悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
「……ここまでだ。これ以上は明日の武闘会に差し障る」
「ハァッ、ハァッ……ありがとう、ございました……!」
這いつくばって息を荒げるシャクヤたちを見下ろしながら、ついぞ抜くことはなかった『永闇』の柄頭を撫でる。
「前日になってもまだ『永闇』を抜かせられないようでは、明日の武闘会もたかが知れているな」
「……いえ、必ず勝ってみせますよ。ね、ラニ」
「うん! ホエヅラ? かかせてやるんだから!」
えいえいおー、と意気込む二人。
一方の俺は、そんなシャクヤの表情に陰りが差していたのを見逃さなかった。
「……不可能だな。少なくとも、貴様に前を向いて生きる意志が欠けている限りは」
「? なにを……」
意味深なことを呟いて立ち去る。
築くべき関係は築いた。あとはこれまで立てたフラグを適切なイベントで回収するだけだ。
そうしてようやく、俺は理想のライバルキャラとしてのスタートラインに立つことができる。
☆
――刀剣武闘会の起源は、それこそサイフォス王国の黎明期にまで遡るという。
まだ一地方の小国に過ぎなかったころ、代々領土を統治してきた王族は太陽剣『ウテナ』を手に他国からの侵略戦争を幾度となく退けてきた。
いつも数的不利を強いられ、劣勢が前提。それが王国にとっての戦争だった。
だが、それでもサイフォス王国はただの一度として敗北を喫することはなかった。
太陽剣『ウテナ』の加護がある限り、どんな苦境も打破して勝利や講和をつかみ取ることができた。
王家の威光は留まることを知らず、武勲さえ立てればどんな身分の者でも成り上がれるという風土によって命知らずの戦士たちは覇を唱えあい、やがては国一番の強者を決める大会が自然と開かれるようになった。
最初は非公式だったそれは、いつしか興行価値を見出した一部の富豪が胴元となる賭け事の対象となり、多大な金が動くようになった結果、国による規制と整備の手が加わっていき……。
当時のサイフォス王が『我が感嘆に足る威光を示した者には魔剣の使用権を贈呈する』という決まりを掲げたことで、国一番の行事としての地位が盤石になったという。
「今ではこうして王都中がお祭り騒ぎになるようにまで至った、と」
出典:刀剣武闘会の歴史より。
「屋台がいっぱいで凄い……! いつもの何倍もお店が出てるよ、ラゴウ」
「文字通りのお祭り騒ぎだな」
刀剣武闘会が開かれる時分まで暇だということで、下町の露店通りにやってきていた。
平常時も祭りと見紛う賑やかさだが、今は地平線の向こうまで続いているのではないかと思う数の露店がずらりと並んでいた。
それに応じて人、人、人で溢れかえっている。
「ゲームだとここまで人通りは多くなかったはずだが、あくまでゲーム的都合で設定的にはこちらが正しいということか……まあこんな人波を再現されても移動が手間で面倒なだけだしな……」
それを実際の世界に飛び込んで体験できるというのだから、ファン冥利に尽きるというものだ。
「──ラゴウさま。『蟲』の配置は予定通り完了いたしました。これでいつ事が起こっても対応にあたれます」
人混みに紛れるように気配を殺してやってきたサクナからの報告を受け取る。
正直配置とかなーんも分からんのではいはい頷いてるだけだが、一応ちゃんと分かってる風を装わないとラゴウのイメージが崩れてしまう。
「ルートヴィヒさまは伏せておきたい手札のため、アベリアさまは本作戦には不向きと判断したため不参加で裏方に回っていただきました」
「計画実行のタイミングはカイナから聞かされている。ご苦労、時間が来るまで待機にまわるといい」
カイナと交わした会話を思い出す。
『計画実行は武闘会閉幕式の最中だ。それまで無駄に体力を消耗するな。大会も程々に流せ』
『了解。……目の隈すごいですね』
『計画を円滑に進めるために各部隊の連携を取りまとめる管理役を一任されてな……もう三日はロクに寝てない』
どうせ失敗する作戦なのに心の底から可哀想だ。
「じゃあ一緒に回ろう、サク姉。開会式が始まるまでは暇だし、露店を見て回ろうと思ってたから」
「そうしたいのは山々ですが、総指揮を執るわたしが本分を忘れて一服に耽るというのは……」
「作戦決行時間までは『蟲』もやることないでしょ? 黒十字の監視の目も今は外れてるみたいだし、ちょっとくらいなら大丈夫」
渋るサクナに対して、セツカは半ば無理矢理といった強引さで露店巡りに誘う。
黒十字の団員がこういった祭事を楽しむ機会は皆無といっていい。
セツカにとってはすべてが新鮮で心躍る光景なのだろう。
『蟲』の幹部としての立場とセツカの姉としての立場の間でサクナが揺れ動く。
捨てられた子犬のような目で助けを求めてくる彼女にため息を吐いた。
「構わん。セツカの言う通り作戦決行までは暇だ。合間に息を抜いても問題はないだろう。ただし同行中も周囲に気を配り、気配の遮断を怠るなよ」
「ラゴウ、いい援護射撃。そういうわけだから、いこ? ……私、ちっちゃな頃からこういうお祭りに参加してみたかったんだ」
「……ラゴウさまが許可を出されたのであればわたくしが口をはさむ理由もございません。ええ。参りましょう、セツカさん」
サクナは静かにうなずくと、セツカの提案を受けて一歩を踏み出した。
セツカは皇族の生まれだ。市井で開かれるような祭りに気軽に参加できる身分ではない。
アシハラにいたころ、街で見かけた賑やかな祭りに参加してみたいと密かな憧れを抱いていた──という一幕が原作でもあったはず。
それを原作では死んでいたはずのサクナと楽しめるのだから、これ以上の幸せはないだろう。
とても嬉しそうにはにかんでいた。
「ラゴウも、ほら」
「……? なんだその手は、やらんぞ。俺たちはあくまで
「ダメ」
セツカは強引に手を繋いできた。
さらにサクナの手とも繋ぎ合わせてくる。
「迷子になったらいけないから。……ずっと握って離さないで。どこにも行かないように」
「ラゴウさま。……サクナのことも、繋ぎ止めてくださいませ」
細く小さくな手だった。
同時に、幼いころから武器を握って鍛錬を続けてきた者特有の分厚いタコの感触がある手だった。
そんな手から微かな震えが伝わってきた。
刀剣武闘会に乗じた大規模な襲撃。
それを『蟲』として食い止める計画。
原作の流れを知っている俺はともかく、サクナやセツカは不安を感じて当然だろう。
「別にこんなことをせずとも、お前たちは離れていかないだろうに」
三人で手をつなぎあって連結するなんていうのは親子がやることであって年頃の少年少女がやることではない。
当たり前の反論が喉を通って言葉になることはなく、思い浮かんだ頭の中でそのまま消えていく。
繋がれた両手を、そっと握り返した。
「! ……ふふ、捕まえられてしまいました」
「このまま私達のこと、ずっと見てて。他の人に目移りしたら許さないから」
むっふっふ、と二人はいつものように笑った。
雑踏が石畳を踏み鳴らす音。
嗅覚をくすぐる屋台飯の香り。
道行く人々の姿。
五感の全てで刀剣武闘会という場が作り出す空気を楽しむことができた。
だというのに、何故だろうか。
耳朶を叩く無数の音たちが右から左へ通り抜けていくのは。
周囲の人間が背景に描かれただけの顔のない
──二人の微笑む顔と声だけが、色づいて見えてしまうのは。
「…………ちっ」
かぶりを振って邪念を払う。
今日は俺の夢の成就がかかった重要な日なのだ。
余計な雑念に心を乱されては全てが台無しになりかねない。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……。
そうやって心頭滅却している間に、サクナとセツカは二人で露店の商品を見て盛り上がっていた。
色気より食い気、花より団子という言葉に相応しくほとんどはアシハラとは大きく異なるサイフォス王国の食べ物に関する話題が多かった。
「サク姉見て、このベニエっていう甘味もおいしそうだよ」
「パンの生地を揚げたものにお砂糖をまぶすのですね……とても美味しそうです」
見た感じドーナツみたいな料理だ。
なるほど女子ウケは抜群そうだった。
サイフォス王国はフランスが主要なモチーフだったはずだし、あれも実際のスイーツを参考にしているんだろうか。
「ん?」
そうして視線を右へ左へと移していると、ふと見覚えのある露店が目に入った。
魔道具を取り扱う店らしい。腕輪や髪飾りなど、いくつもの装飾品が天板の上に並べられていた。
「どうしたの? ……へえ、綺麗な装飾。ラゴウ、こういうのに興味あったの?」
「いや、俺は」
「おぉ、お兄さんお目が高いねぇ! ここにある魔道具はどれも一級品で、付ければ今より強くなれること間違いなし! 腰に下げた剣から察するに今年の刀剣武闘会にも出場するんだろう? 買って損はないと思うよ!」
食らいついた魚を逃すまいという気概がこれでもかと伝わってくるようだった。
しかし熱弁してくれているところ悪いが商品には一切興味がない。
なぜならこの店はゲームにおいて、田舎から出てきたばかりのシャクヤに見てくれだけの詐欺商品を売りつけようとしてきた悪徳商店だからだ。
いかにも胡散臭い見た目をした小太りの店主と品物に見覚えがあったので立ち止まっただけで、詐欺商品を買う気は毛頭ない。
「興味がない」
「そう仰らず! そちらのガールフレンドのお嬢さんへのプレゼントにももう一ついかがでしょうか! 特にこの花を模った腕輪の魔道具はオススメでして、最近流行りの『花言葉』というものによりますと──」
「ガールフレンドってなに?」
「恋人って意味だ」
「ふーん、見る目はある。まあ私たちはそんな浅くて軽い関係じゃなく、もっと深くて重いけど」
それはそう。
いつの間にか一つは確定で購入することになってるし、押し売りもここまでくると清々しいな。
まあ買わないんだけど。
無視して立ち去ろうとした、その時だった。
「──その買い物、ちょっと待ちなさい!」
どこまでも響き渡る、鐘の音のような声が制止を促した。