悪の組織のライバルキャラ転生〜「勘違いするな、お前を倒すのはこの俺だ」と言いたいだけなのに〜 作:む〜べ〜
戦闘が開始された。
俺は圧倒的不利な戦場への動揺から立ち直りきれないまま、魔剣の起唱を呟いた。
「チィッ──
「フ──
お互い戦闘態勢に入る。
墨汁のような影が刀身から滴り落ち、奏でられた音と共に五線譜が踊る。
不利な環境なら、せめて先手を取ってペースは握らせてもらう。
「『影分身』」
『影分身』、並びに『影武者』は俺の魔力や影を用いて生み出す分身だ。
周囲の環境に影響されにくい。
だがされにくいだけで、影響自体は受ける。
「やはり数は減るか……!」
『影分身』は分身の数が、『影武者』は分身の強さが、それぞれ影の量によって左右される。
「へえ、影による分身か。面白い大道芸だ」
相手は遠距離武器。故に距離を詰められれば後手に回らざるを得ない。
彼我の距離は十メートル。刀の間合いは三尺、一メートル。
それだけ詰めなければならない、が。
「けれど、所詮は大道芸に過ぎないな」
そんなことは、相手の方が熟知している。
ルートヴィヒは弦を掻き鳴らすと、全方位に音の矢を放つことで分身を引き裂いた。
俺本体は回避に成功したが、距離を詰めることには失敗する。
「フッ、この程度か? それならば我が
「そんなものになった覚えはない」
影が極端に制限されたこの環境では使える手札は限られる。
『影縫』は刺す対象の影が小さすぎて余程接近しないと使えない。
『影潜』は自分の影に潜る回避手段くらいにしか使えない。
『影食』は言わずもがな、『影楼』だけは通常と同じ感覚で扱える。
『影画』に関しては自分の魔力である程度影を増量することはできるが負担は大きい。
「ここまで俺にメタ張ってくるフィールドとはな!」
仕方がないので素直に斬りかかろうとするが、大気と魔力の振動を感じ取って回避行動を取る。
次の瞬間、俺がいた場所に亀裂が走った。
「どうかな、我が至高の音色の感触は!?」
「音の矢、というよりは音の斬撃だなッ」
音、つまり音速。
『オーベルテューレ』の本領は不可視の音の攻撃ということ以上に、その速度域にこそあった。
魔力によって超人的な身体能力を発揮できるこの世界においても音速は十分に速い扱いだ。
通常攻撃が全て音速ともなれば、その脅威は押して知るべし。次々襲いくる音の刃を、紙一重でかわしていく。
「逃げ回るばかりでは
「生憎と音楽には疎くてな。カスタネットでも叩けば満足か?」
「素人に楽器は酷だ。君はただ私が奏でる
奴の魔力が高まり、武器に集中していく。
スキルの発動だということを悟った時には、既に行動は始まっていた。
「『
呟かれる名前を聞いてどんなスキルが使われたかを悟る。あれは自分へのバフスキルだ。
全能力に上昇補正をかけるだけでなく、ある他スキルとのコンボの始動にもなる。
そうはさせまいと『影武者』を発動。俺の眼前を走る盾とすることで安全に接近する。が、
「『
「──なにぃっ!?」
『影武者』をすり抜けて俺本体に攻撃がヒットする。鋭い音の刃が血肉を裂く感触がした。
間違いない。これは『オーベルテューレ』のパッシブスキル『ハートストリングス』だ。
10%ほどの確率で攻撃にガード貫通属性を付与するそれは、想定外にも『影武者』すら通過した。
「クッ、ゲームだと『影武者』は本体と同じ判定だからガード貫通に対する防御策として機能したというのに……!?」
つまりゲームとは違い、ガード貫通属性だからすり抜けたという理屈ではないということだ。
原作を知っていたからこその想定外の衝撃に戸惑っていると、ルートヴィヒはコンボの終わりとなる第三スキルの発動を終えていた。
「さあ震えろ! 『
直後に放たれたのは暴力的な超音波振動による破壊だった。
音の斬撃というよりは音の暴風雨。
決闘場の床を破砕しながら進む一撃は、人体程度容易く打ち砕いてしまうだろう。
「10%を引かない確率に賭けるッ、『影画』!」
『影武者』が直撃を受けて消失し、俺の下へ戻ってきた影をすぐさま操作して盾とする。
直前に『影武者』が挟まったお陰か、辛うじて音の嵐による被害を防ぐことに成功した。
小休止が挟まる。
だが、ここまでの戦いでどちらが優勢かは一目瞭然だった。
「フ、防戦一方だな。我が
ムカつくことを言ってくれるが、事実の面もあるので甘んじて受け入れる。
圧倒的不利なフィールドに、予想外の仕様の違い。それによる形勢不利。
深呼吸のち、まずは奴の『ハートストリングス』について看破する。
「音……つまり振動……俺の『影踏』は『影を通じて本体にダメージを与える呪い』のようなもの、という設定だったはずだ……」
設定資料集には魔剣の能力について、ゲームでの描写に対して作中設定ではこうなっている、という解説が挟まれていた。
それによれば『ハートストリングス』、及び『オーベルテューレ』の特性は。
「音波が障害物を貫通して向こう側へ響くように、物体を通過して対象に『音』を届ける」
それが奴の貫通攻撃の正体だった。
ゲームと違ってガードに限らずあらゆる物体に適用されるとなると、厄介さは段違いだ。
とはいえ『影画』で防ぐことはできたし、ある程度運に左右される要素は残っているらしい。
さてどうするか。
『影食』がほぼ使えない以上、高火力の遠距離攻撃は不可能だ。
つまり有効打を与えるには接近するしかない。
『影分身』を発動し、奴に突撃する。
「またそれか。単調な音色では聴き手の心を奪うことはできない」
一定以上の技量の持ち主なら、俺本体と『影分身』とを影の有無で見分けられる。
奴もそのことには気がついているだろう。
だが『影武者』を挟むことで俺自身の影を分身として切り離せば話は別だ。
俺本体が分身に紛れることが可能となる。
「これならどうだ」
都合十体の分身に紛れて背後から攻撃を仕掛ける。殺った、そう確信した。
「『
しかし奴は高威力の単発攻撃を的確に俺本体に命中させ、更に『影武者』の刃を回避してみせた。
ガードはしたが、防ぎきれずに血飛沫が飛ぶ。
「ぐっ……!?」
馬鹿な、見抜いただと……!?
影の有無による判別は不可能だった。
識別マークでも付けられていたというのか。
「不思議そうな顔をしているな。どうして見破られたのか、と……私は音楽家だ。分身と本体が奏でる音色の違い程度、簡単に感じ分けてみせるさ」
本体の特殊技巧。そういうのもあるのか。
やたら音楽用語を挟んでくるなとは思っていたが、単なるキャラ付けではなかったらしい。
つまり分身は通じない。
『影分身』と『影武者』も見分けられる。
接近しようにも撹乱が通じない。
不利すぎて笑えてきた。
原作のラゴウはこいつ相手にどう勝利したんだ。
「……耳がいい、というのなら……」
こういう聴覚に優れたキャラへの対抗策としてありがちなのは、爆音による聴覚麻痺だ。
都合よくスタングレネードのようなアイテムは持っていないが、そこで諦める俺ではない。
隊服の上着を脱ぎ捨て、広げて放り投げる。
そうして出来た影を『影食』によって吸収、エネルギーに変換する。
「疾ッ!」
そしてルートヴィヒに向かって愚直に駆け出す。
奴は単純すぎる特攻に首を傾げつつも、油断なく攻撃スキルを放ってくる。
それでいい。
俺は直撃の寸前に自身の影に潜ると、音の矢を回避してみせる。
「!?」
すぐに浮上し、『影食』で得たエネルギーで自身の影を増量させ、『影画』によって球状に圧縮。
即席の影爆弾だ。
放り投げたそれは俺の手元を離れてから数瞬後、制御を失って炸裂する。
威力はそこそこ。
だが奴の聴覚に多少の狂いを生じさせるには十分な衝撃のはずだ。
「『影分身』」
炸裂の後、
この状況で咄嗟の対応は難しいだろう。
完全に作戦勝ちした。勝利の笑みを浮かべて、
「残念だが」
心惹かれる旋律が鳴り響くと同時。
「私は音を聴いているのではなく、感じているのだよ」
多段命中する音の斬撃が、身体を引き裂いた。
☆
獅子王と側近のミラは先の大広間にて、遠隔視の水晶玉を用いて両戦闘を観察していた。
「0013番と0014番の戦闘は……この分では、0013番の勝利で決まりでしょうか」
「だろうね。一見すると相性不利だが、逆に有利な面もある。それに構えから察するに振り下ろしを誘っている。打開策を編み出したのだろう」
どちらの戦闘もまだ半ば程。
しかし彼らレベルの強者からすると、ここからの展開は手に取るように分かってしまうのだ。
故に注目はもう片方、ラゴウとルートヴィヒの戦闘へと移った。
「0011番の強さは私も耳にしていましたが、0012番も想像以上に強い。0011番を手玉に取っている」
「今のところはそのようだ。ラゴウは後手に回らされている。やはり環境の不利が響いているのかな」
「……そこが疑問でした。何故わざわざ影を操る『永闇』に不利な光源を設置したのですか? 獅子王様は0011番が
「まさか。私個人としては彼のことは気に入っている。狂気的なまでの強さへの執着と、どこか底知れない腹の内……ただ今回は少し事情があるんだ」
首を傾げるミラに対して、獅子王は一件の手紙を取り出した。
「それは……差出人、花鏡スイゲツ?」
「スイゲツからの嘆願書だよ。今回の試験、彼にとって最大限不利となる条件を用意してほしいとね」
「な、何故……? 彼はスイゲツの弟子でしょう? 普通、逆では?」
「いいや、逆だ。彼はラゴウを買っている。だからこそ不利な環境を要請した」
「……???」
「つまりは弟子の成長を願ってのことだろう。せめて不利な場でも用意してやらないと」
獅子王はちらり、ラゴウに視線を向けた。
「この試合は、彼の圧勝で終わってしまっていた」