virtual lain-experiment on TSUKUYOMI 作:Assassss
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1998年某日。橘総合研究所にて発生した不可解な自殺事件はいまだに未解決怪事件として語り継がれている。
注目を集めている要素はいくつかある。一つは、自殺した米良柊子の死亡状況。頭から当時のPCの画面に頭を突っ込んで死亡という不可解すぎる状況だったらしい。公式には、警察も研究所からもなされていない話だが、ネット上ではなぜかこれがあたかも事実であるかのように扱う記事が大量に存在する。これ自体がインターネットの情報の不確実性を示す教訓としてすらよく扱われるほどだ。
そしてもう一つ。橘総合研究所が全面的に技術支援したネットワークシステムWIRED。これは当時としては画期的なシステムであり、既存のインターネットや電話回線などの通信網が、世界規模で統合・超進化『しようとした』ものだった。当時普及していた端末NAVIとの親和性も高いことから瞬く間に普及した。がしかし、ある時期からWIREDの使用者に精神が狂わされるものが多数発生。WIREDへの安全性が疑われることとなる。はじめ、WIREDの開発側は争う姿勢を示していたが、ある時からその主張がパッタリと止み、欠陥サービスだったことを一転して認めた。
WIREDは即日サービス終了し、データは抹消。不自然なことに、これ以降WIREDに関する動きは完全に『停止』した。損害賠償を求める裁判も、WIREDの後継機も、原因調査のレポートも現在まで存在しない。ただ残っているのはWIREDが存在していたという『記録』だけ。精神異常の原因は「人体に有害な高強度超音波による特定細胞の壊死」とされているが、理論的説明が不足だと専門家に指摘されている。
この奇怪さから、WIREDに関する話題は都市伝説ネタの定番中の定番である。
さてところで、意外に思われるだろうが、橘総合研究所は現在も存在している。
とはいっても、現在この研究所は特別怪しいことはしていない。ネットワークシステムやそれに関連するデバイスの開発研究が主で、その内容や書かれている論文はいたって『まとも』だ。約40年の時を経て、ここで働いていても白い目で見られない程度の世間の信頼が取り戻されている。
当時の事件のことを質問されると「記録にない」「当時働いていた職員はもういない」「事実ではない」のうちどれかしか返さない。事件直後はそれで誰も納得しなかったが、時間の経過と共に忘れられていった。
もう40年経過したのだ。完全に過去の話で、掘り起こしても何も出てこない。誰もがそう思っていた。
203X年某日。
橘総合研究所から古びた機材が運び出されていた。
「すげーなあ、骨董品だろこれ。売れば結構いい値段なんじゃねーのか?」
「倉庫の奥で眠っていたんだとよ。にしてもこれめちゃくちゃ金かかっただろ。やっぱ裏でヤバい研究してたって言う都市伝説ってマジなんじゃねーか?全部廃棄希望だしよ。」
この日、研究所には廃品回収業者が来ていた。依頼内容も特別おかしなことは無く、「研究所の倉庫の整理をした過程で出てきた過去の機器を回収してほしい」というものだ。
ここに来た業者の二人は、この研究所の過去の遺物ということで、WIREDに関する何かが出て来るのではないかとかすかに期待していた。
しかし本当に期待程度。研究所の現在の所長は1年前に赴任したうえ、事件当時に生まれてすらいない年齢だった。そして実際、運び出されるものは当時堂々と表で売られていた高価なコンピュータである。ならば中に興味深いデータでもあるのかと二人は一瞬期待していたが、ぞもそもそれらのコンピュータは殆どが電源が付かない状態であり、つく物はOSレベルで初期化されてしている、という説明だった。さらに言えば、それらのコンピューターは事件当時、警察の捜査の為に預けられたことがあるらしい。
「ダメだ。マジで電源つく奴は初期化されてる。」
「もういいだろ。さっさと運び出しちまおうぜ。数が多いから多分時間かかるしよ……」
汗を流しつつ、回収用トラックと倉庫を彼らは何度も往復した。
何十台のコンピュータが外に運び出され、並べられる。というところで、彼らはおもむろに座り込んだ。休憩時間だ。
コンビニで購入したおにぎりやホットドックを食べていると、ふと一人が気が付く。
「ん?これ……スマホつなげられるんじゃね?」
「ん?おお?まあ確かに……」
コンピュータを怠惰に眺めていると、馴染みのある者を見つけた。USB Type-A端子の差込口。1996年に規定された規格であり、当時としては最新規格。40年経過した現在でも使われているのだから、その優秀さは推して知るべし。
「じゃあ……これで、ちょっと指してみようぜ?もしかしたらなんか見れるかもよ。」
「おいおい、PCに充電はできないぞ?多分。」
持ち出したのは、データ転送機能が無いケーブルだ。完全に充電用で、データ転送機能などない。そもそも当時は充電専用ケーブルなどないので、刺しても何も起こらないはずだ。
ただの遊びのつもりで、ぶすりと。電源が付かなったPCを一つ選び。
端子部分が劣化していたため、少しだけ抵抗が大きくは感じられたが、それ以上問題なく端子挿入ができた。
そうして、スマホ画面で何かできないか画面を見る。そして彼は、挿入ができても接続はできないことを悟った。
「さてどうかなっと……ダメだな。スマホがコイツを認識してねえな。何も出ねえ。」
「ま、そうだよなあ。」
「はーぁ、つまんねえ…………の?」
抜こうとしたところで、彼は気が付いた。
廃棄PCの電源ランプが点灯している。当時は目新しかったであろうゲーミング的趣向の電源アイコンが、青色に光っていた。
「なんか電源ついてねぇ?」
「え?マ、マジだ!すげえ!!!」
2人は休憩などやめ、PCに釘付けになる。
「キーボードで……ダメだ、ディスプレイに電源が通ってないからなんも出来ねえ。クソ!」
「これ、研究所に戻して電源付けようぜ!なんかWIREDの情報が」
「……ん?」
2人の頭に、少女のような声が響いた。あたりを見回しても、子供などいない。
「……なんか声かけられなかったか?」
「俺もそんな気がするが……って、あ!PCの電源切れてる!」
「はぁ!?あーーー、くそ、とにかくいったん研究所に戻って電源いれてみるぞ!どっちにしろこれは報告しなきゃいけないからな。」
しかし、正規の方法で電源を供給してもやはりなにも出なかった。二人は偶然だったのかと落ち込んだ。
だが、二人は知らない。
接続中、スマホが一瞬PCを認識するアイコンを出していたこと。
そして一瞬、スマホの通信ログに残ってすらいない「何か」がそのケーブルを通り、それが彼らの第7世代通信システムを通じてインターネットとつながったこと。
この日、インターネット上にかつてのWIREDの天使が再び解き放たれた。
◇
「変な攻撃?なにそれ?」
「んー、なんかねー、ヤッチョも初めて見たんだけれど……」
若き天才研究者と名高い私、酒寄彩葉のデスクの上で話すのは、誰もが知るトップライバー月見ヤチヨ。彼女は現代の最大巨大仮想空間「ツクヨミ」の管理者AI……ということになっているが、実は中に魂と呼べるものが入ってる。
まあいろいろとあって……私とヤチヨは超親しい仲だ。最近は仕事の一環としてツクヨミ運営に関わることも多い。これでもサイバネティクスの研究者をやっているから、その技術協力という感じ。決してコネとかではない。
私のPCの画面の中で、足を組みながら宙で二次元的にクルクル回っているその顔は少しだけ不機嫌そうだ。ついでに床にいるFUSHIも難しい顔をしている。
彼女は宙に出したトグルバーを指で降ろすと、そこにずらっと赤文字のキャプチャデータが出る。
「ほら見てよ。送ってくる認証情報ぜーーーんぶ!他のユーザーのものなのに、何回登録しても登録してもブラックリストから外れるの!」
「え、IPアドレスごとBANできないの?」
「してるんだよー!でも、なんか分かんないけどいっつもブラック判定しないし、一日経ったらリストから外れてるのこのアドレス!うちのセキュリティチームに言ってもそもそも存在が確認できないアドレスって言われるし。」
「……へー?」
興味を惹かれた私は、ヤチヨが出すデータを見ようと身を乗り出す……前に、チャットの通知音がなる。問題のデータが全て送られてきたのだ。とりあえず手元の愛用エディタにコピーした。
最近は日本最高峰なんて過大評価を受ける私は、その内容のために思考を回転し始める。こういう作業は興味はないが、ツクヨミが攻撃されるのは不愉快だ。私もヤチヨも愛着があるし。
できることがあるならもちろん協力したい。
「ふーん……まあ確かにこのアドレスは使われてないね。ナニコレ?」
「分かんないよー!このままじゃツクヨミはおいたされ放題、彩葉助けて~!」
「僕からもお願い。今後のためにも、不確定要素はなるべく排除しておきたいんだ。」
ヤチヨの肩にいるFUSHIがなんとなく悪役じみた台詞をいった。
「うーん私の専門分野じゃないんだけど……あれ、ヘッダ部分のこれは?」
「さあ……さっぱり。」
lain: Where are you based on?
あなたは何処にいますか。
突然そんなことを言われても。英語としても少し不自然だ。私はほんの少しだけ不気味さを感じた。まだ意味をなさない文字列の方が、文字化けだと理解できるといものだ。例えば大半が?の文字化けならまあわかる。あと日本人が絶対使わない漢字でできたやつ。
だが、こんな返しようのない問いを投げつけられるだけでは、そこに返せばいいのか分かりもしない。それにlainとは何だ。動詞なら横たわるとかだが、流石に違う気がする。何かの固有名詞?
「……もしかして、これって私への挑戦状的な!?この謎を解いた暁には、世界を支配する月の秘密が」
「ないない。十中八九悪戯だってこんなの。てかヤチヨは知ってる立場でしょうが。」
「えー?そんな解釈つまんないよ彩葉ー。あ、年取って脳が固くなった?」
「毎日研究で柔らかくしまくっとるわ。いちおうサイバー攻撃なのに呑気すぎだよこの管理者め……」
デフォルメした一本戦の眼でケラケラ笑うヤチヨから目を離し、私は軽く伸びをする。
正直興味は湧かない。データが書き換えられるというのは気がかりだが、そういうのは自分の専門分野 サイバネティクス じゃない。餅は餅屋に、である。
そうして愛用のエディタのタブを閉じようとする。
lain: Where are you based on?
「…………」
「彩葉?」
なんとなく。第六感。
そこに意識が割かれる。なんというか、生成AIにそう言われたのではなく、スパムではなく、いち個人に面と向かって聞かれたような、そんな気がした。
lainが人物名なら、書き方的に台本だろうか。って言ったってこんなところに書く理由は意味不明だけど。
わかっていても、その部分にカーソルを持っていく。
(……いや、何処にいますかって、そんなこと言われても。研究所にいますよ~とか言えばいいの?)
こんな大雑把な問い、どんな答えでもそれらしく解釈できてしまう。
しかし、大体10秒ほどだろうか。私は真面目に思考した。
そこでふと、自分にとって思い出深い場所は何かを思い出す。ざっとAIに作業を投げさせて、出てきた文字列を張り付ける。
IROHA: UTF-8''%E3%83%84%E3%82%AF%E3%83%A8%E3%83%9F
「彩葉……ずっとツクヨミに住む?」
「え?あ、なっ!なにやってんだ私……」
気が付くと、ヤチヨが画面いっぱいに顔を押し付けてきていた。いたずらな笑顔で見つめられて、ようやく自分が普段しないことをしていることに気が付く。
顔を赤くしながら、Ctrl+A ののちのBack Spaceでそのちょっとした黒歴史を全削除した。うう、多分一か月くらいヤチヨにこのことイジられそう。
「えー?恥ずかしがることないじゃん!私もやる~」
KAGUYA: UTF-8''%E7%A7%81%E3%81%AF%E9%9B%BB%E6%9F%B1%E3%81%8B%E3%82%89%E7%94%9F%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%EF%BD%9E%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%90%E3%83%96%EF%BC%81
ええい、一人称をややこしくするなっての。今でもヤチヨとかぐやどっちで呼べばいいのか時々迷うのに。
「天才の彩葉を永住させちゃう私ってもしかして超すごいー?」
「あー、はいはいもういいから!私仕事あるから、また後でね、ヤチヨ。」
「またいつでも会いに来てね。」
この日はそれでおしまい。この妙なデータのことを思い出すこともなく、私の忙しい日常を終えた。
◇
「彩葉!これ見て!ねえ見てみて!!!」
「うぅ……メッセージ連打やめて、どうしたのもう……」
次の日。私はメッセージの連打音で叩き起こされた。普段は一定の時間まで通知恩は完全にシャットアウトしているのだが、ヤチヨからのメッセージは例外ですべて音が鳴る。
ほんのわずかに不機嫌になりながらスマホを開くと、ヤチヨが昨日のチャット画面を出しながら慌てた顔でまくし立てた。
「チャットの履歴が書き換えられてる!!!」
「……へぇ?」
なんだそれは、いよいよ怪奇現象だなあと、どこか他人事のように思いつつ、ヤチヨがうるさく指を指す先を見た。
(以降エンコードされた文字列は復元して表記する)
lain: Where are you based on?
IROHA: ツクヨミ
lain: つながってくれてありがとう。あなたの名前は?
「…………マジ?」
流石に驚く。
そのチャットシステムは後から書き換え不可だ。つまりサーバー側のデータにクラッキングか何かが発生している。そしてそのサーバーはツクヨミ。
流石にこのお化けのような現象を無視できなくなってしまった。ツクヨミが乗っ取られるのはマジで勘弁してほしい。
「これホラーだよね?こわ~い!」
「いや、ちょ、これマジ?ヤチヨが管理者権限で悪戯してんじゃないよね!?」
「これはマジなほうだよ。うーん、でもどうしよう?詳しい人に聞いても変なアクセスは検知できなかったって言うんだよね~。やっぱりお化け?」
「はぁ?お化けなんてい……」
いる訳ない、と言いそうになって、寸前で止めた。
そういえばこの世界月人いたわ。ついでにタイムトラベラーも目の前にいるし。じゃあ電子のお化けが居ても不思議じゃないね。うん。
「……と、とにかくちゃんと調べないと。どうしよ、意思の疎通とかできるかな?」
「未知との遭遇だねぇ。」
「笑いごとじゃないよヤチヨ……もう少し危機感もってくれ。」
うんうん、もっと言ってやれFUSHI。今のヤチヨはかぐやの好奇心全開モードだ。
はぁ……それにしてもなぜこんなことに。うっすらと、赤ん坊かぐやと遭遇した時はこんな気持ちだったなと思いだした。
当時よりはマシだけど、私は毎日毎日研究会議ツクヨミ推し活で忙しい。またもや超常現象だなんて面倒極まる。どうして私だけこんな目に。日本で起きる超常現象の5割くらいは私が初めて経験してるんじゃないだろうか。
……こんな愚痴入っていてもしょうがないから、心の中に押し込む。昨日と同じようにエディタを開いて、この会話を一通りコピペする。その画面をヤチヨが目をさらにして凝視しているけど、さもありなん。面白そうなもの大好きなのはかぐやの時から全く変わっていない。
まあ、とりあえず、無難に自己紹介かな?相手が悪者だと決まったわけじゃないし、とりあえず丁寧に対応してみよう。
IROHA: 酒寄彩葉。あなたは?
lain: れいんでいいよ。
……普通に答えてくれた。もしかしてまともに話通じる系?だとしたらかぐや拾ったときほどは苦労しそうになさそうで助かるなぁ。
赤ちゃん相手は予想以上に苦労した思い出が蘇る。
IROHA: あなたはどういう存在なの?電子のお化け?
lain: お化けかなんてどうでもいいよ。私はここにいる。酒寄彩葉の心の中に私という記憶がある。あなたはその記憶に向かって言葉を綴った。それが今一番大事なこと。
「うぇ゛」
訂正。電波系だとは思わなかった。私これからめっちゃ苦労しそう。
しかし、私は成人女性だ。精神が成熟し始めているのだ。こういうのはどう対処すればいいか、多少は頭が回るつもり。かぐやとの生活で振り回されることには耐性があるはずなんだ。私はやればできる子!天才ってよく言われるし、電波さんの相手もきっとできる!
IROHA: なるほど、そうなんだ。それで、私に何の用?
苦手な話はスルーして逸らす。これが一番。ネットの知恵は偉大だ。
願わくば、必要な要件をさっさと済ませていただいて故郷の祠に帰ってもらうのだ。
lain: あなたが私の言葉に答えてくれた。あなたとお話ししたい。
真っ向からスルー拒否された。ちくしょう。
「ん、ぐぐぐ……」
「流石元ライバー、トークが望まれてるねぇ~。」
「ヤチヨの方がこういうの得意でしょ、どう考えても。だからパス。リモートコントロール渡すから後お願い。」
「いいの!?さっすが彩葉!私がうずうずしてたのをちゃんと分かってたんだ!」
面倒ごとを押し付けたつもりだったけど、どうも逆効果になったようだ。大丈夫だろうか。まだlainという存在の詳細が分からないし、下手なことを言って呪われたりしたら……と考えるとやっぱり不安になる。
ヤチヨはニッコニコでデフォルメ笑顔で文字を打ち込み始めた。
YACHIYO: ヤオヨロ~~☆
lain: 誰?
うわそっけない。失礼ながらもコミュ力低そうという感想を抱いてしまう。
しかしヤチヨは、意に介さず興奮しながら話を進めた。あふれ出る興味の前には些細なことなんだろう。
YACHIYO: 私は月見ヤチヨ。歌って踊れて分身できる8000歳のAIライバーやってます!よろしくね!
lain: なんなの?
YACHIYO: お話したいんだってね!トークも自信盛り盛りだから、ヤッチョにも声を聴かせて!
lain: ヤッチョって誰?
あ、一瞬ヤチヨの表情が固まった。まあ、今のヤチヨは日本一有名なライバーだからね。こういう反応はしばらく見なかったんだろう。……いやでも、ヤチヨ=ヤッチョだってなんとなくわからないかな?とも思う。
というか、ヤチヨのこと知らないんだ。日本人の半分以上はヤチヨのことを知ってるし、私の周りの人はみんな当然知ってるからちょっと意外。
っていうかそもそも、日本語喋ってるから日本人でいいんだよね?このlainさんは。
YACHIYO: わかりにくくてゴメンね!「ヤチヨ」大体イコール「ヤッチョ」だよ。
lain: わかった。
YACHIYO: ありがと~!それじゃあ最初の質問!どうしてここに来たの?人間とは違う存在なの?何かしたいこととかある?推しとかいる?それから
「ちょ、ヤチヨストップストップ。」
人間かは分からないけれど、多分テンションが高くなさそうなlainさんは絶対今困惑している。
お化け相手に何を言うべきかなんて知る訳ないけど、とりあえずもう少し正解の態度があると思う。
「え~?せっかくお化けとお話できるのに~。未知との遭遇なのに~。」
「変に話を拗らせて呪われでもしたらどうするのさ。もうちょっと言葉を選んで慎重に話さないと」
lain: さっきから時々ノイズがひどいよ。何をしているの?
ノイズ?心当たりないけど……
「彩葉、ノイズなんて聞こえる?私は彩葉の声がくっきりはっきりクリーンに聞こえてるよ。」
「うーん、私も特に問題ない。」
lain: またノイズがする。それに言葉が聞こえない。どうしたの?私の言葉が聞こえなくなっちゃった?
ヤチヨと話していると、またlainからの文章が来た。
……ひょっとしてこれってさ。
「…………もしかして、私たちの会話がノイズに聞こえてる?」
「そういうことなの?えーコホン、『かぐやっほー!』『ヤオヨロ~☆』『いくせんの~ときをめぐっていま~!!!』」
lain: うるさい
おお、まさか当たっているとは。っていうかなんでお喋りだけ中途半端に聞こえるんやねん。あとうちのヤチヨがうるさくてなんかごめんlainさん。
「ビンゴ!やっぱり彩葉天才!まあ私は昔から知ってたけど。」
「毎回どうも。っていうか、さっさと返信した方がよさそうだね。」
IROHA: 聞こえているよ
lain: よかった
IROHA: 理由は分からないけれど、私とYACHIYOが話しているのがあなたにはノイズに聞こえているみたい。
lain: なんでだろう
YACHIYO: ねえねえ?音が分かるんならちょっと喋ってみてよ。お化けなんだからそれくらい行けるっしょ?
ヤチヨが割り込みで書き込んできた。……言われてみると、お化けの癖に文字だけ打ってるってなんだか回りくどい。
lain: あなた達の使っている音声のプロトコルを知らない。教えてほしい。今のままだと不便。
あ、やっぱりそっちも不便に思ってたんだ。
でも音声プロトコルって何の話だ?今私とヤチヨはツクヨミの内部VR空間と現実世界を繋げるアプリで話しているだけで、そんなに特別なことはしていないはず。
……て、いうか。
「これ教えて大丈夫なの?口ぶりからするとこのお化けが声を得て喋り出すんじゃあ……」
「いいじゃんそれ!人類初の電子のお化けとの会話!しっかり録音しなきゃ!」
ヤチヨが勝手にPCの録画機能を起動してしまった。このPC性能高いわけじゃないんだから、余計なアプリは立てて欲しくない……と思ったけれど、これも私の貧乏性ゆえかもしれない。高校時代の貧乏生活の慣れはいまだに抜けきらないし、抜く気もないのだ。
YACHIYO: 音声プロトコル?いいよ、なんでも答えちゃう!
lain: だから、使っている音声プロトコルを教えて
……ヤチヨにこの話をさせても埒が明かなそうだ。ライバー始めた頃のかぐやみたいに興奮しまくっている。lainも心なしかイラっとしている、多分。
仕方ない、私がちゃんとしないと。えーっと、こういうのは、そうだなあ……
IROHA: lainの知っている音声プロトコルを教えて。
lain: H.323
なんだそれ、普通に知らない。
……ネットで検索したら普通に出てきた。1990年代に使われていた通信用のプロトコルらしい。
「おー、そういうのも昔あったねえ、懐かしいなぁ。」
さすがヤチヨ。生きる日本史名だけあって昔のことも……いや、こんな細かい技術の話よく覚えているなあ。ヤチヨってこういうのに普通に強いことを再確認した。
まあつまりこのお化け、思ったよりすごいギーク。こんなに機械に強そうなお化けがいまだかつてあっただろうか。お化けがネットを使ってやることって異界やあの世との通信くらいだったんじゃないかな。
「彩葉、なんかすごくお化けっぽくない感じだね。」
「お化けっぽいって何。まあとにかく……」
IROHA: 今使っているのはWebRTC。これで分かる?
lain: 私は知らない。なにそれ?
結局知らないんかい。
lain: 私にWebRTCの、いや、あなたの知識を教えて欲しい
「いや教えてって言われても……」
まあ私も、一応有名な研究者やってるし?素人よりはちょっと分かるかもだけど、それでもこの分野に詳しいかって言われるとねえ。
「ん~、彩葉、とりあえず内容全部ここに貼ってみたら?wikiの内容コピーあんどペースト。」
「そんな無茶苦茶な……そんなことされても分かんないでしょ。」
こういうのってちゃんと腰を据えて勉強しないと分からないものだ。wikiのコピペを見るだけで理解出来る頭脳があるとしたら、その人のバックボーンにもよるけれど普通にすごいと思う。私でもやれって言われたらめんどくさいって思う。
……まあ他に出来ること無いので、とりあえずやるだけやってみるけど。
lain: ありがとう。ちょっと待ってて。
…………え、マジで読むの?
◇
約一時間後。
私はlainが羨ましい。
「私の声、聞こえてる?」
「うっわ、マジで化けて出やがった……」
「やったー!これからヤヲヨロ☆lainちゃん!」
スピーカーから聞こえてきたのは中学生の女性の声。先ほどには無かったウィンドウが立ち上がり、lainと名乗る女性の顔が映し出されていた。ちなみにイラストではなく3次元のリアル顔。
この電子のお化け、普通に声も顔もあった。そして知識さえあればなんでもできるタイプらしい。現在使われている通信技術の内容をしばらく問答してたら、理解したとか何とか言ってこうして化けて出てきた。最初は変なノイズが混じっていたけど、しばらくすると段々クリアな音になっていった。お化けすごい。
中学生が一時間で理解できる分量じゃなかったけれど、電子のお化けだからこういうのが得意なのだろうか。
で、ちょっと話は変わるけど、このlainさんについて特筆するべきことがある。
「まさか1998年の人だったなんて、タイムカプセルに入っていたお化けみたいだね。」
「カプセルというか、眠っていただけ。」
なんとこの人、1998年くらいで自分の知識と経験が止まっている。言い方が嫌がらせかと思うほどに冗長で独特なのを何とか理解した結果だ。すでに自分の肉体は無く、ネットワーク上にのみ存在しているらしい。
ちなみにlain曰く、自分はお化けでもなく既存の科学によって説明できる存在を自称している。シューマン共鳴を介した人類の集合的無意識を介して実在を実現しているとかなんとか。だけど少なくとも現代の視点じゃ筋違いな話だ。シューマン共鳴っていうのは地球の地表と電離層の間で電磁波が共鳴する時は波長の整数倍が地球一周分と一致するっていう「そりゃそうじゃ」の話で、人間の脳とはなんにも関係ない。集合的無意識なんて現代の精神医学のパラダイムで扱われていない、ユング時代の化石。まあ1998年あたりだと真面目に研究されていたのかもしれないけど。
それで、そんなの現代の科学で示されていないって言ったら、「ネットワーク上からこの世界(lainはリアルワールドなんていう馴染みのない表現をしていた)の知識に影響することだってあるから、知らなくてもおかしくない。実証もされているんだよ。」って言ってた。私の頭がおかしくなりそうだったので全力でスルーした。多分このお化けの固有能力だろうし、何か勘違いしているんだと思う。
で、元々ある古いコンピュータの中にこのお化けが閉じ込められており、それが何かのはずみでインターネットに放流されて、ここに来ている……ということらしい。
ちなみにそのある場所というのは、橘総合研究所。
あの、日本三大都市伝説の一角である、橘総合研究所である。ガチ洗脳疑惑のある、あの橘総合研究所である。あの、創作のネタとして擦られすぎて最近ソシャゲに美少女化(なお許可済)され始めた橘総合研究所である。
もう厄ネタ確定じゃん。お願いだから祟らないでほしい。lain本人はそんなことするつもりはないって一応言ってくれているけれど。
……ていうかよりにもよってなんで研究所からここに。どうせならお寺にでも行って成仏してクレメンス。
「一番みんなが繋がっているところに入ろうとしたんだけれど、うまく入れなかったの。そこで困っていたのを、あなた達が見つけてくれた。」
「おお~、流石私の管理するツクヨミ。お化けもログインしたいか~そうだろうそうでしょうとも。ツクヨミはいいぞ!日本最大の仮想空間だもん。」
ヤチヨの鼻が高くなっている、のはともかくとして。
「確かにツクヨミは日本最大のVRサービス仮想空間サービス。つまり電子お化け的には、人が一杯いそうなところに行ってみたけど入れなかった、的な感じ?」
「そうだよ。でも、私はお化けじゃないよ。」
「あ、幽霊の方が良かった?」
「そうじゃない。人をメタファライズされた存在なの。」
「肉体ないのにこうやって喋ってる時点で十分お化けでしょ……あと、後半なんて言った?メタルスライム?」
「でも今の私も肉体ないよ?彩葉。ついでにAIだよ?」
ヤチヨ、話をややこしくしないで。あと肉体は私が絶対用意するから、それが当たり前だなんて感じにしないで欲しい。
「っていうか、お化けなら元になった人間はいるんじゃない?そこんとこどうなの?」
「えっと……岩倉玲音、だったはず。」
普通に人間だったんかい。ちなみに名前を検索してみた……けど、それらしいものは出てこない。まあそりゃそうか。いち個人の死がわざわざネットに載る訳も無し。
「それで、なんでお化けになったの?旅行先の村で祠でも壊しちゃった?」
「……祠?私は、多分自分の意志で私をメタファライズしたはず。」
「…………自分の意志でお化けになったってこと?」
「………………うん。そうだよ。」
あ、今お化け呼ばわりされることを諦めたねlainちゃん。申し訳ないと思うけど、私から見たらお化けと形容するしかない。メタファライズ is 何。
「それでそれで、なんでお化けになろうと思ったの?人間には戻れるタイプ?」
「戻る気はないよ。私は、ワイヤード……今のネットワーク上で生きたいと思っている。」
なんて珍しい感性の持ち主。見た感じ嗅覚味覚触覚無いよね?ヤチヨは(表立って言わないけど)絶対味覚取り戻したがってるのに。美味しいもの食べたくならないのだろうか。
まあ、人には人の生き方があるよね。否定するものでもないだろう。多様性多様性。
「ほえー……ちなみになんでネットワーク上で生きたいと?」
「……寿命で死ぬことが無いから。餓死もしないし、記憶も遥かに大きく持てる。こっちの方が便利。」
「…………そっかあ。分かった。でも、辛いことがあったらいつでもヤッチョに相談してね。8000年分の人生経験で、バチっと深いアドバイスしちゃうよ~!」
あ、今本心をごまかしたんだ。私は気が付けなかった、流石ヤチヨ。これが8000歳の年の功か。
そしてそれをlainも悟ったのだろう、ちょっと目を見開いて驚いたような表情をした。
「……それなら私からも質問していい?」
「おお、どうぞどうぞ。ばっちこい。」
lainちゃんからしたら突然40年後の未来に飛ばされたようなものだろう。気になることが多いのは当然だ。
……ここまで喋ってて思ったけど、哲学的な話が多いこと以外は普通に人間に感じる。見た感じ害意は無いし、性格大人しそうだし、かぐやの時ほど振り回されることは無さそうだ。
これがかぐやマインドなら多分PC内のデータが勝手に落書き画像に書き換えられてる。
今考えると、よくあのじゃじゃ馬と一緒に暮らせたな、高校生の私。……いやダメだ、熱出したから多分キャパオーバーしてた。まあそれに比べて今の私なら……ってうわ!もしかしたらと思ってタスクマネージャ見たらlain.exeが生えてる!しかも結構メモリとCPU食ってる。ふざけんなこのウイルスJC!
「ヤチヨ、さんと彩葉さん」
「も~、AIライバー相手にさん付けはよそよそしきかな!あと、彩葉も名前呼びでいいよね!いろはって呼ぶべし!」
「ま、まあうん。」
お化けがヤチヨのテンションにタジタジになってる。多分1998年当時には無かったノリなんだろう。戸惑っているところ悪いけれど、止めるつもりはない。
正直見ててめっちゃおもろい。後方彼氏面に似たものを感じる。どうせならヤチヨ推しにならないかな。……あ、ごめんダメだ。高校生の頃はともかく、今の私は同担拒否かも。
っていうか最初は呼び捨てだったのになんでここでさん付けに……ああ、映像で私とヤチヨが成人していることが分かったからかな?ちょっと気まずくなっているのかもしれない。
「……ヤチヨと彩葉は、私のことをこれからどうするつもり?」
「う~ん…………正直ノープラン。まあ言いふらしたりはしないつもり。面倒だし。」
社会の為を考えたら公表するべき、なのかもしれないけれど、今の私はヤチヨのための身体作りの研究でめちゃくちゃ忙しいし、時間が惜しい。なのでこれ以上面倒ごとを増やすのはマジで勘弁してほしい。
っていうか、かぐやが来た時も警察に結局言わなかったからね、私。研究が落ち着いたとしても、多分言いふらす気は起きないと思う。そもそも、この子って実は人体実験の被害者とかじゃない?あの研究所の黒いうわさからして。そういうのはマジで勘弁。せめてかぐやの時みたいに内々でなんとかして、話を小さく収めたい。
というか、彼女自身の意思は聞いておかないと。
「lainちゃんはどうしたいの?」
「えっと、今のネットワークの世界が知りたくて」
「そ・れ・な・ら~☆ツクヨミに来なよ!40年間の技術の進歩をドーンと見せちゃうよ!スーパーファミコン時代の平面からどのくらい進化したかをとくとご覧あれ!をしたい!」
ファミコン……私の年代だともう名前しか知らない。ゲームの化石だ。まあ確かに、その年代の人がどんなリアクションするかはちょっと興味ある。
「彩葉だって気になるでしょ?『40年前のJCが今のツクヨミを見た反応集』。」
「なくはないけど、そもそもlainちゃんそんな喋るのうまくなさそうだよ?」
「それにほら。今日はアレがあるじゃん!」
あ、今日はこの後ヤチヨのライブあるじゃん。せっかくだし、歌姫で天使で女神なヤチヨを見せてあげようぞ。
「私が入ろうとしたところ?」
「そう!あ、お化けパゥアーでデータ書き換えやチートしたりするのはもちろんNG。一瞬でBAN……ええと、出入り禁止になっちゃうんだからね。ルールを守ってくれるなら歓迎だよ。」
「わかった。」
「そうと決まったら、さっそくアカウント作成するから!ちょっと待っててね!ゴニョゴニョゴニョ……あ、彩葉、チュートリアルの案内お願い!」
「しょうがないなあ……」
まだ仕事が残っているけれど……まあいいや。お化けを邪険に扱って祟られでもしたら困る。今日一日くらいは付き合ってあげよう。
◇
うーん、改めて見ても普通の女子中学生。身長、平均。失礼ながら体重、多分平均かちょっと下かも。顔、普通。っていうかお洒落にお金かけてる感じがしない感じ。仮想世界でも髪はゲーミングしてない。あ、そもそもゲーミングって言葉自体通じなさそう。
クラスに一人は絶対いる子って感じだ。かぐやの経験のせいで謎の安心感を覚えてしまう。こういうので人間はいいんだよ、こういうので。
さて、チュートリアル中の彼女はまだ見た目選択中なのかなと待っている。思っていたより結構長い。私も暇じゃないんだけどなあ……と考え始めたころ、やっと光の裂け目が現れた。
「……」
抜き足差し足忍び足でlainちゃんが出てきた。すっごいビクビクして、周囲を見渡している。アバターは……プリセットの熊コーデだ。ツクヨミではアバターのカスタマイズ性も当然豊富。兆を軽く超える組み合わせでカスタマイズできる。……けれど、あまりにも豊富なせいでいったん適当にプリセットにして出てきてしまう人も一定数いる。後でいくらでも変えられるし、大した問題でもないか。
「すごい……」
「でしょ?これが我らがヤチヨの偉業、ってね。」
うんうん、流石に感動するよね。口をあんぐり開けながら前方の光の構造街並みを眺めている。
で、そこからのことなんだけど。正直あんまり語ることが無い。
lainちゃんが妙に口数が少なくなってしまったのだ。まあ、分かるよ。ツクヨミはすごいもん。誰だって初ログインしたときはその壮大さ、華麗さに感動する。今の彼女のように「すごい……」「綺麗……」botになるほどに語彙力低下するのは当然だと私も思う。
でもちょっと残念だ。かぐやの時と違って、内向的なタイプというか、考えていることを表に出さないせいでこちらもコメントがしづらい。かぐやの時はあのうるささに困らされたものだけれど、このように何も言わないのも正直ちょっと困る。まあでも、変に機嫌を損ねられて祟られるよりは全然いい。少なくとも好印象のようだから。
さっきから足を止めることがしょっちゅうで、いろいろ触って楽しんでいる。ツクヨミは私達を楽しませるためのギミックも満載なのだ。さっきは長屋っぽい壁の出っ張りを押して、出てきた寄木細工みたいなパズルをいじるのに嵌っているようだった。解けたらおめでとうヤチヨボイスが流れてきた。……私も知らなかったそれ。ぐやじい。
ライブの時も……いや、ライブの時は私もヤチヨの方ばっか見ててlainの方は見てなかったからよく分かんないけれど、多分感動してたと思う。終わったときに顔を見たら、目から涙が出てたから。
電子のお化けだということで最初は怖かったけれど、人並に感情があるみたい。ここに来る前に、橘研究所で何があったのかそれとなく聞いてみたけど「うん……」ってちょっと悲しげに言っていたのを感じた。あまり思い出したくない思い出があるのだろう。
でも、ライブの後は憑き物が落ちたような表情をしていたので、気持ちが落ち着いたみたい。今後、前向きに生きていけそうで何よりだと思う。
やっぱり