悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
『まさか女王様だけでなく、王太子殿下まで『例の事故』でお亡くなりになるだなんて……』
『次代を担う王としてこれ以上ないお方だったのに……』
『そうなると王位継承権は第一王女のアレクサンドラ様が受け継ぐことになるのかしら……』
『あのお転婆王女様が?』
『王族らしい品格なんて欠片もない』
『とてもじゃないけど、王の器ではないわよねぇ』
毎日毎日、同じような夢を見る。
朝、日の出前に目が覚める度、思い知る。
私はきっと、選ばれた人間ではないのだと。
☆
暗雲が立ち込め、『魔獣の森』が曇天の影に覆われる。
それはまるで、三人の行く末を暗示しているようでもあった。
「ハァ、ハァ、ハァッ……!!」
生い茂る木々の隙間、襲いかかってくる魔物を撃退しながら獣道を進む。
さっきとはうってかわって整備もされていない道なき道を行くことになったせいか、二人の呼吸は荒々しくなっていた。
「王女様、先頭代わるよ。こういう道は僕の方が慣れてるし、適任だと思う」
「結構よ。仮にもサイフォスの王族が、国民を盾に後ろに下がるなんてできるもんですか……!!」
「……分かった、でも無理はしないで。君が倒れたら逃げ切れる可能性は低くなる。そうなったら元も子もないよ」
分かっている、そう答えたアレクサンドラだが内心では理解し切れていなかった。
休みたくとも、いつあの魔物に追いつかれるか不安で不安で仕方がない。だから足を止められない。
「……兄様なら、きっとこんな無様は晒さなかったのに」
アレクサンドラはぽつり、誰にも聞こえない声量で弱音を漏らした。
腰に下げた太陽剣『ウテナ』の柄を握る。
サイフォス王家の王位を保証してくれる、黄金と紅玉の大剣。
その本来の持ち主となるはずだった家族のことを思い出して、自然と手に力が入った。
「王女様、何か言った?」
しかしその小さな呟きは、獣のように鋭敏な感覚を持つ少年の耳には届いてしまっていたらしい。
振り返ったシャクヤの顔には、純粋な心配の色が浮かんでいる。
その何の裏もない真っ直ぐな視線が、今のアレクサンドラには少しだけ眩しく、そして痛かった。
「……なんでもないわ。それより、あの声の主が言っていた目印を見落とさないよう気をつけなさい」
誤魔化すように話題を変える。
キマイラの咆哮は聞こえない。
だが奴が追跡をやめたというわけではない。
むしろ気配を殺して静かに、しかし確実にこちらへ迫っている証拠かもしれない。
「無礼者、もう少し速度を上げていくわよ。とにかく今は逃げ切るのが大事──」
「「へぶっ!?」」
焦りから走行速度を上げようと提案したところで、急にシャクヤが躓いて転んだ。
何事かと振り返ってみると、魔剣と一体化していたはずのラニが元の姿に分離していた。
「いたた……な、なにが……?」
「シャクヤ、お鼻いたい……」
「これは……
「おーばーひーと?」
「人が一度に使える魔力量には限界がある。それを超過すると今みたいに急に魔力がほとんど使えなくなるのよ。もちろん鍛錬次第で伸びていくけどね」
「そうか。僕はまだ魔剣を使えるようになって日も浅いし、こんなに長い間使いっぱなしにしたことがなかったから……」
「体が一時的に限界を迎えたのよ」
けれど仕方のないことだ。
死が間近に迫る極限状態で、信じていいかも分からない目印を頼りに獣道を全力疾走する。
その肉体的、精神的負担は計り知れない。
その焦りが魔力の無駄遣いを誘発し、
そしてきっと、アレクサンドラの焦りにつられた結果でもあった。
「……仕方ないわね。少しだけ休みましょう。幸い、近くに小さな洞窟があるわ」
アレクサンドラは周囲を見渡し、生い茂る木々や植物によって隠れるように存在する小さな洞穴を指差した。
三人は吸い込まれるようにその中へ入り、ようやく腰を下ろす。ひんやりとした岩肌が、火照った体に心地よかった。
「ふぅ……助かった。ありがとう、王女様」
「礼には及ばないわ。私も限界だったもの」
洞窟の中から外の様子を窺う。これならよほど注意深く探されない限りは見つからないだろう。
張り詰めていた緊張の糸がほんの少しだけ緩む。すると、堰を切ったように言葉がこぼれ落ちた。
「……本当はこんな剣、私が持つべきじゃなかったのよ」
シャクヤとラニが驚いたようにアレクサンドラを見る。いきなりどしたの、そんな顔をしていた。
「私には兄がいたの。それはもう、絵に描いたような完璧超人だったわ。剣の腕も、勉学も、人を惹きつける魅力も、全てにおいて私なんかよりずっと優れていた。太陽剣『ウテナ』も……今の私より幼い頃に、今の私より使いこなしてた」
少女は自嘲気味に笑う。
シャクヤとラニは何も言わず、ただ静かにアレクサンドラの話に耳を傾けていた。
「でも、兄様は死んだわ。母様と一緒の馬車に乗っていた時の事故でね。それで王位継承権と、この魔剣が私の元に転がり込んできた」
「……そうだったんだ」
「大人たちは誰も私を認めなかった。今の私を見たら信じられないかもしれないけど、それまではかなりのお転婆で、品格なんて欠片もなかったから」
シャクヤとラニは何か言いたげな顔をしたが、空気を読んで口をつぐんだ。
「だから必死に努力したわ。王族として相応しい人間になるために。兄様の代わりにはなれなくても、せめて、この国を背負うに値する人間になりたいって……!」
アレクサンドラの口から弱音が漏れていく。
本当なら彼女はここまでの弱みは見せなかった。
原作でも似たようなやり取りは交わすが、もっと理性を保ち、強がって見せられていたはずだった。
だがキマイラという遥か格上の魔物を前にして。
逆立ちしても敵わない強者を前にして虚勢を保てなくなっていた。
気丈に振る舞うことで築き上げてきたはずの鎧が、ボロボロと剥がれ落ちていく感覚。
「……王女様……」
そして、それはシャクヤも同じだった。
フヨウの乱入によって原作よりも遥かに鮮烈に刻みつけられた強者たちの姿──天狗面の男の存在。
今の自分ではどうしたって敵わない。
そんな連中に命を狙われている。
命だけならまだいい。ラニの身だって危うい。
その事実が彼の自信を喪失させ、励ましの言葉をかけられない理由となっていた。
原作ではシャクヤの励ましによって、二人の絆がより強く結ばれる場面。
しかし想定外の事態によって発生した異常。
本来ならば築かれていた繋がりの糸が、無常にも断ち切れんとしていて、
「王女様って、すごくすごいんだね!」
そんな空気を読まない、元気溌剌としたラニの言葉が洞穴内に反響した。
「……い、いきなりなに? すごくすごいって、どこが凄いっていうのよ。結果が出ていないのなら意味なんてないわ」
「なんで? 頑張ってるのはそれだけですごくえらいと思うけどな。ね、シャクヤ?」
「うぇ? そ、そうだね」
シャクヤは少し戸惑いを見せたあと、自分の感想に口にした。
「……僕も大切な家族を失ってるから、その痛みは分かる。そんな重たいものを背負って、それでもちゃんと前を向いて、立派な王様になろうって努力してる。うん、すごくすごいよ」
──なにを、言ってるの、この二人は。
その言葉はまるで魔法のようだった。
ずっと少女を縛り付けていた、目に見えない鎖を断ち切るような、力強い響き。
アレクサンドラは頬が熱くなるのを感じた。
顔が燃えるように熱い。
俯かなければ、この真っ赤になった顔を二人に見られてしまう。
「も、もう! そんなに私をおだてたって、何も出してあげないんだから!」
「照れてる」
「ね」
そうして、三人はフッと笑った。
張り詰めていた緊張の糸がほぐれる。
原作とは異なる形の絆が芽生え、少し違った未来に向かって進み始めた。
その瞬間だった。
『GUROOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』
洞窟を、いや、森全体を揺るがすほどの凄まじい咆哮が轟いた。
「っ、これは……!?」
「二人とも、出るわよ!!」
スイッチを切り替え、シャクヤとラニを掴んで咄嗟に洞穴の外へと飛び出す。
直後のことだった。洞穴ごと叩き潰すように、上空からキマイラが降ってきた。
「嘘、どうしてこの場所が分かったの……!?」
あの謎の濃紺装束がしくじったのか。
困惑に動きを止めていると、シャクヤがあることに気がついた。
「あのキマイラ、さっきの人に魔剣で付けられたはずの傷がない……それに顔立ちもなんか違う! 別個体だよ王女様!」
「顔立ちが違うってなに!?」
「垂れ目がちだし、大人の女性って感じなんだ!」
「どの顔を指して言ってるのよ!?」
獅子の方か黒山羊の方か、はたまた尾の蛇か。
なんにせよ、別個体らしいのは確かだった。
「チッ、無礼者が無力な今の状況で……!」
自分一人でやるしかない。
到底不可能だというのは嫌でも理解している。
だけど。
それでも。
「ここで逃げたら、私は今後アレクサンドラ・オブ・サイフォスを名乗れない……!!」
だから立ち向かう。魔剣の名を呟き、息を吸うだけで肺が焼き焦げそうな程の熱気を迸らせる。
大口を開けるキマイラに対して、今のアレクサンドラが放てる最大火力をお見舞いする。
「焼却しろ──『グラハラージャ』!!」
太陽の如き巨大な炎球を生み出し、渾身の斬撃と共に解き放つ。
莫大な熱量がキマイラを飲み込んでいった。
即ち業火一閃。
全てを焼き尽くして余りある灼熱は大地をガラス質に変え、主人に害なす魔物を焼却する──!
「……クソッ!」
なんて、都合のいいようにはいかない。
キマイラは爆炎に身を焦がしながら、それでも猛々しく立っていた。
『Gruuuuu…………』
多少は響いたのか、呻き声は上げている。
けれどそれだけ。打倒には遠く及ばない。
血走った獰猛な眼光が三人を射抜く。決して逃しはしないと、何よりも雄弁に語っていた。
「……やらせないわよ」
震える手で、アレクサンドラは剣を構える。
「私はアレクサンドラ・オブ・サイフォス。父と母と、そして兄から太陽剣『ウテナ』を譲り受けた次代サイフォス王なんだから!!」
キマイラの前腕が上がる。
一瞬先に待ち受ける死の未来を少しでも引き延ばすため、『ウテナ』の炎が盛る。
そうして振り下ろされる、直前。
「お見事でございます、異国の王女さま」
魔獣の鉄槌は何もない地面を砕いただけだった。
死が待ち受けていたはずの三人は、いつの間にか謎の少女によってキマイラの背後に移動させられていた。
「あ、貴方は……?」
「その声、さっきの」
「この場で名乗れる名はございません。その上で、敢えて答えるとするならば……」
白い狐の面を被った少女は言った。
「獅子を食い破るため生まれた、『蟲』の