悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのはこの俺だ」と言いたいだけの人生でした〜 作:む〜べ〜
大広間に戻ってくると、見慣れた銀髪が映った。
セツカだ。俺を見るや勢いよく抱きついてきた。
「ラゴウ、よかった……っ」
「やめろ暑苦しい……!」
「またあの時みたいな思いをするかもって怖かった、不安だった……! 嬉しいっ」
ぎゅう、とさらに強く抱きしめられる。痛い。
「……? ラゴウ、これ血……怪我したの!?」
「殺し合いなんだ。怪我くらいするだろう」
「どうかな。君は自身の成長の為あえて手を抜いていた。それがなければ無傷で勝利していたはずだ」
「彼女、貴方が来るまでずっと暗い瞳で『ラゴウは死なない、大丈夫、絶対帰ってくる……』と呟いていましたよ。随分愛されていますね、0011番」
おいラスボスと側近、余計な追撃してくるな。
「……やっぱり凍らせてずっと目の届く範囲に置いておいた方が……」
く、セツカの目から光が消えて冷気が出てきた。
仕方ない。俺の方からも抱きしめ返す。
「ひゃ、ら、ラゴウ?」
「後を見据えてのことだ。死なない確信があったからしたまで。……心配するな、俺は死なない」
理想のライバルになるまでは、絶対。
「……うん、分かった。信じてるからね、ラゴウ」
にへら、と表情を崩すセツカ。
その様子を獅子王と側近のミラにじっと見つめられていた。針のむしろ的な意味でも痛い。
ミラがわざとらしく咳込むまで抱擁は続いた。
「さて、おめでとう。セツカ、ラゴウ。晴れて『
「……ありがとうございます」
「は、恐悦至極に存じます」
お褒めの言葉に当たり障りのない返事をする。
ラスボス相手に今から変に目をつけられても困る。
あくまで一幹部として見られなければ。
「ただ一点、解せないところがある。……どうして彼らにトドメを刺さなかった? 特別思い入れがある関係には見えなかったが」
そりゃまあ可能なら殺人なんてしたくないし。
「……大した意図はありません。わざわざ殺すのも面倒ゆえ捨て置いたまでにございます」
「私も同じ理由でございます」
「そうか。まあいい、黒十字騎士団に敗者はいらない。どうせ彼らはこのまま地下の魔物達の餌となる運命だ」
……ま、そうなるよな。
「疲れただろう。よければこのまま本部で休んでいってもらっても構わないが……」
「いえ、折角のお誘い申し訳ありませんが、我々は帰らせて頂きます」
「フ、慣れない環境では却って心も休まらないか。ならば帰還の魔法陣を使うといい。わざわざ移動に手間をかけずに済む」
「は、お心遣い感謝いたします」
そんな便利なものがあるなら行きの時も使わせてほしかった、と口に出かけた台詞を飲み込み、帰還の魔法陣のある部屋に向けて王の間を出る。
その去り際のことだった。
「
光のない紅の瞳が、俺を射抜いた気がした。
「……君には期待しているよ、ラゴウ」
ちなみにサクナは一緒に帰らなかった。
なにやら用事があるとのことで一人残ったのだ。
『そちらへ帰る頃には良いご報告ができるものと存じております。それでは』
そういって通信は切られた。
良い報告ってなんだろう、少し胸がざわつく。
「まあ帰ってきてから尋ねればいいか……」
他にもやることは沢山ある。
まずはいつもの森へ赴き、アベリアに昇格試験の結果について報告した。
『おめでとうございます。ようやく
「ああ。これで
『こちらも黒十字の基地に出入りしても怪しまれない立場を得られました。これからはオマエたちと直で会って話すことも可能でしょう』
「そうだな。……ん? たち?」
『それではまた。次会う時を楽しみにしておくがいいですよ、オマエ』
切られた。
「……そこはかとなく不安な感じが否めないが」
とにかく用事の内、一つは終わった。
あとはもう一つをこなすだけだ。
そこにいることは既に知っている。目当ての人物を探して支部基地内部を歩き回る。
そして。
もう何年にもわたって使われてきた稽古用道場の扉を開いて、人探しは終わりを告げた。
「ここにいたか、スイゲツの爺さん」
白髪混じりの黒髪の後ろ姿を確認して声をかけると、スイゲツはゆっくりと俺の方を向いた。
「
「……洒落を利かす才には恵まれなんだな、童」
俺はこれまで、スイゲツに太陰刀『潮月』を抜かせられないでいた。
だがレベル50の壁を超え、十剣の座を手に入れた今の俺なら話は別だ。
「剣を抜け。より高みへと至り、理想のライバルキャラになる為にも……爺さん、貴様という壁に手をかける」
今この時点で倒せるとは思っていない、なんて弱腰では挑まない。
獅子王が封印されている現状、幹部最強──否、世界最強のこの男に、ここで勝利する。
スイゲツは一度深呼吸をすると、緩慢な動きで立ち上がった。
「いいだろう──位置につけ、童。貴様が童でなく、一角の剣士である証を見せてみろ」
言われた通り、いつもの稽古と同じように間合いをとって向かい合う。
互いに青眼、剣道でも基本の構えだ。
いつもと同じように俺は魔剣を使い、奴は魔剣を鞘に納めたまま戦う。
だが、これからいつもと違うことが起きる。
奴の敗北という未来が。
「いざ、参る」
狙うは短期決戦。
廻れ──『永闇』の起唱を呟き、魔剣の本領を発揮する。同時に『影分身』と『影武者』を発動、『影武者』を奴の死角に潜り込ませる。
長らく戦ってきて分かったことが一つ。
スイゲツの強さの秘訣は間合いの巧さだ。
一足一刀の間合い、つまり刀が届く距離というのを正確に判断し、自身の間合いの内側に入ってきたものを瞬時に叩き斬る反応速度を持っている。
三尺余の見えざる
奴の領域に迂闊に踏み込むのは愚策の極みだ。
つまり手始めに必要なのはかく乱。
『影分身』と『影武者』を合計十体生み出し、俺はこの場に留まりつつ奴を襲わせる。
「見飽きた芸だ」
無論、スイゲツには通じない。
『影分身』は見切られるし、魔剣を持たない『影武者』では真っ向からの技量勝負で押し負ける。
故に、まだ見せていないスキルが刺さる。
「なら、これはどうかな?」
『影楼』で『影武者』と位置を交換。
瞬時に間合いの内側に入ると同時、魔剣による不意打ちの横薙ぎを放つ。
想定外の技にさしもの奴も驚いたのか、わずかに対応が遅れる。
それでも鞘で受け流されるが、奴の着物に浅い切れ込みを入れることに成功する。
「む」
「これだけではないぞ」
剣術だけなら絶好の機会を逃した形だが、生憎と俺は魔剣使いだ。二の矢三の矢がある。
『影画』によって影を槍のように形成すると、体勢を崩したスイゲツに向かって突き刺す。
「くっ!」
そこで初めて奴は苦悶の声を漏らした。
体を捻ることで影の槍を避けることには成功したが、代償として体幹を崩してしまう。
体幹の乱れは即ち攻防の乱れ。
今この瞬間、奴は攻撃も防御も精度がガタ落ちするデバフを負うことになった。
とはいえ俺自身も体勢を崩し、影による攻撃を防がれた身。ここから打ち込むことはできない。
そう、俺自身は。
「忘れてやしないか? 『影武者』はまだ消えていないぞッ!」
俺と位置を交換し、初期位置で留まっていた『影武者』が隙をついて接近していた。
スイゲツは『影武者』に対応しなければならないが、そうすると体勢を持ち直した俺にやられる。
逆に俺に牽制をかければ、背後から迫る『影武者』にやられるし、再び位置を交換して魔剣による斬撃を加える選択肢もある。
これこそが最近習得し、スイゲツに隠していた手札『影楼』『影画』を用いた秘策の戦術だ。
いける。そう確信した瞬間だった。
「────
夜空を模した色合いの鞘から、月が覗いた。
霞文様が刻まれた黄金の丸い鍔から伸びるのは、絢爛さと相反する素朴な美しさを極めた白銀の刀身だった。
刃から雫が滴り落ち、板床に波紋が広がる。
刹那、時の流れが狂ったような錯覚を覚えた。
「いや」
違う。真実、時の流れが狂っている。
但しおかしくなったのは世界の時間ではなく、スイゲツ一人の時の流れ。
そう。奴の動きが、まるで倍速をかけられたかのように加速した。
「『
そこからはまさしく
『潮月』の能力が時間操作であることは分かっていた。主に加減速を用いて自在に速度を調節するのが基本戦術であることも。
分かっていた上で、反応できなかった。
それは奴の『呼吸』を読み切れていなかったからに他ならない。
気がつけば俺は地に伏し、喉元に刃を添えられる結果に終わっていた。
「拙の勝ちだ、童」
「……ああ、そして俺の敗北だ」
白銀の刃と共に完膚なきまでの敗北が突きつけられる。それは覆しようのない現実だった。
魔剣を抜かせることには成功した。
だが、そこから数合だけでも持たせようとしていた目論見が真っ向から打ち崩された。
文字通りの瞬殺だ。我ながら情けなかった。
「クソっ」
原作のラゴウより強くなっている自信はある。
だが最強格には程遠い。
ゲーム本編の時間はそう長くない。ルートによるが、年単位で経過していく物語ではなかった。
俺の年齢ももう十四歳だ。
せめて『真髄』ではないスイゲツ相手に互角に打ち合えるようにはなっていたかった。
悔しさから歯噛みする。
そんな俺に、スイゲツは言葉を続けた。
「……だが童相手に剣を抜かされては、拙も剣士としては二流か。いや、或いは既に貴様が一角の剣士として最低限の腕を持っている、ということやもしれんな」
「?」
「童──否、ラゴウ。貴様は我が死合うに相応しい剣客となった。此れより免許を皆伝し、同じ
それは、一つの区切りだった。
恐らく原作のラゴウも受けたのだろう言葉。
幹部最強の男から認められた事実。
もちろん、そんなものはどうでもいいことだ。
俺の目的はあくまで理想のライバルキャラであり、ひいては主人公と抜きつ抜かれつを繰り返す最強格の実力者ポジションだ。
それがこんな無様な負けをしているようでは話にならない。スイゲツから認められたからって嬉しくなんて全然ないんだ。
「そ、そうか……ふぅん、まあ、だからなんだという話だがな……ククッ」
「……貴様も存外分かり易い奴だな」
全然嬉しくなんてないんだからねっ。
☆
時は少し遡り、黒十字騎士団本部の地下。
支部よりも一段凶悪な魔物が飼育されているそこで、ルートヴィヒは目を覚ました。
「ぐ……こ、ここは……?」
「お目覚めになられましたか」
不意に聞こえてきた女性の声に視線を動かす。
そこにいたのは、緑なす黒髪が目を奪う、美しさと幼さが共存した少女だった。
「君、は……?」
「私は花鏡サクナと申します。かつて黒十字に殺され、ラゴウさまの手により今尚生きる亡霊でございます」
「ラゴウ……0721番か」
ルートヴィヒは忌々しげに、しかし一方で満足そうに口元を歪めた。
「それで、奴の子飼いの走狗が私に何の用だ。ご覧の通り、この身は哀れな敗残兵。終演を待つだけの人間に何を求める?」
「無論、
サクナはスッと手を差し出す。
「共に亡霊の身なればこそ、どうぞわたしの手をお取りになって──獅子の身を内から食い潰す、我らが組織にご協力下さい」
それはまるで、悪魔の囁きであった。
断れば変わらぬ死の『運命』が、受ければ希望の光が見えない苦難の『未来』が待ち受けている。
どちらを選ぶか。
そんなものは決まっていた。
「運命とは自ら作り出すもの。いいだろう、その
手を結ぶ。
物語の破綻は、もう止まらないところまで進んでいた。