ニンジャが あらわれた! ▶︎しょくむしつもん むし 作:ケツアゴ
深夜の住宅街の一角、其処で一人の婦警が男に話し掛けていた。彼女の名は
「失礼。端宿署の者ですが、この様な時間帯に一旦何を?」
最近この辺りで行われていると噂の違法な拳銃取引。管轄は違えど普段の職務の一環で職務質問を行いながら手懸かり得られればと正義感から動いていた。
フードを被って大きな鞄を持った男は彼女の問い掛けに足を止めて含み笑いをしているのか肩が小刻みに揺れている。
そして、ドロン!と目の前から消えて背後に現れた。
は? と固まる彼女の背後には忍者。そう、覆面姿の如何にも忍者な忍者が忍ばずに背後に立っていた。
「仮にも忍び頭の娘御がこの程度で驚くとは鈍ったもので御座るな、青殿!」
深夜の住宅街に響く忍んでいないその声を聞いた時、彼方に追いやっていた記憶が鮮明に甦る。
現代も残る忍びの里、自分を背負って里を抜け出す父の姿。そして、共に励み修行した仲間達。
同期でも頭二つ飛び出した才女に憧れのお姉さんの様な少女、苦労人気質だった少女や今思えば怖い人じゃなく中二病を若くして発症していただけの不審者。目の前でカラカラ笑っている男もその一人。
「団蔵!? 貴方、一体何でこんな所で……」
お調子者で仲間にお仕置きされる事が多かった団蔵だ。成長しても目の前で覆面を外した顔を見れば彼だと分かる。調子に乗った時の笑顔がそのままだ。
問うまでも無いか、と彼女は警戒色を強めた。何せ父に連れ出され様が自分は抜け忍。最早里の掟は殆ど覚えている筈もないが、忍びが堂々と現れたのだ。
私を始末しに来たのね。青は身構え、同時に父を心配する。事業を起こして今は各地を回る貿易商。送られてくる写真は何故か各国の美女との物だが、その父にも追手が差し向けられているのでは、と。
不味いわね。この連中は正しく想像中の忍者なのよ……。
常人を遥かに凌駕する身体能力と奇々怪々な忍術の数々。警察官として柔術などは身に付けたが、忍者としては基礎の修練しか修めていない私では太刀打ち出来ないと青は焦り突破口を模索する。
だが、それを見付けるよりも前に団蔵が動き、ピザ屋のチラシを差し出した。
「忍者がお届け! がキャッチコピーのピザ屋【ニンニンピザ】で御座る。割引クーポン券付きで配達なら10% テイクアウトなら15%オフになるので是非ご利用を!」
「はい?」
ピザ屋? チラシを配ってたの? 忍者が?
「それは任務としての潜入的な?」
「違うで御座るよ? 政府の補助金も減って里も不景気なんで、若者の一部が出稼ぎに来ているで候」
「出稼ぎ」
「潜入の為の観察眼で有名ピザ屋のシェフの動きを完全トレースして、分身の術で人件費を、火遁の術で光熱費を抑えつつ本格的な窯焼きピザになっているで御座る」
「忍術をフル活用してピザを作ってるの?」
全然忍んでいないじゃない、と指摘する前に団蔵は自らの口を塞いでハッとして表情。
え? まさか今更気が付いて……。
「そーいや君は術使えなかったっけ。メンゴ!」
「よし。適当な容疑で逮捕するわ。どうせ叩けば埃が出るでしょう?」
さっきまで使ってた御座るはどうした、御座るは。完全におちょくられている。
「あのねえ、私だって基礎は受けたし警官として剣道と柔術は身に付けているけれど、試しに一本背負をアスファルトの上でくらってみる?」
そう言いながらも青は目の前のお調子者の忍者の襟と袖を狙うも、隙だらけに見える男には一歳の隙が見当たらない。
これは本格的にまずいかもしれない。系譜感としての装備に手を伸ばす構えをしながら口を開く。
このままただらやられる気はない。せめてもの抵抗してやると思いつつ、相手の目的を改めて訊ねた。
自分を抜け忍として今更始末しに来たのか、と。
「え? 何で? 普通に殺人罪で御座るよ? 青殿は現実と創作をごっちゃにしているで御座るなあ」
正論と言えば正論、どう考えても確かに殺人罪だ。分身の術や火遁の術を使う忍者に 現実と創作をごっちゃにしている なんて言われたくないが。
……私自身もその忍びの里の出身なのよね。何だか落ち込んで来たわ。
警官として規律と常識を大切にする青にとって目の前に現れた同郷の忍者の存在はあまりにも頭が痛くなる案件だ。
そんな彼女の気も知らずに美味しいから是非ご注文を、なんて言って来る姿には怒る気も起きないのだが。
「本当に美味しいんでしょうね? まあ、今度非番の日にでも店に行くわ。怪しい事をしていないかの見張りもあるんだけれど」
「いや、怪しい事をしていると見破られる程に未熟では御座らんよ? 某達はちゃんと忍術を身に付けて……はっ!」
だからそれはもう良い! と叫ぶ前に団蔵の姿は遥か彼方で音も無く走り去って行った。その速度、目測で時速二百キロ程。
相変わらず里の人間は人間じゃない、と思いつつ青は手渡されたチラシをポケットに突っ込む。
「本当に変わらないわね、あの馬鹿」
思い浮かぶのは忘れていた遠い日の記憶。厳しく非常識な修行の日々でも共に過ごす仲間が居たのは楽しかった。
父が何故里を抜け、自分の記憶を封印していたのかは分からないけれど懐かしい仲間に出会えるのは少し楽しそうだと青の口元は僅かに緩む。
「本当に忍術で配達してるのかしら? 誇大広告で訴えられなきゃ良いけれど。案外、他の分野でも里の誰かがちからを発揮してたりして」
流石に有り得ないか、頭に浮かんだ考えを彼女は切り捨てた。
『出たー!! 10点満点! 奇跡の10点満点獲得です!!』
幼き日の記憶に存在する真面目そうな幼顔と体操競技のオリンピック選考会の中継映像で、超高難易度の技を決めた青年の顔が重なって見えて、青は口に含んだコーヒーを吹き出した。
その日、深夜の高速にて怖れ知らずの走り屋が集まって交通法機完全無視の爆走が繰り広げられていた。
金を注いで改造を重ねた愛車。磨き上げたドライビングテクニック。恐れ知らずの度胸。
それらを併せ持つ彼等は……全員事故を起こして車は大破した。
連鎖的に起きた事故では無く、各々が単独で起こした事故。これで首都へと続く道が暫く封鎖される事になる中、生き残りが言ったのだ。
ロケットバーちゃんを見た、と。
超高速で車を追い越して行くという老婆の都市伝説。マッハババァだの百キロババァだのと名前のバリエーションも多く、無害だったり追い越されたら事故を起こしたりと色々と違う。
馬鹿が馬鹿な事故を起こした理由に馬鹿を言っているだけと切り捨てられるだけだったが、この日を境に事故と高速で走る老婆の目撃証言が相次いだ。
それでも警察は信じる筈が無い。青も少し前までならそうだっただろう。
行こう行こうと思いつつ踏ん切りが付かずに足を運べない同郷の仲間が経営するピザ屋。
そこに居るのは常識を超えた化け物ばかりだ。
ちょっとお願いしたいのだけれど。青は仲の良い鑑識に頼みこんでこっそりと事故車のドラレコ映像を見せてもらう。その時にこう言われたが
有り得ない物が映っている、と。
そう、証言通りに超高速で走り去る老婆の姿が映っていたのだ。それも場所は違うが二人。
凡そ時速三百キロだ。細工された映像だって上は信じないけれど、これは間違い無く本物だよ。
まさか、と青は常識的な範疇を超えた考えに囚われる。それを肯定する事は可能だが否定する材料を探すには超常の存在を知りすぎていた。
常識と日常が崩れる音を聞きながら出した結論は一つ。
「まさか……超人的身体能力を保ったまま認知機能に問題が生じた老人?」
保護と管理のどちらをすべきか彼女には分からない。頭の中では老人ホームで暴れる老いたアメコミヒーローの姿が浮かび、それを頭から追い出して覚悟する。
「ピザ屋に行くしかないみたいね……」
警官が忍者に相談するなんて屈辱だけれど。心の中で青は呟いたが
反応待ってます