拳が甲羅を突き抜けた。

 

 破片が飛び散り、V3が転がり出る。カマクビガメが数歩よろめいて崩れ、爆発した。

 

 熱風が強化服を通り過ぎる。立ち上がったV3を見て、俺はようやく止めていた息を吐いた。

 

 道の向こうで、廃材の山に足を取られていた戦闘員たちが逃げていく。誰も俺を見なかった。任務が消えた瞬間に人が引き上げる速度だけは、何があっても変わらないらしい。

 

 戦闘員の背中が見えなくなったところで、張っていた膝が一度折れた。

 

***

 

 煙が薄れて、道の上に静けさが降りる。

 

 大きく息をしてから何とか体を起こした。まだ立てる。なら、先にやっておくことがあった。

 

 ヘルメットを外す。

 

 左手だけの作業だから手間取ったが、外れた。午後の光と風が汗ばんだ額を撫で、髪が肩へ落ちた。強化スーツも片付ける。

 

 V3がこちらを見ている。わずかな間があったが、それだけだった。驚きもないし、確認の言葉も飛んでこない。

 

「結城丈二です」

「……それは聞いた」

 

 ですよね。

 

 V3が変身を解いた。

 

 現れたのは、凛々しく研ぎ澄まされた男の顔だった。画面越しに見ていたときより、目元が険しい。

 

(な、なんかオーラが違う……! これが戦い続けてきた仮面ライダーの風格!?)

 

「風見志郎だ」

 

 初めて聞いたような顔を作る。表情というものは、意識すると急に動かし方が分からなくなる。

 

「……風見さん」

 

 ああ、これでようやく、初対面の手順どおりにその名前を呼べる。

 

 風見はまだ距離を詰めない。

 

「デストロンにいたのか?」

「いました。科学部門に」

「なぜ抜けた」

 

 嘘をつく余地はなかった。この体には材料がないし、そもそもこの人に対して使いたくない。

 

「処分されるところだったので、その前に抜けました」

「……腕は、そのときに?」

「いいえ」

 

 接続部の痛みに耐えながら、右腕を持ち上げた。

 

「奪われる前に切りました。設計したのも私です」

 

 風見の肩が、わずかに動いた。

 

 ほんの一瞬だった。すぐに元の位置へ戻ったけれど、その反応だけは妙に目に残った。仮面の下では見えなかったものが、初めて一つだけ表へ出た気がした。

 

 この人がデストロンに何を奪われたか、俺は知っている。それでも俺は、あの施設の廊下を白い衣装で歩き、報告書へ判を押し、怪人の試験に立ち会っていた。今は自分で右腕を切った話をして、目の前の本人に助けられて立っている。

 

 立場も、知っていることの量も、最初から何もかも釣り合っていない。

 

 風見が口を開いた。

 

「聞きたいことがある」

「はい」

「なぜ俺を信じた?」

 

 答えはある。ただ、転生も配信も使わずに、そこへ至った道筋を説明する方法がない。

 

「あなたが……仮面ライダーV3だからです」

 

 風見の眉間に、ほんの少し皺が寄った。

 

「……それは、理由になっていない」

「そう、ですよね」

 

 こちらにとっては理由でも、彼へ渡した瞬間にはただの結論になる。

 

 風見が包帯へ視線を落とした。

 

「事情はあとで聞く。まず、傷を見せてほしい」

 

 説明しなければならない相手が、また一人増えた。幸江さんへの分も、まだ払っていないのに。

 

***

 

 道の向こうから、車の音が近づいてきた。

 

 見覚えのあるワゴン車だ。爆発音が止んだのを聞いて、様子を見に戻ってきたのだろう。停まるより先に助手席の扉が開いた。医療鞄を抱えた幸江さんが降りてくる。運転席から片桐が続く。顔色は相変わらず悪い。

 

 片桐の視線が、俺の顔から血の滲んだ腕へ落ちた。何も言わず、一度だけ長く息を吐く。それから風見を見る。風見も片桐を見た。

 

 片方は元デストロンの研究員で、片方はデストロンと戦っている人だ。互いに何も言わない数秒があった。挨拶の方法が、どちらの人生にも用意されていない。

 

 その横を、幸江さんが通り抜けた。

 

 視線が、俺の肩から先を一往復する。

 

「結城さん、座ってください」

「私は——」

「座ってください」

 

 道端の縁石に座らされた。

 

 幸江さんが包帯を切り、接続部を確認し、体温計を取り出す。手順は一つも飛ばない。

 

 風見が声をかけようとして、先を越された。

 

「あなたも、怪我をしていませんか」

「……大丈夫です」

「そうですか」

 

 それで終わりだ。幸江さんは俺の処置へ戻った。

 

 仮面ライダーV3が、通行人と同じ扱いを受けている。

 

 片桐がロープアームの接続部を確認して、通常手型ユニットへ戻す準備を始めた。

 

「発熱、基準を超えています」

「分かってる」

「分かっている人の数値ではありません」

 

 空を見上げた。

 

 カマクビガメは終わった。次に画面へ出てくるのはサイタンクで——何体かの怪人の後に、プルトンロケットが来る。

 

 配信で見た残りは、体感であと六話か、七話分。

 

 右腕の期限には間に合った。次の期限までは、まだ遠い。

 そう思っておかないと、今ここで大人しく座っている自分を許せそうにない。

 

 体温計が差し出された。

 

 本物のヒーローに助けられて、悪の秘密結社から逃げ切って、それで今日の最後にやることが検温である。

 

(最終決裁者、まだ幸江さんなんだけど!?)

 

「結城さん。口を閉じて、動かないでください」

 

 ……はい。

 

 正義の味方が来ても、術後管理からは逃げられないらしい。

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