ニンジャが あらわれた! ▶︎しょくむしつもん むし 作:ケツアゴ
とある極寒の地で事故が起きた。体が両断されても、寒さによる収縮で、血管が閉じられ死ぬまで苦しみ続けた少女。
やがて、彼女は助けてくれなかった人々を恨んで悪霊となって、こう呼ばれる。
テケテケ
「まあ、ここ最近ではその程度で長いこと苦しむ程に血管が収縮しないって話が広まってだいぶ弱体化してるらしいですよ」
高速道路での事件だって恐怖を仰らないと存在が安定しなかったわけですから、と喫茶店の店長である思円さんは笑いながら告げる。
「じゃあ、実際には明日は私のとこまで来ないんですね」
弱くなっていると聞いて一安心。探偵が留守だったから困ったけれど、あの声は、ただの脅しだったのね。
いい年した大人がお化けに怯えて相談しに来るなんて恥ずかしいことをしたわねと紅茶を飲んで3個目のケーキに手をつける。
何というか、このケーキは絶品だ。市販の安いケーキ、なんでここに比べると、何かに砂糖を混ぜた物体程度に感じてしまう。
「いや、行くと言ったなら行きますよ、連中は。会いに来なければ向こうが来るでしょうね」
はい?
フォークの先からモンブランがこぼれ落ちる。とっさに手で受け止めて口に運ぶけど、ちゃんとフォークで食べない程に私は冷静じゃいられなかった。
確かテケテケって凄く足……手? が速くって、追い付かれたら足を奪われるのよね? 曲がるのは苦手だから横道に逃げれば何とかなるって話ではあったけれど……。
「思円さん! 探偵さんは! 桃姫さんは何時頃戻って来るの!?」
「お金が入ったからと調子に乗って小躍りしてたら部屋の扉を木刀で壊してしまい、修理費を稼ぐ為に大家さんと事故物件巡りをしていますよ」
終わった。全部終わった。今晩小学校に忍び込んでテケテケに会った上で生還する? そんなのが無理よ!
だからと無視すれば後日会いに来るらしいし完全に詰んだ。探偵さんが戻った後なら護衛をお願いするけれど、帰る前に現れても警棒や柔術でテケテケって相手出来るの? 人間の足を奪える怪力相手に?
「店長、あんまり青ちゃんを揶揄わないであげて下さいよ。変に真面目で堅物なんですから」
怯える私の肩に置かれる手。この店のウエイトレスで忍びの里では才女と呼ばれたタンポポが大して大事でも無いかの様に言って来た。
少し離れたテーブルでは分身が配膳をして、皿洗いをしている分身も。本体は私の話を聞く体で多分仕事をサボっている。
赤毛をポニーテールにした相変わらず締まりの無いニヘラ笑いだけれど、今はどうでも良い。
揶揄うなって彼女が言ったっって事は、どうにかする方法が有るって事だから。
「自分以外で此処迄事件を引き寄せる特異点に会うのは久々でしたからね。失敬しました、西宮さん」
「ええ、その謝罪を受け入れます。そして貴女が力になってくれるのね、タンポポさん? 才女がどれだけ成長したのか楽しみだわ」
そう、このタイミングで声を掛けて来るというなら、それは間違い無く……。
「うーん。私って人外との戦闘って苦手なんですよね。だから別の人に任せる事になるんじゃないですか?」
あっ、間違いだった。じゃあ、一体誰が私の手伝いを……?
友達の危機だというのにタンポポはニヘラと笑っているだけ。もう友達認定外そうかしら? 長い間会っていなかったし。
「ルル、頼めるかい?」
ルル? あれ? 確かその名前って確か……。
「僕だよ、お姉さん」
背後から至近距離の容赦のないハイテンションのボリューム。咄嗟に振り返れば無表情の……いえ、雪だるまの着ぐるみの顔。
探偵が二百円を借りようと呼んでいた名前がルルだった。
「安心してください。能力だけは高いので」
「それ以外は?」
「ルル。反省と後悔は?」
「した事もする予定も無い!」
「他人を二種類に分けるなら?」
「玩具とそれ以外!」
「まあ、こんなのですが、本当に頼りにはなるんです。性格は終わって……いえ、仕方無いですね。うちの夜間警備員を派遣しましょう。それより今回の件に向いています」
そんな向いてる人材が居るのなら、目の前の格好も性格も態度もふざけているのは要らないと叫びたかった。
でも、あの探偵を手玉に取れる店長さんが頼りにはなると言うのなら……。
頼りにはなる じゃなくて 頼りになる が良かったけれども……。
「えっと、せめてタンポポさんに着いてきて貰えたりは……」
「今日はお給料日なんで焼肉でビール飲むんです。少し位お手伝いしますけれど、夜中に現場に行くのは無理ですね!」
駄目だ。もう私がどうにかしないと。せめて姿を見せていない夜間警備員さんに期待するしかないわよね。
「それで小学校まで来たのは良いけれど……」
普通に考えて警報とかあるよね、と今さら気がつく。警備員さんが帰った頃合いに忍び込むとして、現役警察官が小学校の忍び込んで、その理由が、お化けに合わないと、お化けが自分が来るから。
「絶対頭のおかしい奴扱いされて、最終的に懲戒免職じゃない? 良くて自主退職。無理。絶対無理」
それにしても助っ人がそろそろ合流する時間帯のはずだけれど、どこにいるのだろうと思った時に電柱の影からこちらを見ている人影があった。
「もしかして夜間警備員の方で……」
近づいて、その姿を見た瞬間に私の思考がフリーズする。
顔面の皮が半分剥がれ皮膚の人がむき出しになっていた。無機質な瞳がどこを見てるのかさえも不明なほどにギョロリギョロリと動き回り、むき出しの心臓が鼓動を続け、内臓も本当に生きてるからように動いている。
動く人体模型。お化けに会いに小学校まで来たら、入る前に遭遇してしまった。
喉の奥から飛び出しそうになる悲鳴。私は基本的にホラーはそれほど苦手ではないのだけど、昔から人形に関わるものは別。
髪が伸びる日本人形や女医さんの話はとても怖い。勿論、目の前の動く人体模型なんて今にも大きな悲鳴を挙げて逃げ出したい気分。
「こんばんは。店長から頼まれて来た助っ人の田辺です。お役に立てるかどうかは分かりませんが、よろしくお願いいたします」
「はい?」
何か普通に喋った。しかも礼儀正しい。あれ? 今信じられないこと言ってるような気がするのだけど、私の聞き間違いよね?
「えっと、一応確認させてもらうけれど、喫茶店の夜間警備員って貴方なのね? えっと、田辺…さん?」
「はい! 前の体は小学校の子供達にそう呼ばれていました。なんでも嫌われてる教頭先生の苗字が田辺でして、代替わりしても、田辺のままでした」
あっ、そう。としか言えない。え? 今から動く人体模型と一緒に、夜の学校でお化け探しするの? もう一度言うけれど、動く賃貸模型と一緒に?
「まあ、そう疑うものじゃないよ。田辺は結構役に立つと思うから」
背後から聞こえてきたルルさんの声。その声に振り向いた時、私は絶句する。
「おいおい、僕の顔に何か変なものでもついてるかい?」
透き通るような白い肌。ルビーのような赤い瞳。月の光に煌めく金の が夜風でなびく。
美しい。同じ女性なのに普通にそう思い見惚れてしまうほどの存在が立っていた。
え? ルルさん? これが?
「どうして着ぐるみなんか着てたの?」
「僕、肌が日光に弱いんだ。着ぐるみだったら日光完全遮断できるでしょう? 完璧な作戦って奴さ」
そんな事はないと思うけれど、納得させてしまう程の暴力的な美しさ。それを前にして、私は何も言えなかった。