悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
「ハァッ!」
飛びかかってきた猿の魔物を切り捨てる。
後ろを見ると、アレクサンドラ王女の方は突進してきたアサルトボアを両手大剣の振り下ろしで真っ向から両断しているところだった。すご。
「森っていうけど、わらわたちが遊んでた森に比べたら歩きやすいね!」
「そうだね。人が歩きやすいような道が整備されていて、進んじゃいけない方には分かりやすい目印が置いてある」
『魔獣の森』という名前や事前の説明からどれほど恐ろしいところなのかと危惧していたけど、蓋を開けてみたら案外普通の森だった。
「当然でしょ。こんな場所、新兵の訓練にだって物足りないくらいよ。学生、それも魔物と相対したことのない初級者用のコースね!」
「へ、へえ。詳しいんですね、王女様」
「やめなさい」
「え」
「敬語。今更媚びへつらうように敬語を使われてもムカつくだけよ。私が貴方を下すその日までは普段通りの口調で話しなさい」
そんなこと言われてもタメ口で話しかけると周囲の視線がますます刺々しいものになりそうなんですけどそれは。
けれど王女様の言葉には逆らえないのが平民というもので、僕は素直にいつものようなしゃべり方に戻すことにした。
「じゃあ、こういう喋り方で話すね。王女様」
「……ふんっ」
そうして居心地の悪い沈黙の時間が流れる。
ふと先日のことを思い出した。
『助けてくれて、ありがとうございました!』
『……そ』
すぐに決闘を申し込んでくる横暴王女様かと思えば、貴族の子息に絡まれているところを颯爽と現れて助けてくれた親切王女様でもある。
僕には彼女のことがよくわからなかった。
「大丈夫だよシャクヤ。もう一回戦ってもシャクヤは負けないもん。だって向こうは王女様で、わらわは女王様なんだから。一段格上だよ、ふふんっ」
「そうだね、ラニは凄いね」
唯一の清涼剤であり癒し系相棒であるラニの頭を優しく撫でた。
「けど、変ね。前に来たときは、この辺りだとまだ出てくる魔物の数は少なかったはず……無礼者。貴方、何か気付いたことはないかしら?」
「え、えっと……空気の流れが少しおかしいっていうのと、さっきから襲ってくる魔物がやけに気が立っているのは気になったかな」
「なにそれ、野生の勘?」
「そんなものじゃないよ。ほら見て、この足跡。これはアサルトボアのものだけど、それにしては数がおかしい。さっき木の幹につけられた傷を見たけど、ここら一帯はアサルトボアの縄張りのはず……なのに足跡は縄張りから離れていっている、メスや子供も含めてね。群単位で縄張りから大きく外れるような動きを見せるのは考えにくいよ」
「そ、そう。随分と物知りなのね……」
アサルトボアは牙で木の幹に傷をつけることで縄張りを主張する魔物だ。
子供の頃から口酸っぱく教えられてきたし、迂闊に踏み込んだ村人が興奮したオスに殺される事例は少なくなかった。
なのに、そのアサルトボアが群単位で縄張りの外へ出るような動きを見せている。
何かがおかしい。
まるで何かから逃げているような──そこまで考えて、ふと気付く。
周囲に佇む、異様な気配の数々に。
「王女様、そこで止まって今すぐ剣を構えて」
魔剣を鞘から抜き、ラニに目配せで合意を取ってから贋作の魔剣を再現する。
先日戦ったあの男が使っていた風の剣だ。
即座に遠距離攻撃可能なカマイタチを放ち、周囲の木々を切断する。
「ちょ、ちょっと!?」
「敵がいる。それも魔物じゃない。多分、人だ」
これまで何度も感じてきた奇妙な感覚だ。
そこにいるはずなのに、まるでそこにいないような薄い気配が肌をくすぐる感覚。
間違いない。奴らだ。
「獣のように鋭い五感をしているな……『気配遮断』の技能を高めた我らを気取るとはな」
大きな音を立てて倒れる木の陰に隠れていた、仮面をつけた黒装束たちの姿が露わになった。
「……なるほど、そういうこと」
「うん。気を付けて、とても危ない人達だから」
ふと、先日戦った『天狗面の男』のことを思い出した。
今の僕では逆立ちしたって勝てない強者。
王国最強と呼ばれるフヨウさん相手に不利な条件で一矢報いた怪物。
そして、何故か僕を殺す気がなかったという謎の存在。
……大丈夫だ、彼の姿は見当たらない。
それが良いのか悪いのかは、よく分からないけど。
「漏れ出る魔力の鋭さで嫌でも分かるわよ」
「フ、我々としてはそちらの青年が目当てだったのだが、クク、まさかアレクサンドラ王女殿下もご一緒とは。太陽剣『ウテナ』という
「あ?」
こわっ。
「まさかこの無礼者をぶっちぎりで超越するほど無礼で不躾な馬鹿が現れるとは思わなかったわ。仮にも魔剣持ち二人を相手に、貴方たち正気?」
「無論。魔剣持ちといえども所詮は『未覚醒』のひよっこ。ならば付け入るスキは幾らでもある!」
黒装束たちが一斉に右手を差し出し、魔力を集中させて言葉を紡ぐ。
「《
黒装束の手の先に人間の顔ほどのサイズはあろう火の玉が出現する。
人一人を簡単に焼死させられる威力を持ったそれが、周囲三百六十度から一斉に発射され、着弾と同時に火炎と衝撃を生じさせた。
「クククッ、これで……なにっ!?」
けれど、僕たちは無傷だった。
僕の方は先日の一件を参考に、真空の斬撃によって炎をかき消して相殺した。
対して王女様はというと、
「まさか太陽剣『ウテナ』を操る私に、初級の炎魔法で傷をつけようだなんて……舐めてるのかしら。それともすごく舐めてるのかしら?」
普通に受けた上で無傷だった。やば。
「これで誤魔化しようもなく反逆罪に問えるわね。もちろんこの場で即死刑。無礼者、サイフォスの王女たるこのアレクサンドラが許すわ。殺るわよ」
そのやるはどういう字で書くのかなぁ。
けど僕も容赦する気はない。親の仇だ、情けをかける理由なんてない。
お互い背中合わせになって注意を払う。
黒装束たちは舌打ちと共に後ずさったかと思うと、一転して笑みをこぼした。
「まあいい。もとより我らの手で始末できるとは思っていなかったさ。だからこそ、あのお方から『奴』を借り受け頂いたのだから!」
何らかの切り札を有しているらしい黒装束に一層気を引き締め、行動を起こす前に倒そうと足に力を込めた。
その時だった。
身の毛がよだつような、魂の芯から冷えるような悪寒が背筋を走った。
「な、なによ、この威圧感は……!?」
王女様も同じ感覚を得たようで、先程までの高慢な態度から一転冷や汗を垂らしているのが見えた。
一体どこから発せられているのか、巨大すぎて分からない魔力の奔流が五感全てで感じられた。
「フハハハ、今更気づいても遅い。『奴』が自ら気配を殺すのをやめたということは、もう貴様らに逃げる隙なぞ存在しないということだ!」
大地が揺れ動く。木々がざわめく。風が嫌な気配を運んでくる。
一刻も早く逃げなければいけないのに、逃げても無駄だという実感が双肩に重くのしかかる。
これから現れるのは、間違いなくこの森にいてはいけない超獣の類だ。
僕たち二人にとって最悪の未来をもたらす魔獣が、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
──最初に見えたのは、獰猛な牙だった。
人体程度容易く噛みちぎれるだろうそれは、既に幾つもの命を喰らってきたのか、赤い血の色に染まっていた。
ただ歩くだけで木々を薙ぎ倒していく巨体は、獅子のようであり、黒山羊のようでもあった。
二つの顔が歪に縫い付けられたような外見は否応なしに嫌悪感と恐怖を湧き立てる。
尻尾に当たる部分では蛇の魔物が爛々と眼光を灯らせていた。
死。その単語がどうしようもなく脳裏をよぎる。
「嘘でしょ、キマイラ……!? 出現が確認されたら騎士団の魔剣部隊が出征するような怪物よ!?」
「魔剣部隊、って」
「……つまり、あの魔剣狂いの王国最強が直々に派遣されることも十分あり得る化け物ってこと」
先日、黒十字の刺客を相手に圧倒的な格の違いを見せつけたフヨウさんの強さを思い出す。
間違いなく、今の僕らには倒せない相手だ。
逃げるしか手はない。
「逃がすとでも?」
しかし、逃げ道は黒装束たちによって塞がれてしまった。つまり戦うしかない。
王女様は一足早く覚悟を決めていたようで、まるで僕を守るように一歩前に出て、静かに魔剣を構えていた。
「──無礼者。私が命懸けで隙を作るわ。その隙に逃げなさい」
「……い、いや、そんなのできないよっ」
「できるできないじゃなく、やるしかないの。じゃなきゃ全滅よ。……臣民を守るのは王の務め。私には貴方を守る責務があるわ……」
それはなんというか、とても王女様らしい力強い言葉だったけれど。
でもその声音は、とても王女様らしくないしおらしい響きをしていた。
気性は荒いが気高く燃え上がる炎のようでもあった彼女の姿が、燻る煙のように見えたから。
「王女様らしくないね。へっぴり腰だ」
「んな、貴方ねぇ……! この状況分かってるの!? 死んだっておかしくないのよ!」
「うん。だからこそ、もっと強気に振る舞ってみせてよ。君に弱気は似合わない」
正直、僕の方こそ弱気になりたいくらいだった。
自分はやれるという思い上がりを『天狗面の男』に叩き潰されたばかりで、今にも足が震えて動けなくなりそうだった。
「──……え、ええ、そうね。次代の王たるこの私が、こんな魔物風情にビビってちゃ世話ないわ」
そうこなくっちゃ。
「ふん、くだらん三文芝居だ。どうせ瞬きの間に死んでいるというのにな!! やれ、キマイラ!!」
『ガアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!』
黒装束が命じると、キマイラの首輪が光を放ち、天を衝くような雄叫びが大気を震わせる。
一瞬後には二人とも死体となって転がっていてもおかしくない状況だ。
初手から最大火力をぶつけて怯ませて、その隙に逃げるしか道はない。
僕にやれるか、じゃない。
やるしかないんだ、今ここで。
「来いッ」
共に太陽剣『ウテナ』を目覚めさせ、逃げる隙を作るために全力の一撃を放つ──。
その、直前。
「蝕め『ナーガラージャ』」
どこからか伸びてきた鞭のようにしなる刃が、キマイラの突撃を弾いてみせた。
『ギャウッ!?』
「なにっ!? キマイラの突進を防いだ!?」
「今の剣……新手の魔剣使いか!?」
一体誰が。困惑して皆が立ち止まっている中、音も気配もなく視界に何かが現れた。
それは濃紺の装束を纏った、男とも女とも取れない長身の人間だった。
「うわっ急になんかいた!?」
「あの魔物は私が引き付けておきます。その隙に森の外までお逃げ下さい」
「っ! 誰だか知らないけど助かったわ! 行くわよ無礼者!!」
突然の出現に硬直する僕と違って、王女様はいち早く状況を飲み込んで即時即決の対応を見せた。
僕の手を取って後方の黒装束たちへ向かうと、魔剣の一撃を容赦なく浴びせて抜け出す。
とにかく元来た道を引き返してフヨウさんに助けを求めなきゃ。
その思いで全力疾走していると、不意に声が聞こえてきた。
『──お待ちください。そこから先は黒十字の刺客が罠を張っていて危険です。贋造魔剣を持った精鋭も複数名配置されているため、お二方の力を以ってしても突破は容易ではないかと思われます』
「ッ、誰……!?」
まるで木々に反響するように聞こえてくる声は、そのせいで位置も声音も詳しく判別できなかった。
『故あって姿は見せられません。ですが、どうか信じて頂けると幸いにございます。……ここから西方に行った先にある崖から飛び降りて、付けてある目印の通りに進んでください。その道筋ならば追っ手の目も掻い潜れましょう』
「素敵な提案ね、是非とも採用させていただきたいわ。信用できないという点に目を瞑ればね」
『仰る通りでございます。しかしここはどうか、わたしの言葉を信じていただくほかありません』
謎の声には真剣味があった。
騙そうとしているようには聞こえなかった。
あそこまで用意周到に事を運んだ連中が仕掛けそうな罠でもある。
けれど同時に、僕たちを森の外へ逃しまいとする悪魔の囁きのようでもあった。
無視して進むか、言う通りにするか。
ふと、脳裏を天狗面の男がよぎった。
「そんなの信じられるわけが」
「信じよう王女様! 多分嘘は言ってない!」
「ハァ!? どうしてそんなことが判るのよ!?」
「勘!」
「そんな曖昧なってちょ、ちょっと!?」
今度は僕が王女様の手を引いて走り出す。
声の主を信じて西方に進むと、本当に切り立った崖があった。
優に十メートルはあろう高さだったが、魔剣による身体強化状態なら問題なく飛び降りられる。
「行くよ、王女様!」
「ちょっとちょっとちょっとちょっと──!?」
そうして、僕たちは崖下へと飛び降りていった。