悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
第44話 副担任のアスモダイオス先生
「──早く起きなさい、シャクヤ」
窓から差し込む陽の温もりに微睡んでいると、ふと聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
安心する声だ。だけど不思議と、心臓がキュッと縮むようでもあった。
この声の主は……かあ、さん?
「か、母さん!?」
「やっと起きた。もう朝ごはん作っちゃってるから、早く食べちゃいなさい」
「え、え……え!? なんで母さんが……!?」
「なんでって、おかしな子ねぇ」
「ははは、どうしたシャクヤ。寝ぼけてるのか?」
父さんまで、もういないはずの人間が目の前にいた。こんなのありえない。
だけど実際、二人が目の前にいる。
生きて、僕に笑いかけてくれている。
「母さん、父さん……っ! 僕、僕……っ!」
すぐに起き上がると、二人のもとに駆け寄る。そして衝動のままに抱きついた。
春の陽だまりのような、生きた両親の温もりが肌から伝わってきて──、
どしゃり、と二人の体が地面に崩れ落ちた。
伝わってきたのは冷たく硬い肉の感触と、どこまでも粘ついて離れない血の生臭さだけだった。
いや、二人だけじゃない。
もっとたくさんの、山のような命の残骸が、色を失った瞳で僕を見つめていた。
ナンデ、オマエダケ、イキテイル。
「──うああああああああああ!!!!????」
叫びと共に飛び起きる。
心臓の音がうるさい。寝汗を吸った服が気持ち悪い。喉奥から何かがせりあがってくる。
ギュッと、優しく手を握られる感触がした。
「……ラニ?」
「ん、おはようシャクヤ。……まだ夜だけど」
ふと隣を見ると、温かい笑顔を浮かべるラニがいた。スッと差し伸べられた手が頭を撫でる。腹の底から湧き上がる気持ちの悪さが、少し落ち着いた。
「またあの日の夢を見ちゃったんだね」
「うん……ごめん、起こしちゃった?」
「んーん、平気。気にしないで」
普段は僕の方がお兄ちゃんみたいな心持ちでいるのに、この時だけはまるきり正反対だった。
気恥ずかしさから顔が熱くなる。誤魔化すために礼だけ言うと、ベッドから降りる。
「散歩行くの?」
「うん、気分転換にね」
「またあの黒服の人達に襲われないかな?」
「フヨウさんは『便利な警備員を一人雇っておいたから安心してくれたまえ』って言ってたけど……」
でもそう言われると不安だから、フヨウさんの研究所近くを歩こう。魔除けの効果ありそうだし。
二人で寮を出ると、月光に照らされた道を歩く。涼しい夜風が熱った体を冷やして心地いい。
入学から一ヶ月がすぎたけど、学園生活に慣れるのに精一杯で『もう』という感覚が強い。
魔剣の実習訓練に座学に教養にと学ぶことは尽きない。だからこそ、みんなの死を重く受け止め過ぎないで済んでいるのかもしれないけど。
「魔剣科の生徒は筆記試験も融通ききやすいらしいけど、それに甘えて勉強しないのはダメだしね」
「わらわ、お勉強はむつかしいから嫌い……」
サーシャやサルファさんに教えてもらって何とかついていけてるけど、それがないと終わってた。
二人には本当に感謝しかなかった。
「本当、慌ただしい日々だなぁ」
でも嫌じゃなかった。
居場所をなくした僕らに、こうして新しい居場所ができた。そのことが堪らなく嬉しかった。
願わくば、こんな日常がずっと続いてほしい。もう二度と壊れないでほしい。そう思えた。
なのに何故だろう。
たまに、心に底の見えない穴が空いたような感覚に襲われるのは。
「──どうやら束の間の幸せを存分に享受しているようだ。気楽なものだな」
「ッ! き、君はあの時の……!?」
音も気配もなく影から現れたのは、いつか襲ってきた天狗の面の男だった。
予兆はなかった。まるで柱の影と同化していたかのように姿を見せた男は、静かに近づいてくる。
「止まれ! それ以上近づくなら剣を抜く!」
「……多少の修羅場は潜っておきながら、まだそんな能天気な台詞を吐けるのか」
「なにを……!?」
一瞬の出来事だった。フヨウさんを通じて種明かしはされていたはずなのに、男の特殊な歩法によって接近を許してしまう。
そして男が手に持つ鋭い刃が、いつかのように僕の首筋に当てられた。
「シャクヤッ!」
「敵を知覚したらすぐ抜剣しろ。だからこうなる」
「ッ……僕を殺す、のか」
「それも悪くはないが……残念ながらそういう訳にもいかなくなった」
しかし男は呆気なく刃を離すと、無防備にも背中を向けて元いた柱の方へ歩いていく。
そうして振り返ると、天狗面越しの赤眼を闇夜の中で爛々と光らせながら、こう言った。
「素晴らしい提案をしよう。俺の仲間になれ──そうすれば貴様は、憎き怨敵への復讐を果たすことができる」
☆
時は少し遡り、昨日。
入学から激動の一週間を終え、一月が経過しようとしていた。
フヨウからのちょっとした接触はあったものの、原作に大きな影響はない。
次の章が始まるまで進展のない退屈な日常を過ごしていた、そんなある日のことだった。
「突然だけど、今日は魔剣科にやってくる新任の教師を紹介させてもらうよ」
原作にはなかったはずの展開だ。
となると俺が原因で起こった改変イベントということになるが、心当たりがない。
もはやバタフライエフェクトよろしく小さな影響が大きな改変に繋がっていても不思議はない。
できれば俺の構想と大して食い違わない程度のイベントであってほしいところだ。
教室の扉が開き、その新任とやらが入ってくる。
それはとても見覚えのある人物だった。
「今日から魔剣科の副担任を務めさせてもらうカイナ・アスモダイオスだ。魔剣科生徒の諸君、これからよろしく頼む」
……なるほど、このタイミングで来たか。
一応事前に俺の監査役として配備される旨は伝えられていたが、こんな抜き打ちみたいに連絡なくやってくるとは思わなかった。
アベリアへの対応が今から面倒くさそうだと思いつつ、話を聞いていく。
「カイナくんはシュテッケン法国から遣わされた立場でね。例の黒装束の一団にいいようにやられてる私たち王国が信用ならないからと、副担任の名目で監査役として派遣されたしがない中間管理職サマだ。是非とも優しく接してあげたまえよ」
裏事情全部バラしてくるじゃん。
相変わらずの明け透けがすぎる態度にカイナは面食らっていたが、俺たちは慣れっこだったので温かい目で彼女を見守っていた。
「あーその、そういう理由も無きにしも非ずだが、だからといってキミたちにまで同様の態度を取るつもりはない。気兼ねなく接してくれると嬉しい」
「とのことだ。気軽にカイナちゃん先生とか呼んであげると喜ぶんじゃないかな」
「…………は、ははは」
凄い、もうカイナの眼輪筋がピクピクし出した。
「さて、愉快な仲間が一人増えたところで授業開始の時刻だ。今日は抜き打ちテストをするから、今苦い顔をした少年少女は覚悟して臨むことだね」
現代日本の高校レベルの知識があれば簡単な問題だ。この世界固有の知識や教養も黒十字で叩き込まれている。鼻歌混じりで解ける難易度だ。
無事にテストも終わり、休憩の時間がやってきたので早速カイナに話しかけることにした。
「……お久しぶりです、アスモダイオス教官」
「オマエ……ラゴウか。あまり馴れ馴れしく話しかけてくるなよ。ワタシたちの繋がりがバレて計画が破綻したら元も子もないんだぞ」
「同じシュテッケン法国の人間で、留学生や監査役として派遣される立場にある……以前から繋がりがあったとしても不思議ではないでしょう」
「まあ、それはそうなんだが……」
何か言いたげな様子で視線を右往左往させるカイナ。だが適切な言葉が出てこないのか、明らかに気だるそうにため息を吐くだけに終わる。
「しかし教師役とは。確かに、それなら学園の内情も探りやすい」
「魔剣科担当の教員はガードも厚く、黒十字の手が回っていないからな。都合が良かったよ」
「慣れない環境で大変でしょうが安心してください。教官に対してはちゃんと修練生時代のように聞き分けの良い生徒として振る舞いますよ」
アベリアの望みを叶えるためにも、獅子王への心象を良くするためにもカイナには媚を売っておいて損はない。
俺はラゴウのキャラを崩さない程度に薄い笑みを浮かべながら、彼女に励ましの言葉をかけた。
「────────」
☆
──瞬間、カイナ・アスモダイオスの脳内に溢れ出した
「アスモダイオス教官!」
「なんだ、何があった」
「0721番が草を食べています!」
「……どういうことだ?」
「もぐもぐ」
「……どういうことだ!?」
「やめんか馬鹿者! そんな得体の知れない雑草食べたらお腹ピーピーなるだろうが!」
「いえ、これは『アヤシクナイ草』といってランダムでいずれかのステータスが5〜10も上がる序盤のお役立ちアイテムでしてまあ10%の確率で逆にステが下がりますが決して怪しいものではおろろろろろろろ」
「名前からして思い切り怪しいじゃないか……!」
「アスモダイオス教官!」
「今度はなんだ」
「0721番が浴槽で溺れて死にかけてました!」
「週に一度清拭するためだけの、風呂というか浅い水溜りでしかないあの浴槽で……?」
「なんでも心肺機能の訓練をするために顔を水につけて息を止めていたところ、気を失ってしまったとのことです」
「あいつ頭おかしいよ……」
「アスモダイオス教官!」
「……もう嫌な予感しかしないが、なんだ」
「0721番が森の主に手を出して怒らせました! 指導官総出で対処していますが破られるのも時間の問題です!」
「悔いて背負え『クルシフィクス』──ッ!!」
「ハァッ……ハァッ……マジでなんなのオマエ……」
「偶然見かけたので、いい経験値になるかと襲い掛かったら予想以上に手強くて。やらかしました」
「本当にいい加減にしろよオマエぇ……!」
「なんなんだあいつは……魔剣適性があるからつまらない理由では死なせるなという命は受けているが、だからってなんでワタシが……」
「ああ、それは同じ魔剣使いだから0721番の面倒も見やすいだろうという上からのお達しがありまして。……あと私達も0721番とはできるだけ関わり合いになりたくないので、よろしくお願いします」
「────……納得いかない……!」
☆
「……ああ、頼りにしてるよ……ハハッ」
笑顔で返してくれた。信頼関係が築けているようでなによりだった。