天才エルフとゴーレムの話   作:龍改二

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第4話 命の模倣

ルード村の宿屋の一室には、古い木造建築特有の乾いた木板と薪の煙の匂いが満ちていた。

 

卓上のランプが橙色の小さな光を揺らし、壁に三人の影を大きく映し出している。夜の静寂が村を包み込むなか、室内には重苦しくもどこか現実味の薄い空気が漂っていた。

 

「……信じられませんね」

 

フェルンが温かいハーブティーの入った木製コップを両手で包み込みながら、ぽつりと呟いた。紫色のロングヘアがランプの光を受けて深く沈み込む。その頬は、消化しきれない疑問と警戒心でわずかに膨らんでいた。

 

「フランメ様の容姿と魔力を完全に模し、失われた古代魔法まで放ってくるゴーレム……。人の手で造られた存在が、魔法をイメージするなど……」

 

「俺なんて、未だに背中がゾクゾクしてるぜ……」

 

丸椅子に深く腰掛けたシュタルクが、自身の腕の包帯を巻き直しながら顔をひきつらせた。

 

「あの炎とか雷の魔法、直撃してたら跡形も残らずに消し飛んでたぞ。フリーレンと同じくらい強い魔法使いが、洞窟の奥にいる『フロイライン』とかいう奴が寝てるのを護ってるってことだろ? 危なすぎるって」

 

窓際に腰掛け、夜の風に白いツインテールを遊ばせていたフリーレンは、気のない様子で手元の小さな魔導具をいじっていた。頭頂部のアホ毛が、思考を巡らせるようにゆらゆらと揺れる。

 

「フロイライン……。フランメが生きていた頃、何度かその名前を聞いたことがある。『生命の創造』という決して届かない領域に魅入られた、エルフの魔法使い」

 

「……フリーレン様は、その方と直接会ったことはないのですよね?」

 

「ないよ。私がフランメの弟子になった頃には、すでに姿を消していたからね。フランメも詳しいことは話さなかった。ただ……『あいつは天才だが、救いようのない変態だ』って苦笑いしていたのを覚えてる」

 

フリーレンは薄い翡翠の瞳を静かに閉じ、遠い千年の記憶の断片を手繰り寄せた。

 

「人造物に人間の魔力波形を組み込み、自律行動させるなんて技術、神話の時代を探しても存在しない。水鏡の悪魔(シュピーゲル)みたいな、対象の心象世界を映し出す魔物の術式を解析して、それを自作の魔法回路へ強引に落とし込んだんだと思う。並の魔法使いなら発狂するような膨大な計算とイメージの構築だよ」

 

「……いったい何のためなのでしょうか。そんな無茶苦茶なことをする方が、今もあの奥にいるのですね」

 

フェルンが静かな溜息をつき、コップを卓上に戻した。その紫色の髪がランプの光を受けて深みのある影を作る。そこへ、椅子に深く腰掛けていたシュタルクが、顎に手を当てながら怪訝そうな顔で口を挟んだ。

 

「なあ……でもさ、洞窟の前であんなド派手に魔法をぶっ放して暴れたんだぞ? 中で寝てるっていうそのフロイラインって奴も、流石にもう起きちまったんじゃないか?」

 

「フロイラインは、一回寝たらなかなか起きなかったらしいよ」

 

フリーレンはフラットな声で即答した。

 

「フリーレン様と同じですね」

 

フェルンが間髪入れずに冷ややかな視線を向けた。心なしか頬がほんの少し膨らんでいる。

 

「全然違うよ……。フロイラインは何ヶ月も起きないこともあったらしい」

 

「……何ヶ月もですか」

 

フェルンが呆れたように眉をひそめると、シュタルクは引きつった笑いを浮かべた。

 

「おいおい……朝起きられないどころの話じゃねえな。エルフの時間感覚ってのはどうなってんだよ」

 

「だから、今すぐ起きてどうこうって心配はないと思う」

 

フリーレンは膝を叩いて立ち上がり、窓の外――南の空を見上げた。

 

「どうしますか、フリーレン様。このまま放置しておくわけにもいきません。村長からの依頼は洞窟の調査と安全確保です。ですが、あの規模の古代魔法を無限に放ってくるゴーレムを力任せに破壊するのは、リスクが高すぎます」

 

「うん。だから、一度オイサーストに戻ろう」

 

フリーレンは旅の準備を整えるように赤い杖を引き寄せ、二人に視線を向けた。

 

「この村からオイサーストまでは、荷馬車を捕まえればすぐ戻れる。あいつ……ゼーリエなら、フロイラインのことも、あの洞窟に眠る研究のことも何か知っているはずだからね」

 

「ゼーリエ様……ですか」

 

フェルンの顔が僅かに曇った。シュタルクが頭の後ろで両手を組み、げんなりとした表情を浮かべる。

 

「ゼーリエって、前に話してたおっかなくて偉いエルフだろ……。一級試験のときもフリーレンとケンカしかけたって言ってなかったか?」

 

「仕方のないことです、シュタルク様」

 

フェルンが冷ややかな視線を送る。

 

「千年以上前の歴史を知る者など、この世界にはフリーレン様やゼーリエ様、そしてその『フロイライン』のような、エルフの方たちしか存在しないのですから」

 

* * *

 

翌朝、三人はルード村を後にし、南のオイサーストへと続く道を辿った。

 

ルード村に吹き抜ける緑の匂いが遠ざかり、再び活気に満ちた魔法都市の喧騒が近づいてくる。オイサーストの中央に聳え立つ大陸魔法協会・北部支部の大聖堂は、陽光を浴びて白銀に輝いていた。

 

一級魔法使いの証を持つフェルンを先頭に、三人は厳重な警備が敷かれた内部へと足を踏み入れる。壮麗な大理石の回廊を進むにつれ、周囲の魔法使い達がフリーレンの姿に気づき、ざわめきと警戒の視線を投げかけてきた。

 

回廊の突き当たり、重厚な装飾が施された大扉が開く。

 

その奥、無数の魔導書が積み上げられた広大な謁見の間に、彼女はいた。

 

神話の時代から生き続ける大魔法使い、ゼーリエ。

 

金色の長い髪を波打たせ、ゆったりとした古代風の白い衣を纏い、台座のような椅子の上で小さな素足を投げ出すようにして座っている。その周囲に漂う魔力の奔流は、常人であれば息をする事すら躊躇うほどに圧倒的で、そして底知れなかった。

 

「……何の用だ、フリーレン。お前は出入り禁止にしたはずだが」

 

ゼーリエは手にした古い羊皮紙から視線を上げることすらせず、尊大で冷ややかな声を響かせた。

 

「一級魔法使いの件なら不合格だと言ったはずだ。……試験をめちゃくちゃにした不穏分子の分際で、私の顔を見に来たとでも言うつもりか?」

 

黄金の瞳が、つまらなそうに眼下の三人を射抜く。

 

「相変わらず嫌味だね、ゼーリエ」

 

フリーレンは周囲の圧倒的なプレッシャーを全く意に介さず、フラットな声で言った。隣でフェルンとシュタルクが身体を強張らせ、背筋を伸ばしているのを余所に、彼女は一歩前へ出る。

 

「昔話を聞きに来たんだよ。オイサーストの少し北にあるルード村の崖で、変なものを見つけてね」

 

「……変なもの、だと?」

 

「フランメの姿をしたゴーレムだよ。私たちと同じ古代魔法を使う、人間の姿を完璧に模した人形だ。そして、そいつが守る洞窟には、『フロイライン』が眠っているらしい」

 

「――っ」

 

その瞬間、室内の空気が氷点下まで凍りついた。

 

ゼーリエの黄金の瞳が僅かに細められ、手中の羊皮紙がグシャッと乾いた音を立てて握り潰される。彼女の身体から溢れ出た僅かな魔力の圧力が、大理石の床に目に見えない亀裂を走らせた。

 

「……お前、今なんと言った?」

 

ゼーリエの声から、先ほどまでの退屈そうな色が完全に消失していた。代わりに混ざり込んだのは、心底からの苛立ちと、不快極まりない古い記憶を掘り起こされたことへの激怒だった。

 

「フロイラインだ。フランメの古い知り合いで、たぶんゼーリエの――」

 

「言っておくが」

 

フリーレンの言葉を遮り、ゼーリエは立ち上がった。裸足の足首が白い衣の裾から覗き、冷酷な眼差しがフリーレンを射抜く。

 

「私はあんな奴の『師匠』になった覚えなど、ただの一度もない」

 

その声には、一切の容赦がない冷徹さが込められていた。

 

「フロイラインだと? あんなクズの名前を、私の前で二度と口にするな」

 

「クズ……ですか?」

 

思わずといった様子で、フェルンが問いを漏らした。ゼーリエの凄まじい威圧感に気圧されながらも、魔法使いとしての知性がその言葉の真意を確かめようと動いたのだ。

 

ゼーリエは吐き捨てるように鼻で笑い、無造作に金の髪を払い上げた。

 

「クズ以外の何物でもない。あいつは魔法の深淵に触れうる才能を持ちながら、その全てを『玩具(おもちゃ)作り』と『妄想の具現化』に費やした愚者だ。魔法とは研鑽であり、理であり、力だ。だが、あいつにとっての魔法は、単なる自分の歪んだ欲求を満たすための道具に過ぎなかった」

 

ゼーリエは台座の縁に腰を掛け直し、心底呆れたように吐き捨てた。

 

「たしかに、私のもとに身を寄せていた時期はある。だが師弟関係などではない。あいつは私の知識を掠め取り、生命を創り出すなどというふざけた術式を勝手に組み上げ、勝手に去っていっただけだ。……自分を『天才』と称して憚らない、手のつけられない破滅的な性格の偏執狂だったよ」

 

「……ゼーリエ、フロイラインはフランメの形をしたゴーレムを作っていた」

 

フリーレンが静かに言う。

 

「あれはただの精巧な人形じゃない。フランメの魔力波形、魔法の撃ち方、癖まで完全に再現されていた。……フロイラインは、なぜあんなものを造ったの?」

 

ゼーリエの黄金の瞳が、一瞬だけ遠い過去――千年前の光景を映し出すように揺れた。

 

「……執着だよ」

 

ゼーリエの語り口は、冷淡でありながらも、どこか哀れむような響きを帯びていた。

 

「フロイラインはあの子に狂っていた。人間の身でありながら絶大な魔力の才を持ち、我々エルフにはない温もりを持っていたフランメにな。……あいつにとって、フランメは初めて出会った『理解しがたい、けれど愛おしい存在』だったのだろう」

 

ゼーリエは嘲笑するように唇を歪めた。

 

「だが、フランメは私のもとを去り、お前……フリーレンを弟子に取った。そして人間としての短い寿命を全うし、死んだ。……残されたフロイラインが何をしたと思う?」

 

室内を静寂が支配する。シュタルクは呼吸することすら忘れたように固まり、フェルンは息を呑んでゼーリエの次の言葉を待った。

 

「あいつは現実を受け入れられなかったのだ。受け入れられないのなら、魔法で作ればいい。そう考えたのさ。お前がこの間潰した『水鏡の悪魔』の術式構造を応用し、自身の記憶にあるフランメの全て――魔力、記憶の断片、姿形を完全に写し取った至高のゴーレムを造り上げた」

 

金髪の小柄なエルフは小さな手を掲げ、酷薄な笑みを浮かべた。

 

「本物のフランメの『心』だけが抜け落ちた、永遠に年を取らず、永遠に朽ちない、完璧な人形。それを自分の傍らに置き、満足したあいつは、自慢気に私の元を去っていったよ。……『永遠の夢』の中で、大好きなフランメと過ごすためにな」

 

「……なんて身勝手な」

 

フェルンが絞り出すような声で呟いた。その言葉には、師を思う弟子としての純粋な憤りと、魔法使いとしての底知れぬ恐ろしさが混ざり合っていた。

 

「自分の欲望のためだけに、亡くなったフランメ様の姿と魔力を弄び、人形として閉じ込めるなんて……」

 

「だから言ったろう、クズだと」

 

ゼーリエは淡々と言い放った。

 

「あいつの術式『生命を創造する魔法』は、すべて形を真似ただけの『命の模倣』にすぎない。自律思考しているように見えても、あらかじめ組まれた術式の通りに動いているだけだ。洞窟の前にいるというフランメのゴーレムも同じ。『フロイラインの眠りを守る』という絶対命令に従い、近づく者を無差別に排除するだけの壊れた自動防衛装置にすぎん」

 

「そっか」

 

フリーレンはぽつりと呟き、うつむいた。白いツインテールが前に垂れ、その表情を隠す。

 

「フランメの心がそこにないのは、分かってた。……でも、師匠(せんせい)の残した魔法の残光があんな風に使われているのは、やっぱりちょっと嫌だな」

 

「ふん。……壊したければ壊せばいい。あんな偽物のガラクタに何の価値もない」

 

ゼーリエは興味を失ったように視線を外した。

 

「ただ、注意することだな。あいつは何ヶ月も眠らずに研究に明け暮れたかと思えば、何ヶ月でも連続で眠り続ける、生活破綻者だ。寝起きの機嫌は最悪だった」

 

なにか嫌な記憶を思い出したかのように、ゼーリエの眉間に深い皴が寄る。

 

「今が何日目の眠りなのか知らんが、ゴーレムに安眠を守らせるほどだ。叩き起こせば、相応の報いを受けることになるぞ」

 

フリーレンはゆっくりと顔を上げ、翡翠の瞳をゼーリエに向けた。

 

「ゴーレムなら停止命令があったりしないかな。ゼーリエ、フロイラインを……あのゴーレムを止める方法を知っているなら教えてよ」

 

「教えるわけがないだろう」

 

ゼーリエは即座に切り捨てた。

 

「お前は魔法使いだ、フリーレン。他人の知恵を借りて問題を解決しようとするな。……相手が千年前の偏執狂の術式だろうと、お前自身の魔法とイメージで打ち破ってみせろ。それができないなら、とっとと逃げ出して一生どこかのミミックにでも頭を突っ込んでいることだ」

 

冷淡な突き放し。だが、それこそがゼーリエという大魔法使いの流儀であった。

 

フリーレンは暫しゼーリエを見つめていたが、やがて「……そうだね」と小さく頷いた。アホ毛がゆらりと揺れる。

 

「聞きたいことは分かったよ。ありがとう、ゼーリエ」

 

「礼を言われる筋合いはない。二度と私の視界に入るな」

 

ゼーリエは顔を背け、再び積み上がった魔導書へと意識を戻した。

 

大聖堂の謁見の間を後にした三人は、再びオイサーストの柔らかな陽光の下へと飛び出した。風が吹き抜け、フェルンの黒いローブとフリーレンの白いケープを優しく揺らす。

 

「……フリーレン様」

 

フェルンが静かに尋ねた。

 

「どうされますか? ゼーリエ様のおっしゃった通りなら、あの洞窟にいるのはフランメ様ではなく、歪んだ執着から生まれた哀しい人形です」

 

「うん」

 

フリーレンは足を止め、北の空を見上げた。ルード村の崖の向こう、潮風の吹き荒れる洞窟の奥に思いを馳せる。

 

「フランメは言っていたよ。『魔法は自由なものだ』ってね。誰かを縛り付けたり、偽りの器に閉じ込めたりするためのものじゃない」

 

フリーレンは手に持った赤い杖を軽く握り直した。

 

「壊しに行こう。師匠(せんせい)の姿をしたあのゴーレムを解放して、フロイラインの長すぎる愚かな夢を……終わらせるんだ。……フロイラインは怒り狂うかもしれないけどね」

 

「……はい」

 

フェルンは強く頷き、木製の杖をしっかりと握りしめた。

 

「俺も付き合うぜ」

 

シュタルクが背中の大斧を叩き、力強く口元を緩める。

 

「今度は逃げねえ。あのすげえ古代魔法、俺が正面から受け止めて隙を作ってやるよ」

 

「シュタルク様、無茶をして死なないでくださいね。迷惑です」

 

「言い方!!」

 

二人のいつもの掛け合いを背中で聞きながら、フリーレンは穏やかに微笑んだ。

 

千年の時を超えて交錯する、過去の魔法使い達の執念と記憶。それを解き明かすための二度目の戦いに向け、三人は再び、断崖の待つ北方へと歩みを進め始めた。

 

* * *

 

静寂が戻った大聖堂の謁見の間。遠く去っていったフリーレンたちの気配が完全に途絶えた後も、ゼーリエはただ一人、台座の上で黄金の瞳を閉じていた。

 

思考の糸は、記憶の深層――悠久の時を軽々と飛び越え、まだフランメの名が歴史に刻まれていなかった、遠い昔の景色へと手繰り寄せられていく。

 

千年前。風の吹き抜ける、石造りの古い回廊。

 

そこには、今と変わらぬ姿で佇むゼーリエと、まだ若く、けれどどこか豪快な雰囲気を纏った人間の女性――フランメがいた。

 

「また失敗かい、フロイライン」

 

回廊の欄干に腰掛け、ハーブティーの湯気をくゆらせながら、フランメがサバサバとした声を弾ませた。結い上げた茶髪が陽光に輝いている。

 

彼女の目線の先には、庭園の芝生にぶちまけられた無数の金属と岩石の破片。その中央で、青い髪を乱した小柄なエルフの女性――フロイラインが、両手を腰に当てて不満そうに眉をひそめていた。

 

「失礼なことを言わないでよ、フランメ」

 

フロイラインは自身の爪をいじりながら、ふん、と鼻を鳴らした。その蒼玉の瞳には、並の魔法使いなど足元にも及ばないほどの過剰な知性と、どこか歪んだ自信がみなぎっている。

 

「失敗じゃない。これは『命の自律性』に関する貴重なデータの獲得さ。ボクは天才だからね。ゴーレムをただ命令に従わせるだけなんて、そんな芸のないこと、他の退屈な魔法使いにだってできる。ボクが作ろうとしているのは『真の生命』だ」

 

「はははっ! 命、ねぇ……。さっきのヤツ、急に暴れ出して庭の木をなぎ倒した挙句、自爆したじゃないか。あやうく私の淹れた茶が台無しになるところだったよ」

 

フランメはお腹を抱えて大爆笑すると、手元のカップを傾けた。

 

「相変わらず無茶苦茶な理論をこねくり回すね、お前は」

 

「うるさいな。人間の分際でボクの偉大な研究を笑うなよ。……まあ、君が淹れてくれたお茶が無事だったなら、今日の実験は80点ってことにしておくかな。……もちろん、ボクの分も淹れてくれたんだろ?」

 

フロイラインは不機嫌そうに呟きつつも、どこか誇らしげにフランメの元へと歩み寄った。その視線は、単なる実験の観察対象に向けられるものとは明らかに異なっていた。熱を帯び、執着に満ち、そして――どこか異様なまでの愛着を含んでいる。

 

「ふん。相変わらずくだらん玩具(おもちゃ)(うつつ)を抜かしているな」

 

回廊の影から、静かで威圧的な声が響いた。

 

台座のような石段に素足を乗せ、ゼーリエが冷ややかな視線を二人に送っていた。黄金の瞳には、フロイラインの研究に対する底知れぬ呆れと軽蔑が宿っている。

 

「フロイライン。お前の魔法回路の組み方は効率が悪すぎる。命などという曖昧な概念に固執するから、術式が破綻するのだ。才が足りん」

 

「言わせておけば……! ゼーリエ、君なんかにボクの美学が理解できるわけないだろ!」

 

フロイラインは即座に噛みつき、青い髪を逆立てた。

 

「君の魔法はどこまでいっても『戦い』と『研鑽』の道具だ。そんな殺風景なものばかり追い求めて何が楽しいのさ? 魔法はもっと自由で、もっと創造的なものであるべきだ。ボクはね、いつか君の鼻を明かすような『完璧な生命』を作ってみせるよ!」

 

「作れるものなら作ってみろ。所詮はお前の作るものなど、命の形を模しただけの虚無だ。……不愉快極まりない」

 

ゼーリエは心底吐き捨てるように言い放ち、興味を失ったように視線を外した。

 

フロイラインは悔しそうに歯噛みしたが、すぐに隣に立つフランメの袖をクイと引っ張った。

 

「ねえフランメ、聞いたろ? あんな頑固ババアの言うことなんて気にしなくていいよ。ボクの天才的な成果は、君だけに分かってもらえればそれでいいんだから」

 

「おいおい、師匠をババア呼ばわりかい? 怒られるぞ」

 

フランメは苦笑しながら、フロイラインの青い髪を雑にわしゃわしゃと撫で回した。

 

「まあ、私には難しい術式のことはさっぱり分からんがね。……でも、お前が楽しそうに魔法を使ってるのは悪くないと思うよ。魔法ってのは本来、そういうワクワクするものであるべきだからね」

 

「……っ」

 

フランメの手の温もりが頭頂部に伝わると、フロイラインの表情が一瞬で柔らかく破顔した。その蒼玉の瞳の奥には、世界中の何よりも深く、そして重い――フランメという存在への傾倒が満ちていた。

 

「……君はやっぱり、最高の人間だよ、フランメ」

 

フロイラインはうっとりと目を細め、静かに呟いた。

 

「君が人間の短い命で死んじゃったら、ボクはどうすればいいんだろうね?……ううん、大丈夫。その時はボクの魔法で……君を永遠にしてあげるからさ」

 

「ハハハ! 勘弁してくれよ、死んでまでお前の珍妙な実験台にされるのは御免だね」

 

フランメは冗談として受け流し、豪快に笑い飛ばした。

 

だが、二人から少し離れた場所でそのやり取りを見つめていたゼーリエだけは、言葉を発しなかった。

 

(……浅はかで身勝手な、破滅の萌芽だな)

 

ゼーリエの黄金の瞳には、フロイラインの笑みの裏に潜む、狂気と紙一重の歪んだ感情がはっきりと見えていた。

 

いつか訪れるであろう「別れ」を受け入れる強さを持たない、不完全なエルフ。その歪んだ愛憎が、どのような怪物(かたち)となって現れるのかを、ゼーリエはこの時からすでに予感していたのだった。

 

謁見の間。

 

ゆっくりと目を開けたゼーリエの黄金の瞳に、千年前の光景はもう映ってはいなかった。

 

「……くだらんことを思い出した」

 

誰もいなくなった薄暗い部屋で、大魔法使いはただ淡々と、冷徹な声で呟いた。

 

 

 

 

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