転生したら結城丈二(♀)だったのでプルトンロケットを回避したい!   作:青葱小口切り

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第九話 助けます

 

 バイクが止まったのは、看板の塗りが少し剥げたスポーツ用品店の前だった。

 

(ここか)

 

 風見が片桐に渡したメモの中身を、俺はようやく知ったことになる。

 

 降りるより先に、奥から片桐が走り出てきた。幸江さんがその後ろから来て、俺の顔を見るなり手を伸ばす。

 

「お怪我は」

「ありません」

「風見さんは」

「俺も無事だ」

 

 幸江さんの視線が、次に俺の右腕へ落ちた。ロープアームのままだ。片桐も同じところを見ている。

 

 二人が同時に何か言いかけたところで、店の奥から野太い声が飛んできた。

 

「おう、志郎!」

 

 作業着の男性が、布で手を拭きながら出てくる。

 

(立花藤兵衛だ)

 

 画面の中で何度も見た人だった。今はスポーツ用品店の店主で、仮面ライダーの後ろ盾。拠点も車も情報も、この人のところから出てくる。変身しないのに、毎回いちばん危ないところにいる人。

 

 その人が、俺の前で足を止めた。

 

「あんたか! 志郎と一緒に戦ってくれたってのは!」

 

 握られた左手だけが勢いよく上下した。右のロープアームは、挨拶の順番にすら割り込めなかった。

 

(……一緒に戦いました)

(途中までは)

(途中からは、どちらかというと戦闘妨害の方を……)

 

 庇った相手はデストロン首領で、止めた拳は仮面ライダーのものだ。歓迎されるには、いささか成績が悪い。

 

 それでも、口は落ち着いた返事を作った。

 

「結城丈二です。しばらく、お世話になります」

「立花藤兵衛だ。狭いが、遠慮するな。若い連中は当分寄せつけねえから、安心してくれ」

 

 風見は、俺の経歴も館での顛末も説明しなかった。

 

「話は中でする」

 

 それだけ言って、風見は先に上がっていく。

 俺を保証する言葉も、見張るための指示もない。ただ、風見の隣だけが一人分空いていた。

 

(弁護も監視もなしか)

 

 俺はそこへ入った。

 

***

 

 畳の部屋に落ち着いてから、片桐兄妹へ報告した。

 

「館にはヨロイ元帥と、首領を名乗る者がいました」

「首領を、名乗る……」

「本物かどうかは分かりません。確かめる手段ごと逃げられました」

 

 片桐の眉が動く。俺は必要な分だけを並べた。

 

「首領から帰還を求められましたが、断りました。怪人は倒しましたが……」

 

 そこで一度、言葉が止まった。

 

「首領とヨロイ元帥は逃しました」

 

 嘘はついていない。ただ、逃げられた理由だけが報告から抜けている。

 

 片桐は少しのあいだ黙って、それから頷いた。

 

「分かりました」

 

 それだけだった。訊かれれば全部話すつもりでいたのに、訊かれなかった。

 

 風見も補足しなかった。以前なら俺の斜め後ろ——手が届いて、動きが見える位置に立っていた人が、今はただ隣に座っている。

 

 説明されない部分と、二人の立ち位置。片桐兄妹に伝わったのは、たぶんそれで十分だった。

 

 報告が終わると、片桐が工具を広げた。

 

「換装します。通常手型に戻しておかないと不便でしょう」

「頼む」

 

 肩の接続部が開かれ、ロープの巻き取り機構が外れていく。金属が噛み合う音がして、五本の指が戻ってきた。

 

「指を動かしてください」

「……問題ない」

「なら大丈夫です」

 

 片桐は五本の指へ順に負荷をかけ、掌を二度開閉させた。

 工具箱が閉じられた時、俺には次に使える右手が戻っていた。

 

***

 

 数日が過ぎた。

 

 正月が明けて、商店のシャッターが順番に上がりはじめた頃。俺たちは立花さんの家の二階に、仮の生活というものを組み立てつつあった。

 

 問題は服だった。

 

「結城さん。洗い替えが足りていません」

「最低限のものは持ち出しました」

「最低限というのは、一組を着ている間にもう一組を洗える状態のことです」

 

 幸江さんが俺の荷物をひと目で査定して、そう言った。反論の材料が一つも出てこない。

 

 しかも今着ているシャツは幸江さんの、上着も幸江さんのだ。

 

「ずっと借り物では、落ち着かないでしょう」

 

 柔らかい言い方だったので、余計に断りづらかった。

 

 悪の秘密結社が世界を滅ぼしかねない兵器を準備しているのに、俺は洗い替えのシャツを買いに行こうとしている。

 

 衣食住の衣が人間に必要なのは知っている。知っているが、順番というものがあるだろう。

 

 怪人カレンダーを頭の中で開く。プルトンロケットまでには、まだ何体か挟まっていたはずだ。何体だったかは、正直なところ、少し曖昧になっている。

 

(まだ、猶予はある)

 

 この時の俺は、本気でそう思っていた。

 

***

 

「一人で行けます」

「駄目だ」

 

 台所の入口で、風見が振り返りもせずに言った。

 

「服を買うだけですよ」

「デストロンが君を諦めたと思っているのか」

「……思ってはいません」

 

 あの館で、首領は本気で俺を呼び戻そうとしていた。それを直接聞いた人間が、この家にはいる。

 

「なら、俺も行く」

 

(服屋へ行くのにV3が護衛につく)

 

 重要人物として扱われているというより、持ち出しに許可の要る危険物として扱われている気がする。

 

 幸江さんが、俺の寸法を書いた紙を握らせてくれた。

 

「困ったら、これを見せてください」

 

 正直、助かる。女性の服のことなんてよく分からない。デストロンに入る前の結城丈二も、あまり服には頓着していなかったようだし。まあ、服にこだわる人間だったらあの白タイツは耐えられないだろうな。

 

***

 

 洋品店は、思っていたより明るかった。

 幸江さんの紙に書かれた寸法と、値札と、袖口の広さ。それだけ確認すれば選べると思っていた。

 ところが同じ寸法のシャツが、襟と色を変えて十種類並んでいる。

 

(どうして用途が同じ服に、こんなに分岐があるんだ)

 

 風見はといえば、入口の脇に立って外を見ている。店に入ってから一度も、商品の方を向いていない。

 

 俺は襟の形が違う二着を持ち上げて、仕方なく尋ねた。

 

「風見さん。どちらが良いと思いますか」

「動きやすい方でいいだろう」

「……聞く相手を間違えました」

「そうか?」

 

 真顔で返された。この人は本気でそう思っている。

 

 店員のおばさんが寄ってきて、俺の服の袖丈を見た。

 

「お袖はこちらでお直しできますよ。ご主人、少しお待ちいただけます?」

 

(違う、違うんです! そういうこと言わないで!)

 

「ただの連れです」

 

 風見が外を見たまま短く答えた。否定は正確で、なおかつ、何一つ説明していない。

 

 結局、シャツを二枚とスラックス、それに厚手の上着を買った。紙袋は俺が持つ。護衛の手を荷物で塞ぐわけにはいかない。

 

 二人で通りを歩いて帰る。買い物袋の紐が指に食い込む。

 

 昭和の町の、なんでもない夕方だった。

 

***

 

 角を曲がる手前で、風見の歩調が変わった。

 

 俺には何も見えなかった。塀と、電柱と、閉まりかけの八百屋。

 

 突然背中を突き飛ばされる。

 

 紙袋が手を離れて、買ったばかりのシャツが舗道へ滑り出した。

 

 乾いた音が一発。

 

 風見が、俺のいた場所に立っていた。

 

 塀の色が剥がれるように歪んで、そこからけばけばしい色が浮かび上がる。舌の長い、目玉が別々に動く怪人。

 

「バタル弾を受けたV3は、もはや自分の力を制御できん!」

 

(怪人カメレオン、バタル弾!? ——ここまで来たのか)

 

 怪人は追撃しなかった。効果を確認しただけで、また景色へ溶けて消えた。

 

 俺を撃つことが目的じゃない。俺が撃たれそうになれば風見が庇うと、あいつらは読んでいた。

 

***

 

「風見さん!」

 

 風見は倒れなかった。片膝をついて、立ち上がろうとした。

 

 舗装に手をついた瞬間、アスファルトが陶器のように割れた。

 

「……」

 

 風見が自分の手を見る。それから、割れた地面を。

 

 一歩踏み出す。前へ出すぎて、体が泳ぐ。とっさに電柱へ手を伸ばし——寸前で止めた。触れたらもしかすると折れていたかもしれない。

 

 俺が肩を貸そうとすると、風見は肘を引いた。

 

「近寄るな」

 

 引いた腕まで勢いがつきすぎて、途中で不自然に止まる。

 風見の目が、舗道へ落ちたシャツへ向いた。拾おうとした指がわずかに動き、また開いたまま止まった。

 歩けない。止まれない。つかまれない。

 

(右腕だけでも、湯呑みを割らないように動かすのに苦労した。これが全身か)

 

「風見さん。変身してはいけません」

「……分かっている」

「今の状態でV3の力まで使えば、身体が持ちません」

 

 風見は答えず、割れた舗装を見下ろしていた。

 

 俺は落ちた紙袋を拾って、公衆電話を探した。くそっ、スマホがないって不便だな。

 

***

 

 迎えに来た立花さんの車で戻り、二階の部屋で風見を調べる。幸江さんが風見の上着を切り開き、片桐が胸と脇腹へ測定端子を貼る。針は呼吸のたびに大きく跳ねた。

 俺は弾道を指で追い、人工神経の束と重なるところで止める。

 

「弾丸が人工神経の束と制御系の間に入り込んでいます」

「抜けば」

「制御が一度に開放されます。全身の出力が、そのまま暴走します」

 

 物理的に取り出すだけなら、俺の手でもできる。取り出したあとで患者が生きている保証がないだけだ。

 

 必要なのは、外から改造人間の出力を抑え込みながら、人工神経と動力系を個別に調整できる設備。そんなもの、デストロンの改造人間用調整室にしかない。

 

 最寄りの調整室の位置だけは、思い出そうとするより先に浮かんだ。

 

「罠です」

 

 片桐が言った。

 

「ああ」

「それでも行きますか」

「ほかに、風見さんを助ける方法がない」

 

 襖の側で腕を組んでいた立花さんが、口を開いた。

 

「結城」

「はい」

「助けられるんだな」

 

 成功率を聞かれている。俺が持っている数字は、正直に言えば、ろくなものじゃない。

 

 それでも、答えは一つしかなかった。

 

「助けます」

 

 立花さんは、それ以上何も聞かなかった。

 

 片桐は麻酔薬と測定器を鞄へ詰め、俺は紙の裏へ基地の通路を書き出した。

 風見は患者のくせに、いつでも戦えるよう構えている。

 

 幸江さんが、医療品を詰めた鞄を片桐へ渡しながら言った。

 

「戻ってきたら、あとは私が看ます」

 

 戻る。風見を連れて、必ずここに。

 

***

 

 基地は、山の裾を削った資材置き場の下にあった。

 

 片桐の車を離れた場所へ置き、三人で降りていく。

 

 風見は車のドアを片桐に開けてもらい、自分ではどこにも触れずに降りた。

 斜面へ足を下ろすたび、靴底が砂利へ深く沈む。両手は開いたままだ。

 

 入口にいた戦闘員は二人だけで、こちらを見るなり奥へ退いた。

 

「……薄いですね」

 

 警備ではない。案内だ。

 

 通路へ入ると、俺の足は迷わなかった。

 三つ目の角で照明が切れることを、暗くなる前から知っている。左へ伸ばした手が、見えない制御盤の留め金を探り当てた。

 

(俺は来たことがない)

 

 蓋の裏に残った機械油の匂いだけを、この身体は知っていた。

 

 三つ目の隔壁を抜けたところで、四つ目が落ちた。

 

 厚い鉄板が通路を塞ぎ、その手前に戦闘員が湧く。壁の一部が剥がれるように動いて、怪人カメレオンが現れた。

 

「よく来たな、結城丈二!」

 

 風見の方を向く。

 

「V3さえ消えれば、お前は首領のもとへ戻るしかない!」

 

 あの人たちは、首領への情も、俺が風見を見捨てないことも、等しく道具として使う。

 

 その読みが正確なことに、一番腹が立つ。

 

***

 

 怪人が通路の奥の調整室の扉を殴った。設備そのものを壊すつもりだ。

 

 片桐が俺の前へ出る。俺はロープアームを置いてきている。今の右腕は通常手型だ。生身の俺と片桐だけで、それで戦闘員と怪人を突破しながら、手術設備を守るのは無理だ。

 

 風見がベルトへ手をかけた。

 

「駄目です。今変身すれば、制御回路が持ちません」

「変身しなければ、手術室まで行けない」

「ですが——」

「結城。俺が道を開く」

 

 止められなかった。

 

「変身……V3ァ!」

 

 光が通路を白く塗った。

 

 最初の一歩で床が砕けた。振り抜いた腕の風圧だけで、調整室の扉が軋む。

 敵より先に、風見自身が設備を壊しかねない。

 

 怪人カメレオンが、壁の色へ溶けて消えた。

 

 V3の拳が空を叩き、天井の配管が裂けて蒸気が噴き出す。長引かせられない。この人は一秒ごとに自分を削っている。

 

 俺は追わなかった。

 

 俺の足はV3の速度には届かない。届かないものを追う時間が惜しい。

 

 壁の制御盤を開ける。指が先に動く。

 

「片桐、右の隔壁を下ろせ!」

「はい!」

 

 通路の分岐が二つ潰れた。逃げ道が調整室の前の一本だけになる。

 

 次に、消火系統の弁を開いた。

 

 天井から白い粉末が降る。

 

 粉まみれの空気の中で、ようやく敵の輪郭が浮き上がった。景色に化けても、存在までは消せない。

 

 怪人が舌打ちして跳んだ先は、俺が閉じた壁だ。

 

「風見さん、正面から三歩です!」

 

 V3は、俺が言った一点へ全部を叩き込む。

 

「V3キィィィック!」

 

 白い粉の中で、輪郭が砕けた。ただ正面へ、残った力の全部を押し込む一撃だった。

 

 爆風が粉末を吹き飛ばし、通路の奥で炎が短く上がる。

 

 変身が解けた。

 

 風見が膝から崩れ落ちる。今度は、床は割れなかった。

 

***

 

 調整室の扉を開け、片桐と二人で風見を運び込んだ。

 

 電源を入れ、手袋を替える。手が勝手に器具を並べて順番を作っていく。

 

 台の上で、風見の目が薄く開いた。

 

「……頼む」

「はい」

 

 それだけで、風見は目を閉じた。

 

 片桐が麻酔の準備を終えて、俺を見た。

 

「麻酔と循環は自分が見ます。結城さんは弾だけに集中してください」

「……ああ」

 

 かつて、この男が俺の右腕を切った。あの時、俺は身体を預ける側だった。

 

 今日は、違う。

 

 メスが皮膚を開き、出血が始まる。片桐の手が入って、視野が保たれる。人工神経の束が見えてくる。

 

 どこを切れば束を避けられるか、次にどの器具が要るか、手が知っている。俺が考えるより早く指が動いて、正しい場所に入る。

 

(この手術、結城丈二の手が九割やっている)

 

(俺は残りの一割で、必死に邪魔をしないようにしているだけだ)

 

 刃先が人工神経へ触れる寸前、指がほんの少し角度を変えた。

 教本の手順ではない。何年も手を動かし、失敗を避ける方法を身体へ刻んだ人間の癖だ。

 これは才能とか天啓とか、そういう都合のいい言葉で説明できるものじゃない。

 

 本当に尊敬するよ、結城丈二。

 

***

 

 弾丸が見えた。

 

 バタル弾は、変身と出力制御の回路を巻き込むように食い込んでいた。鉗子を差し込める隙間を探す。ない。

 

 回路を残したまま動かせば、抑えを失った出力が全身へ流れ込み、風見はもたない。

 

「回路を切れば、弾は抜ける」

 

 片桐も同じ箇所を見ていた。

 

「ですが、その先はV3の変身系統です。つなぎ直せる保証がありません」

 

 結城丈二の知識は、何ができるかを教えてくれる。何を選ぶかは、教えてくれない。

 

 患者は麻酔下にいる。本人に聞く時間はない。

 

 仮面ライダーV3という力をこの人から取り上げる判断。それを俺が勝手にすることになる。

 

 人の変身回路を勝手に切るなって、怒られるかもしれない。

 

(——怒るなら、まず起きてください)

 

「それでも、切る」

 

 声は、震えなかった。

 

「生きていれば、戻す方法は探せる。死んだら探せない」

 

 片桐は一度だけ俺を見て、頷いた。

 

 回路を切る。弾丸を抜く。暴走が収まったのを確認し、焼けた端を整えて一本ずつつなぎ直す。

 片桐の声だけが、風見の身体がまだこちら側にいることを知らせてくれた。

 

「血圧、戻ってきました」

「……」

「脈も安定しています」

 

 最後の縫合を終えて、器具を金属皿へ置いた。

 

 置いた瞬間に、指が震え始めた。

 手術中は一度も震えなかった通常手型の指が、今になって小刻みに揺れている。

 怖かったのだと、器具を置いてから身体が思い出したらしい。

 

 風見の胸が、規則正しく上下している。

 

***

 

 立花さんの家へ戻って、丸一日が過ぎた。

 

 幸江さんが術後管理を引き継いで、熱と脈を紙に書き続けている。

 

 風見が目を覚ましたのは、二日目の朝だった。

 

「……結城」

「はい」

 

 俺は、順番を間違えないように話した。

 

「バタル弾は摘出しました。身体の出力制御も戻っているはずです。もう、地面は割れません」

 

 風見は自分の手を持ち上げて、開いて、閉じた。それから布団の縁を掴む。布は破れなかった。

 

「……変身は」

 

 ここで濁す選択肢もあったが、それは使わなかった。

 

「回路はつなぎ直しました。ただ、以前と同じように変身できる保証はありません」

 

 言葉を一度切る。

 

「私は、あなたからV3を奪ったかもしれません」

 

 風見はしばらく天井を見ていた。

 

 それから、静かに言った。

 

「だが、俺は生きている」

「……はい」

「なら、今はそれでいい」

 

 風見はもう一度、布団の縁を指でつまんだ。布は、今度も破れなかった。

 

 自分の手で、自分が決めて、この人を生かした。

 

 その事実だけはもう、結城丈二の手が勝手にやったと切り離せない。

 

***

 

 風見が眠ってから、俺は一階へ降りた。

 

 土間の隅に、持ち帰った紙袋が置いてあった。幸江さんが中身を取り出し、洗えるものと繕えるものに分けてくれている。

 

(……生きてる)

 

 そこまで思って、俺は座り込んだまま動けなくなった。

 

 怪人カメレオンは、本来なら強化手術を受け、吸血カメレオンとしてもう一度V3の前に立つはずだった。

 だが今日、風見の一撃で死んだ。

 

(一話、消えた)

 

 そう思ったところで、別の怪人の名前が頭に引っかかった。

 オニヒトデ。

 シーラカンスキッドの後には、あいつがいたはずだ。

 いや、違う。先日の洋館で起きたこと自体が、シーラカンスキッドの回とオニヒトデの回を継ぎ合わせたようになっていた。

 オニヒトデは、最初から現れなかった。

 

(……待て)

 

 吸血カメレオンの一話が、今日消えたんじゃない。

 怪人カレンダーは、あの館へ行った時点ですでに一枚抜けていた。

 年賀状の文面が記憶と違うことには気づいていた。

 それでも、あの後で順番を数え直そうとはしなかった。首領を庇ったことと、逃したことだけで、頭がいっぱいだった。

 怪人二体分が、もう消えている。

 

(じゃあプルトンロケットはいつ来る?)

 

 明日かもしれない。もう資材は運び込まれているかもしれない。あるいは、まだ何ヶ月も先かもしれない。

 

 どれも同じくらいありえて、どれも確かめられない。

 

 時間割が破れた。破ったのは俺だ。

 

 膝を抱えたまま、これまでを数えてみる。

 

 処刑を避けた。片桐兄妹を連れて逃げた。目の前の怪人と戦った。首領と向き合った。風見の手術をした。

 

 どれも必要だった。一つも取り消したいと思わない。今日のことは、なおさらだ。

 

 それでも、認めなければならないことが一つある。

 

 俺はプルトンロケットを回避したいと言い続けながら、ロケット計画そのものに、一度も手を伸ばしていない。

 

 資材の搬入経路を知らない。

 

 計画がどこまで進んでいるかを知らない。

 

 決行の日時も知らない。

 

 知っているのは『さそり谷』という名前と、配信で見た結末だけだ。その谷が地図のどこにあるのかさえ知らない。

 

 作戦会議で怪人名を聞いてから、その回の被害を減らせばいい。俺はずっと、その順番に甘えていた。

 

 館で首領を逃したことも重なってくる。あれが本物だったなら、計画を止められる絶好の機会だったかもしれない。

 

 だが、そこへ戻る手段はない。もう一度悔やんだところで、頁は戻らない。

 

 俺は立ち上がって、震えの止まった右手を見た。

 

(あと何話あるかは、もう数えられない)

 

 なら、次の頁がめくられるのを待つのは終わりだ。

 今度はこっちから、プルトンロケットを探しに行く。




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