ニンジャが あらわれた! ▶︎しょくむしつもん むし 作:ケツアゴ
忍者の意味って何だったかしら? 青は目の前の光景を見ながら呆然とする。
石窯の前で炎を吐き出し、店内に美味しそうな匂いを漂わせる巨漢だったり電話対応をしながら生のピザに具を敷き詰め、同時にサイドメニューを作っている女性。
そして同じ団蔵が配達に行くと同時に、別の団蔵が配達から戻ってきた。
分身の術 火遁の術 それらを本当に使ってピザを作り配達し、しかも一般人に丸見えの状態で平然としている。
忍者なら忍びなさい! 操叫びたい青であったが、今はそんな時ではない。外にも声が聞こえるかもしれないからとおじ気づいているわけではない。
「少し相談があるわ。ちょっと貸しなさい。顔……じゃなくて分身を」
今まで普通の警察官として生きていて、法律と規律を大切にしてきた彼女にとって、分身を貸せ、なんて、言葉は一生使う予定がなかった。
それでもだ。ドラレコ映像で目にした超人的な速度を持つ老婆が引き起こしているであろう事件。それを解決するには目の前の忍者の力が必要であると確信していた。
「話はわかったわ。でも、ごめんなさい。私達は今回の事件の役に立たない」
証拠映像のコピーからの持ち出しという警察官としての良心と誇りを泥に汚れさせてまで見せたものに対し、3人の中で唯一の女性である桔梗が申し訳なさそうに首を横に振る。
巨漢の恵と先日出会った団蔵の二人も悔しそうにしていた。
「だって私達、運転免許持ってないもの。他人が運転する車に乗ってるだけだったら、忍者の力を発揮できないし、生身で高速道路に入るのは違法だわ」
「そもそもこの速度はおかしいで御座る。初速は某の方が上で御座るが、最高速度には追いつけないで候う」
「申し訳ないわね。自分の車で走った方が車よりずっと早いから誰も自動車免許なんか取りに行ってないのよ。そもそも時速300キロなんて追いつけないわよ。250キロまでなら何とかできたけれど」
免許を持っていないから、高速道路での活動に協力しづらい。持ってない理由が走ったほうが早いから、それを除けば文句がつけよう。脱がない。
高速道路を生身で走る老婆を保護するか捕まえるかするのに生身の人間を高速道路で走らせる、それはちょっと破綻してしまっていた。
ああ、私の中の常識がどんどん壊れていくわ。誰かどうにかしてちょうだい。
この3人の言っていることが世迷言ではないことを知ってるだけに、強く否定して、とんちんかんな会話を辞めさせると言う強引な手段にも出れない青がどうにかすべきかと考えた時、恵がゆっくりと口を開いた。
「青ちゃん、おそらくこの映像のお婆ちゃんは人間じゃないわ。時速300キロで走るなんて、人間の範疇を超えているもの。だから、専門家に頼りましょう」
分身の術や時速250キロの走行は人間の範疇なのかと口にしたいの抑え込んで、専門家と言う言葉に耳を傾ける。
分身を使おうが火を口から吐き出そうが、忍者は人間であり、人の姿をした人間じゃない存在だなんて青の常識が正気ではないと否定する。
「いくらなんでも、妖怪の存在を肯定するなんて無理よ! ここにいる3人以上の忍者がやっているとしか思えないわ」
「え? だって青殿が里に残っていた頃、お父上が天狗との抗争に忍び頭として出陣すると、聞いてるはずで御座ろう? なんで忍術を使う忍者は肯定できて、妖怪の存在は否定するので御座るか?」
天狗の戦いに出かける父親。その言葉は通じられていた記憶の中に確かにある。
青の方が意味不明なことを言っていると言いたそうな団蔵の言葉に彼女は何も言い返せず、他に手がかりは無いから、と指定された喫茶店へと向かった。
「cafe SIEN ここね。この時間帯にくれば専門家がいるらしいし、妖怪の存在も信じられると言っていたけれど……」
いまだに半信半疑、いや、8割以上疑ってる状態で青は喫茶店の扉を開ける。カランカランと来客を知らせる音が店内に響く中、青の目には信じられない存在が映った。
その少年は歳の頃は10歳程度、金の紙を短く切り揃えて椅子から少し浮かんでいる。頭には先端に丸いものがついた触覚が生え、腹は七色に輝いている。
その少年の前に座っているのは3メートルにはやや届かない程度の大男で、肌の質感も色も岩のようだ。上半身は黒いジャケットを羽織っただけで、頭には小さな角が生えている。
いきなり、人間じゃない存在を身にしてしまった。コスプレかしら? 身長からは慎重に目を逸らして他の客に目を向ければ、店の角の席でお汁粉を食べていた。おかっぱ頭に、茶色の着物の幼い少女が立ち上がったと思うと、影の中に消えていく
雪だるまの着ぐるみを着た何者かが女の子の声で店長らしい青年に話しかけているが、頭に被り物をしたままストローで飲み物を飲み、料理を口に運ぶが被り物の口の部分は全く汚れていない。
一体ここは何なのか? そもそも目の前の存在たちは何者なのか?
青の中の常識がガラガラと崩れていく中、最後に目についたのは、先ほどまでは絶対に存在しなかった巫女服の少女。
木刀をカウンターに立て掛けてチョコレートパフェとメロンソーダをムチになって食べていたが、不意に動きを止めると椅子を回転させて、青のほうに正面を向けた。
「私が見えたか。ならば、偶然迷い込んだだけの特異点ではなかろう。誰に話を聞いて……」
カラカラと大きな音が店内に響く。椅子を回転させた際に立て掛けていた木刀を蹴り倒してしまったのだ。
大物みたいなセリフの最中だっただけに余計に恥ずかしい。少女は椅子から降りて木刀を再び立て掛けると青に背を向けて座り直す。
そして、椅子を回転させるよりも前に焦って置いてしまったのか再び倒れる音が響いて彼女は拗ねた様子で扉を指差す。
もう一度入る所からやり直さないのなら、相手はしない。背中がそう語っていた。
「……」
青は無言で店を出るともう一度扉を開ける。
「私が見えるとは珍しい。それで何の用件だ? ここには縁を結ばれないと入って来れないはずだがな」
口元にはクリームがついたままだが青は黙っていた。横の方では、雪だるまが必死に笑いをこらえてカウンターをバンバン叩いていたが店長に停められて動きを止める。プルプルと震えているので限界が近そうだが、あれは無視した方が良いだろうと彼女は男の方へと向かっていった。
「貴方が妖怪探偵さんですね? 祈り入って相談したいことがあります」
ポンコツ少女が忍者が言っていた専門家のはずがないだろうと。青は判断して如何にも只者ではないといった様子の男へと話しかけるが、店長がそれを止めた。
「その人は金星地下帝国の皇帝で、お目当てのポンコツ妖怪探偵は残念ながらこっちです」
「おい、小僧! 残念ながらとか、ポンコツとはどういう意味だ!! ルル! 貴様も何を笑っている!」
横ではついに我慢できなくなったのか、雪だるまが腹を抱えて大爆笑を始めてしまい、ポンコツ少女改めポンコツ探偵は怒って、両手でカウンターを強く叩きながら立ち上がった。
目の前で繰り広げられるカオスなやりとり。金星の地下帝国とか、妖怪じゃなくてSFの設定じゃないの!? と大きな声でツッコミを入れる。気力すら今の青にはない。
もう彼女の中では色々と限界であった。