ニンジャが あらわれた! ▶︎しょくむしつもん むし 作:ケツアゴ
そこに存在したのは長くしなやかな手足を持っている老婆。その佇まい、動作の一つ一つが、まさに生まれながらの走者。
実際に足の速い化け物として生まれたのだから、間違ってはいない。
その鋭い観光がバックミラー越しに青の瞳を捉え、クラウチングスタートの構えと共に爆発的な加速を断続的に行って接近する。
速度に青もアクセルを踏み込んで最高速度に達するが、制限速度の時と比較する必要がない程に距離が縮まる勢いは変わらない。
100キロも、300キロも、目の前の ダッシュ婆さんの前では微々たる差でしかなかったのだ。
ヒヒヒ、そう笑うのが聞こえた時に頭に浮かんだのは追い抜かれた瞬間に横転する愛車の姿。
既に最高速度まで飛ばしているのに数秒後には手が届く距離までダッシュ婆さんが迫った時、隣でシートベルトを外す音が聞こえた。
「さて、さっさと終わらせるか。急に炭酸が飲みたくなった」
「貴女、一体こんな時に何を……」
迫るカーブ、頭を過ぎる死の瞬間。限界を迎えつつある私の横で立ち上がった探偵は一切の躊躇を見せずに後ろへ飛んだ。
は? 一体何をやって……。
天地逆転の状態のまま探偵の片手が老婆の髪の毛を掴み、もう片方の手に持った木刀が振るわれる。
「じゃあな。お前のおかげで家賃が払えそうだ」
一刀両断、左右に真っ二つに分かれたダッシュ婆さんはそのまま私の横を通り過ぎようとして、途中で横に倒れて消え去った。
終わった? 安心するのも束の間、バックミラーに映るのは、地面へと落ちていく探偵の姿。
地面に叩きつけられれば、無事では済まないと。心臓が跳ね上がった時、甲高い鳥の鳴き声が響いた。
「頼んだぞ、飛天丸」
探偵の手に握られていたのは木刀ではなく鳥の脚。太い一本脚を持つ隼は探偵をぶら下げたまま、最高速度を保っている状態の私の車へと一気に迫った。
そうだ、思い出したわ……。
一本脚の鳥になる桃の木の木刀を手にし、全国で怪異を退治した巫女の伝承。
魔法少女の原典とも桃太郎の元になったともされる存在。
破邪の神であるオオカムヅミノミコトに魔を祓い人を守れと生み出された神の使徒。
「さて、これで三万は確定だな。……二体ほど追加で来ないものか」
何事も無かったかのように助手席に戻った探偵は隼から木刀に戻った相方から手を離すとSA情報が乗った雑誌を広げる。既に次に何を食べるかしか頭に無さそうな姿に思わず吹き出した。
「そうね。私のお財布がピンチだから追加は勘弁して欲しいけれど、その時は頼むわよ、桃姫さん」
名前で呼ばれた事に彼女は僅かに反応するけれど、直ぐに詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「既に失った名だ。貴様とてお手入れ要らずの十代ピチピチお肌、とでも呼ばれたら困るだろう?」
そんな事を言っている本人はまさに十代のピチピチお肌。モチモチでスベスベ。
私だってお手入れはしているものの、ここ最近は怪異対策で夜更かしが続いたからか少しだけ……そう、少しだけれていた。
「喧嘩売ってる? 絶対売ってるわよね?」
次のSAで置き去りにしてやろうかしら? これだけ偉そうなら一人で帰れるわよね?
事件は解決したが、こんな性格だと教えず紹介した忍者にはそれなりの制裁を決める青であった。