ニンジャが あらわれた! ▶︎しょくむしつもん むし 作:ケツアゴ
「ねえ、あたしキレイ?」
深夜の保健室に入った時、其処は血の匂いで満ちていた。壁にもカーテンにも血飛沫が飛び散り、床は赤黒くドロリとした液体がぶち撒けられた状態。
私が思わず鼻を押さえる中、此方に背を向けていた女が振り返る。白衣の下は真っ赤なコートで、大きなマスクをした状態で問い掛けるのは有名な問い掛け。
どう答えるのがこの場合に良いのか打ち合わせもせずに入ったせいで分からない。
「べっこう飴食べます?」
田辺さんは自分の胃袋を取り外すと穴に指を掛けて大きく広げる。大量のべっこう飴が流れ出して血に塗れた床に転がった。
あー、うん。確かに口裂け女の好物とか足止めに使えるって話は有るけれど、床にばら撒く物ではないんじゃないかしら?
「え……」
「嫌いなメーカーだった? 食べないの?」
「田辺さん、相手は困惑してるわよ?」
そもそも胃袋の中から取り出した時点で駄目なんだろうけれど、口裂け女は完全に事態が飲み込めずに床の飴と田辺さんに向ける視線を往復させた後、部屋の隅のロッカーを指差した。
「掃除して」
……当たり前の反応よね。
「ねえ、口裂け女さん。綺麗って……誰と比べてなの?」
息が掛かる距離まで詰め寄ったルルさんの眼差しが口裂け女を射抜く。あの美という言葉の化身みたいな彼女に問われた口裂け女が硬直する中、ルルさんの指が顎に触れてクイっと傾けた。
「目は……良いかな? お肌はちょっとお手入れが不十分だし、目尻に皺が刻まれてるね。……これで褒めて貰えると思ってた? あはっ!」
「アァアアアアアアア!!」
ルルさんが口裂け女の顎から離した手を口元に持って行き笑った瞬間にマスクが投げ捨てられて引き出しから血錆の浮いた大鋏が取り出される。
「同じ顔にしてあげる!!」
「怖い怖い。鬼さんこっちら! 手っの鳴る方に!」
鋏を振り回して激昂する口裂け女とは裏腹にルルさんは手を叩きながら軽々と避けるけれど、不意にベッドが立ち上がって動き、彼女の背後を塞いだ。
大きく裂けた口が吊り上がり、鋏が顔に向かって突き出されて刺さる……事は無かった。
切先は肌に僅かも刺さらず、どれだけ押し込んでもピクリともしない。
ガチガチと歯をぶつけ合う音、何度も振り上げて突き刺そうとするもルルさんの肌には傷一つ付かず、その手首が掴まれた。
グシャリ 手首を握り潰す音が聞こえる。
「それじゃあ僕から君の評価を。不細工」
ルルさんの体から蝙蝠が飛び立って行く。十、二十、三十と数を増す蝙蝠は彼女の周囲を旋回し、軽く鳴らした唇と同時に口裂け女に一斉に襲い掛かった。
全身が蝙蝠に覆われた口裂け女は悲鳴すら上げられずにもがき、やがて動かなくなると蝙蝠は消え去った。
倒れ込んだ口裂け女の体はカラカラに干涸び、端から崩れる様に塵になって行く。
血生臭い部屋は突如入り込んできた風に思わず顔を手で庇うと何の変哲もない部屋……但し口裂け女が暴れて壊した物はそのままの状態になって
いた。
「これで残りは一つ。……テケテケだけね」
保健室を出て窓から渡り廊下へと目を向ける。未だ何の姿も見えないけれど、私は確かに感じていた。
見られている、と。
息が苦しい。体が重い。まるで誰かが背中にしがみ付いて首に腕を巻き付けているみたい。
「行きましょう。……え?」
二人の姿が消え去っていた。まるで最初から其処には居なかったかの様に。
床に散乱したべっこう飴と壊された備品だけが二人が先程まで確かに居た事を真実だと示している。
「ちょっと変な冗談は止めなさい!」
叫んでも何の返答も無し。冷や汗が流れる中、耳元で声が聞こえた。
一人でおいで。じゃないと二人は返さない
「っ!?」
返さない? まさか二人が何かされたって言うの!?
此処まで私は何もせずに居た。何も出来ずに居た。
そんな私が一人でテケテケに挑む? 忍術も使えず、厄祓いの武器も持たず、大腸だって飛び出さな……いのは良いとして、普通に考えれば此処で逃げ帰って対処出来る人に助けを求めるのが定石でしょうね。
だから此処で帰る……訳がないでしょうが!!
自分の都合で来て貰った人が攫われて、それで何もせずに逃げ帰る? 二人がどうなるかも分からないのに?
そんな事、私が許せない。警察官としての私があるべき姿じゃない。
「確か足を引き千切られるんだったかしら? つまり物理的接触が有るって事は物理的危害も加えられるって事でしょ!」
訓練用に自分で購入した警棒を取り出して構える。高鳴る心臓は胸に拳を叩き込んで抑え付け、荒々しい足取りで渡り廊下へと向かって行った。
「お望み通りに来てやったわよ! さっさと姿を現しなさい!!」
新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下に新校舎から足を踏み入れて叫ぶ。胸ポケットに入れられるタイプのライトで照らすもあの時の様に姿は見当たらず、風の音しか聞こえない。
「一体何処に……」
背後の扉が閉まり、鍵の掛かる音がする。私が身構える中、屋根に何かが落ちて来た。
ガンッ!! と大きな音がして、屋根が上から凹んでいる。まるで鋭く細長い物を突き刺したかの様な変形が計十箇所、指の様に並んでいると分かった途端に私は全力で駆け抜ける。
こんな一直線しかない。狭い場所じゃ絶対に不利よ! 一旦旧校舎に逃げ込まなくちゃ!
あはははは!
あはははは!
あはははは!
次々と上から何かが突き刺される屋根。走る私と天井に何かが突き刺さった場所の距離は徐々に狭まっていく。
そして、もう少しで手を伸ばせば旧校舎への扉に手がかかると思った瞬間、天井が切り裂かれてテケテケが現れた。
ねえ、足ちょうだい?
見た目年齢は十歳程度。体に比べて少し大きめの制服の裾の部分を縛っていて、体の断面から何もこぼれ落ちないようにしている。
特徴的なのがその鋭く長い爪。軽く息を吐いて警棒を構えた瞬間、既に目の前にいた。振り下ろされる右の爪。警棒で受け止めれば衝撃で後ろに下がりそうになる。
そして、もう一度爪が降り下ろされた時、警棒が切り裂かれた。
三度目、何とか避けるもバランスを崩して転ぶ。既にテケテケが両手を広げて飛びかかってきた。
足もーらい!
「どうぞ」
私の頭上を通り過ぎてテケテケの顔面に激突したものが、そのまま相手手を渡り廊下の端まで吹っ飛ばす。
飛んできたのは、人体模型の足。それがカニバサミでテケテケの手と胴体を挟み込んで、動きを封じ込んでいた。
どれだけ暴れても離れず、逆に締め付けていく。
「はい終わり」
そのままルルさんの拳が顔面に突き刺さり……顔面を貫通してテケテケを塵ヘと変えた。