悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
side:セツカ
──たまに、ゆめを見る。
朝、目が覚めると当たり前のようにある二人の顔。
サラサラとした射干玉の黒い髪と、少しツンツンとした白い髪。
お人形さんみたいに綺麗な肌に、ハリがあって少し硬い男の子の肌。
私は毎日二人が目覚めるよりも早くに起きて、小一時間は見つめていた。
今日も生きて、私の前で息をしてくれている。
それだけで、胸の奥がきゅうと締め付けられるような幸せを感じる。
そんな当たり前がずっと続いてほしい。
サクナとラゴウ、二人さえいれば他に何も要らない。何も欲しくない。
ただそこにいて、息をしていてほしい。
生きてるだけで尊くて、嬉しくなるから。
ずっとずっと、側にいて。
──たまに、ゆめを見る。
そんな幸せが、火に落ちる雪みたいに消えて無くなる夢。
サクナもラゴウもいない、一人きりの朝。
ただひたすらに黒十字の命令に従って、それ以外のことは何もしない無味乾燥な日々。
サクナをこの手で斬り殺して。
ラゴウとは何の縁もなくて。
ただ泥濘のような絶望に堕ちていく、無機質な毎日を過ごしていく。
そんな、
☆
『……というわけで、オマエの頼みを聞いて
あの後、黒十字の基地から帰ってきた私たちはアベリア製の魔道具を使って、『翅』とラゴウの五人で秘密の通信会議を開いていた。
予期せぬ暗部の魔剣使いに加えて、王国最強『
「……アベリア。あと一歩間違えばラゴウが危なかったかもしれない。そういうことはもっとちゃんとして」
『……言い訳のしようもありませんね。なんであれ、結果としてアタシが招いた不測の事態です。処罰も受け入れましょう』
「いえ、わたしの結界術が未熟だったせいでもありましょう。アベリアさま一人の責任にする訳には参りません。罰ならどうか、このサクナめにも」
『あの『天眼』を騙しとおせる結界など誰が使えようか。むしろ正体不明の魔剣使いの足止めまでこなしたサクナ嬢は本作戦の
ルートヴィヒが暗にラゴウの判断ミスではなかったか、と言った。
「……
『言い訳のようにも聞こえるが?』
「言い訳ではないが?」
ラゴウは割と感情が顔や言動に出やすい方だが、肝心の考えていることはあまり他人に喋りたがらない方でもある。
多分ラゴウなりの考えや狙っていることがあったんだろう。
……だとしても、だけど。
「だが少々甘く見積もっていたのも事実だ。今後は少し慎重に動くとしよう」
「わたしもより一層気を引き締めて『蟲』を運営していきたいと存じます」
『アタシもあのイカれ眼鏡の動かし方を考え直しましょう。
『フ、では私も陰ながら見守ることにしよう。君たちが奏でる革命の
そういって、魔道具による通信は切断された。
アベリアの技術力は凄いけど、周辺魔力の波長に乱れが生じてバレたり、万が一の傍受の可能性も考えると長時間の使用は危険だと聞いていた。
少しの間、場に沈黙が下りる。
魔剣科の生徒に与えられる特別学生寮の一室。
ラゴウの自室に、私とサクナを含めた三人はいた。
ラゴウの手足を氷の手錠で縛ったうえで。
「…………それで、これは一体どういうつもりか尋ねても?」
「昨日、ずっと帰ってこなかった。……待ってたのに」
「仕方がないだろう。黒十字に呼び出されていて、」
「私、ずっと待ってたのに」
ぎゅっと、背後からラゴウの首に手をまわして抱きしめる。
頬と頬がくっつく距離に顔を寄せて、彼の吐息の音を聞く。
ちゃんと生きてる。ひとまずは、それで安心できた。
「……黒十字からの指令に背けないのは、分かる。それであのシャクヤとラニって子を助けるために、あえて失敗を演じようとしたのも分かる。でも予想外の事態になったなら引き返すべきだった」
「……どうしても引けない事情と狙いがあった。結果として生きて帰ってくることができたんだ、それで十分といえないか?」
「いえない。私は言ったはず。黒十字を潰す野望よりも何よりも、二人のことが大切だって。もしそれが破られるようなら、四肢を削いででも止めるって」
「多少の危険はつきものだろう」
「万事安全に事が運ぶだなんてことは思ってない。私が言いたいのは心持ちの話。……自分の命を、大切にしてほしい」
きっと狙いがあったんだろう。きっと理由があったんだろう。
だとしても、私はそれを「はいそうですか」と受け入れることができない。
「たまに夢を見るの。朝起きても、私の側に誰もいない夢」
セツカさん、朝ですよ。早く起きてください──本当は起きてるのに、サクナが起こしてくれることが嬉しくて、よく寝たふりをする。
それを分かった上で、サクナは「仕方ないですね」って起こしてくれる。
本当は眠たくなんかないのに。
ただ甘えたくて、甘えられるのが嬉しくて、嬉しいのが愛おしくて、いつもそうしている。
「今日朝起きたとき、ラゴウがいなかった」
失敗を咎めるため黒十字に呼び出されたせいだ。
一体どんな処罰を受けるんだろう。
一体どんな責め苦を受けるんだろう。
甚振られたり、嬲られたりするくらいならまだいい。
手足の一本や二本を切り落とされるくらいなら、喜んで手足の代わりを務める。
だから。
だからどうか、生きて帰ってきてくれますように。
「悲しくて、苦しくて……怖かった」
ただ待つだけじゃ気が狂いそうだった。
だから黒十字の本部──王都の隠れた場所に設置された転移の魔法陣で移動できる──に直接足を運んだ。
私は胸の中がぐちゃぐちゃでどうにかなってしまいそうだったのに、ラゴウは思惑通りに事が運んだのか、ちょっと笑っていたのがムカついた。
だけど、心の底から安心した。
「あの時みたいなことになるんじゃないかって、怖かった」
サクナが死んでしまったと思ったあの日、あの時に感じた虚無感。
底なしの沼に沈んでいくような、どうしようもない絶望感。
私はもう、あの時みたいな気持ちにはなりたくない。
「約束して。もう無茶はしないって。私と、私たちと一緒にいつまでも生きていくことを、黒十字よりも『蟲』よりも、なによりも最優先にして」
逃げればいい、なんていうけどきっとそう簡単にはいかない。
黒十字騎士団の魔の手がどこまで広がっているか、
どこまで逃げても、どこまでも追いかけてくるかもしれない。
追い付かれて、抵抗空しく殺されてしまうかもしれない。
だとしても構わない。
どこか手の届かないところで勝手に死なれるよりはマシだ。
みんな一緒に死ねるなら、それはそれで一つの幸せな結末だと思える。
「ね──お願い」
ラゴウの赤い瞳の眼球と、私の眼球がくっつきそうなくらいに近づく。
心臓の鼓動が聞こえる。肌から温もりが伝わってくる。
自分を大切にしてほしいっていう当たり前の願い。
それを、ラゴウは。
「悪いが断る。仮にお前が有言実行して俺が達磨になろうとも、その頼みを聞き入れてやることは不可能だ」
「…………どうして」
なんで。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
なんで、そんなことを言うの。
「無論俺も死にたくはない。これまでの活動はすべて待ち受ける死の未来を回避するためのもの。……だが、それと同じくらい捨てられないものがある」
「それって、なに」
「──
ゆめ。
同じ言葉だけど、私の心を不安と恐怖でかき乱しているそれとは言葉のニュアンスが違って聞こえた。
多分それは、目標といった意味での夢だった。
「幼い頃から抱き続け……あの黒十字での地獄の日々を生き抜く導となった願いだ。そう簡単に曲げてやることはできないな」
つまりはきっと、黒十字の打倒。
サクナから聞いていた。ラゴウは幼い頃から既に黒十字騎士団という巨悪を打ち倒すという目的を胸に秘めていたと。
薬物の過剰摂取や度を超えた鍛錬も、すべてはそのための試練だったと。
……それを聞いて、私は「怖い」と思った。
だってそんな無茶を続けていたら、いつか死んでしまう。
黒十字に従い続ける道の先にも破滅が待ち受けていることは想像できる。
だから『蟲』という組織を作って、いざという時に黒十字に対抗できるための戦力を備えておくことには賛成する。
だけど、必要以上の危険は背負い込まないでほしい。
「……どうしても、ダメなの?」
「ああ。お前が俺たちに抱く想いと同じかそれ以上に、俺もまたこの
「だったら」
「だが不安がる必要はない」
力ずくでも止めようとした動きよりも早く、ラゴウの手が私の頭に触れた。
「ひゃ、ラゴ──」
「俺はこの
「……あの言葉、って?」
「さあな。そこまで言うつもりはない」
……愛してるとか、ずっと一緒に生きようとか、そういうのだったらいいのに。
「だからお前の心配は無用の長物だ。俺は死ぬつもりは毛頭ないからな」
「……本当? 約束してくれる?」
「ああ、『ラゴウ』の名に誓って。推しをむざむざ死なせるものか」
言葉の意味はちょっとよくわからなかった。
だけど、交わる視線から伝わってくる感情から、どれだけ本気で真剣なのかが伝わってきた。
……全部納得して受け入れる、わけじゃない。
でも今は、今回だけは、その言葉を信じてあげようと思った。
「ラゴウ、こっち向いて」
「? なにを──痛っ!?」
ラゴウの両頬を優しく固定して、彼の唇に口を寄せる。
そして──接吻、ではなく赤い唇にガリッと噛み傷をつけた。
「その痛みが約束の証。今日この時のことを、これからも忘れないでね」
「……あ、ああ。無論だ。…………っぅ…………」
だから今日は、これで勘弁してあげよう。
「えらいです、セツカさん」
「……サク姉」
これまでずっと後ろで静かに見守ってくれていたサクナの柔く細い手指が頭に触れて、優しく撫でられていく。
その感触がとても心地よくて。
私は、束の間の幸福に騙されてあげることにした。