ニンジャが あらわれた!  ▶︎しょくむしつもん  むし   作:ケツアゴ

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知らないほうが良い事は沢山ある

 時間は少し巻き戻り、韋駄天を誘き寄せる罠から少し離れた場所に二人の女性の姿があった。

 一人は紺のスーツ姿で眼鏡を掛けた如何にも仕事が出来そうなバリキャリ系。

 もう一人は忍者っぽい服装で地面に耳を当てる赤毛の少々ぽやっとした印象だった。

 

「ん〜? 多分こっちに来てますね。速度は時雨ちゃんの四倍程度、私の倍より何十キロか速いっぽい感じです」

 

「いい歳してちゃん付けで呼ぶのは辞めなさい、タンポポ」

 

 それと二人分の速度比較を出すなんて喧嘩を売ってるのかと眼光が鋭くなる時雨だったが、タンポポは懐から取り出したお菓子を摘んでいるだけで緊張感の欠片も見受けられない。

 

「えー? 良いじゃないですか。張り詰めて立って良い事は無いんですよ? 糸は別ですけれど、ね!」

 

 タンポポの指先から伸びる糸が周囲に絡まって張り詰める。超極細の特殊ワイヤー。

 月の明かりを微かに反射して光るそれは彼女が印を結ぶなり煙に包まれて周囲の闇と一体化した。

 

「物質への変化の術の使用。相変わらず高等忍術を平然と使いますね」

 

「そりゃ私は天才ですからね。でも、時雨ちゃんだって税理士や会計や事務全般得意じゃないですか。私なんてレジ閉め任されないんですから。……散っ!」

 

 遥か遠くから数秒後には到達する韋駄天の気配を感じ取って瞬時に物陰へと隠れた。

 韋駄天の矢太郎が張り巡らされたワイヤーへと迫ったのは一秒後、最高速度を保ったまま罠へと突っ込むまで残り十センチ……。

 

 

 

 

「うおっ!? 危ねえ……」

 

 触れる寸前の踏み込み、たった一歩で勢いを止めた矢太郎の足元には時速七百キロの勢いを止めた代償に轍が深く刻まれており、反動でダメージを受けた様子も無い彼はワイヤーを手で掴むと勢い良く引き千切った。

 

 そして五歩分のバックステップ。影があった所には針が刺さっている。

 

「ヒュー! 糸に変化の術使って見えにくくした上に影縫いかよ。えっげつねぇ」

 

 感心した風に口笛を吹いてから矢太郎は拍手までする上位者としての余裕。

 

 そうだ、若者とはいえ仏閣の守護を担当する神仏の一族。現代に残る忍者の術だろうと彼からすれば脅威になり得ない。

 

「あれだろ? タイミング的に警察官の嬢ちゃんの依頼が何かだろ? 良いね、立派だぜ。自分の正義の為に忍者って言う外部協力者の手を借りる柔軟性も、引き受けて俺に挑む勇気もな」

 

 それも正義だと矢太郎は賞賛しつつポーズを取る。まるで自分も同じ正義の下に戦うヒーローだと主張するように。

 

「罪を重ねないようにして地獄行きから犯人を守り、被害者と周辺住民に安堵を与える! そして恐れからでも良いから同じ罪を犯す奴を減らす! 俺の正義も素晴らしいだろ! 正しくヒーローだ!」

 

 主張への返事の代わりに放たれたタンポポの飛び蹴りを難なく躱し、続いて分身を含めて三人になった時雨の猛攻を片手で捌くも反撃はしない。

 

 相手が正義の為に戦っているのなら人間に手出しする気など無い。矢太郎からすれば後輩ヒーローの稽古を付けてやっている感じだった。

 

 

「もうちっと相手をしてやりたいが、矢彦と桃姫がやって来そうなんでな。悪いが此処までだ!」

 

 高く振り上げた足を地面に叩きつければ衝撃が周囲に広がる。二人が咄嗟に後ろに跳んで回避するも矢太郎と残り距離が開き、クラウチングスタートのポーズを許してしまった。

 

「じゃあ機会があれば俺と戦うんじゃなく俺と一緒に戦おうぜ!」

 

 二人の追撃も置き去りにして矢太郎はその場から一瞬で姿を消そうとし、目の前に迫る炎の壁に動きを止める。

 

 タンポポと時雨を反対側に置き、矢太郎を挟んで包囲する様に三人の忍者が立ち塞がった。

 

「甲賀忍者、段蔵」

 

 構えた茶室刀が変化の術で忍者刀へと姿を変える。

 

「同じく、桔梗」

 

 黒髪を短く切り揃えた女性は、鉄の輪っかに鎖分銅を繋げた微塵という暗記を振り回す。

 

「同じく、恵」

 

 筋骨隆々で髪の毛を完全に剃り上げた巨漢はシナを作りながら手甲をはめた拳同士を強くぶつけた。

 

 

 

「「「古き友の頼みによって此処に見参した!」」」

 

「あっ、出遅れた! 時雨ちゃん、私達もやりましょう!」

 

「しませんよ?」

 

 新手三人によって矢太郎は完全に囲まれた状態。呑気なやりとりをしながらも時雨は印を結びタンポポは軽く伸びをする。

 

 

「んー? どうすっかね? 矢彦の野郎も流石に追い付いて来るだろうし。かと言って俺的には此奴等を攻撃すんのは駄目だし良い」

 

 ここまで来て尚も矢太郎に一行を攻撃する意思が見えない。腕を組んで首を捻って考え込む中、不意にタンポポの緊張感の無い声が向けられた。

 

 

「上に気を付けた方が良いですよ〜?」

 

「上? なんてな。そんなのに引っ掛かる訳がねえだろ」

 

 遥か遠くから近付く気配を矢太郎は既に感じ取っていた。自分の時速は七百キロであり矢彦は500キロ。それが今感じるのは自分と同じ700キロだ。何があったのかと思いつつも対応すべく振り返る。

 

 

 その瞬間に時速990キロまで一瞬で加速し、股間に蹴りが叩き込まれた

 

 もし振り返らなければ尻への蹴りで済んだのだが、振り返ってしまったせいで起きた不幸。

 

 男性陣はヒュッと息を漏らして自分の股間を思わず押さえ、矢太郎は泡を吹いて倒れ込んだと

 

 

「うん。良かった。これ以上は明王様が出張るだろうし。……うん」

 

 そして矢彦にも何か嫌な事があったのか口を押さえて顔を青褪めさせる中、少しして愛車に乗った青と桃姫が追い付いた。

 

 

「どうやら終わったようね。皆、有難う」

 

「そりゃ青ちゃんのお願いですし、ちゃんとお金は貰いますからね〜。所であっちの韋駄天さんに何があったんですか?」

 

 タンポポの問い掛けに青は頭痛を堪えつつ口を開いて説明を始めた。

 

 

 

 

「大丈夫だ! 世の中には三秒ルールがある!」

 

 油まみれの手から滑り落ちた桃、探偵さんの言葉からして矢太郎さんに対抗するための道具だったのに、失ってしまって一体どうするんだと文句を言えばくだらない反論が帰って来た。

 

「取り敢えず取って来る……」

 

 自分が食べなければならないからか矢彦さんは渋々な様子で桃が飛んで行った方向へと駆け出し、一瞬で帰って来たのは良いけれど酷い有様だった。

 

 そりゃ韋駄天の最高速度から離された桃だもの、その勢いで叩き付けられたら潰れるわよね。

 グチャグチャに潰れた上に鳥のフンみたいな物まで混ざっている。

 

「三秒ルールって言うなら食べられるわよね?」

 

「あんなバッチィ物を誰が食うか!」

 

 私達がそんな遣り取りをする中、矢彦さんは潰れた桃を口に流し入れると辛そうな顔で飲み込み、口元を押さえていたけれど次の瞬間には消え去った。

 

 

「あんな速度で動けるなんて、あの桃って何なのかしら?」

 

「一応は仙桃の一種だな。私の耳ク……秘術で作り出した」

 

「作り方は絶対に教えちゃ駄目よ? じゃないと逮捕するから」

 

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