転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい!   作:青葱小口切り

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第七話 止められると思ったんです

 

 古い家の匂いがする。

 

 風見が用意したのは、町の外れにある貸家だった。電話が一台。湯呑みが四つ。誰かが住んでいた形跡はあるのに、生活の続きだけが抜け落ちている。

 

 保護と監視の両方なのだと、俺は理解している。

 

 元デストロンの科学者二人とその家族を片桐家へ戻せばまた襲われる。かといって、素性の分からない人間を本拠地に置くこともできない。

 それでも放り出す気はないから、ここへ置いた。生活の距離だけが近くて、心の距離はまるで近づいていない。

 

 数日が経って、接続部の出血は止まった。発熱も引いた。片桐が通常手型ユニットの復帰作業を終えている。

 

 服は、幸江さんが調達してきたシャツとスラックスだった。

 

「動きやすい方がいいと思って」

 

 助かる。本当に助かる。血のついたワンピースで正座しているよりずっといい。

 

 足を通した瞬間に「ちゃんとしたズボンだ」と思った自分については、あまり深く考えないことにした。

 

***

 

 その朝、片桐が居間で風見の前に立った。

 

「片桐二郎です。デストロンでは結城さんの部下でした。手術を担当したのも私です」

「風見志郎だ」

「……存じています」

「そうだろうな」

 

 会話が止まった。

 

 元デストロンの研究員と、デストロンに家族を奪われた男。どちらの人生にも、この挨拶の続きを進める手順が用意されていない。

 

 それが今、ここで一気に決済されようとしている。

 

 そこへ幸江さんが入ってきた。

 

「兄さん、そのガーゼを取ってください。風見さんは、椅子をこちらへお願いします」

 

 二人とも同時に動いた。

 

 重たくなるはずの顔合わせが、包帯交換の補助要員二名で幕を下ろした。

 

 幸江さんが接続部を診て、片桐が通常手型の開閉角度を測る横で、風見が事情を聞いてくる。

 

 問診と事情聴取が同時に進行中だ。俺は椅子に座って右腕を差し出したまま、経歴を喋る。

 

 デストロンの理想を信じて科学部門にいたこと。組織の真実に気付いてからは、作戦の被害を減らすために内部でできる工作をしていたこと。それがヨロイ元帥との対立になり、処分される予定だったこと。処分の前に右腕を切るため、片桐に手術を頼んだこと。

 

 装備の話もした。制御ベルトと強化服。通常手型とロープアーム。交換カセットは今のところ一基だけで、換装にはまだ片桐の補助が要ること。

 

「改造したのは右腕だけです」

 

 言いながら左手まで動かしたところで、幸江さんに手首を押さえられた。

 

「脈を取っています。動かさないでください」

 

 説明には身振りが要る。診察には静止が要る。この家では、証言より測定が先だった。

 

 全部話し終えるのに、たっぷり一時間かかった。

 

 風見はずっと聞いていた。腕を組んで、一度も遮らず。

 

「話は分かった」

「はい」

「だが、分からないことは減っていない」

 

(結構説明したのに疑問の総量が変わってないの!?)

 

 ……それも当然か。話していないことの方が多い。転生も、配信の知識も、この人を最初から信じた理由も、俺がプルトンロケットまでの残りを数えていることも、一つも渡していない。

 

 渡せる範囲だけを丁寧に並べれば並べるほど、輪郭の内側が空洞になる。風見は何も言わなかったが、その空洞ごと見られている気がした。

 

 幸江さんには、その前の晩に同じ話をしていた。

 

 彼女は最後まで聞き、「分かりました」とだけ言った。それから翌朝の処置時間を紙に書き、血のついたワンピースを抱えて部屋を出ていった。巻き込まれたというのに俺を責めることもなく、聞いた事実を次に必要な手順へ移していく。

 

 あの人の受け取り方は、いつも大事な荷物をそっと棚へ上げるみたいだ。

 

***

 

 風見が立ち上がって、台所で湯を沸かし始めた。

 

 急須に茶葉を入れて、湯を注ぐ。蓋を指で押さえて、湯呑みへ順番に回していく。

 

 カマクビガメの甲羅を内側から叩き割った拳が、急須の蓋を押さえている。

 

 当たり前だ。仮面ライダーだって茶くらい飲む。

 

 分かる。分かるんだけど、画面の外側を見せられている感じが消えない。番組が終わったあとの、映っていない時間帯にうっかり入り込んでしまったような。

 

 湯呑みが目の前に置かれた。

 

「熱いぞ」

「……ありがとうございます」

 

 注意書きまで完備だ。

 

***

 

 電話が鳴ったのは、その日の午後だった。

 

 風見が受話器を取る。受話器の向こうの声が高い。子どもの声だ。V3の活動を支援する子どもたち――少年仮面ライダー隊の隊員かもしれない。

 

 サンタクロースに招待された子どもたちが、洋館へ行ったまま帰ってこない。中へ入った隊員からの連絡も……と言ったところで風見は短く聞いた。

 

「場所はどこだ」

 

 受話器の向こうで住所と、『幸運の家』という名が告げられる。そこで通信が切れた。

 

 知っている。俺は茶を飲み干して湯呑みを置いた。

 

「風見さん。おそらく、相手はサイタンクです」

 

 風見が受話器を耳に当てたまま、こちらを見た。

 

「何を知っている?」

「怪力と防御力に特化した怪人です。正面から力比べをするべき相手ではありません。子どもたちをデストロンの一員に仕立てるつもりです。それに、人質として使われる可能性もあります」

 

 本当か、と聞かれると思った。なぜ、と聞かれるとも思った。

 

 風見が口にしたのは、そのどちらでもなかった。

 

「子どもを助け出す方法は」

「……側面に搬入口があるはずです。デストロン式の錠なら、私が開けられます」

「施設内で注意すべき設備は」

 

 俺は答えながら、胸の奥がうるさくなっていた。

 

 この人は俺を信じたわけじゃない。俺の情報が正しい可能性がある以上、先に動く方を選んだだけだ。子どもを危険な場所から助け出すことが優先順位の一番上に来る。

 

 画面では何度も見た。何度も見て、そのたびに「そうこなくちゃ」と思っていた。

 

 でも、椅子を引く音まで聞こえる距離でやられると、やっぱり違う。

 

 仕方ないだろ。俺だって男の子だったんだ。

 

***

 

 役割は、その場で分けた。

 

 風見が正面から入り、サイタンクを子どもたちから引き離す。俺が側面から侵入して、子どもを外へ出す。片桐は装備担当として同行。幸江さんは離れた場所に車を停めて、出てきた子どもの手当てをする。

 

 子どもの安全が最優先だ。

 

 片桐が通常手型ユニットを外し、ロープアームを差し込んだ。金属の噛み合う音。ロックを押し込んで、実際に引いて確かめる。これもそのうち一人でできるようにならないとな。原作ではこんな面倒な換装はしていなかったし、片桐がいつも隣にいるとは限らない。

 

「接続、完了しました」

「ああ」

 

 よし。今回は、最初から同じ敵を見ている。足を引っ張るような対立はない。

 その事実だけで、原作でこじれた部分まで全部片づいたような気がした。

 

***

 

 幸運の家は、洋館の形をした訓練施設だった。

 

 サンタクロースの飾りがまだ玄関に残っている。その奥で、集められた子どもたちがデストロンの幹部候補生として厳しい訓練を強いられていた。

 

 正面で爆発音がした。風見——仮面ライダーV3が入ってきたのだ。

 

 地響きが床を伝ってくる。あの重さは打撃じゃない。踏み込みの重量だ。数トンの体が地面を蹴っている音。

 

 俺は急いで側面へ回る。

 

 搬入口の錠は記憶通りのデストロン式で、内部構造も知っている。三十秒とかからず開いた。廊下の監視装置は配線の走り方で位置が読める。引き込み線を二本切って、回り込む。

 

 訓練室の扉を開けると、子どもたちが振り返った。

 

「デストロンの人だ!」

「違う。君たちを助けに来た」

 

 ロープアームで戦闘員の脚を払い、廊下の隅へまとめて転がした。子どもをまとめて動かすと目立つので、数人ずつに分ける。少年仮面ライダー隊の隊員がいたので、後続の誘導を頼んだ。

 

 その子はいい仕事をしてくれた。あの年で、混乱した集団の後ろを歩ける子はそういない。

 

 少し時間はかかったが、最後の一団が避難用の車へ到達した。俺の担当は、この時点で終わっている。

 

 終わっているのに、俺は窓の外を見た。

 

 庭でV3がサイタンクに押されている。

 

 V3の繰り出す技は、あの図体をほとんど揺るがさない。逆に突進を受けたV3が地面を削りながら後退している。

 

 配信で見たとおりだ。サイタンクにはいつもの必殺技が通らない。

 

 そして、配信で見た決着も覚えている。

 人質のいない戦場。V3。ロープアーム。必要なものが、目の前に揃っていた。

 

(これ、もう最後の連携まで行けるんじゃないか?)

 

 ここで倒せるならそれが一番良い。俺は車の発進を確認してから、変身して庭へ踊り出た。

 

「V3、私がサイタンクの動きを止めます」

 

 緑の目がまっすぐにこちらを射抜く。

 

「できるのか」

「ロープアームの出力なら可能です。突進を誘って、直前で横へ抜けてください。私が胴を取ります」

「分かった」

 

 それだけで作戦は決まった。ぶっつけ本番だが、いけるはずだ。

 

 サイタンクが吼えて突進した。V3が正面で構え、地面を蹴って横へ抜ける。巨体が空を切って、俺の視界を横切っていく。

 

 射出。

 

 ロープは狙った位置へ、狙った角度で掛かった。巻き取り量も合っている。

 

 捕らえた。

 

 そう思った瞬間、サイタンクが両手でロープを掴んだ。ぐっと一気に引かれる。 

 警告は点かなかった。金属の指もロープも、サイタンクを離さない。

 

 動いたのは、俺の足だった。靴底がザリザリと音を立てて地面を滑る。

 

 踏ん張ろうとした爪先が土をさらって、体ごと前へ持っていかれた。強化服が腰と膝を支えているのが分かる。分かるだけで、止まらない。

 

 サイタンクがロープを横へ振った。

 

「うわぁっ!」

 

 情けない悲鳴と共に体が浮いて弧を描く。反転して攻撃に入っていたV3の、進路の真ん中に放り出された。

 

 V3の動きが止まる。

 

 攻撃を中断して俺を受け止めたのだ。

 

 その隙を、サイタンクは見逃さなかった。

 

 突進が俺たちを弾き飛ばした。背中が何かに叩きつけられる。工事用に停めてあったブルドーザーの側面だ。V3がその鉄と巨体のあいだへ押し込まれ、俺もロープを掴まれたまま引き寄せられる。

 

 ロープを切り離せば、俺だけは抜けられる。

 

 だが切れば、サイタンクは完全に自由になってV3へ攻撃を集中させる。

 

 判断が一瞬遅れた。

 

 俺が迷っている間に、V3のベルトの風車が回り始める。風が唸りを上げて激しく逆巻いた。

 

 全エネルギーの放出——逆ダブルタイフーン。

 

 衝撃がブルドーザーごとサイタンクを吹き飛ばし、俺の体も庭の端まで転がった。土と煙が空へ上がる。

 

 サイタンクが爆風の中を撤退していく。

 

 仰向けのまま、俺は空を見た。

 

 最初から協力した。敵も間違えなかった。ロープも狙った場所へ掛けた。

 

 それなのに、同じ技を使わせている。

 

(俺、原作より話が通じるだけで、戦力としては悪化してない!?)

 

***

 

 安全な場所へ移ると、幸江さんが風見の脈を取り、片桐が俺の右腕を調べた。

 

 風見は変身を解いたまま壁へ片手をついている。逆ダブルタイフーンは撃てば三時間は変身できない——知識でしかなかった代償が、今は浅い呼吸の形で目の前にあった。

 

「接続部温度、正常です」

「反動許容は」

「超えていません。生体監視も正常です」

「ロープアームは」

「設計通りに作動しています」

 

 警告は一つも出ていない。昼に感じたとおり、壊れたものはなかった。片桐の数字が、それを逃げ道なく証明している。

 

 修理する場所はない。直すべきなのは、使い方の方だった。

 

 風見が壁にもたれたまま口を開いた。

 

「力比べをする相手ではないと言ったのは、君だろう」

「……はい」

「ロープを使えば、力比べではなくなると思ったのか?」

「……」

 

(はいそう思ってました!!)

 

 正面から殴り合わなかっただけで、俺はロープ越しにサイタンクと綱引きをしていた。間に紐が一本挟まれば知的な戦いになると思うな。綱引きも立派な力比べだ。

 

「止めると言ったな」

「……止められると思ったんです」

「君の方が動いていた」

 

 客観的な事実だけで殴るのはやめてほしい。何も言えずに申し訳なさで縮こまるしかなくなる。

 

 幸江さんが空いた手で俺の膝を指した。

 

「続きは、処置をしながら聞きます」

 

 反省会は診察の一部へ編入された。

 逆ダブルタイフーンで消耗した風見と怪人との綱引きに負けた俺が、左右から同時に処置される。

 

 初共闘の成果、患者二名。

 

 包帯を巻かれながら、昼の力の通り道を頭の中へ引き直した。

 サイタンクからロープ、右腕、肩、腰、足元。最後まで、俺の身体が一本の支柱になっていた。だから敵の怪力に引きずられて終わった。

 なら、その途中から俺を外せばいい。ロープを構造物へ渡し、怪人の力を逃がす。

 

 もう少し頑張る、では届かない。必要なのは根性ではなく、荷重の経路だ。結城丈二なら、それを計算できる。

 

***

 

 夕方、救出された子どもの一人——津村ヒロシの姉のめぐみさんと、祖父の定吉さんが連れ去られた。

 

 定吉さんだけが伝言役として戻された。指定の場所へV3が一人で来なければ、姉の方は返さないと。

 

 風見はまだ、逆ダブルタイフーンの反動から戻りきっていない。

 

 それでも立ち上がった。

 

 危ないから行かないでください、とは言えなかった。言って止まる人ではないと知っている。

 

「風見さんは、要求通り正面から入ってください」

「君はどうする」

「科学者班へ紛れ込みます」

「科学者班?」

「あなたを生かして捕らえた場合、ヨロイ元帥なら殺すより改造を選ぶ可能性があります」

「俺が捕まる前提で話してないか」

「捕まらないのが最善です」

「……」

「ですが、最善だけで作戦を立てるのはやめます」

 

 失敗の請求書は、その日のうちに払うことにした。

 

 片桐にロープアームを預け、通常手型へ戻す。防護服の袖の下なら、機械の腕は目立たない。

 

 それから、敵アジトの周辺を歩いた。

 

 脱出経路の途中に工事現場がある。地中深くまで基礎を打ったコンクリートの橋脚が一基。少し離れた地面には、重機や資材を固定するための太い鉄輪がコンクリートの地面に埋め込まれている。

 

 頑丈な支持点が、二つ。

 

 少し考えてから、指示を出した。

 

 片桐は橋脚の根元を一周し、表面のひびへ指を当てる。

 

「橋脚一基だけでは危険です」

「鉄輪と分ける。角には保護材を。ロープの力が私の肩へ戻らないように」

 

 片桐は頷き、ワイヤーを通して張りを確かめた。物陰には換装用の工具が並べられていく。

 

「実測、三十八秒です」

「余裕を見て四十五秒と伝える」

「分かりました」

 

 これで勝てるとは思っていない。再戦になった場合に、少なくとも自分が固定点になる失敗だけは繰り返さないための保険だ。

 

(今度こそ上手くいってくれよ……!)

 

***

 

 風見はデストロンの要求通りアジトへ入った。

 

 めぐみさんは解放された。だがその退路を守っているあいだも、風見は変身して自由に戦うことができない。サイタンクはその条件を最大限に使い、風見へ大きなダメージを与えて捕らえた。

 

 ヨロイ元帥の指示は、モニター越しに飛んできた。

 

 殺すな。脳を改造しろ。

 

 その手術室の科学者班の中に、防護服とマスクを着けた俺がいる。

 

 デストロンの科学班は顔を隠して作業する。指名手配された研究員が紛れ込むのに、これほど都合のいい服装もない。片桐から借りた衣装は十分に効果を発揮した。

 

 入って三秒で、器具の配置が悪いことに気付いた。

 

 術者の利き手の側に廃棄容器が置いてある。電源系統は分岐が二段も無駄になっている。拘束具の締め方が雑で、右足首に隙間がある。薬剤の照合手順が一工程抜けている。

 

「その電極は逆に配置してくれ」

「は、はい」

「拘束部位の再確認を」

「承知しました」

 

(潜入中に脳改造手術の工程改善を始めるな!!)

 

 口が勝手に動く現象は、組織を裏切ってからもついてくる。

 

 問題は、周囲がまったく疑わなかったことだ。指示の出し方が自然すぎて、誰も名札を確認しない。染みついた結城丈二の優秀さが今は武器になっていた。

 

 全員が電極の再確認に集中した数秒で、俺は装置の電源を落として風見の拘束具を解除した。

 

「遅かったな」

「潜入は初めてだったので」

「途中で手順を改善していなかったか?」

「……必要だったんです」

 

(見られてた!!)

 

 台の上から見てたのかよ。改造手術待ちの人が観察してる場合じゃないだろ。

 

 二人でアジトを出た。背後で、地面を割る足音が追ってくる。

 

***

 

 脱出経路の先、工事現場の手前に片桐が待機していた。

 

 物陰へ滑り込むと、すぐに片桐が通常手型のロックを外しにかかる。

 

 その背後で、風見が振り返った。

 

「換装に必要な時間は」

「四十五秒です」

「分かった」

 

 それだけ言って彼はサイタンクの正面へ向かう。逆ダブルタイフーンから三時間経ったところだった。

 

「変身……V3ァ!」

 

 力強い掛け声を聞きながら片桐がロックを外す。向こうで再び、重い衝突音がした。通常手型が抜ける。もう一度、体の芯まで音が響く。

 俺が申告した四十五秒は、あの人が怪人の前に立ち続ける四十五秒だ。

 

 金属が噛み合った。

 

「接続、完了しました」

 

 三十六秒。残った九秒で橋脚の陰へ入り、張ったワイヤーの終端を確かめた。

 

 右腕が力を受け止めるのではない。二つの固定点へ流れる張力を調整するだけだ。

 

 V3が一度サイタンクから距離を取り、こちらに問いかけた。

 

「そこなら止められるのか?」

「私が止めるわけではありません」

「……」

「地面に止めさせます」

 

***

 

 戦闘は、それでも圧倒的に不利だった。

 

 サイタンクは橋脚へ突進してコンクリートを削り、V3の打撃はやはり簡単には通らない。

 

 V3は、もう正面から押し返そうとはしなかった。

 サイタンクが突進するたび、半歩だけ軸をずらす。右へかわして橋脚から遠ざけ、左から蹴って資材の目印へ戻す。力では押し負けているのに、進む方向だけを少しずつ奪っていく。

 

 サイタンクが苛立って頭を下げた。

 

 その瞬間、V3は橋脚を蹴って上へ逃れ、返した踵を角の根元へ叩き込んだ。

 

 角が根元から折れる。

 

 サイタンクがよろめき、咆哮を上げて突進する。橋脚の手前に置いた資材の目印を、その足が越えた。

 

「V3、そこを離れて!」

 

 V3が横へ跳んだ。

 

 投げたロープが胴と両腕へ巻きつく。一度目とまったく同じように、サイタンクが掴んで引いた。

 

 昼に、靴底から順番に俺を持っていったのと同じ力。

 

 俺の体は動かなかった。

 

 踏ん張っているからじゃない。あの力が俺の肩へ来ていないからだ。ロープを結んだワイヤーを伝って、橋脚の根元と地面の鉄輪へ分かれ、そのままコンクリートと土の中へ逃げている。

 

 橋脚が軋んだ。コンクリートの粉が肩へ落ちてくる。鉄輪の周りで、地面に細い亀裂が走った。

 その分の力を、橋脚側のワイヤーが引き受ける。

 

 無限には持たない。でも、V3が跳ぶ時間は作れる。

 

 地面の奥から、鈍い振動だけが返ってくる。

 そうだ、怪人と綱引きをする必要なんて最初からなかったんだ。

 

「V3、拘束しました!」

 

 白と緑が空高く舞い上がった。回転しながら落下する軌道が、折れた角の跡へ吸い込まれていく。

 

 V3きりもみキック。

 

 衝撃と光が現場を白く塗って、サイタンクが爆散した。

 

 吹きすさぶ風に煙が流れていく。

 

 風見が変身を解いて、こちらへ歩いてきた。

 

「今度は止めたな」 

「私ではなく地面が、ですけどね」

 

(ヒーローとの戦闘後の会話ってこれで良いのか?)

 

 風見は答えずにひび割れた橋脚を一度見上げた。それから、コンクリートを割ってわずかに浮いた鉄輪へ目を落とす。

 

「なら次は、先に何へ受けさせるか決めろ」

 

 ……次。

 

 少し遅れて、その単語を拾った。

 

「……はい」

 

 風見は返事を待たず、片桐たちの方へ歩き出した。俺もロープを巻き取りながら、その後を追う。

 

 答えていない問いは残っている。

 それでも次の戦場では、俺が条件を出し、この人がそれを聞く。

 

 その形だけが、もう確認を必要としないものになっていた。




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