さて、サクナとセツカという原作の流れを破綻させてしまいかねない地雷との兄妹弟子関係が始まってしまったわけだが。
俺が構築すべきは『積極的に話しかけたいとは思わない苦手な兄弟子』というポジションだ。
付かず離れず、いずれ始まる本編ストーリーに悪影響を及ばさない程度に低い好感度。
それを実現するためにはどうすればいいか。
「ん……? なんだこれは。サクナ、セツカ。今すぐここに来い」
「な、なにか粗相をしてしまいましたか……?」
「なにか? じゃない──窓の桟を見ろ、こんなにも埃が残っているではないか」
そう、つまり嫌味な先輩……!
「あいつマジかったりーよな」と同級生と愚痴り合うようなウザい兄弟子。
それが俺の理想の立ち位置だった。
「まったく、比較的簡単な掃除から任せてみればこの体たらく……貴様らは基礎修練で一体何を学んできたんだ?」
「も、申し訳ありません」
「……基礎修練で掃除の仕方は学ばない……」
「何か言ったか?」
「な、なにも」
「どうやら貴様らには剣よりもまず先にホウキやハタキの使い方から教えねばならんらしいな。こい、俺が掃除のなんたるかを教示してやる」
常に高圧的な態度で接し、剣の修行とはまるで関係ない雑事に時間を使わせる。
俺もかつて、部活の先輩が押し付けてくる雑事に鬱憤を溜めてきたものだ。
流石に暴力で痛めつけたりはラインを超えそうなので、こうした方向性でせめていきたいと思う。
「サクナ、セツカ。なんだこの味噌汁は。故郷の料理だというから任せてみれば……風味が飛んでしまっているではないか。赤味噌ならともかく、味噌汁は沸騰させてはならないという基本も知らないのか?」
「も、申し訳ありません!」
「スイゲツ翁が稀に作る煮干し出汁の見事な味噌汁に比べれば、貴様らのはお湯にただ味噌を溶かしただけのミッソスープ! としか言いようがない。剣の技より先に料理の技を教わったらどうだ」
「あの人煮干しでお出汁取るんだ……」
一々ハラワタ取ってるところなんて想像つかないのは分かる。
「本当に美味い味噌汁というものを教えてやる。今すぐ調理場へ行くぞ」
「りょ、了解しました」
「……なんか思ってたのと違う……」
こうして、俺はうざい兄弟子としての振る舞いを完璧にこなしていったのだった。
「その……童、貴様随分とサクナとセツカの二人を可愛がってやっているそうだな」
「ああ、爺さんの言外の意図を汲み取ってやったぞ。しごいてやれ、といいたかったのだろう?」
「…………(そういうしごき方じゃないと言いたいけど助け舟を出すようで言いにくい様子)」
「任せろ。好かれたいなどとは思わない。兄弟子として厳しく接しようじゃないか」
「…………(厳しく接するにしても修行的な意味で厳しくしろと突っ込みたい様子)」
スイゲツの爺さんの望みも叶えられるし、一石二鳥というやつだった。
また、時には彼女たちへのしごきと俺自身の鍛錬を兼ねて、ゲームの知識を活かした経験値効率ゲキウマ魔物の生息地に赴いたりもした。
『グオオオオオォォォォォォ!!!!!』
目当ての魔物の一体であるメタルドラゴンだ。
金属質の鱗に覆われた竜系の魔物であり、通常の刃物では到底太刀打ちできない堅牢さを誇る。
「ひっ」
「こ、こんな魔物は基礎修練でも見たことがありません……ッ」
基礎修練を乗り越えたとはいえ、まだまだ子供の彼女らでは倒せない難敵だ。
ゲームでの推奨討伐レベルは30以上で、現在の俺は恐らく10半ばあればいい方。
大人の団員すら大半は倒せない強敵。
普通にやったらほぼ間違いなく殺されるし、文字通り刃が立たないだろう。
「《
基礎修練で習得していた初級闇魔法による地面を伝う影の刃を放ったが、傷一つつけられなかった。
ちなみに俺は詠唱はちゃんとやりたい派だ。
『魔剣戦記』は厨二が売りだし、ここで恥ずかしがるようでは真にカッコいいライバルキャラは目指せない……!
文句なしの強敵だが、『永闇』があれば別だ。
「
どこぞの死神漫画の刀よろしく、各魔剣に設定されている『起唱』を呟くことで能力を発揮する。
漆黒の刀身が抜き放たれ、振り払われると同時に墨汁のような影が地面を黒く染め上げる。
今の俺では魔剣でも切り裂けない鋼鉄の鱗。
しかし斬撃は鱗ではなくメタルドラゴンの『影』を切り裂き──見事ダメージを通してみせた。
『ギャアッ!?』
「見たか。これが『影踏』の能力だ」
魔剣戦記において、魔剣には全てパッシブスキルと呼ばれる固有の能力が備わっていた。
『影踏』。敵の影に当たり判定を発生させ、防御力に関係なく一定の倍率でダメージを与えられる。
これによってメタスラ的な防御力の高い魔物相手にも安定して勝ちを狙える。
ゲーム序盤の経験値稼ぎ手段としても定番だったやり方だ。
『ギャオオオオオォォォォォンッッッ!!!!』
俺を脅威だと認定したのだろう。
メタルドラゴンの殺意が増した。
血走った視線がこちらを向き、鍛えられた業物の如き爪牙が木々を容易に細切れにする。
紙一重で回避しながら影を攻撃して──木々を迂回し、背後から迫る長い尻尾が俺の胴体を貫いた。
「えっ……!?」「ラゴウさま!?」
セツカとサクナの驚く声が上がる。
メタルドラゴンの口元が喜色に歪んでみえた。
「ほう、魔物も敵を倒せて嬉しいと顔に出るのか」
『ギャッ……!?』
「『影分身』。残念だったな、トリックだよ」
魔剣に八種あるアクティブスキルの一つだ。
実体のない分身を生み出し、相手を翻弄する。
分身には影がないので相手によっては見破られるが、メタルドラゴン程度なら問題ない。
「そして、これで終わりだ」
背後に回り、巨大な影に斬撃を叩き込む。
堅牢な鋼鉄の鱗に無数の亀裂が走り、悲鳴と共にメタルドラゴンは地面に倒れ伏していった。
「ドラゴンの、それも強力な亜種相手にこうも見事に完勝してしまうだなんて……」
「これが魔剣使い……」
俺が本来敵わない相手に勝利できたのは、魔剣による
魔剣とは人体では到底生成・保持できない量の魔力の発生機関であり圧縮機構なのだ。
他にも色々試してみる。
覚えているデータにおいて『永闇』で初期から解放されているスキルは二つ。
一つは『影分身』で、もう一つは『影縫』だ。
「魔剣で相手の影を刺すことで動きを封じられる……どちらも補助特化なのが残念だ」
強力だが、こちらもこちらで魔剣による攻撃を封じられるのは痛い。
しかも相手も抵抗してくるから、力負けしているとそのまま弾かれかねない。
味方との共闘で初めて輝きそうなスキルだ。
「試しにオークの動きを止めた。貴様らでトドメを刺してみろ」
「は、はい」「わかった」
指示すると同時、抜剣した二人の太刀筋が綺麗に交差を描くと、オークの首級を切り落とした。
「あの、これも鍛錬のうち……なのでしょうか?」
「ん? ああ……まあそうだな」
実際は『永闇』で出来る応用範囲を確かめるための実験でしかないのだが、真面目に答えて下手にイベントが発生しても面倒だ。
おざなりな返事で会話を打ち切った。
「ゲームではレベルが上がると自動でスキルを覚えていたが、この世界だとどうなるんだ……? 自分で開発したり発展させたりしないといけないのか……? 確認すべき点はまだまだ山ほどあるな」
特に『永闇』は他の魔剣と比べて
スキルについての研究は最優先事項だった。
「ゲームじゃできない応用を考えるのがこんなに楽しいとは」
本編開始の年齢は十五歳、つまりあと五年。
それだけの時間で原作よりも高い実力をつけ、ルート構想を練磨させていかなければならない。
遊んでいられる暇はなかった。