天才エルフとゴーレムの話   作:龍改二

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第1話 英雄の石像

オイサーストの北方にひっそりと佇む、ルード村。静寂に包まれた広場の中心には、村人たちが何世代にもわたって手入れを続けてきたという一基の古い石像が佇んでいた。

 

偉大なる大魔法使い・フランメを称える像。

だが、そこに刻まれている姿はあまりにも異常だった。立派な蓄え髭、深く刻まれた眉間のシワ、そして衣服の上からでもわかるほど鍛え上げられた胸筋と角ばった顎。どこからどう見ても、長年修羅場を潜り抜けてきた熟練の老戦士そのものである。

 

シュタルクは雑巾を手に握りしめたまま、困惑を隠せない様子でその厳めしい顔を見上げていた。

 

「なあ、フリーレン……フランメって人、お前の師匠なんだよな? マジでこんな感じの見た目だったのか?」

 

足元でバケツの水に布を浸していたフリーレンは、気のない返事をしながら顔を上げた。白いツインテールが風に揺れ、頭頂部のアホ毛が小さく跳ねる。

 

「全然違うよ。フランメは人間の女性だったし、髪も長くて結い上げてた。もっと……こう、綺麗でサバサバした人だったよ」

 

「じゃあ誰なんだよ、このおっさん……!」

 

シュタルクは思わず声のトーンを上げ、石像の角ばった鼻先を指差した。

 

「全体的なシルエットすら原型を留めてないじゃねえか! 魔法使いの要素が無いっていうか、杖すら持ってない件についてどう説明するんだよ! これ完全に巨大な斧か大剣を振り回すタイプの体幹だろ!」

 

「シュタルク様、騒がないでください。手が止まっています」

 

隣で木製の杖を傍らに立てかけ、丁寧にブラシで石像の裾を擦っていたフェルンが、冷ややかな視線をシュタルクに向けた。心なしか頬が少しふくらんでいる。

 

「歴史の伝承というものは、長い年月を経るうちに都合よく改変されるのが常です。誇張され、神格化され、最終的に村の守り神にふさわしい頑丈そうな姿へ変化したのでしょう。……もっとも、性別すら異なっているのは歴史の変質としてもかなり雑ですが」

 

「雑の一言で片付けられるレベルじゃねえだろ……。俺だって、もし数百年後にこんなゴツい石像にされて『これが戦士シュタルクだ』なんて言われたら夢に見るぞ」

 

シュタルクは肩を落とし、諦めたように石像の胸筋部分をゴシゴシと磨き始めた。

 

フリーレンは膝についた砂を払いながら立ち上がり、見上げるほど巨大なおじさん像をじっと見つめた。彼女の瞳には、千年の時を超えた昔の記憶がぼんやりと映し出されている。

 

「まあ、人間の記憶なんてそんなものだよ。フランメが亡くなってからもう千年も経ってるんだ。言葉だけが一人歩きして、いつの間にか『魔族を倒した凄腕の英雄』ってイメージだけが膨らんで、村人たちの理想の姿になっちゃったんだろうね」

 

「フリーレン様は、悲しくないのですか?」

 

フェルンが手を止め、静かな声で尋ねた。

 

「お師匠様の本当の姿も、残した功績の真実も、こうして誤った形でしか語り継がれていないというのに」

 

「うーん……別にいいんじゃない」

 

フリーレンはふっと口元をゆるめ、どこか懐かしむような、穏やかな表情を浮かべた。

 

「フランメなら、これを見たらたぶんお腹を抱えて大爆笑すると思う。『いいじゃないか、強そうで格好いい』って言って、そのままにしとくかもしれない。あの人は、自分がどう評価されるかよりも、魔法が広まって誰もが自由に使える時代が来ることを一番に願っていたからね」

 

風が吹き抜け、ルード村の穏やかな緑の匂いを運んでくる。

 

「それにね、フェルン。形はどうあれ、この村の人たちが千年間もフランメの名前を忘れずに、こうして大切にしてくれたこと自体は、きっと本物だよ」

 

フリーレンはそう呟くと、赤い杖を軽く構えた。先端に小さな光が灯る。

 

「さて、仕上げに、花畑を出す魔法でもかけておこうか。本当のフランメが一番好きだった魔法だからね。……まあ、この厳めしいおっさんの足元が一面の花畑になるのは、ちょっとシュールかもしれないけど」

 

「……フリーレン様、それはとても素敵な提案だと思いますが、本当にシュールな光景になりかねません。それに、今はまずこの頑固な苔を落とすのが先です。ほら、シュタルク様もサボらないでください」

 

「サボってねえよ! 俺はいま、このおっさんの胸板をピカピカにしてるところだ!」

 

呆れたように溜息をつくフェルンと、文句を言いながらも必死に腕を動かすシュタルク。二人のやり取りを背中で聞きながら、フリーレンは遠い空を見上げ、小さな息を吐いた。千年の時は残酷に事実を削り去るが、そこに残された温もりだけは、今も確かにこの地に息づいていた。

 

* * *

 

ひと仕事を終えた三人は、水桶とブラッシング用の用具を片付け、依頼の完了報告と報酬の受け取りのために村長の家へと向かっていた。

 

ルード村の緩やかな坂道を上り、村長の屋敷が見えてきたとき、シュタルクがふと足を止め、目を見開いた。

 

「な……なんだありゃ!?」

 

屋敷の脇に広がる長閑なカボチャ畑。そこにいたのは、村の風景にはおよそ不釣り合いな不気味な影だった。

 

ギラリと鈍い光を放つ刃物のような腕が生え、背中には編み込まれた大きな竹籠を背負っている。胴体は太い大蛇のようにくねり、地面を這いながら蠢いていた。おぞましい姿形に反して、その動きは恐ろしいほど精緻だった。刃物の腕を器用に滑らせては、完熟したカボチャの茎だけを寸分違わず切り落とし、背中の籠へと優しく放り込んでいる。

 

シュタルクは思わず背中の大斧に手をかけ、腰を落として身構えた。

 

「魔物か!? いや、でも……めちゃくちゃ丁寧に収穫してねえか、あれ!?」

 

「シュタルク様、落ち着いてください。魔力の発露が魔物のそれとは異なります」

 

フェルンは木製の杖を構えつつも、冷静にその怪物の挙動を観察していた。攻撃意欲や殺気といったものが、その怪物からは一切感じられないからだ。

 

「あれはゴーレムだよ」

 

フリーレンは白いツインテールを風になびかせ、歩調を変えずに淡々と言った。

 

「ゴーレムってなんだ?」

 

シュタルクが警戒を解かないまま尋ねると、フリーレンはアホ毛をゆらりと揺らしながら説明を続けた。

 

「魔法生物の一種だよ。魔力の核があって、創造者によって与えられた命令をこなし続けるんだ。自律型自動人形みたいなものかな」

 

「へえ……こんなデカいヘビみたいなヤツが、か。でもなんでこんな村の畑で動いてんだ?」

 

「あれは統一帝国時代に作られた代物だね。大魔法使いフランメが人類に魔法をもたらし、魔法が技術として飛躍的に発達した全盛期の産物だ。当時の農作業や土木作業には、ああいう魔法生物がよく使われていたんだよ」

 

言いながら、フリーレンはスルスルとヘビ型ゴーレムの側まで近づいていった。シャキン、と目の前で鋭い刃物が振るわれてカボチャが収穫されるが、フリーレンは恐怖を示すこともなく、ゴーレムの金属のような質感の表面にそっと小さな手のひらを当てた。

 

静かに目を閉じ、体内に巡る魔力の脈動を探る。その白い袖口から微かな魔力が波紋のように広がり、ゴーレムの内部に組み込まれた術式と交信していく。

 

しばらくの沈黙の後、フリーレンはゆっくりと目を開けた。

 

「……ふーん」

 

「何か分かったのですか、フリーレン様?」

 

フェルンが隣に立ち、覗き込むように尋ねる。

 

「うん。この術式の構造、作ったのはフランメじゃないね」

 

「えっ、そうなのか? フランメの時代のやつなんだろ?」

 

シュタルクが首をかしげると、フリーレンはゴーレムから手を離し、不揃いな刃物の腕を凝視しながらあごに手を当てた。

 

「時代も基礎となっている魔法理論もフランメの生きた頃のものだけど……術式の組み方が違うんだ。フランメの作る魔法回路はもっとシンプルで実用主義だった。でもこれは……なんていうか、無駄に複雑で、妙に執拗なまでに精密に作られてる」

 

フリーレンの脳裏に、千年前の曖昧な記憶がかすかに明滅する。フランメではない、しかしどこか見覚えのあるような、歪で異常なほど精緻な魔法の癖。

 

「……誰か別の魔法使いが作ったものだね。ゴーレム作りに異常なこだわりを持っていた、かなり変わった奴の仕事だ」

 

「変な魔法使い……。昔も今も、魔法使いというのは奇人変人ばかりなのですか」

 

フェルンが呆れたように小さく息を吐き、頬をほんの少し膨らませた。

 

「否定はしないよ」

 

フリーレンは短く答えると、再び収穫作業に戻ったヘビ型ゴーレムを見上げた。籠がいっぱいになると、ゴーレムは滑らかな動きで方向転換し、村長の家の納屋に向かってズリズリと巨体をくねらせながら進み始める。千年の時が流れてもなお、命じられた役目を完璧に果たし続ける鉄と魔力の塊。

 

「さて、とにかく村長さんに報告に行こうか。このゴーレムのことも聞きたいし」

 

夕暮れの橙色の光が畑を優しく包み込み、三人の長い影を土の上に伸ばしていた。

 

 

 

 

 

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