悪の組織のライバルキャラ転生〜「勘違いするな、お前を倒すのはこの俺だ」と言いたいだけなのに〜 作:む〜べ〜
side サクナ
記憶に残っている母は、いつも笑顔でした。
『おかあさん、みてみて。きれいなおはなー!』
『ホントだねぇ。サクナに似て綺麗なお花だ』
他愛もないことで話しかけてもつまらなそうにせず、いつも笑顔で返してくれました。
咲き誇る大輪の花のような笑みが、わたしは大好きでした。
そんな母が、流行り病で亡くなりました。
母が死んでからは毎夜のように泣き続けて……きっとその時に、わたしの涙は枯れ果ててしまったのでしょう。
それからは、どんな辛い目にあっても泣くことはありませんでした。
『ほら、さっさと働きな!』
母が死んでから初めて分かったことですが、わたしは妾の子として、花鏡家では疎まれる立場だったようです。
きっとこれまではわたしの目に映らないよう、母が守ってくれていたのでしょう。
幼いながらに家事を押し付けられ、狭い離れの蔵で過ごすことを強いられました。
ですから冬は嫌いでした。
雪の降る寒い日は、特に。
『大丈夫。サクナは強い子だから』
死の間際にそう遺した、母の言葉だけを頼りに生きていました。
わたしは強いから大丈夫。
きっといつか報われる。
そう信じて、凍えるような寒さの中でも懸命に生きてきました。
『知ってるかい? あんたの名前がどういう字で書くのか』
『勿咲。咲かない花って意味なんだよ!』
母との思い出で一番色濃く残っていたのは、一緒に桜を見た記憶でした。
桃色と白色を混ぜたような、淡く鮮やかな色彩。
綺麗だとはしゃぐわたしの髪を撫でる母。
その思い出が汚されたみたいで。
自分の名前がどんな字か確かめようもないわたしは、それから呆けたように過ごしていました。
セツカさんと出会ったのは、そんな時でした。
わたしと違って幸せそうに生きている子。
最初は羨ましくて、妬ましくて、そっけない態度をとってしまいました。
けれど冷たく、無感情なわたしとは対照的に、朗らかで明るい彼女の笑顔に触れて。
そのうち、わたしはセツカさんと遊ぶようになっていました。
『私の名前は「雪」に「花」って書くの。サクナは?』
咲けないわたしとは大違いな彼女に、だからこそ惹かれたのかもしれません。
『……言いたくありません』
言ってしまえば、自分が惨めに思えて仕方なくなってしまうから。
それから何度も聞かれたけれど、すべてはぐらかしてきました。
転機が訪れたのは、雪の降る寒い冬の夜でした。
『黒』によって生まれた『赤』が、降り積もる『白』を塗りつぶしていました。
生臭い死の匂いと、漂う焼けた人の脂が唇に張り付く感触を、今でも思い出せます。
黒十字の手によって引き起こされた凶事。
死体となって転がる、見慣れた顔の人たち。
それを手引きした叔父であるスイゲツ。
凶刃に倒れ伏す帝様と、泣き叫ぶセツカさん。
そんな、誰がどう見ても地獄の具現としか思えないような事態を前にして、わたしは。
──ああ、よかった。
と、そう思ってしまったのです。
「……ここ、は……」
目が覚めると、そこは暗い空間でした。
最低限の明かりだけが朧げに辺りを照らしていて、どういう場所なのかも判別がつきません。
ただ、妙な地鳴りのような音だけが聞こえてきました。
床は硬くて冷たい石造り。
ここがどこなのか確認しようと体を起こそうとした動きが、痛みによって阻害されました。
「たしか……床に穴があいて、下に落ちて……」
つまりここは、基地の地下施設なのでしょう。
何のために作られたのかはわかりませんが、ロクでもない施設なのだろうということは分かります。
地下牢かとも思いましたが、そんなものを作って閉じ込めるくらいなら、さっさと殺して魔物の餌にでもするのがこの組織でしょう。
そこまで考えて、ようやく周囲から聞こえてくる地鳴りのような音の正体に気づきます。
それは巨大な魔物たちの息遣いの音でした。
わたしでは逆立ちしても勝てない超獣たちが、ここで飼育されていました。
「……そっか……わたし、まものにたべられてしぬんだ……」
不思議と、恐怖はありませんでした。
「ごめんなさい、セツカさん……」
ご両親を目の前で殺されたあなたには、とても言えそうになかったけど。
実はわたし、あの日あの時、とても胸のすく思いをしたんです。
これまでずっとわたしを見下していじめてきた人たちが、呆気なく殺されていく。
ああ、この人たちもわたしと同じように理不尽には抗えないんだ、と。
そんなことを思ってしまった、悪い子だったんですよ。
そんな人間が生きていてはいけない。
だからせめて、セツカさんの命が助かるための犠牲にならなくてはいけません。
その役目を果たせた今後悔はありませんでした。
ようやく辛くて苦しい人生にも幕が降りる。
そう思うと、開放感さえ覚えるほどでした。
「──グゥルルルル…………」
一段と大きな重低音に視線を動かすと、そこにはわたしの体など一口で食べてしまいそうなほど大きな魔物がいました。
血走った目を向けて、今にも大口を開けそうな勢いでした。
その時が来たのです。
心残りはありません。
強いていえば、セツカさんに名前の字を教えてあげられなかったことくらいでしょうか。
「……ああ、いえ……」
一つだけ、ございました。
こんなわたしが抱くにはすぎた願望です。
おこがましいにも程がある。
けれど、それでも。
最後に一つ、願いが叶うのならば。
「あのひとに、会いたかったなぁ……」
誰もが希望を失う黒十字の地獄の中で、それでも前を向いて、反逆の意思を持ち続ける尊いお方。
諦めるしか能のないわたしとは正反対の、眩しくも羨ましいお人。
苦痛だらけの人生の最期に、華やかな幸せを与えてくれたあなた。
ラゴウさまの顔を、一目でいいから見たかった。
「ガァァアアアアアアッッッッッ!!!!」
咆哮と共に、最期の時がきて。
「──……サクナ?」
聞こえるはずのないお声が、聞こえました。
☆
あれから一ヶ月、俺は何度も敗北を喫しながら必死に魔物の『呼吸』を読み解いていた。
生き物にはその生物ならではの戦い方があり、個体独自の癖がある。
敵はマンティコアと呼ばれる魔物だった。
蝙蝠の翼と蠍の尾を持つ獅子の外見をしている。
奴の攻撃パターンはある程度決まっていた。
前足による殴打や引っ掻き、牙による噛みつき、尾の振り回し、翼による飛翔。
だがそれはあくまで基本の動作。
人間が武術を用いるように、奴らにも技がある。
前足による攻撃をフェイントにして見えない位置から尻尾を伸ばして刺してきたり。
俺が影に潜ることを知るや否や、敢えて影に潜らせて攻撃の隙を誘い、出てきた瞬間にカウンターを仕掛けてきたり。
殺った、と思えば翼を広げて空へ逃げたり。
レベル50を境に上がるAIの賢さは、この世界では並の人間以上の戦闘思考となっていた。
地力では到底勝てない。
ならばこちらは知恵を総動員するしかない。
「『影分身』」
都合四度目の対戦。
俺が奴の『呼吸』を見抜こうとしているなら、当然奴もまた俺の『呼吸』を見抜こうとしている。
影分身の陽動は見抜かれ、俺本体が繰り出した斬撃は空を切り、回避のち即攻撃に移ったマンティコアの前足による横薙ぎが迫る。
「『影潜』」
それを自身の影に潜ることで緊急回避。
同時に空振ったマンティコアの前足の影に移ることで、奴の影に入り込む。
だが奴もそのことは理解している。
ここで迂闊に飛び出せば返り討ちに遭う。
ならばどうするか。
「『影分身』」
まずは影分身を一体生み出す。
そして影からマンティコアの様子を探り、ここだと思ったタイミング──から数秒遅らせたタイミングで分身を飛び出させる。
絶好のタイミングは基本的に奴の誘いだ。
迂闊に乗ると痛い目を見る。
故にわざと外し、奴のリズムを狂わせた上で更に俺本体が飛び出せば勝てる──、
「と、思ったんだが」
そこまで読まれていたようで、ドンピシャのタイミングで尾を合わせられた。
奴の顔を見ると、したり顔で笑みまで浮かべていた。ムカつく野郎だ。
流石はレベル50。賢すぎて嫌になってくる。
「ただ、まあ」
そうして、俺の身体は尾によって刺し貫かれ。
「『俺』の勝ちだ、マンティコア」
影となって溶けた分身の背後から飛び出し、マンティコアの頸動脈を断ち切った。
「『影武者』。自分の影を切り離すことで生み出せる、俺と全く同じ力を持った分身だ」
自分の影を切り離すが故に一体しか作り出せない貴重な分身だが、それ故に性能は高い。
影がないのは共通だが、影分身と比べて実体があるため足跡や呼吸音がないなどといった方法での区別は困難だ。
流石に魔剣までは再現できないが、魔剣保有時のステータスは完全再現されている。
「あとはそいつが消されたタイミングで飛び出し、貴様の喉笛を切り裂くだけ」
生き物には急所がある。
俺の攻撃力ではこいつに致命的なダメージを負わせるには足りないが、ここはゲームではない。
攻撃されれば死に至る致命傷。
それさえ与えられれば問題はない。
「貴様の敗因は一つ。俺の動きを読むだろうということを、俺に読まれたことだ」
前足の攻撃を誘い、隙を補う尾の不意打ちも躱し、咄嗟に飛べない状況で致命傷を与える。
完全勝利とはまさにこのことだ。
もう永くないと悟りながら、マンティコアは無様にも逃げようとする。
「いっそ一思いに殺してやろう」
なにやら立ち止まったマンティコアの脳天に飛び乗り、刃を突き刺して確実なトドメを指す。
そこで初めて気がついた。
人が倒れている。
「……サクナ?」
おかしい、こいつは今頃セツカと戦って殺されているはずだ。なぜこんなところで倒れている。
近寄って怪我の具合を確認する。
「ちょっとした切り傷と、頭部からの流血はあるが……原作でセツカが与えたはずの胴体への大きな刀傷がない?」
何があったか理解できずに戸惑っていると、サクナが意識を朦朧とさせながら話し出した。
「ラゴウ、さま……? どうして、ここに……」
頭部の傷のせいだろう。焦点の合わない瞳をこちらに向けて、弱りきった声で反応を返す。
ちくり、胸が痛んだ気がした。
「……俺のことはどうでもいい。それより貴様の方こそ何があった」
「あ、あ……これは夢、なのね……最期に、あなたの顔が、見られて……よかった……」
「待て、これは夢じゃない。現実だ。それよりそうなった経緯をだな」
「げん、じつ……? ふふ、なんて都合のいい……ああ、それなら……ラゴウさまに、お願いが……」
意識が混濁しているせいか現実だと認めようとしない。弱々しく震える手で俺の頬に触れてきた。
「どうか……わたしの名が、どういう字か……セツカさんに、お伝えください……」
「貴様の名前だと?」
「勿咲……咲く
そういって、サクナは今度こそ力尽きたように瞼を閉じようとしていた。
…………。
「いや、貴様の名は花が咲くと書いて
「えっ」
「えっ」
あっ起きた。
「それは、どういう……?」
「どういうも何も、自分の名前も忘れたのか?」
確か公式設定資料集でそう書いてあったはずだ。
雪に花と書くセツカに対して、咲に花と書いてサクナと読む。
てっきり奈とか菜とかの字だと思っていたので、少し印象に残っていた。
「わたしの、名前は……咲、花……?」
「だからそう言って」
「花が……咲く……」
不意に、サクナの目元から大粒の涙がこぼれた。
「な、なぜ泣く……?」
「わ、分かりません……なみだが、とまらなくてぇ……」
「そ、そうか。よーしよし、落ち着け。どうどう」
「う、うええぇぇぇぇん……!!」
本格的に泣き出した。どうしようこれ。
とりあえず助けたほうがいいのかな。
泣き喚くサクナの額を撫でて落ち着かせると、怪我を治療するために自室へ連れて行くのだった。