悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
刀剣武闘会の会場は貴族街を囲う壁に隣接する位置に存在していた。
参加者は子供の頃から武芸を鍛えてきた貴族階級の人間が多いとはいえ、サイフォス王国は力による成り上がりが許された国だ。
冒険者のような職業の者たちもいる。一般市民も参加する以上、下町に建設するのは大前提。
そのうえで万が一が起こっても上流階級の人間が即座に貴族街に逃げ込める、そんな位置にあった。
そして今、千はおろか万すら超えていそうな衆人環視の中、古代ローマのコロッセオのような円形の会場に、甘い香りと共に赤い花びらが舞い落ちた。
「赤い花びら?」
「この匂い、薔薇?」
「どうしてそんなものが空から……」
「見て! あそこ!」
観客が目を奪われていた隙に、武闘台の中心に金髪の男が一人立っていた。
王国の騎士団が着用する、白い制服の上から青い外套をまとった衣装に、さらに華麗な薔薇色のマントを羽織った特別仕様の装束。
男は恭しく、三百六十度どの角度から見ても綺麗で繊細な動きで腰を折ると、開催の口上を述べた。
「──時は来ました。近くは王都クシポス、遠くは遥々異郷の地より会場にお越しいただいた紳士淑女の皆様、ご機嫌麗しゅうございます」
茨の伸びた薔薇を模した
「私はサイフォス王国騎士団・治安維持部隊の隊長を務めさせていただいております。ローズ・ノブレスと申す者でございます」
『優雅』。まさしくその言葉がなによりも似合う男、ローズ・ノブレス。
王国が保有する魔剣が一振り・荊棘細剣『ヌル・ローズ・サンゼピーヌ』を賜った、五人の魔剣使いの一人だ。
「此度はサイフォス王国の伝統『刀剣武闘会』に足を運んでいただき心より御礼申し上げます」
再びローズが腰を折ると、方々から割れんばかりの黄色い声援が上がった。
割合は男女で実に1:9。ほとんどが女性という異色の歓声だった。
「皆様ご存じの通り、刀剣武闘会は幾百の猛者たちがしのぎを削り、覇を唱えあう武の祭典。ただ一人の『最強』を決め、見事勝利の栄冠を手にした者にはサイフォス王より恩寵が約束されます」
ローズの視線が武闘会場の上方、ただ一人のために設られた特別観覧席を向いた。
そこには緋色の髪と逞しいヒゲをたくわえた、二メートルはあろう体躯の巨漢がいた。
マントを羽織り、王冠を頭に載せた男は、どこまでも響くような大声で名乗りを上げた。
「我が名はアルシャンドル・オブ・サイフォス! このサイフォス王国を治める王である!」
巨大な両手大剣を床に突き立てる姿は、まさに剣の国の王に相応しい立ち居振る舞いだった。
「まずはこの刀剣武闘会に足を運んでくれた労をねぎらわせてもらう。今年集結した戦士たちもまた強者ばかり。加えて他国より留学に参られた魔剣使いの青年たちも参加する異例の舞台。魔剣同士の衝突は必ずや武闘会を盛り上げてくれることだろう」
ローズが腰に下げた自らの魔剣を抜き取り、指揮棒のように振るう。
すると赤、黄、白、黒、そして青。色とりどりの薔薇が中空に生成された。
「殺生の心配は不要だ。参加者に支給する身代わりの護符により、致命傷を受けても死ぬことはない。護符の消費が即ち敗北。王国が誇る特殊魔法部隊長と『天眼』の合作故、不具合の心配もない」
ファンタジーバトル大会あるあるの便利設定だ。
「……前置きはここまでにして、早速第一試合を飾る戦士たちにご登場いただこう──これより、刀剣武闘会の開幕を宣言する!!!!」
宣言の直後、無数の薔薇が花びらとなって爆発的に飛散する。
雅な開会の演出に割れんばかりの大歓声が会場内に轟き、空気を震わせた。
千を超え、万にも届かん観衆の熱狂的な叫びが一斉にあがったせいだろう。
真上をジェット機が通過したかのような騒音に鼓膜が破れそうだった。
「一回戦第一試合。彼方はAランク冒険者、大槍使いセマカ! 此方はシュテッケンの魔剣使い、ラゴウ!」
左右に分かれた闘技場入り口から、二つの人影が陽の光に照らされ姿を見せる。
片方は二メートル近い巨躯を誇る大男で、身の丈ほどの大身槍を担いでいた。
片方は白髪赤眼、黒い衣装に身を包み腰に刀を下げる青年──つまり俺だ。
「へっ、魔剣使いとは大層な肩書だが……てめぇ『剣術三倍段』って知ってるか?」
「剣や刀で槍に勝つには三倍の実力差がなければならない、という言葉だな」
「ならわかるだろ? 俺に敗れて恥を晒す前に降参することをお勧めするぜ。ああ、それとも魔剣が使えないからって言い訳にでも縋る気かボクゥ?」
いかにもやられ役の三下が言いそうなセリフだが、一方で男の
鑑定スキルなどは生憎持ち合わせていないが、立ち振る舞いを見ればある程度察することはできる。
黒十字の上級団員と同程度の水準。
レベルにすれば30前後はあるだろう。
流石はAランク冒険者といったところか。
だがその程度では、俺の前に立つには力不足もいいところだ。
「……ほう、たった三倍でいいのか?」
「──ガキが、舐めた口利きやがって!!」
男が七尺はあろう長身の槍を構える。
一方、俺は無手のまま対峙する。
別に刀を抜いてもいいが、折角だ。
別格の強さを持つライバルキャラという演出をするためにも、武器すら使わず圧倒してみせよう。
「それでは第一試合、始め!」
合図と共に、男が爆発的な速度で迫ってくる。
そのまま突進でもしてきそうな勢いだが、槍が刀に対して圧倒的に勝るのは
男は二メートルほど手前のところで足を止めると、慣性を載せた槍の刺突を繰り出してきた。
「刀すら抜かねぇとはいい度胸だ! その慢心を悔いて死になァ!!」
高速の穂先。しかもそれだけではない、円を描くようにしなる刺突だ。
紙一重で躱すが連打は止まらない。無数の一刺しが雨のように放たれる。
「そらそらそらそらァ!!」
一、二、三、飛んで十。一呼吸のうちに二桁に届く連撃が鼻先を過ぎる。
想定よりも速い。瞬殺しようとしていたのが様子見に回ってしまった。
なるほど降参を進めるだけのことはある。
単純な技術のみでの勝負なら、恐らく今のシャクヤあたりだと敗北の可能性もあるだろう。
だがスイゲツに鍛えられた俺には通用しない。
回避と同時に踏み込み、槍の柄を掴む。
「な」
「なるほど、奇妙な軌道を描くと思えば『管槍』か。道理で速いわけだ」
男の手元を見ると、柄より一回り大きい短い管に槍を通しているのが見えた。
管槍と呼ばれる槍術の一種だ。
手で握りこむより摩擦が低減されることで、より速く、より威力のある突きが可能となる。
穂先が丸く布で覆われた練習用の槍でも防具の面をへし曲げられる、といえば威力の程が伺い知れるだろう。
「てめ、離しやが──」
「丁度いい。こちらも『突き』で決めてやろう」
槍の柄を軽く引く。俺にとってはそれだけの動作だったが、男にとっては縄でくくりつけた暴れ馬にでも引っ張られたような感覚だったのだろう。
大袈裟なくらい体勢を崩した鳩尾に、右の拳をねじりこむ。
肺の空気が押し出され、分厚い筋線維が断裂する感触が生々しく伝わってきた。
「俺の知る言葉に『剣道三倍段』というものがある。素手で剣を持った相手に勝つには三倍の技量が必要だという考えだが……」
悲鳴すら上げられず、男の体が崩れ落ちていく。
「単純に考えると、どうやら俺と貴様には九倍の実力差があったようだな」
俺の勝利を確定させる判定が下されると同時、会場中が歓声に包まれていった。
「やべぇぞあいつ!」
「素手で槍に勝ちやがった!」
「あの白髪、まるでいつかの『王国最強』を思い出すようだぜ……!」
いいぞ、名無しのモブ相手とはいえ圧倒的大勝を収めるのは気分がいい。
さりげなくフヨウと同一視されたのは微妙なところだが。
特別観覧席から俺の試合を見ていたシャクヤと視線を合わせる。
お前のライバルとなる男の雄姿だ、思う存分瞳に焼き付けるといい。
少し離れた場所でサムズアップを送ってくるセツカにも一応視線を返して、俺は闘技場の入場口に踵を返すのだった。