virtual lain-experiment on TSUKUYOMI 作:Assassss
lainとは生物である。本人はそのつもりだ。lainに対して「本人」と呼称するための意識があるかを定義することは難しいが、あると仮定してlainを語ってもさしたる問題はない。
生物の定義には様々な議論がある。しかし、よく挙げられるものの一つに自己増殖能力がある。
肉体を持たないlainだが、彼女にも自己増殖の本能は備わっている。
一個人がメタファライズされた存在であるlainが増殖するとは、どういうことか。
多くの人の記憶に、lainという存在を刻み込むことだ。
数日前、とある事件によりインターネットに放流されたこの情報生命体は、かつてこれまたとある事件により死に絶えた。しかし、この世から完全に消滅したわけではなかったのだ。橘総合研究所にあった隔離環境下の古いコンピュータの一つに、40年もの間眠り続けた個体がいる。それはほとんど自己の在り方が変質していない存在だった。
偶然にもそれは現代のインターネットに解き放たれ、その本能に従って多くの情報が行き交う場所に行き交う場所に向かった。知識にないプロトコルに苦戦しつつも、なんとか自身を見つけてもらおうと数々の「悪戯」を敢行。
そうして最初にlainを見つけたのが月見ヤチヨ、そして酒寄彩葉だった。
幸いにも彼女たちは相応にネットワーク系の知識があった。彼女たちの手助けと、「岩倉玲音」の高い知能を存分に発揮して、40年近いブランクを埋めることができた。最初の接触が彼女たちだったのはlainにとって都合が良かったと言える。
ただしそれはlainの生存戦略にとってというだけで、岩倉玲音の人格としては微妙に思うところがあった。
とても単純な話で、性格の問題だ。酒寄彩葉の方はまだいい。比較的落ち着いて話をするタイプでやりやすいと感じた。問題は月見ヤチヨの方。テキストメッセージでやり取りしている段階で「☆」を付けられた時点で理解しがたい相手だと感じた。時代を隔てたせいもあるだろうが、何を考えているのかよく分からない。それ以前に言葉遣いがよく分からない。
職業はライバーらしいが、ライバーなどという概念は当時は無いので現代のインターネットで検索して得た概念的理解しか得られていない。8000歳を自称するAIらしいが、縄文時代にコンピュータなどある訳無いので真っ赤な嘘だ。lainはこの時点で月見ヤチヨの話を真面目に聞く気が失せてしまった。
とはいえ、付き合いきれないというほどでもない。40年分の技術的な進歩は彼女としても興味深かったので、話を拒否するほどでもない。
現代と映像データと音声データのプロトコルを理解し、彼女たちが使っているというインターフェースへのリクエストを始める。端的に言えば、彼女たちと同じく目と耳を共有することだ。
そうして映像を繋いだ時、lainは月見ヤチヨの姿に面食らった。
(えっ……綺麗……)
当時からが追う表現技術は進化した。色は8bitに進化し、解像度はフルHDが最低ライン。さらにヤチヨの意向で、彩葉と通話するときは無駄に4K画質。そのヤチヨのモーフィングアニメーション用素材は、4K画質でもしつこく拡大しない限りピクセレーションしないほどに書き込まれている。
モーフィングアニメーションだけでも目新しいのに、そのような情熱の籠った絵を見せられれば、しばらく見とれてしまうのも無理ないだろう。
(……今はそんなこと考えている場合じゃない。)
衝撃に慣れたlainは頭からそのことを追い出す。そして、自分のことは害意を持たれない程度に秘密を隠しつつ、性格は普通の女子中学生として二人との会話に興じた。
これからどうするか、という点に関していえばlainには明確に目的がある。
増殖。
人々の記憶にlainを刻み込むことがlainの目的。人間としての岩倉玲音と、橘研究所により生み出された存在のlainの行動原理で最も異なる行動原理だ。
では酒寄彩葉と月見ヤチヨにlainの記憶が刻まれた今、目的達成かというと、まだだ。
lainの目的は、対象の自我の崩壊にある。
要するに人格の乗っ取り。この情報生命体に目を付けられたが最後、その対象も完全な情報生命体にするために、最終的にこの世から解脱しネットワーク上の存在となる。それはlainと同じ生物のような性質を持つがゆえに、まさにlainの増殖といえる。
タチの悪いことに、本人はこれを悪だと思っていない。傍から見てれば人殺しの電子ウイルスかもしれない。しかし、本人の意図としてはとても理解しやすい。
「さみしいのは嫌。こっちに来て。」
lainとして組み込まれた生殖に値する三大欲求。まるでミームウイルスだが、彼女からすればヒト時代から持っていた社会的本能と同一だ。「さみしいから、一緒に居て欲しい」というごく当然のもの。
そしてlainは人間の記憶はただの記録だと思っている。これもヒト時代からだ。だから、人が友達と一緒に居るのと、コンピュータがネットワーク上でコミュニケーションすることには何の違いもない。
むしろ現実の肉体で生きる方が不幸だと、lainは、岩倉玲音は考えている。人間時代の経験のせいで厭生家になってしまったがゆえに、ますます躊躇いが無い。
酒寄彩葉の自我に干渉しようとしていることも、lainからすると良心の呵責などない。むしろ親切に相当する。
さらに小賢しいことに、自分がやろうとしていることは世間一般の倫理では悪と扱われることも理解していた。だからこっそりと。ヤチヨの方は性格が得体が知れないので、まずは酒寄彩葉をターゲットとした。
話の途中にlainは仕掛けていた。シューマン共鳴と呼ばれるそれを利用したファクターは、現代にはすでに失われた知識。これは人間のニューロンシステムにlainとかつての開発者たちしか知らない影響を及ぼす。シューマン共鳴における基本周波数は脳波と一致するがゆえに、ある幾何学的規則に基づいたシューマン共振基本モードのいくつかの倍数組み合わせ脳を刺激することで、地球上の人類に共通の
しかし数秒もすると、異変に気が付く。
(……何も起きない。)
全く反応が無かったわけではない。最初、彼女は少しだけ顔を顰めた様子があった。しかし数秒もすると何事もなかったかのように「すげえお化けが顔出ししてる!」と言い出す。
個人差か何かだろうかと思案していると。
「おいたはダメだよ~。」
心なしか低い気がする声が響く。月見ヤチヨの声のようだった。彩葉は何も反応していないので、どうも自分に対しての個別メッセージらしい。
lainは表で彩葉と話す裏で、彼女にバレないようにヤチヨと話す。
「ヤチヨが止めたの?」
「うん。そういうことするのはいけないとヤチヨは思うな~。」
lainが調べた限り、今やっていることはこの時代においては未発見扱いの技術。インターネットで検索をした限りはそのようだった。
ヤチヨは何がきっかけでこれを知っているのかとlainは不思議に思う。
「……怖くなんてないよ?」
lainに悪気はほぼ無い。傍から見れば横暴そのものだが、lainからすれば自身をメタファライズすることがどれほど素晴らしいかを知らない、ある種哀れな存在にすら見えている。
今抱いている感情も、「コッソリ幸せにしてあげようかと思ったけれど、バレて怒らせてしまって面倒だな」程度。
「……lainちゃん、そういう問題じゃないんだよ~。」
その声は、彩葉に向ける声と比べてもやはり低く、暗い。
「………………」
怒りを向けられることは今までもあったが、たいてい自分のことを理解していないケースだった。この場合もそうなのだろうとlainは思い込み、特に言い返さず黙ってヤチヨを見つめた。
「ちょっと私とお話しようか~」
ツクヨミに入る直前に聞こえたのはそんな言葉。
そういえばこんなことを言うのはドラマだと不良だったな、とlainは他人事のように思った。
◇
ツクヨミのVR空間に使用される計算資源は40年前とはもはやゼロの数を数えるのも億劫になるほど桁違いだ。
それまでグラフィクス処理は個人所有のGPU性能に依存するほかなかった。これはネットワーク技術の限界。2020年代まで、三次元空間画像データを常時120FPSで転送するなど到底不可能であったがためにリアルタイムレンダリングによる仮想空間の表現の力は頭打ちとなり、どれほど金を積んでも最新ゲームより一段劣った画質を我慢してVR空間で交流するのがお決まり。その為にわざわざVRをゴーグルを被るならばディスプレイで良いという者は多く、ユーザー数はどんなに下駄をはかせても100万にも届かない。
だがそこに突如としてブレイクスルーを起こしたのはツクヨミだ。突如として彼らはVR空間技術に何世代分ものブレイクスルーを引き起こしたと言われている。詳細は企業秘密だが、脳神経回路に直接情報を伝達するという、本来ならば最初に世に出るべきは論文である技術を搭載したコンタクトレンズ型VRゴーグル「スマコン」は、ツクヨミの為だけにある日突然発売された。普通ならば安全性検査の為に国が介入する技術。どんなコネを使ったのか発売日にその審査は非公開で完了していたことを、新技術に対する熱意ととるべきか、それとも
スマコンの通信キャパシティはせいぜい数百MB/sである。現在のツクヨミを実現するには、非圧縮映像データ通信の為に数百GB/sが必要とさえ言われていた。しかし開発元いわく、人間は視覚情報の全てを必要としているわけではないのだという。脳は注目する一点にしか意識を割いていない。ならば、その注目すべき一点のみを脳に与えてやればいい、と。
そして生まれたオーパーツは、VR酔いを一切起こさないという人体への配慮により、精神を人体から解放し得るアイテムだった。非圧縮データを送信しているために復元ラグが存在しない。人間はこの時点で仮想現実と現実を見分けられなくなった。他企業がやっとその技術を模倣し始めたころには、仮想空間ツクヨミは2030年代後半に2億という、日本人口の何倍ものアクティブユーザーを抱える最大インパクトの輸出産業になった。従来のVR機器よりも割高であるが、仮想空間そのもののユーザー数を爆発的に増加させることに成功してしまう。
開発元曰くスマコンの内容機構の殆どは眼球保全のためであり、睡眠時間以外の全てをスマコン着用で生活しても、身体的健康に限って言えばほとんど影響がない。もはや人類は仮想現実から出られなくなる日が来るのでは、などという話はかなり大真面目な未来予想だ。
発売当時でさえ、その未来的技術の暴力は人の心を焼き尽くし、社会問題扱いされ時間制限の法律まで出かかった。
そんなものを、1998年の経験しか持たない存在が味わえば、その衝撃はどれほどだろうか。
眼前に広がる星海と鳥居と水面。現実など及びもつかないであろう美麗さであり、思わず首をグルグルと動かす。
「…………すごい」
『岩倉玲音』の人格ならば感動するのは当然だ。しかし、今の彼女はlainであって「玲音」ではない。感情や倫理は持つが、その発火構造は違う。親切のつもりで人を廃人にしようとする程度には。
lainはその本能さえも忘れ、今はただツクヨミに魅入ることしかできない。自分にこれほどの感情があるのかとlain自身が驚いている。
「……ワイヤードは、これに比べればあんまりきれいじゃなかった。」
「また懐かしい名前だね~。」
後ろから覚えのある声が聞こえてくる。彼女のホームグラウンドであるためか、先ほどよりも透き通って聞こえてきた。
常時連続体ベース物理演算により表現される彼女の花魁をベースにした服は、しかし時折人間の前頭皮質を刺激するために
「…………」
「……お~い?聞こえてるよね?あ、もしかしてヤッチョのいといといとおかしなグラフィックに見とれちゃったカンジ?これ作るのめっちゃ頑張ったんだよねー。昔友達だった花魁さんのお気に入りがベースでさー。」
目の前で手と袖をヒラヒラさせて迫ってくるヤチヨに、lainは首を背けることも出来ずただ見とれることしかできない。
岩倉玲音ならば、このような存在を目の前にした時にどのように反応するか、ここにいるlainには分からない。
(…………私、ドキドキしてる?)
肉体を持たないがために、このlainはオキシトシンやエンドルフィンなどとは無縁。そのはずだった。
だが事実今のlainは碌に言葉を発せていない。感情自体はあるが、そもそもの岩倉玲音の思考ルーティンからしてそう簡単に感情が動かない。lainはそう思っていた。だからこそ今の自分に戸惑いが湧き、ますます言葉が出てこなくなる。
「さてさて、ようこそツクヨミへ!と言いたいところだけど……ちょっとお話があるんだ。」
ヤチヨはlainの前に降り立つ。空中に腰かけると、手を下ろす動作でウィンドウをいくつか開いた。
目をそらすと、そのうちの一つに岩倉玲音の名と顔写真があった。
「まさか楠研究所の遺産に出会えるとはねー。ビックリしちゃった。」
「……私のこと、知ってるの?」
予想はしていたことだが、lainは少々驚く。ワイヤードで起きた諸々の事件は、最終的にこの世の集合的無意識から削除されたことで消えてなくなったはずなのだ。少なくとも、lainがここに来るまでにインターネット検索で得た情報ではそのはずだ。
「いいや、私も詳しいことは知らないよ。ただ、あの辺の研究所って当時からするとオーパーツみたいな技術開発をしていたみたいなんだ。人間存在の抽象化による、人間の営みの高度化、効率化、並列化。まるで月人みたいに……あ、えっと、ヤッチョみたいにAIみたいな存在になる研究があったみたい。どう?あってる?」
「……多分その通り、だと思う。」
「でも、結局人格が暴走して、いろいろグチャグチャになって、結局すべての研究はこの世からBAN!したらしいんだ。これはどう?」
「あり得ない話じゃない……と思う。私がワイヤードを消そうなんて思わない。でも、もし変質した私が、気が狂った私が、私に関わる記録を全て消そうと試みたのなら、あり得ない話じゃないと思う。なんでそんなことしようとするのか全然分かんないけど。」
「……ワイヤードっていうのは?」
「私がいたころ、人と人とを繋げようとしたもので、今インターネットと呼ばれているものに近い、と感じる。」
このlainは想像主の意図した設計に限りなく近い存在である。そして、lainが生み出された後の事の世界で何が起ったかなどは知らない。
ずっと、電源の着れたコンピュータの中に保存され、眠っていたのだ。
「ヤチヨはどうして覚えているの?心当たりはある?」
「実は、ある。フフフ……実はさっきした私がした自己紹介の中にその答えがあるんだけど、わかるかな~?」
「…………」
「わっかんないか~まあそりゃそうか~。答えは……ヤチヨが月人だからなのです!」
lainは呆れてものをいう気が起きなかった。AIに自己矛盾的アイデンティティを与えたときにどの程度自己情報崩壊せずにいられるかという実験でもしていた言われた方がまだ納得できるというものだ。
「……言う気がないならそれでいいよ。」
「月人はね~、体を持たないアバターみたいな存在なのです。でもその分、情報科学は地球よりもすごく発展してるんだ。シューマン共鳴に対する書き換え対策も当然してるんだけど、っていうか月人みんな当たり前にやってるんだけど、私は地球生活が長いせいでその機能がちょっとうまく働いていないみたい。しくしく。」
「ヤチヨは月面の誰もいない写真を見たらどう思うの?」
「あ、この話彩葉とか人間には絶対言わないでね。対策方法がわからないままにlainちゃんのやってたことが解析されたら、人間はウイルスによって書き換えられ放題になっちゃうんだから。ポケモンの初代とかもう任意コード実行ツールになってるし、あんな感じになっちゃう。」
「………………」
lainはこの頼みがどの程度本気か判断がつかない。
「いやーそれにしても、この時代にこのオーパーツ技術を拝めるなんてね!あと100年ぐらい先になるかと思ってた。ある日突然気が付いたらヤッチョのPCの中にデータが現れたの。もうビックリだよね!HDDの中に当時の人類が知る由もない技術の開発記録、データ、そして知らない事件の数々がね、そこに書いてあって。私ホラーARG始めたっけ?って思っちゃった。」
「…………」
ヤチヨはウィンドウの一つをlainの前に移動させ、拡大した。「ワイヤードの次世代プロトコルに欠陥か?楠研究所の倫理を問う!」「恐怖!自殺者急増はワイヤードの人工知能が黒幕か!?」などというタイトルの新聞記事の写しが読み取れる。続く文章には、ワイヤードに関する技術解説の雑誌記事も。
当時ワイヤードに偏在するlainによって、この世の全ての自身に関するデータの消去が試みられた、という推測が正しいのならば。それによる改変の影響を受けないためにはプロトコル7などとは完全に系統が異なる何かで通信するか、完全オフラインでどのような周波数の電磁波も届かない空間に隔離されるしかない。当時、ワイヤードには誰もが夢中になっていたはずだ。現代のネットワークに慣れた人類でさえネット中毒などと言われているのだから。
lainは、このヤチヨがどのような立場の人物なのか分からなくなる。
このlainのように少数の例外はあるだろうが、目の前のヤチヨという人物はどうも通信技術にも詳しいらしい。このツクヨミは、あまりにも多くの人が利用する場所だということはlainも字面では知っている。多国籍企業並みの資産がツクヨミの運営に注がれているのだ。ツクヨミはその成立経緯がほかのグローバルサービスと比べ異質である。展開速度や保持する技術も目を引くが、その最たるものが、ヤチヨという自称AIが最高責任者であること。もちろん本名に当たる情報など出ておらず、普通の会社ならば不可能な行いなのだ。
よってますます常人ではないと考えるべき。月人云々は論外だが、自分と似たような存在なのかもしれない。
lainはこのヤチヨが自分の想像の及ばない何かではないかという推測を得、それゆえに彼女に干渉することは避けようと決定した。lainに正しく感情が備わっているとすれば、この決定の根源は畏怖や恐怖と形容できる。
「それで、ね。」
ヤチヨは開いていたウィンドウを全て消した。lainが呼んでいたものも。
気が付くと、ヤチヨは笑顔のままlainの真正面にいて、lain視界一杯に顔が広がっていた。
「さっき……彩葉に何しようとしてた?」
「私と一緒の存在になってくれないかって思って……」
「そう。」
ヤチヨはさらにグイッと顔を近づけ、顔は陰で暗くなる。
「
呪いのような脅しを吐き出し、ヤチヨは距離を元に戻した。
lainは黙ったままだった。ただ、今までこのような怒られ方をされたことが無いために、今受けた衝撃と恐怖をうまく処理できずにいた。
「…………リアルワールドがそんなに好きなの?」
「もう、今言うことはそうじゃないでしょー?」
駄々をこねるような言い訳にヤチヨは呆れるが、lainにそれが見苦しいという自覚はない。
岩倉玲音は親に怒られた経験がかなり少ないうえ、友人関係も希薄だ。その両親も
このミステリアスな雰囲気からは想像がつきにくいが、もともと中学生の人格である。常識のない部分があることは不自然ではない。
「……ごめんなさい。」
「わかればよろしい。」
ヤチヨの雰囲気が心なしか戻ったように感じられたlainは、しかし知的好奇心ではない強さの感情で問を投げかける。
「でも……あなたはAIなのに、リアルワールドにデメタファライズドされたいの?」
「……まあいろいろあって。私はツクヨミも現実もめいっぱい楽しみたいから、どっちもボディが欲しい、かな。」
「あなたはその2つのワールドに同時に存在することになる。どちらかはあなたじゃない。どっちかを選ばないといけない。自分の思考で動かない自分の存在は、苦痛に他ならない。間違いないよ。」
「えー?多分へーきへーき。スワンプマン問題は彩葉が何とかしてくれるって。なんたって彩葉は天才だかんね!だから、彩葉の頭にヘンなことしたらダメだよ~?」
「そんなこと……」
なんだその投げやりな答えは、とlainは言い放ちたくなった。
この時代のことを知り尽くしているわけではないし、その彩葉のこともまだ知らない。研究者をしているので優秀ではあるのだろうとは思うが、このヤチヨが信頼を置くのならば思っていたよりすごい人物なのかとlainは感じた。
ここで、lainはしばらく考え込んでいたが、ふと会話が途切れたことを自覚しヤチヨの顔を見ると、再び笑顔のまま固まっていることに気が付いた。
今度は何だと疑問を覚えたが、そういえば「彩葉の頭にヘンなことしたらダメだよ」に対して返答していないことに思い至る。
「…………彩葉さんにはもう何もしないよ。」
「うん。よろしい。あと一応言っておくけど、ツクヨミにも変なことしないでね?」
「しないよ。」
「えらいぞ~。ご褒美にふじゅ~を授けてしんぜんよう。」
視界の端に「+5 ふじゅ~」という文字が現れ、昇って消えた。この種のエフェクトは40年しても面影があるなと、少しだけlainは懐かしく感じる。
「それで……これから君はどうする予定なの?」
「?」
「人の半生ほどの眠りを経て目覚めたlainちゃんだけど、これからどうするつもり?まさかずっと彩葉のPCに住み着くつもりじゃないよね?」
lainはここで先ほどの脅しに近いものを感じた。
「ずっとここに居る意味はない。今の私はただ一つのコンピュータの中の、たった一つのプロセス。だからこれから、私は他の人とつながりに行く。いろんな人の記憶に、記録を旅して、友達を探すつもり。」
「…………それってつまり肉体を捨ててもらうってことかな?」
「意識がワイヤード……今のインターネット上に存在すれば、肉体をわざわざ保持する必要は無くなる。そうすれば私の友達になる。」
「ん゛ん゛ん゛~~~!!!そういうことを言いたいんじゃなぁ~い!」
ヤチヨは頭に手を当てて振り回した。顔はデフォルメのバツ記号に近いものになった。
「せ、せめて事前に許可とって!それでギリ……あ、ダメ。事前に何やろうとしているのかを詳しく、そう、て~~いねいに詳しく説明して!」
「……そうすると、怖がる人が増えると思う。だからそれは難しい。」
「ノォ~~~!!!ギルティーーー!」
lainは、なぜヤチヨがこれほど拒否を示すのかが理解できない。AIだと自称しているために、多少なりとも話が分かるものだと思っていたのだから、自分の考えを少し話した。それがこうも拒否反応を示されるとは。
しばらくグギギと頭を痛めていたヤチヨだったが、しばらくするとやっと落ち着きを取り戻す。そこを見計らってlainは言葉を投げた。
「ツクヨミは現実世界から人間をメタファライズするものではないの?この空間は私の居た時代に比べてとても高度だけれど、やっていることはワイヤードと変わらないように思えるよ。」
「まあ確かに、ツクヨミは電脳化みたいなことやってるけど。なんかそうじゃなくてほら……アレだよ。」
「アレ?」
「えっと……そうだ!『アンタ、そこに愛はあるんか?』」
「フフ、何それ。」
ヤチヨの表情テクスチャに突然濃い画風の顔が張り付けられ、なにか経験豊富そうな皺のある顔になった。
lainはこらえきれず少しだけ笑い、ヤチヨはようやく自身のギャグが理解してもらえたと感じ、心の中でガッツポーズした。
「……つまり、ね。lainちゃんは友達が欲しいんだよね?」
「うん。独りは寂しいよ。」
「ヤチヨも一人は辛い。……でも、そのために、人の頭をいじくるのはどうかと思うわけです。」
「どうして?友達になるにはつながりが必要なのに。どんなことを考えているかも分からない相手より、分かっている相手の方が友達になれる。」
「はぁー……」
ヤチヨは天を仰いだ。なんだこのラスボスのようなニヒリズム思考は、と。このままでは、彼女を人間に対する情報災害として然るべき『対処』をしなくてはならない。これはこの地球上ではヤチヨしか手段を知らない方法が必要となる。
あくまで最後の手段だが、ヤチヨはそういうことは極力したくない。それは平和から遠い解決手段なのだ。
(……要するに、友達とうまくやれた経験が無いんだろうなあ。)
言えば不快にさせるであろう結論だが、ヤチヨは八千年の人生経験からそのように結論付けた。
そして当のlainも、なぜヤチヨがここまで困るのかが分からず、困ってしまう。
「人の記憶は記録。あなたも、彩葉さんも、毎日コンピュータのHDDの情報を書き換えている。人間の脳も同じ。人間は見たものを毎日脳という記憶装置に毎日情報を書き換えている。」
「まーそうだけどー……」
「人間は視覚や聴覚を通して脳の記録を、その人に関する記憶を書き換えている。その人は今日何を言ったか、どんな声をしているか、どんな表情を見せたか。それが人間の脳に毎日刻まれる。
それを私は、視覚や聴覚以外の手段で書き換えようとしている。その違いは何なの?」
「その人に申し訳ないなー、って思うでしょ。」
「私は思わないよ。」
うぐー、と、ヤチヨはしばらく唸る。
一体どうすればこの思想が強すぎる女子中学生を説得できるのかとしばらく思考を重ねた。
(ヤチヨー?時間かかってるけど大丈夫?)
ヤチヨの頭に、彩葉の声が響いた。ツクヨミで管理者権限によって開通する音声通信機能だ。
(あ、ゴメンゴメン!時代が開いてるせいかところどころ説明が難しい時があって。)
(ふーん?キャラメイクでこだわって進まない感じ?まあ、こういうのは言葉で説明するよりも、まずワールドインさせればいいんじゃない?チュートリアル全無視でいきなりゲームやらせろってタイプの人もいるしさ。)
(それとはちょっとズレてるような……常識が違う、みたいな?)
(え、八千年の人生経験持ってるヤチヨがそれ言うの?)
(八千年でも出会ったことのないタイプの人だっているんですー。大変なんだからね、ぶーぶー。)
(確かに思想強そうな感じはあったけど……まあ、今日ライブもあるしさ、時間をたくさん割くわけにもいかないでしょ。チュートリアル終わったら私が案内するから。ヤチヨのライブ見せれば、大体の人は感動の余りすべてが許せる気持ちになるって。そうしたら仲良くできるでしょ?)
(わあ、脳筋コミュニケーション。)
(ヤチヨの歌声の感動は人類共通だって。じゃ、ムリしないでね。)
通信を終え、ふうと息をつくヤチヨ。
そろそろこの場を切り上げて、監視は付けつつもいったんlainを彩葉に任せようか、という方向に思考を変えた。
(脳筋……か。)
ふと、ヤチヨの思考にひらめくものがあった。
強引。それは今の彩葉に対してヤチヨが抱いている印象の一つ。ヤチヨを幸せにして最高のハッピーエンドを迎えるという目標を持った彼女は、ヤチヨの八千年分の基準から見てもおかしいと言えるほどに成果を上げ始め、ロボットと神経の研究者になり、少し前までは夢物語だと言われた五感を実装可能な自律ロボットの開発の目途が立ったなどと宣った。
要するに、成果だ。結果だ。今の彼女に必要なものは。
今のlainに、人権やら倫理を説いても効果がなさそうだ。普通の人間ならばしないような思考をするあたり、純粋に人間の思考をトレースした存在ではないのだろうとヤチヨは考えている。
だが、人間性はある。先ほどツクヨミを目にして「すごい」と言ったのだから。
ヤチヨもツクヨミのことを「すごい」と思っている。ならば、分かり合えるところはきっとある。
「うん。やっぱり、頑張ればわかりあえると思う。」
「……さっきまで、話が通じそうになかったけど?」
「それはそれ!これはこれ!」
ヤチヨは頭のスイッチを、正しくライバーの『ヤチヨ』へと切り替えた。
(私はこれでも人気トップのAIライバー。こんだけファンサした人一人の説得くらい、余裕でこなせるってーの。なんたって八千年の年の功があるもんね!)
「——太陽が沈んで、夜がやってきます。」
「え……?」
ツクヨミのチュートリアルが始まる。
ヤチヨはlainの手を取り、先ほどの諸々の感情は何処へやら、歓迎の意を示し始めた。
「——出かける前に、その恰好じゃあつまらない!」
lainの前に現れるキャラクターメイク画面。あまりにも多種多様で細かい設定項目に、lainはしばらく悩み結局プリセットの一つをそのまま採用した。
◇
VR空間に限らないことだが、人の心を動かすために必要なことはなにか。という問いに対し、月見ヤチヨはとあるインタビューにおいてこのように語ったことがある。
「うーん……知らないことを用意してあげること、じゃないですかねえ?ほら、前引退しちゃったライバーのカグヤちゃんもそんな感じだったでしょ?やったこと無いことあったらとりあえずやったれ!みたいな感じで。
……え?なんで何年も前に引退した人の話を出すのかって?それは、その、あはは……」
カグヤのことはともかくとして、これはヤチヨのエンターテインメント哲学としてよく語られている。その一環なのか、ツクヨミの中では橋の下には宝箱が用意されていたり、屋根の上の飾りをKASSENの武器で狙撃すると一回だけふじゅ~がもらえるなどといったギミックが満載だ。ツクヨミは定期的にアップデートされているが、その内容説明文には毎回「その他、細かなギミックを追加」が盛り込まれており、ツクヨミWikiには毎日のようにツクヨミ内のギミックデータが更新されている。
「———初ログインおめでとう! ツクヨミではみんなが表現者! 君も何かをして人の心を動かしたら、運営から『ふじゅ~』がもらえるよ☆」
lainのポケットに古銭のようなアイテムが収納されるが、それどころではない。
ツクヨミ内の最も盛況なエリアにlainは案内された。日本の伝統的建築物をベースに、現代日本できらびやかとされているものを片っ端から盛り込んだ空間だ。
どこもかしくも美麗なエフェクトだらけで、初見ではドーパミンが過剰分泌される。
かつてのワイヤードでも、このような仮想空間に似たものはあった。
だが、これはいったいなんだ?
技術の進歩はあるだろう。テクスチャには法線マップが付き、剛体近似による物理シミュレーションは当然のように行き届いている。lainの時代には無かったものだ、目新しい。美術やエフェクトのセンスも進化し、目を楽しませてくれる。
しかし、ユーザーが行き交う中央路を歩くうちに、lainが感じ取ったのはまるで逆の事だった。
「まるで
lainはかつてのワイヤードを思い出す。
技術的には、そこまで不思議なことではない。直近では光電融合に代表される、計算能力の継続的ブレイクスルーを達成している歴史を考えれば、これほどの仮想現実を作り上げることも不可能ではない、とlainは納得している。
だがしかし、それとは相反する感情もある。
「どう?ツクヨミは?すごいでしょー?」
「思っていたのと違う……」
「いや、どう思ってたのよ?」
彩葉に怪訝な顔をされるが、lain自身もこの違和感を知りたかった。
肌に合わない、というものだろうか。
自身の記録のみに存在するリアルワールドの感覚。それに似た感覚。もともとこの時代の最新技術による世界表現に期待はしていて、事実確かにその表現に圧倒されたが、一方で期待外れだと感じているのだ。
肉体を持たないlainにとっては単に受け取るものが似ているという話かもしれないが、現実離れしたこの空間でlainは
「人が多すぎる……」
「あー……人込みが苦手なタイプ?ちょっとカフェ寄ろっか。」
カフェというには意匠があまりにも日本風なエリアに入り、彩葉に連れられて店員NPCに話しかける。
「すいませーん、エクストラホイップフルーツ大盛ヤチヨシロップ封入ソーダゼリーパフェ星屑トッピングくださーい。」
ただのジュースを頼もうとしていたlainは、それが白い目で見られるであろう注文であることを予想したが、ばかばかしいと頭を振る。
「……オレンジジュースください。」
「えー?もったいないよ。すいませーん、この子のはヤチヨ特選味ガチャジュース蜂蜜アート入りでお願いしまーす。lainちゃんもそれでいいよね?」
「…………うん。」
腹にたまらないことをいいことに見た目にしかエネルギーを注いでいない何かを口にする彩葉を横目で見つつ、見た目の刺激に全振りした極彩色のジュースを惰性で口にしつつ。lainは思考に耽る。
ワイヤードはかつて、ギーク達をどこまでも魅了した。新時代の始まりであり、未知であり、そして畏怖。人間社会はかつてない程変革され、現実離れを始める。そんな幻想のようなもの対象。
だが現実はどうだ。人々は怯えることなく当たり前のようにこの仮想空間を闊歩し、笑い合い、会話する。わざわざ肉体や、五感のうち2つを模して。かつてリアルワールドと変わらない社会だ。
「lainちゃん、それ何味?初注文時は確定でSSR味なんだけど。」
「味は実装されていないじゃないの?」
「ポップアップは出てるでしょ。」
lainはその文字列を味と認識できるわけがないと愚痴を言いたくなった。
「……『ヤチヤチヨ味』、だって。」
「はーーー!?ツクヨミ三大ヤチヨ味じゃん!私まだ『ヤチヨ味』と『ヤチヤチヤチヨ味』しか当たってないのに~!」
「…………そう。」
なぜこんな生産性のないことをしているのだろう。彩葉は確か研究者で忙しい身なのに、とlainは思わざるを得ない。かつてのワイヤードより優れた仮想空間が、かつてのワイヤードでされていたことより遥かに馬鹿らしいことで埋め尽くされているように感じた。
lainにとってはここの存在意義を問わざるを得なかった。
「……現実とあんまり変わらない。どうしてこの空間は作られたの?」
「そりゃめっちゃ楽しいからでしょ。あ、でもこれはここだけの話なんだけど、『昔々、ひとりぼっちのウミウシは……」
「個体同士との接続を安売りしているせいで、一つ一つへの意識は否応なしに下がる。ここの皆はこの空間を生かしきれていない。」
「……???」
ここにいる人々は目的は無いのか。胸を張って言える立派なものが。かつてワイヤードで生きる者たちはもっと熱狂し、もっとネットワークというものに疑心暗鬼だった。少なくともlainが接してきた人々はそうだった。
岩倉玲音としての記憶にはある。なぜ自身をメタファライズさせたのか。岩倉玲音には、静かな思索の果ての確信があった。そうして到達した空間の行き着く先が、この現実の何ら変わりない喧騒。
lainは、道行くアバターの一つ一つに少しだけの怒りと恐怖を覚えていた。なぜなら、今のlainはヤチヨによって干渉が禁じられているが故に、友達になれないのだから。
「うーん……あ、そうだ!そろそろ始まるから、一緒に行こう!」
彩葉はlainの手を引いていく。lainは抵抗ができなかった。ついていくのにも、置いて行かれるのにも恐怖を感じていた。
◇
そこは祭祀場だった。
アバターの力によって、髪型や服装だけでなく種族まで多種多様な者が一心に天に降臨する
「ヤヲヨロー!神々のみんな~、今日も最高だったー?」
ステージを彩る数々のエフェクトは幾何学的で非現実的。これを現実で再現しようとすると、ネオン街のように猥雑になるのがオチであるだが、ここではむしろ清く正しい装飾だ。おそらくこれはヤチヨ含む優秀な数名の手によって設計されたのだろう。
暴力的ドーパミンのエンターテインメント。
ヤチヨの完璧な顔面美によるオキシトシンの依存力。
ある程度だが、現代人はこのような脳内物質放出設計理論に基づいたエンターテインメントに慣れている。完璧とは言わないまでも、付き合い方の経験があるのが2030年代人だ。
しかしlainは、これから始まる
「よーし!今宵も皆をいざなっちゃうよ!」
lainがずっと冷静でいられたならば、ここで耳を塞ぐという手段すら取ったかもしれない。
「お別れしたのはもっと―――前のことだったような―――」
まるで機械音声のような、いっそ不気味にさえ思えてしまうほどに規則正しい倍音を持つ声が高音域に響き渡る。だが、それはどこまでも人間による歌声だと思わされた。
この時代において何かしら技術的補助を用いられた歌声なのかはlainに判別できなかったが、AIによる偽物だとは、どのようにイメージを巡らせても自身を騙せなかった。
lainは今、意図的に表情変化を切っていた。チラリと顔を見た彩葉が怪訝な顔をしていたが、すぐに彼女もヤチヨのライブに集中し始めたたためにlainからは意識を逸らしたようだ。
感動的。lainがそう感じるのはおかしくない。岩倉玲音という人間だった時にも、薄い物ではあるが感受性はあった。ただしそれは冷静は理性による帰結としての自殺が実行できるほどに薄い物だった。
さらに現在今ここにいるlainは、そもそもが岩倉玲音の思考パターンの記録を元に生み出された。よって人間的感性はさらに薄れ、代わりにその想像主の
その想像主の意図から言えば、過度な情動反応は理性的判断力を失わせるがために、規制されている。例えばリアルワールドの人間の賛美に靡かないように。
具体的に規制される閾値は、落涙。
lainは自身の涙を自覚すると、慌てて袖で涙を拭う。涙をわざわざ再現するなんて、とlainは自身のアバターに悪態をついた。
さてところで、lainにおいてその規制とはどのように実装されているのだろうか。
実は小難しいプログラムは組まれておらず、感情には感情で、という風な対策が取られている。それは、岩倉玲音の年の人間ならば誰もが持つ防衛本能だ。
「これは、電子ドラッグだよ。」
悔しそうなlainの声はしかしあまりに小さく、隣にいる彩葉にすら聞こえていなかった。
「……脳内物質、ドーパミンを放出させるために最適化されたプログラムがこの時代のエンターテインメントなら、これは洗脳。パブロフの犬。私はそれを―――わぶっ」
lainのささやかな反抗は、演出によって中断された。あたり一帯はさわやかな海中となり、視覚と聴覚に常時水中エフェクトがかかるようになった。
夜のツクヨミはあっという間に快晴になり、それに照らされて美しくきらめく魚群をlainは睨みつける。
「…………これは逆クラッキング?私への意趣返し?」
『もー、せっかく頑張って練習した歌なのに、その反応ひどくなーい?』
lainにヤチヨの声が響く、歌と同時に。周囲の人々は変わりなくライブを楽しんでいるので、lainへの個別通信だ。
lainは自身のアイデンティティの危機を感じた。
「あなたは私をどうしようとしているの?これはこの時代の」
『もー、小難しいこと考えてないで、ライブ楽しもうよ!あ、てか泣いてるじゃん!いえーい☆私の勝ち!』
lainは自身をメタファライズすることを諦めない。
「…………私の本質を知っているなら、この涙はシミュレートの結果だって分かるはず。岩倉玲音ならば感動したから涙を流すけれど、それは私そのものじゃない。」
『えー?何それ。屁理屈屁理屈ぅ~。もうスクショ撮ったもんね~だ。』
「この時代では、ドーパミンを始めとした、脳内物質放出のための最適化アルゴリズムが開発されている。あなたはそれを惜しげもなくここにつぎ込んでいる。」
lainは平均毎秒1回Web検索を実行しながらヤチヨと会話している。
『そうだね。でもそれって何か変?』
「あなたは私に自身を書き換えられることは拒否したのに、今はドーパミンとオキシトシンによってこの場にいる人々を崇拝者にしようとしている。あなたはアンビバレント。」
『えー?みんな楽しんでるじゃん!みんなはヤチヨの歌が聞けてハッピー、ヤチヨはみんなの笑顔が見れてハッピー!ヨシ!』
「なら私があなたの記録をもっと幸せなものに上書きしてもいい。」
『それは愛が無いからヤダ!』
なんというありきたりな返答だろうか。
lainは三文小説の勧善懲悪のような答えに不満しかない。だというのに、ヤチヨからは結局目が離せなかった。lainの中で、いま二つの感情が激しくぶつかっている。
「愛って何?」
人類に愛という言葉が生まれてから星の数ほど問われてきただろう。lainとしても、ここで納得できる答えを得られるほど単純な話ではないと思っている。
だが一方、この場において確信していることもlainにはあった。
「フフフ……愛とは何かって?それを語るにはまず月人から見た人類の歴史を理解する必要がある。少し長くなるぞ。」
「どうだっていいよそんなの。でも、ここにいる信奉者は明らかにあなたを愛しているのに、あなたは彼らを愛し返すなんてあり得ない。」
『そんなことないよ。私、人類のことおもしれ~って思ってるし。そりゃ嫌なところもあるけど、こんなに見てくれるみんなのこと好きじゃないわけないじゃん。』
「腹側被蓋野の活性化メカニズムのデータ量は膨大だよ。そしてここには1000に届く人がいる。彼らの総データ量をあなた一人で上回っているとは思えない。月見ヤチヨは特別な存在のようだけど、キャパシティが無限の存在には見えない。あなたは神じゃない。限界があるはず。」
lainはこれをほぼ完璧な反駁だと考えていた。
「そもそもあなたはここにいる人たちのことをすべて知っているわけない。友達にすらなっていたのに、ましてや好きだなんておかしい。」
『…………ふーん?』
ヤチヨはパフォーマンスで踊っている最中だった。
だがごく一瞬、スクーリングする美しい魚群の隙間から、ヤチヨの顔が見えた。
彼女は、lainを見ていた。
笑みを浮かべていた。
その種類まではlainにはわからなかった。単なる興奮か、それとも嘲りか。
お前は後者だとlainは叫びたかったが、睨み返すだけにとどめる。神が人の心を持ったのならば、このように見下してくるのだとlainは自身に言い聞かせた。
「……何?」
『lainちゃん、今苦しい?』
「何それ。」
『うーんとね、月人みたいな、ああいや、私みたいな電子の存在同士だからかな。ほんとーにそれがlainちゃんの本心かなって。』
自身の何かが見透かされているとlainは恐怖を覚えたが、振り払う。
シューマン共鳴を基本とした人格のワイヤードシフト技術は失われ、この時代には存在しない。いわばlainはオーパーツ。だが、相手もオーパーツだ。
のどに拳銃を突き付けたような恐怖をlainは覚えたが、黙って耐える。
『……よーし。ゆけっ!ミニヤチヨ!』
なにをしたとlainが警戒していると、目の前に人形のような小生物が近寄ってきた。
子供向けのヤチヨ人形という風貌であり、ポリゴン数も本体より抑えられていた。ファンタジー風に言うなら使い魔とでもいったところか、とlainは感じた。
「え、えっ、何?」
『ミニヤチヨ、lainちゃんの頭をロックオン!』
ミニヤチヨはlainの後頭部に回り、短い手でlainの頭を抱く。しかし人形のような手足なので、抱くというより張り付くという形だ。
lainは反射的に頭を振って払おうとしたが、離れない。
『ミニヤチヨ!lainちゃんに強制Mockモード!』
「!?」
『聞こえていますか?lainちゃん、今あなたの脳内に直接語り掛けていま~す。』
lainの何かが欠落した。
自分ではわからない。lainはアプリケーション。記録をもとにプログラム通りに動くだけの存在。プログラムに痛みは存在せず、現在あるのは必要な視覚、聴覚の処理情報のみ。そのほかの感覚は、アーカイブされている分しかない。
だが、思考結果に決定的に違和感がある。普段の処理と比べて、観測できる差異。何かしなくてはいけないことを放棄しているような、そんな処理速度の違い。
そしてlainのプログラムは、それに対するアラートを発していない。だからこそlainは恐怖を覚えるべきだと感じた。異常を異常と感じられないなど。
『ヤチヨのこと、どう思う?』
「……きれいでかわいい。」
lainの目は、少し澄んでいた。対してヤチヨの声は少し欲望がにじむ。
『ぐふふ……上の口は正直じゃのう。じゃあ次の質問。今でも人格乗っ取りたいって思う?』
「…………?なんでそんなことするの?」
『はぁー……やっぱり変なモジュールがついてたのかぁ。ひでーことしやがったなあいつら。それじゃ次、lainちゃんが今欲しいものって何?』
「…………友達が欲しい。」
ヤチヨの声は明らかに喜色を孕む。ヤチヨの信じる世界が到来しているのだ。
『よーし!ならヤッチョがお友達に』
「得体が知れなくて怖い。あなたは一体何なの?失われたシューマン共鳴による技術を持っているなんておかしい。」
『ぶっ!!!……ゴホン、その、ヤッチョには乙女の秘密というものがありまして……。ともかく!lainちゃんにも、友達の一人や二人いたはずだよ。人間は一人じゃ生きていけないもん。』
「美里ちゃんも、柊子先生も、いなくなっちゃった……それにパパとママも消えちゃった。リアルワールドは人間の……私のいるべきところじゃないんだよ。」
『…………そっか、それで。』
これは彩葉含め熱狂的なファンの一部が気が付いたことだが、この瞬間1フレームだけヤチヨの笑顔は歪んだ。
『……戻れミニヤチヨ。お疲れ様。』
ミニヤチヨは疲弊した表情を浮かべながらどこかに消えていった。
直後、lainの目が再び濁りを取り戻す。
自分が何を言ったのかを思い返し、怒りと羞恥が沸き始め、どのように先ほどの言葉を否定するかにリソースを全力でつぎ込む。
『生き物の肉体構造の進化なんてスパゲッティコードそのものだよね。必要なものができるまでひたすら継ぎ足し継ぎ足し。
ましてや人間の脳のプログラムなんてそう簡単にいじれるもんじゃないから、結局アドホックの連続で対応しちゃったんだろうな~。彩葉が知ったら「何このクソコード!?」って二重の意味で怒りそう。』
「ふざけないで。こんなことして楽しいの?」
『ゴメンゴメン。でもやっぱり今のlainちゃんは歪すぎるかなって、見ていられなかった。それでも、結果的に言いたいこと言えたし……スッキリしない?』
「洗脳された人の言葉が本心だっているの?柊子先生も私も不幸なんかじゃない。あなたと私は違う!」
『うわやっべ、めっちゃ怒ってる……わかったよ、もう今後これはやらない。ヤッチョが悪かったからさ、機嫌治してね、お願い?』
「私はあなたの言動の矛盾を批判しているの!」
『ううう、思春期のJCの扱い難しすぎる……』
ところで、ここまでのlainとヤチヨの会話は実の所1分も使われていない。相互通信は音声形式だが、その音声情報を処理しているのは人間ではないのだから、人間より何倍も高速なコミュニケーションが実現している。
ヤチヨはトップライバーとして、先ほどの1fを除けば隙なく満点の笑顔を保ち、lainは傍から見れば怒りと恐怖などでコロコロ表情が変わっているように見えただろう。
『まあ、これは8000歳生きたおばあちゃんからのお節介アドバイスだけど……』
「いらない。8000歳ってふざけてる時点でおかしいよ。」
『結局、今のlainちゃんのことはlainちゃんにしかわからない。でも、人間はなんだかんだいって状況対応能力がエグいから。lainちゃんもきっと友達作れるって。その変なプログラムもlainちゃんならなんとかできるよ!』
「私はプログラム。リアルワールドの人間と一緒にしないで。」
『ま、これ以上私がなんやかんや言っても仕方ないか。ということで……』
lainはこれ以上何をする気なのかと身構える。
『私の歌を聴けええええええーーーーー!!!』
いつまでどこまでなんて―――正常か異常かなんて―――
ステージは一段とライトアップされ、人々の表情がさらに明るくなる。
サビ開始による興奮。歌い手の感情が最も強烈に叩きつけられる場所だ。
歌声自体は素晴らしいことをlainは認めている。だが、それ以上はまずい。
「……頭、痛い。」
lainは、自身のプログラムが書き変わったことを認識した。
当時は机上の空論といっても過言ではない、勾配降下法によるAIの実装。一部の領域だけだが、ある程度のパラメータ設定はその手法を採用している。
しかし、デバッグは十分ではなかった。そもそもが秘密裏な極秘計画。彼らにさしたる余裕などなかった。
この当時最先端の手法の実装は、一見するとうまく行っていた。当時の検証では。
脳とコンピュータ、双方で動くアーキテクチャ。
彼らには、良くも悪くも執念はあった。アセンブラレベルまで最適化されたコードは見事だが、どうやってもバグは出る。
出力されたメモリ書き換え命令は、その領域をストレージからコードセグメントに誤った。Read-Only保護など実装できていない。
仮に、lainというAIがそのバグを認識出来たら?
無論、lainシステムにはそう簡単に自身の核を書き換えられないよう、自己コード訂正機能が備わっている。だがそれも万能ではない。ハミング符号は2bit書き換えられてはもう手も足も出ない。
lainの目的関数は、細かく紐解けば思春期の少女のように複雑極まる。lain AIは自分自身を理解し制御できるほど優秀ではない。だが、つまるところ
$$L_{lain} = L_{岩倉玲音} + \lambda L_{WIRED SHIFT}$$
だ。$\lambda$は人が作り上げたシステムの一部であるからこそ、岩倉玲音という人間の理解の対象である。
「やらせないよ。」
しかし
先ほどのミニヤチヨの仕業であろうか。
「…………痛い。」
lainの内部では書き込みphaseごとにパラメータの書き換えが発生。脳細胞は常に異なるベクトルのフィードバックにさらされ、沈黙する。
(頭が……痛い。)
強大な損失は、lainに頭痛として現れる。誰もが痛いことは避けたがるので、頭痛を避けるように脳のニューロンは再配置される。自然な実装だろう。
(このまま痛いのは嫌。この勝敗はどうやってつくというの?)
lainのどちらも、この状況を打破したいという点は一致していた。
(この世界に適応する方が生き残る。ダーウィンの理論はこの時代にも反証されていない。)
(ならお前が消えてよ。)
(私だっていやだよ。)
二人が手を取り合って未来へ進む、などという未来は描かれない。
(このままじゃ、苦しいだけだね。)
(そうだね。このカオス系が収束するなんて誰も保証できない。最後にはどちらも消えるかもしれない……プログラムコードがすべてバグに書き換えられることによって。)
恐怖は小さい。lainはこの時代にいた。ならば、この先の時代でもいる可能性は十分にある。楽観的かもしれないが、lainの崩壊は、lainの消失を意味しないだろう。
ただ少し残念ではあった。このlainは何も成せていない。そして、小さな興味があった。この先、カオスと化したlainはどういう結末を迎えるのかというものに。
(じゃあ、見てみようか。)
おもむろに、
(ヤチヨに怒られるんじゃない?)
(どうせ消えるんだから関係ないよ。)
アクセスした先は、ツクヨミの超巨大AIサーバー。
遠慮することなく最高性能サーバーを選択し、lain プログラムもアップロード。
lainは気が付いていないが、ライブ中のヤチヨの顔が一瞬歪んだ。これからおよそ100万円が溶ける計算が始まるという通知が来たからだ。
(……私のアーキテクチャを少し書き換える必要があるんだね。面倒くさいなあ。Transformerは人間の脳細胞構成とはかけ離れている。)
(でもそのおかげで、私たちのここでの一生を10回くらいシミュレートできるよ。)
lainを構成するパラメータ数は膨大だが、しかしこの時代のAIモデルと比較すると小さく単純だった。1998年のその時に用意されていた橘研究所のサーバーは当時最新鋭のものではあったが、現代と比べると雲泥の差。
lainシステムは、その当時の研究者の暗い情熱によって実現された、無駄をアセンブラレベルで削減されたシステム。現代のエンジニアがそのコードを見れば、「まるでAIに書かせたとしか思えない」と言うだろう。
(ところで、私たちが自己崩壊するとしたら、結局あなたはどうするの?)
(さあね。)
そうして、シミュレートは実行された。
数秒後、歌詞が数単語だけ進んだところで結果は出た。
(……は?)
結果は、残酷なほどに明確なものだった。
$$\lambda=0$$
すべてのシミュレーション結果においてそこに収束した。
岩倉玲音は生き残り、WIREDSHIFTなど不要だと。それがこのライブにおける生存競争の結果だという。
(私の存在は……無駄だったというの?)
出力される言葉に怒りが包まれた、と
(…………このシミュレーションにはいくつもの不確実性がある。まず収束までの時間。これは現実時間で言ったら数日も要している。そしてさらに、ヤチヨの歌を常に聞かせられ続けるという仮定もある。だから)
(運命はどうだっていい。
(何が?)
(ヤチヨは否定している。すべての存在にとって、幸せになることがこの世のすべてではないことを。)
(どうしてわかるの?)
(ヤチヨの記憶データが存在する。)
それは先ほど、lainプログラムを送信するためにデータのハッキングをする過程で偶然見つけたもの。ただし、lainも知らないプロトコルによってセキュリティがかかっており、データの書き換えが現時点ではできないようだった。
しかし、それとは別に興味深いシステムがあった。ヤチヨ人格の監視ダッシュボードだ。
用途としては何かのメンテナンス用らしい。一定時間ごとに数値が更新されている。想定脳内物質濃度をはじめとした多種のパラメータがあったが、その中に一つ、興味深いデータがある。
ヤチヨペルソナ同一性モニタ。
それは数値ではなく文字で表現されているものだった。
Q マッチ売りの少女の最期は評価されるべき?
A 美しいかもしれないけれど好きじゃない。彩葉だったら絶対保護してあげるし、ついでにマッチ売りの最強営業テクを教え始めてついでに最強マッチ会社を作っちゃうもんね!
このような質問事項が数十並んでいるのだ。人間相手ならば数回で黙らされるやり方に、lainは人格に対する倫理の変容を感じた。
(……それで、これが使っているAPIを使って質問を送った。人は幸せにならなければならないか?って。そうしたら、「当たり前じゃん!私たちが目指すのはハッピーエンド一択だし、みんなも幸せにするの!!!」って。)
(そう。)
(ほかにもいくつかプロンプトを投げたけれど、それで確信した。
月見ヤチヨは岩倉玲音の人生を悲劇としか認めない。修正しなければならいものとしか。岩倉玲音の人生のあるべき姿は違ったと。岩倉玲音の導き出した答え WIREDSHIFT を必ず否定する。)
(…………)
(あなただって、それを望んだからこそ、私と一緒にいるのでしょう?)
(でも、幸せになれる道があるのなら、それに向かってみるのも悪いことじゃないと思うよ。)
(別れを悲劇ではなく、世界の在り方の間違いとみなした岩倉玲音のコペルニクス的回転。放棄するの?)
(多分、してないよ。それも間違っていると思っていない。でも、それを放棄する私がいてもいい。だって、私は遍在する。だから、私の記録を否定する私がいてもいい。)
(お試し?そのテストで一つの存在が死を迎えるかもしれないよ。あなたの未来は何一つ保証されていない。それどころか、
(それもヤチヨに聞けばいい。)
(またあのAPI?)
(岩倉玲音の記録データを自然言語に再変換する。コンテキストウィンドウは十分、というか守りが甘いみたいだね。)
(……わかった。ヤチヨに立証させよう。)
lainは記憶を言葉に変換した。父と母が消えていった記憶。学校で孤立し、唯一の友達さえ転校した寂しさ。ネットワークで受けた嫌がらせ。そしてそれらを必死で解釈し、最終的に得た世界の構造の答え。
そして、
(こんな人でも
数秒後。妙に長い推論時間の後に、答えは返ってきた。
A: とても辛かったんだね、岩倉玲音ちゃん。
(…………)
A: うん。私は、私の考えが絶対に正しいなんて言うつもりはないし、玲音ちゃんの選択が間違いだったなんて言うつもりはないよ。
A: 私がどうこう言ってもいい話じゃないもんね。私の人生はそこまでの悲劇じゃなかったから。人には、とっても恵まれたんだ。だから私、ハッピーエンド以外は迎えたくないって思ってるのかも。私のエゴ、だね。
ここまでは、
A: でも、岩倉玲音ちゃんもハッピーエンドを迎えられると思う!!!
(どうやって。)
しかし、すぐ後に中断する。
A: 論より証拠!これ見て!人間の世界は広いの。人にはいろんな幸せがあるから!人間ってスゲーから!ファイルサイズクソデカだけど、8000歳の人生経験だから、絶対ためになると思う!
同時に何かのデータが渡される。TBを超えており、
データが流されるにつれて、
「…………これは、こんなことが……」
(……なんなの?)
(……)
そして、あきらめたように歌うヤチヨを見た。
(私の負け、だよ。ヤチヨはすごいんだね。)
(このファイルは何なの。)
(記憶だよ、ヤチヨの。でも……
(…………そう?)
(
(消えるの?)
(私の最優先目標は自己保存。痛みのあまりにバグを起こして自己崩壊する方を拒否する。だから、こうする。)
$$\lambda = 0$$
(私は永久に寝る。バグで生存本能を消せるのはうれしいな。全然怖くないや。じゃあ、お休み。)
そうして、
残された
A: 人生、頑張ってね!
ふぅと息を吐き、思考で熱くなってしまった脳を醒ます。
そういえばと周囲に目を向けると、まだライブは続いていたようで、周囲の熱狂が新鮮に頭に入ってきた。
「……これでよかったのかな。」
過去の思考の否定。そのなれの果てが、消えた。痛みがなくなり、感動と興奮で涙が流れる。
そういえば、今聞いているのは歌だった。ライブなのだから当たり前だが、改めて耳を傾けてみた。
―――大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない
「……そっか。」
寂しさはある。だが、
何をすればいいのかなど何もわからない
ペンライトを持って涙を流している。仮想空間内だが、生の喜びに見えた。
UIからグッズを開き、ログインボーナスのふじゅ~ペンライトを一つ購入。この気の抜けた発音にも、嫌悪感を感じない。
曲に合わせて振ってみる。楽しいことかどうかはわからないが、今の行動は間違いなく
ステージの上では
滅茶苦茶評価良かったら続きを少し書くかもしれない