吹き荒ぶ潮風が、断崖絶壁の岩肌を激しく叩きつける。
薄暗い洞窟の前に佇むのは、かつて人類に魔法をもたらし、歴史の彼方に去った大魔法使い・フランメそのものの姿をしたゴーレム。結い上げられた茶髪、古代風の白いドレス、そしてその体内に秘められた底知れぬ古代の魔力。
フリーレンは赤い杖を低く構え、翡翠の瞳を冷徹に細めた。白いケープが風になびき、頭頂部のアホ毛が静かに揺れる。
(……このゴーレムの基盤となっているのは、千年前の統一帝国時代の魔法理論だ。どれほど精巧に作られていようと、その知識と術式構造は『あの時代』の枠組みを出ない)
フリーレンの脳裏で、勝利への算段が素早く組み立てられていく。
この時代――現代の魔法理論において確立された『
どれほど強大な古代魔法を操ろうとも、概念そのものを知らない攻撃に対して、的確に対応することなど不可能なはずだ。
「フェルン、シュタルク。私の魔法に合わせて」
「……はい、フリーレン様」
フェルンは木製の杖を胸元に引きつけ、魔力を極限まで抑え込みながら静かに頷いた。息を殺し、好機を狙うその佇まいは、すでに熟練の刺客のようだった。
「おう、任せとけ!」
シュタルクが背中の大斧を引き抜き、地を踏みしめて前衛の位置についた。
フリーレンが一歩前へ踏み出す。それに応じるように、フランメの姿をしたゴーレムが無機質な動きで杖を掲げた。二人の大魔法使いの身から立ち上る魔力が、周囲の大気を激しく歪ませていく。
「「
二つの声が完全に重なり合った。
次の瞬間、漆黒と紫電が織りなす極大の破壊光線が空間を切り裂き、正面から激突した。
天地を揺るがす爆散音が響き渡り、大気が狂乱する。激突した古代魔法の余波は、重い岩盤を紙屑のように吹き飛ばし、濁流となって周囲一帯に襲いかかった。
「おおおおっ!!」
シュタルクがフェルンの前に立ち、咆哮した。
迫り来る巨岩の破片と凄まじい衝撃波の濁流に対し、シュタルクは大斧を旋風のごとく振るい抜いた。一閃。極大の物理的な破壊力が衝撃波そのものを叩き割り、フェルンの前方へ迫る危険を完璧に削ぎ落とす。
「ハァッ……ハァッ……! フェルン!!」
「わかっています。……『
シュタルクが切り開いた死角から、フェルンが躍り出た。
一切の予備動作がない、驚異的な発射速度。木製の杖の先端から放たれたのは、貫通力と速射性に特化した岩をも貫く白紫の光線。現代の魔法使いであるフェルンが、幼少期から何十万回と繰り返してきた、研鑽の結晶たる攻撃魔法。
古代の防衛術式では対処不可能なはずの、音速を超える殺戮の光。それがフランメ型ゴーレムの無防備な胸元へと一直線に突き刺さる――誰もがそう確信した。
だが。
ガ、キン―――。と。
幾重にも重なる六角形の透過光が、ゴーレムの前方に幾何学模様を描いて浮かび上がった。
極限まで洗練された、現代の『防御魔法』。
フェルンの放ったゾルトラークは、その強固な魔力障壁の表面に激突し、甲高い金属音を響かせて空しく弾け飛んだ。散った光の粒子が、潮風の中で儚く消えていく。
「……なっ……!?」
フェルンが思わず息を呑み、紫色の瞳を大きく見開いた。その頬が驚愕に引きつる。
「防がれた……!? 今の魔法は、現代の……!」
あり得ない光景だった。
前回の戦闘において、フェルンたちがたった数回だけ展開してみせた防御魔法。その術式の構成、魔力の多重配置、密度の調整――ゴーレムはそれを視認しただけで完全に解析し、自身の魔法としてイメージしてみせたのだ。
「学習……している……」
フリーレンの声が引きつった。
命令に従うだけのプログラムされた機械。決められた術式を再生するだけの自律人形。そんなものに「未知の魔法の解析と習得」などという高度な概念が存在するはずがない。それは、思考し、創意工夫する『心』を持った魔法使いだけが成し得る領域だ。
「……自分のなかに魔法のイメージを持っているのか。プログラムの域を超えている。フロイライン……お前は一体、何を組み込んだんだ……?」
ゴーレムの無機質だった瞳に、怪しい青白い光が宿る。
フランメの姿をしたその躯が、ゆっくりと右手の杖を持ち上げた。その先端に凝縮されていくのは、古代魔法の禍々しい熱量ではない。
不気味なほど静かで、どこまでも研ぎ澄まされた、白紫の魔力。
「まさか……それも……!」
フェルンが叫ぶ。
ゴーレムの杖先から解き放たれたのは、先ほどフェルンが放ったものと全く同じ、いや、それ以上に圧倒的な密度を誇る極大の穿孔力。
「
白紫の濁流がフリーレンたちを襲う。
フリーレンは咄嗟に防御魔法を展開し、その威力を左右へと拡散させた。削り取られた崖の岩肌がガラガラと剥がれ落ち、凄まじい衝撃波が三人の髪を激しくなびかせる。
その残光と煙の向こう側から、声が響いた。
無機質で、機械的で、録音された音声を再生するようだったはずのその声に。
ほんのわずかに――あまりにも懐かしい、人間の温もりと慈愛の響きが混ざり合っていた。
「……強くなったな、フリーレン」
「――――っ」
フリーレンの息が完全に止まった。
持ち上げていた赤い杖の手が、目に見えて震える。
翡翠の瞳が大きく揺れ、遠い千年の過去――あの小さな小屋で、自分をサバサバと見下ろし、頭を雑に撫でてくれた師の面影が、目の前の人形と重なり合っていた。
断崖に吹き荒れる潮風を切り裂き、届いたその言葉。
録音された音声のように無機質な声音の中に、確かに混ざり合っている温もり。それは、フリーレンが千年の歳月の中で片時も忘れたことのない、懐かしい師の慈愛そのものだった。
「……フリーレン様!?」
「フリーレン! しっかりしろ!」
フェルンとシュタルクの悲鳴のような叫びが風に掻き消される。
「……なんで……」
フリーレンの唇が、かすかに震えた。
あり得ない。絶対に、あり得ないことだった。
ゼーリエの言葉が正しければ、このゴーレムを造り上げたのは千年前のエルフ、フロイラインだ。そしてフロイラインは、フリーレンという存在を一切知らない。フランメがゼーリエのもとを去ったあと、フリーレンを弟子に取ったことなど知る由もなく、彼女は自身の中にあるフランメのイメージを形にしてその複製を造り出し、姿を消したはずなのだ。
フロイラインの記憶にも、その術式の中にも、「フリーレン」という存在が介在する余地などどこにも無かったはずだ。
(なのに……どうして……?)
目の前に立つ怪物は、単なる過去の遺物でも、壊れた人形でもないのではないか。千年の時を超えた命の模倣、その歪みの果てに芽生えた「何か」が、今、目の前に立ちはだかっている。
心揺さぶられる一瞬。
魔法使いにとって、戦場における思考の停滞は死に直結する。
フリーレンの動揺を、感情を持たない人造体は見逃さなかった。フランメの姿をしたゴーレムは、一切の猶予も与えず、再び右手の杖を掲げる。
その先端へ、凄まじい密度の黒銀の魔力が凝縮されていく。先ほど放たれたゾルトラークを遥かに凌駕する奔流。防護を解き、硬直したままのフリーレンの胸元を、一瞬で穿ち貫くための殺人魔法。
「フリーレン様っ!!」
「フリーレン、避けろぉッ!!」
フェルンとシュタルクの悲鳴にも似た叫びが響き渡る。シュタルクが傷ついた足で地を蹴り、フェルンが防御障壁を展開しようと杖を突き出した。
だが、間に合わない。
殺戮の光が、フリーレンの華奢な身体へ向けて解き放たれようとした――その、寸前。
ピタ、と。
世界の時間が停止したかのように、ゴーレムの杖先に集束していた漆黒の魔力が動きを止めた。
「……え?」
シュタルクが前傾姿勢のまま、呆然と声を漏らす。
直後、甘く、どこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。
潮騒と焦土の匂いに満ちていた荒涼とした断崖に、突如として咲き乱れたのは、色鮮やかな無数の野花だった。
赤、白、黄色、紫。あらゆる色彩の花々が、一瞬にして殺伐とした岩肌を覆い尽くし、風に揺れて爛漫たる花畑を作り出していく。
『花畑を出す魔法』。
民間魔法に分類される、戦闘には何一つ役に立たないくだらない魔法。だが、それは生前のフランメが何よりも愛し、そしてフリーレンへと受け継がれた、大切な想い出の魔法。
この魔法の価値を知り、そしてこの規模で一瞬にして展開できる人物など、この世界にはフリーレンの他にただ一人しか存在しない。
ジャリッ、と。
静まり返った花畑の中に、小さな素足が固い砂地を踏みしめる音が響いた。
フェルンとシュタルクが弾かれたように振り返る。
そこに立っていたのは、金色に輝く長い髪を波打たせ、古代風の白い衣を風になびかせた、小さなエルフの姿だった。
大魔法使い、ゼーリエ。
彼女は冷徹な黄金の瞳で一面の花畑を見渡し、心底不本意だとでも言いたげに鼻で小さく鳴らした。
「……くだらん魔法だ」
ゼーリエはゆっくりと歩を進める。その足元から、溢れ出す膨大な魔力の脈動が波紋となって広がり、周囲の大気を圧倒的な威圧感で押し潰していく。
「ゼーリエ……なんで、ここに……」
フリーレンが呆然と呟くが、ゼーリエは視線すら合わせない。
潮風と焦土の匂いが混じる断崖絶壁に、唐突に広がる極彩色の花畑。その中央で、大魔法使いゼーリエは不快感を隠そうともせず、呆然と立ち尽くすフリーレンを黄金の瞳で見下ろした。
「相変わらず未熟者だな、フリーレン。かつての師の幻影に惑わされ、あわや胸を貫かれるところだったとは。敵を前にしながら感情というノイズに意識を乱され、思考を止めるなど……半人前にも程がある。千年経ってもまるで成長していない。心底呆れる」
ゼーリエの容赦のない冷徹な声が、花々の香りを切り裂くように響く。フリーレンは言い返すこともできず、ただ小さく俯いた。白いケープの裾を風が揺らし、頭頂部のアホ毛が力なく垂れ下がっている。その後方では、フェルンが杖を下ろしきれずに息を呑み、シュタルクが大斧を握る手に冷や汗をにじませていた。
ひとしきり孫弟子を罵倒すると、ゼーリエの視線はフリーレンから外れ、その奥へと向けられた。
「私は言ったな。あんなクズの残したガラクタには、何の価値もないと」
ゼーリエは立ち止まり、目の前に佇む「かつての弟子の偽物」を、冷酷そのものの眼差しで射抜いた。
「だが、私の目の届く場所で、あの子の面影がこれ以上汚されるのは不快だ。……ただ、それだけのことだ」
無数の花々に囲まれ、杖を下ろしたまま微動だにしない『フランメ』の姿をしたゴーレム。
その無機質でありながらも完璧な造形は、ゼーリエの脳裏に、分厚い埃を被っていた千年前の記憶を鮮明に引きずり出した。
あの日、人間の娘であったフランメは、ゼーリエのもとを巣立っていった。「誰もが魔法を使える平和な時代」などという、およそ魔法の深淵と闘争の真理からかけ離れた、甘ったるくも途方もない理想を胸に抱いて。
ゼーリエ自身は、その背中を追うことはしなかった。人間の寿命などエルフからすれば瞬きのようなものだ。いずれいなくなる存在に過剰な情を抱くことの無意味さを知っていたからだ。
だが、あの青い髪の旧友――フロイラインは違った。
『行かないでくれ、フランメ! ボクの魔法が完成すれば、君だって永遠を生きられる! こんな退屈なババアのところは出ていってもいい、でも、君はボクと一緒に……!』
自らを天才と称し、常に傲岸不遜であったエルフが、なりふり構わずフランメにすがりついたあの日。フロイラインはどうしても、フランメを引き留めることができなかった。一瞬で駆け抜けていく人間の命と、それを燃やしてでも成し遂げたいというフランメの確固たる意志。その圧倒的な喪失の予感に対する恐怖と執着に狂わされたフロイラインは、その後、ゼーリエの前から姿を消した。そして、正気を失ったかのように「生命の創造」という禁忌の研究へとさらに埋没していったのだ。
それから数十年後。
本物のフランメがすでに老い先短いか、あるいは命を終えようとしていた頃。フロイラインはゼーリエの前に再び姿を現した。
乱れた青髪、血走った瞳、しかしその顔には、かつてないほどの狂喜と傲慢な笑みが張り付いていた。
『どうだい、見たかゼーリエ! ボクはついに成し遂げた……。これが「生命を創造する魔法」だ。完璧な生命を、ボクの手で創り出したんだ!』
彼女の傍らで静かに佇んでいたのは、若かりし頃のフランメに瓜二つのゴーレムだった。零落の王墓に潜んでいる神話の時代の魔物、
『ボクはこの子を育て上げる。外界のつまらない連中とは縁を切って、永遠に続く静かなアトリエで、ボクのフランメと幸せに、平和に暮らすんだ。……じゃあね、退屈な魔法バカさん。君は一生、戦いの研究でもしてなよ』
そう豪語して、フロイラインは狂気に満ちた高笑いとともに、ゼーリエの前から再び姿を消したのだった。
花畑を吹き抜ける風が、ゼーリエの金色の髪を揺らす。彼女は微かに眉根を寄せ、目の前のゴーレムを凝視した。
フロイラインがどれほど規格外の天才であろうと、魔法で創り出されたゴーレムは所詮、術式と魔力核によって駆動するただの「機械」に過ぎない。与えられた命令に絶対的に従い、それを忠実に遂行するだけの存在。それに「心」など宿るはずもなく、「成長」などするはずがない。
それが神話の時代から魔法の歴史を見つめ続けてきたゼーリエにとっての、絶対的な理だった。
だが、目の前のこの『フランメ』はどうだ。
一切の記録にないはずの現代魔法である『一般攻撃魔法』と『防御魔法』を、たった数回視認しただけで自らの術式回路に組み込み、完璧に再現してみせた。
あろうことか、千年前の術式の中には存在すらしていないはずのフリーレンの顔を認識し、「強くなったな」と、かつての師のような確かな温もりを込めて語りかけた。
そして今、生前のフランメが愛し、彼女の心を構成する重要なピースであった「花畑を出す魔法」を見ただけで、攻撃の意思を自ら放棄し、唐突にその魔力を霧散させて立ち尽くしている。
命の形を模しただけのゴーレムが。
千年の時を経て、自らの意志で未知の魔法を学習し、かつての記憶の残滓に揺らいでいるというのか。
ゼーリエは一面に咲き誇る花々をその素足で軽やかに踏みつけ、一歩、また一歩と『フランメ』の姿をしたゴーレムへと歩み寄った。
風が二人の間に吹き抜け、金の髪と結い上げられた茶髪を揺らす。ゼーリエの黄金の瞳には、かつて己のもとを去っていった愛弟子の面影と、それを模倣した人造体に対する複雑な感情が宿っていた。
ゼーリエは視線を逸らすことなく、あえてその名を口にした。
「私のことは覚えているな?『フランメ』。主のもとに案内しろ」
沈黙が断崖を支配した。
命を持たぬ泥人形であれば、侵入者の発した言葉など単なるノイズとして処理され、即座に排除行動へと移行するはずだった。だが、千年前の完成披露の場でたった一度だけ目にした『大魔法使いゼーリエ』という存在を、その精緻極まる魔法回路は寸分の狂いもなく検索し、出力してみせた。
ゴーレムの胸元の魔力核が、微かに青白く明滅する。
やがて、その薄い唇がゆっくりと滑らかに動き始めた。
「認識……問いに対する照合を完了。お久しぶりです、フロイライン様のご友人……ゼーリエ様ですね」
発せられた声は、かつてのフランメそのものの朗らかさと、どこか機械的な平坦さが奇妙に同居していた。
「フロイライン様から幾度も伺っておりますよ。――『頑固なババア』だと」
「……っ!?」
後ろで固まっていたシュタルクが、思わず引きつった悲鳴のような息を呑んだ。フェルンもまた、紫色の瞳を大きく見開き、信じられないものを見るかのような視線をゴーレムへと向けた。大魔法使いゼーリエに対し、あまりにも容赦のない無礼な暴言。しかし、それは間違いなく千年前の青髪のエルフ――フロイラインが口にしそうな言葉そのものだった。
ゼーリエの額に、うっすらと青筋が浮かぶ。黄金の瞳が一瞬で冷徹な殺意を帯びたが、ゴーレムは意に介する様子もなく、静かな動作で右腕を持ち上げた。その泥のような指先が、しなやかな動作で薄暗い洞窟の奥を指し示す。
「フロイライン様は奥の寝室でお休みになられています。ご案内いたしましょう。……ですが、フロイライン様を起こすと怒られますよ。よろしいのですか」
淡々とした忠告。
その言葉に、ゼーリエの眉根が不快そうに跳ね上がった。
ゼーリエの脳裏に、千年前の不愉快極まりない記憶が鮮明に蘇る。当時、研究に没頭するあまり何ヶ月も徹夜を重ね、ようやく眠りについたフロイラインを起こそうとしたときのことだ。普段のふざけた態度からは想像もつかないほどの、突き刺すような殺意を露わにし、旧友であるはずのゼーリエに対して何の躊躇もなく極大攻撃魔法を全力でぶっ放してきた、あのイカれた女。油断していたゼーリエは、その不意打ちの暴風によって石造りの壁をぶち抜き、何十メートルも先まで吹き飛ばされたのだ。
(あんな不快な経験、二度と味わうつもりはない……)
ゼーリエは吐き捨てるように鼻で笑うと、小さく腕を組んだ。
「ふん……。フロイラインめ、くだらん無礼を仕込みおって。あの女の寝相の悪さと寝起きの凶暴さなど、私が一番よく知っている。お前ごときに心配される筋合いはない」
「ゼーリエ……本当に案内させるの?」
フリーレンがトコトコと歩み寄ってきた。白いケープを風になびかせ、頭頂部のアホ毛をゆらりと揺らしている。翡翠の瞳には、依然として驚愕と警戒の色が濃く残っていた。
「このゴーレム、ただのプログラムとは思えない。私を知っていたし、学習もしている。それに……『頑固なババア』だなんて、いくら情報として知っていたとしても、嫌味を言うときにしか出てこない言葉だ」
「だからどうした」
ゼーリエはフリーレンを冷ややかに一蹴した。
「どれほど精巧に自我を模倣しようと、作り物の領域を出ん。フロイラインを叩き起こして、自らの残した愚行の始末を、その手でつけさせるだけだ」
ゼーリエは躊躇うことなく、ゴーレムの手招く方向――黒く口を開けた洞窟の闇へと向かって歩み出した。その背中に向かって、ゴーレムは恭しく一礼し、滑らかな足取りで先導を開始する。
「……フリーレン様」
フェルンが木製の杖を強く握りしめ、冷や汗の流れる頬を硬くして囁いた。
「本当にあの中へ進むのですか? あのゴーレムは、いつ再び私たちに襲いかかってくるか分かりません」
「……そうだぜ、フリーレン」
シュタルクも背中の大斧を担ぎ直し、洞窟の不気味な暗がりを睨みつけながらゴクリと唾を飲み込んだ。
「もしも中で暴れ出したら、洞窟ごと崩落して全員生き埋めだぞ」
フリーレンは二人の不安そうな顔を見つめ、それから前方を歩く『フランメ』の後ろ姿へと視線を移した。千年の時を経てなお、色褪せることのない師の背中。それがどんなに歪んだ術式の産物であろうと、足を止めるわけにはいかなかった。
「大丈夫だよ、フェルン、シュタルク」
フリーレンは短く答え、赤い杖を手に静かに歩き出した。
「ゼーリエがいる。それに……私だって、
湿った潮風と古びた魔力の匂いが漂う、薄暗い岩穴。
無数のゴーレムの残骸が転がる不気味な通路を、フランメの姿をした人形、神話の大魔法使い、そして旅の三人組という異様な一行が、深淵へと向かって静かに足を踏み入れていった。