悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
side シャクヤ
──決勝戦が始まる、その少し前。
僕は控え室で、サーシャとサルファさん、そして執事のラシードさんから激励を受けていた。
「いや〜まさかシャクやんが決勝戦まで勝ち進むとはねぇ。軽く見てたわけじゃないけど、魔剣を持って数ヶ月のひよっこに負けるなんて思ってもなかったよ。それだけ才能にあふれてるってことで、応援してるぜ! いえい!」
「僭越ながら私めからも応援の御言葉をかけさせていただきます。シャクヤ様、是非ともご健闘をお祈り申し上げます」
サルファさんはいつものように飄々とした態度で、ラシードさんは懇切丁寧な態度で声援をくれた。一方のサーシャはというと、
「……気張りなさい。あの真っ白頭は、私を下したセツカ・オカミですら敵わなかった怪物。正攻法じゃまず勝てないわよ」
普段の気丈な態度とは裏腹に、至極真面目な様子で忠告の言葉をかけてくれた。
「うん。サルファさんラシードさんも、サーシャもありがとう。見てて、勝ってくるから」
「わらわたちが仇を取ってきてあげる!」
師匠本人から稽古をつけてもらった。そしてその上で『あの人』からも色々と教わったんだ。
きっと勝てる。ラニと手を深く握り合った。
「……頑張りなさい、応援してるわ」
それだけ言うと、サーシャは去っていった。
いつものような高慢さは鳴りを潜めて、まるで人が変わったみたいだった。
「……申し訳ございません。お嬢様は準々決勝で敗退なされたことを気にされておられるのです。我が国の王威の象徴たる太陽剣『ウテナ』を背負いながら、他国の者に敗れ……あまつさえ自身を下した相手すら、ラゴウ様には及ばなかった。内心の動揺は計り知れません」
ラシードさんが彼女の胸中の推測を語ってくれた。僕も多分、そう外れた意見じゃないと思う。
「お気をつけください。彼の者は底が知れません。危険を感じたらすぐに降参を。何かあってからでは遅いですから」
「忠告ありがとうございます。でも大丈夫です」
師匠が強いのは嫌というほど知っている。
結局鍛錬の中で魔剣を起動させることすらできなかった。そんな彼が魔剣を使って戦う今回、勝ち目はほとんどないだろう。
そんなの百も承知の上で、策を練ってきたんだ。
「わらわたちはさいきょーなんだから!」
ラニの言葉に勇気をもらう。絶対に勝つ。
それが今の僕にある、前を向いて生きるための目標なんだから。
☆
試合開始の合図と共に、互いが起唱を口にした。
「
「
墨汁のような影が地面を染め上げ、冷気の竜が天を駆ける。奇しくも準決勝と同じ組み合わせだ。
「『冰雨』か。つい先刻、上位互換が呆気なく俺に敗れ去ったことをもう忘れたのか?」
「いいや、もちろん覚えてる。だから」
シャクヤが動く。彼我の距離は十メートルほど。俺なら瞬きの合間に詰めて攻撃できる。
つまり奴が手始めに行うべきは、牽制。
「『霧雨』」
サルファ戦と同じ、凍てつく霧が散布される。
今度は武闘台全体を包み込む勢いだ。肌が瞬時に乾燥し、僅かに凍りつく。
下手に息を吸うと肺がやられるので事前に息を吸い、止めた。黒十字の鍛錬で無呼吸状態でも数分は戦闘可能だ。
とはいえ厄介なものは厄介だ。ならどうするか。
剣に魔力を込め、力任せに薙ぎ払う。
それだけだ。
それだけで剣圧により強力な風が生まれ、霧は晴れ、視界が元に戻っていった。
「……なるほど、そういうことか」
そうして、シャクヤの狙いが分かった。
いつの間にか端ギリギリまで距離を取っていた奴から放射状に、武闘台の床が全体の半分ほどまで凍りついていた。
「下手に近づけば足を滑らせかねんということか」
しかも所々に氷塊が障害物として置かれ、奴の周囲にも盾のようにして設置されている。
一息に近付くのは困難だ。
「荒天に奔れ『ルドラストラ』──『
その上で曲射による百を超える矢の範囲攻撃。
徹底して俺を近寄らせず、間合い外から攻撃しようというのだろう。単純だが効果的な一手だ。
力押しでも対処できるが……せっかくだ。こちらも技で対応してやろう。
「『影分身』」
無数の分身を生成。実体がないため盾にはならないが問題ない、視線を遮る壁になればいい。
そうして策を弄した直後、無数の矢雨が着弾。ドガガガッ、と機銃の掃射にも似た破壊音が鳴った。
石畳が抉れ、粉塵が舞う。そこには影分身はもちろん、俺の姿さえどこにもなかった。
「…………来るんだね、ラニ」
洋弓の外装が光となって解け、元の白剣に戻る。
俺の接近を確信しているのだろう、下手に他の魔剣を模倣せず手に馴染んだ通常形態を選択した。
上下左右、あらゆる異常を見逃さまいと奴の視線がせわしなく動く。
そんなシャクヤを見上げながら、奴の視線が外れる絶好の機を今か今かと待ち侘びる。
そして、
「ッ、そこだ!」
術式9項『
地面を伝って獲物を狙う影の刃から飛び出す。
魔法によるものであっても影は影、『影潜』の対象内だ。
しかしそれを読んでいたシャクヤは影の刃を弾き、直後に切り返すことで至近距離に迫る俺の首を刈り取らんとする。
視線は外れていたはず。となるとラニの視点を信じてあえて外したというところか。
いい一手だ。相手が俺でなければ、だが。
「え」
切り裂いた瞬間、血飛沫の代わりに墨汁のような影が『俺』の首から吹き出した。
「これは『影武者』っ」
「ご名答」
無論、それくらいはこちらも読んでいた。
魔法による影の刃に潜むことで隠れつつ移動するのはかつてスイゲツに行い、呆気なく対応された戦術だ。ブラッシュアップは済ませてある。
マンティコア戦の時のように影から飛び出す際、『影武者』を先行させることで
「お返しだ」
シャクヤの首を狙って刀を振るう。向こうは既に剣を振り終えている。咄嗟の防御は不可能だ。
決勝戦開始から数分と経たずに決着がつく。
「──お、ぉ!!」
興醒めな終わりになる寸前、シャクヤは腰が折り曲がりそうな角度で上体を反らして太刀を回避した。イナバウアーとでもいえば分かりやすいか。
奴の鼻先数ミリを黒い刃が通り過ぎ、髪が少し切れる。それだけじゃない。そのままバク転の要領で蹴り上げ、俺の顎を狙ってみせた。
悪くない。
風圧を感じられる距離で蹴りをかわし、五、六メートルほど距離をとる。
凍った足場の上に『永闇』を突き立て、姿勢を安定させた。
「流石に、この程度の窮地は凌げるか」
「……首を狙うって、わざわざ教えてくれなきゃやられてたよ」
お返しだ、と呟いた俺の言葉から狙いを看破したのだろう。
まあ実際そういう意図をこめて発言したわけだが、咄嗟に反応できるなら上々だ。
「すぐに終わるのも味気ない。貴様の底を見せてみろ」
「……もちろんっ」
黒刀と白剣の切先をそれぞれ相手に向ける。
決勝も序章を終え、本楽章に入ろうとしていた。
☆
そんな二人を、観客席から見つめる人影があった。
「随分と楽しそうだ。これから始まる『予想外』を前にした時も同じように笑えるのかな、ラゴウ」
影は、仮面の内側で歪んだ笑みを形作っていた。