ルード村の村長宅は、村の中央近くに建つ、年月の刻まれた丸太組みの大きな家だった。使い込まれた木の床からは香ばしい乾燥ハーブの匂いが漂い、壁には農具や古びた皮の小袋が整然と吊り下げられている。
「いやあ、助かりました。村の象徴である大魔法使い様のお姿が、あれほど見事に磨き上げられるとは。ご先祖様方もさぞ喜んでいるでしょう」
村長は深々と頭を下げ、革袋に入ったささやかな報酬と、村特産の干し肉をテーブルの上に差し出した。
「それで、村長さん。一つ聞きたいんだけど」
フリーレンは手渡された路銀入れの重みを指先で確かめながら、窓の外の畑を顎でしゃくった。
「あのカボチャ畑にいたヘビ型のゴーレム……あれを作った人物について、何か知っていることはある?」
「ああ、あの『作物の収穫係』ですか」
村長は困ったように眉根を寄せ、白い髭を擦った。
「それが、恥ずかしながら何も知らんのです。あの怪異なゴーレムは、私や村の先祖が作ったものではありません。この村から少し離れた北方、海岸へ続く断崖絶壁の沿道に、大昔のガラクタ……いや、ゴーレムの残骸が無数に打ち捨てられている場所がありましてね」
「ゴーレムの墓場……みたいな場所か?」
シュタルクが干し肉を噛みちぎりながら尋ねる。
「ええ。何百年も前からあそこに放置されていたようです。時折、どういうわけか奇跡的に壊れず動いているものが見つかることがありましてね。村の若者たちが拾い上げ、畑仕事や木こりの手伝いとして使わせてもらっているのですよ。あのヘビもそのうちの一体です」
フリーレンは静かに目を瞬かせた。千年前の技術で作られた自律型ゴーレムが、今もなお動いているという事実。それは凄まじい精度と高度な術式で作られていることの証左でもあった。
すると、村長は表情を陰らせ、頼みづらそうに膝の上で拳を握りしめた。
「……実は、旅の魔法使い様方に、もう一つ相談したい依頼がありましてな」
「依頼ですか?」
フェルンが静かな視線を村長に向けた。その瞳は、追加の依頼とあれば相応の対価が支払われるのかどうかを冷静に見極めようとしている。
「件のゴーレムが捨てられている崖沿いには、深い岩穴……かつて誰かが暮らしていたような人工の洞窟が存在するのです。あの中を調査すれば、あるいはもっと無傷の、村の力になるゴーレムが見つかるのではないかと考えておりまして」
村長は深く溜息をつき、言葉を区切った。
「ですが、いざ近づこうとすると……邪魔が入るのです」
「邪魔? 魔物でも出るのか?」
シュタルクが身を乗り出すと、村長は 首を大きく横に振った。
「いいえ。現れるのは……人間の魔法使いなのです」
「人間……?」
フェルンが眉をひそめた。
「そんな村はずれの廃洞窟に、人間の魔法使いが居座っているのですか?」
「詳しくはわかりません。姿は確かに人間の若い女性のようだと、逃げ帰ってきた村の戦士が申しておりました。黒いローブを羽織り、警告をするでもなく、近づく者を容赦なく強大な魔法で叩き伏せるのだと。村の力自慢の戦士も、魔法を学んだ若者も、まるで相手にならず一瞬で撃退されてしまいました。幸いにも命までは取られませんでしたが……」
村長はすがるような目でフリーレンを見つめた。
「どうかあそこへ赴き、安全の確保と、洞窟の調査を実施していただけないでしょうか。もちろん、先ほど以上の報酬はお支払いいたします」
「……人間の魔法使い、か」
シュタルクが自分の腕をさすりながら、引きつった笑いを浮かべた。
「なあフリーレン。統一帝国時代の洞窟に、いまでも『人間の魔法使い』が生きて残ってるなんてこと、あり得るのか? まさか……幽霊とか、怪談の類なんじゃ……」
「シュタルク様、バカなのですか? 普通に考えて、誰かが勝手に住み着いているに決まっています」
フェルンが冷ややかにシュタルクの疑問を切り捨てた。
「人間の寿命は長くても百年程度だ。仮に千年前から生きているとすれば、エルフか魔族だね」
フリーレンが短く言葉を継いだ。彼女の白いツインテールが、揺れるランタンの光を浴びて淡く透けている。
「千年前のゴーレムが打ち捨てられた洞窟。そして、そこを守る人間の姿をした謎の魔法使い……」
フリーレンはアホ毛をゆらりと揺らし、興味深そうな顔で小さく口元を緩めた。
「面白そうだね。フェルン、シュタルク、準備をして行こうか。……もしかしたら、そこに珍しい魔導書や、凄い魔導具が眠っているかもしれない」
「フリーレン様、目的がすり替わっています。依頼の主目的は洞窟の調査と安全確保です」
「分かってるよ。ついでだよ、ついで」
フリーレンはひらひらと手を振りながら立ち上がった。その瞳の奥には、千年前の残光――今もなお動き続ける精緻なゴーレムを作り上げた、異質な天才魔法使いの影を追うような、静かな探求心が宿っていた。
* * *
オイサーストの北方に広がる断崖絶壁。荒々しい潮風が海から吹き付け、切り立った岩肌を通り抜けるたびに、ヒューヒューと悲鳴のような風切り音を響かせていた。
崖沿いの細い獣道を進むにつれ、周囲の景観は異様なものへと変貌していく。
足元や岩の隙間、崩落した土砂の中に、無数の金属と魔石の残骸が打ち捨てられていた。長年の塩害と風雨に晒され、赤錆と苔に覆われたそれらは、すべて「かつて動き回っていたゴーレム」の死骸だった。
「……うわぁ、なんだよこれ。墓場ってレベルじゃねえぞ。ぶっ壊れた鉄くずが山積みじゃねえか」
シュタルクが引きつった顔で、足元に転がる不気味な構造体を避けるように歩を進める。それはいくつもの関節を持つ蜘蛛のような多脚型ゴーレムの残骸だった。金属の脚の先は鋭利な針のように尖っており、かつては戦闘用か掘削用として作られたことを伺わせる。
「シュタルク様、足元に気を取られて警戒がおろそかになっています。いつ動くものが飛び出してくるか分からないんですよ」
フェルンは木製の杖を胸元で維持したまま、静かな足取りで警戒を怠らない。だが、その視線もまた、道端に打ち捨てられた異常な形状のゴーレムたちに注がれていた。
車輪のような胴体から四本の腕が生えたもの。鳥の翼を模した金属板が幾重にも重なった飛行型と思われるもの。果ては、人間のシルエットを模したようなものまで存在した。
それらはどれも、統一帝国時代の一般的なゴーレムの設計思想からは遥かに逸脱していた。
「……すごいね。こんなの見たことないよ」
フリーレンが足を止め、丸みを帯びた奇妙な金属塊の前に屈み込んだ。白いツインテールが地面の泥に触れそうになり、頭頂部のアホ毛が興奮したようにゆらりと揺れる。
「フリーレン様、服が汚れます。それになんでもかんでも触らないでください」
フェルンが即座にフリーレンの首後ろの服を掴み、ぐいっと引っ張り上げた。フリーレンは首を絞められそうになりながらも、じっとその残骸を観察し続けている。
「フェルン、これを見てみて。内部の魔力回路が多層構造になっている。普通、ゴーレムの核は中央に一つだけ配置して、全体に魔力を循環させるんだ。でも、これは小さな魔石の核を何十個も全身に分散させて、神経系みたいに張り巡らせている。こんなの、統一帝国の宮廷魔法使いの設計図にも載っていなかったよ」
「……つまり、どういうことですか?」
「作った奴が、相当な変態だってことだよ」
フリーレンは立ち上がり、膝についた汚れをパッパと払った。その瞳には、魔法オタク特有の深い探求心が宿っている。
「命を模倣しようとしていたんだ。単に『与えられた命令をこなす機械』を作ろうとしたんじゃない。本物の生き物と同じように、自律して思考し、反応し、体を動かす構造を……魔法で再現しようとしていた痕跡がある」
「生き物を……魔法でつくる、か」
シュタルクが背中の大斧の柄を握り直し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「魔法ってのはイメージの世界なんだろ? そんなことできるのかよ? 」
「理論上はね。でも、生物の構造はあまりにも複雑すぎる。筋肉の動き、血の巡り、そして何より『心』や『魂』の存在。それら全てを理解して完璧にイメージし、術式に落とし込むなんて、何千年もかけて生命を研究する必要がある。並の魔法使いの人生の尺じゃ絶対に足りない」
フリーレンは静かに歩き出し、崖の先を見据えた。
潮風に乗って、重苦しい魔力の滞留が伝わってくる。崖の中腹、岩肌が黒く大きく口を開けている場所――村長の言っていた「洞窟」の入口が、薄暗い影を落としていた。
その洞窟の周囲には、これまでに見たどの残骸よりも、人間の姿形に酷似したゴーレムの残骸が、まるで墓標のように幾重にも重なり合っていた。
「……着いたね」
フリーレンが足を止める。
「洞窟の中から、微かに魔力の反応がある。……それと、入口の前に『誰か』いるよ」
フェルンが瞬時に杖を構え、シュタルクも素早く大斧を構えて前衛に躍り出た。
薄暗い洞窟の入り口。岩陰から風に揺れて現れたのは、フード付きの黒いローブを深々と羽織った人物の影だった。言葉を発することもなく、ただ静かにこちらを向いている。その手に握られた杖の先端には、すでに濃密な魔力が凝縮され始めていた。