ニンジャが あらわれた! ▶︎しょくむしつもん むし 作:ケツアゴ
「ふふふ、あなたの出番よ。ジョセフ」
実家のガレージの中、目の前には徹底的に整備がされ磨き上げられた赤のフェラーリ
もちろん、巡査長のお給料で買えるものではない。無理して買っても維持費だけで鼻血が出る。
あくまでも持ち主は私の父。けれど、助手席に座りこの車で風になることを経験してから、私にとってこの子は最高の相棒。
コツコツとお金を貯め、父の知り合いである同好の士が持つ専用の場所で走らした時なんて、心が通じた気がしたわ。
父親の知り合いでも、維持費とかがかかる以上は料金はバッチリ取られたけどほんとに最高。
定期的に走らせなければいけないからって理由をつけて、父から使用料を引き出せれば、もっと頻繁に使えるのだけれど。
「車に名前つけてんのか、貴様。それとなんか笑ってる顔が横から見て怖いぞ」
「五月蝿いわね!? この趣味を持っている人ならほとんどの人は同じことをしているわよ! ……多分」
してる、わよね? 少なくても走らせる場所を貸してくれる父の友達とかは名前をつけているし。
探偵の馬鹿にするようなドン引きした様な顔を見ていると不安になる中、彼女は助手席に乗り込もうとする。
その時、肩に鳥を乗せていた。
「ちょっと待ちなさい。さすがに動物を乗せる……あれ?」
「ふんっ。車が好きすぎて幻でも見たか? 運転中は勘弁してほしいものだ」
確かに大きな鳥が、この子の肩に乗っている風に見えたんだけれど、そんな痕跡すら残っていない。
最近常識が壊れるようなことがありすぎて疲れてるのかしら?
「まあ、良いだろう。貴様この車を高速で走り続けさせろ。私は奴らを誘い込むための撒き餌を用意する。それと分かっていると思うが……」
「はいはい。仕事中の飲食費とかは経費でしょう? 余計なものもで請求されないようにレシートは出してもらうわよ」
「いや、建て替える金がないから最初からお前が支払え」
そうだった。200円すら持っていないから安く雇えたんだったわね、そんなこともすぐに忘れたのかと馬鹿にする視線を向けてくるのを無視して運転席に乗り込む。
もちろん、高速道路だろうとジョセフに全力を出させてあげられない。警察官が高速道路で制限速度大幅オーバーからの免停なんて、懲戒免職か辞職物だもの。
「で、でも、偶然誰も見ていないような時に全力を出さないと危ないような相手が後ろから迫ってきたら、その時は仕方ないわよね?」
それなら、警察官としての誇りにも倫理にも接触しない。自分にそう言い聞かせてキーを刺す
エンジンがかかる瞬間、私と車は一つになった。
「さあ! 風になりに行くわよ!!大丈夫」
「大丈夫か、此奴……?」
それから私は探偵を乗せて夜勤の日以外は夜の高速を制限速度ギリギリで飛ばした。
ガソリン代とかは.……うん。父さんにお願いして後から出してもらう。
その横で探偵が取り出すのはお札。燃やしたり捨てたりしたら事故に繋がるかもと警戒したけれど、ボロボロと崩れて塵になって行くだけだ。
「連中の本能を刺激する匂いをばら撒きつつ、この車に付着させている。連中からすれば挑発されてるようなものだ。他には目もくれず、この車を血眼で探すだろうさ。おい、次のSAで休憩だ」
お札が自然と崩れる姿を見たらからには探偵が本物なんだって認識させられる。
格好つけようとして、失敗したり、金欠で子供からお金を借りようとしたりと情けない姿ばっかりだったけれど、本当に専門家なんだって。
「……それは良いのよ。ええ、本当に」
SAのフードコートで私は心許なくなった財布の中身を見て今月の生活費を悲観する。
目の前ではカツカレーにラーメンに唐揚げにコロッケに親子丼と一体何人前かって量が並び、その全てが目の前の小柄な少女の胃袋へと消えて行く。
給料日前の財布の中身も券売機に吸い込まれて消えて行った。
あの体の何処にあれだけの量が入るの? とか 少しは遠慮しなさいよ とか色々と言いたい事もあるけれど、一旦別の話題を出した。
それは今回相手にする百キロババァ達が一体何者なのか。映像からして三体存在していて、探偵は全部違う名前で呼んでいた。
その理由も含めて問えば探偵が指差したのは期間限定の特製抹茶プリン。
「っ! 分かったわよ! 食券買って来るからちょっと待ってなさい!」
これで本番で役立たずだったら紹介した団蔵達共々詐欺で捕まえてやりたい気分の中で食券を買えば探偵は言った。
あれは皮を被って存在を維持しているのだと。
「妖怪にとって名とは己の存在を保つ物だが、己ではなく誰かに認識させる必要がある。それを失い消える定めの奴が都市伝説の存在の皮を被って消えるのを防いでいる、それだけだ」
今回暴れているのも己を百キロババァと大勢に認知さえて存在を安定させる為と聞かされ、青は少しだけ同情を抱く。
己の存在が消え去るのを拒ぐ為。つまりそれは死にたくないと足掻く事と何が違うと言うのだろう。
でも、犠牲者が出ている以上は止めなくちゃ駄目だわ。
そう心に誓った青の耳に入った呼び出しのアナウンス。自分で取りに行かせたいが、食事に夢中になっている探偵は席から動きそうにないので青が仕方無く取りに行った。
「こら。もう行くんだから我慢しなさい」
「えー。一回だけ。一回だけ読ませて」
最近流行っている桃太郎の絵本を読みたがる子供という微笑ましい光景に、ふと思い出す。
幼い頃に好きだった絵本も桃太郎に似た背景を持つ女の子の物語で八巻迄出ていた筈だ。
確か桃太郎よりも古い記録に残る話が元ネタで、主人公の名前は……。
「おい、さっさと出るぞ。獲物が餌に掛かった」
便器に行きたくても我慢しろ。高い車のシートに漏らす前に解決出来れば良いな、と不敵に笑う探偵に想起は中断させられた。
「誰が漏らすですって? 追加報酬の件、考え直しても良いのよ?」
この探偵の食欲を知る前、流石に二百円は悪いと思って提案したのが一体ごとに討伐報酬を払うという事。
今回複数居ると分かって居たから二体目以降には一体辺り三万円を支払う約束をしてしまった。……食費だけで既に四万は使っているから絶賛後悔中だ。
うぅっ。トイレに行く余裕はないって言われたせいでトイレに行きたくなっちゃったじゃないの!
「いや、報酬を削られたら家賃の支払いが遅れてしまう。先月も滞納しているから大家がキレるからな……」
「ぷっ!」
あれだけ偉そうで不思議な感じなのに家賃がいる所に住んで、滞納を怒られる心配をする姿は普通の少女にしか見えない。
笑った事に怒る探偵を宥めてSAを出れば……現れた。
青白い光に包まれた老婆。とても走るには適していないドタバタ走りで私達との距離を詰めてくる。
頭に浮かんだのは追い抜かれれば事故が起きるという事。
上等じゃない。私とジョセフを追い抜ける物なら追い抜いて見せなさい!
「来なさい、百キロババア!」
百、百二十、百五十と深く踏み込んだアクセルに呼応して速度計の数値が上がり、風景が後ろに向かって流れて行く中、放流地点を通り越して百キロババァもそこを通り過ぎようとした時、新たな怪異が姿を見せる。
「こっちはターボ婆ちゃんで良いかしらね? 面白いわ! 置き去りにしてあげるから!」
「ハンドル握ったら性格変わるタイプか、貴様……」
同じ走り方で裸足にも変わらないが二体の怪異の見た目は全く別の老婆。
合流地点から互いの存在を認識し、我先にと速度を上げつつ……互いの妨害を始めた。
肘打ちや張り手、肩からぶつかっての潰し合い。起きている事は単純なのに、何が起きているか理解できない。
「パイの取り合いだな。設定的には同じでも被ってる皮の名前が違う以上は邪魔な相手でしかない」
それでも二体の速度は上がり、私も遂に280キロまで出したものの徐々に距離を詰められていく。
そして、互いにもつれ合うように老婆二体は転び、映像で見た最高速度
程度の勢いを乗せたまま顔面からアスファルトに突っ込んだ。
ギャリギャリと顔面とアスファルトを擦り合わせながら二体は前に滑り、私の車が置き去りにして小さくなった頃に塵になって消え去った。
「あれで終わったの?」
「ああ、終わった。それで追加報酬だが……」
「支払う訳が無いでしょう? 貴女なら支払うの?」
こんな結果で追加報酬まで要求するだなんて! 誘き寄せたのは本当だから支払った分の返還請求はしないであげるけれど、それ以上は無理
「疲れたし次のSAに急いで行きましょう」
まあ、かっ飛ばす口実が出来たのは良い事だからと自分にフォローを入れて、少し強くなった尿意を堪えながらも法定速度まで減速した時、押し潰されそうなプレッシャーを感じてるバックミラーに視線を向ける。
あの二体とは別格の老婆の怪異が遥か後方から此方を見ていた。