悪の組織のライバルキャラ転生〜「お前を倒すのは俺だ」と言いたいだけの男、鬱展開をぶっ壊して愛される〜 作:む〜べ〜
今、俺の足元は滑る氷に覆われている。
といっても移動自体は多少面倒になるができる。困難なのはむしろ『その場に留まること』だ。
敵の攻撃を受け止めるには足腰や重心の位置が肝要になってくるが、氷上では維持が難しい。
ゲーム風にいうと、ノックバックしやすくなる。
「荒天に奔れ『ルドラストラ』……っ『
速度特化の雷の矢が五発ほど連射される。
『ルドラストラ』は溜め時間に応じてより多くの矢を連射可能となる。
レベルによって速度や矢数が上昇するが、今のシャクヤならこれくらいだろう。
雷そのものと見紛う速度で飛来する矢を切り落とし、衝撃が手を通じて骨まで染み渡る。
当然俺の体は反作用によって後退していき、シャクヤから離れていく。
氷床の終端まで追いやられ、彼我の距離はおよそ20から30m程となった。
「『
再びの矢の雨。今度は『
なにより同じ手を二度使うのはオシャレじゃない。ならばどうするか。
単純に、全て叩き落とせばいい。
「っ、矢を弾いてる……!?」
重力に従い亜音速に迫る速度で落下する矢雨を、しかし刀一本で切り伏せていく。
降りしきる雨粒一つ一つを認識して回避するが如き難行。だが俺には叶う。
全ての矢が着弾し、足場が穴だらけになる。
一方、俺がいる場所だけは綺麗なままだった。
「『
抉れた石畳から煙が舞う。無傷を見せつけた。
「……遠距離攻撃じゃ、決定打にはならないか」
「本職ならまだしも猿真似ではな。言わなかったか? 貴様の強みはそれではないと」
シャクヤの強みは模倣した魔剣を使い分け、状況に応じた正解を引き出せる手数の豊富さだ。
特定の魔剣に依存しては劣化コピーでしかない。
「来い。でなければ終わらせるが」
「……いくよ、ラニ」
シャクヤがゆっくりと息を吸い、吐き出す。
紺青の瞳と視線を交わす。刹那、状況が動く。
「黎明に熾せ『ウテナ』!!」
奴がコピーした中で最も強力な黄金の大剣が姿を見せた。灼熱の羽衣をまとい、業火の花弁が散る。
間違いない、勝負を決めに来た。
どんな手でくるのか想像に口元を歪めた。
理想のライバルなら、真正面から打ち破る……!
「氷の足場はもういいのか?」
『ウテナ』の炎熱によって武闘台を半ばまで覆っていた氷は溶けてしまった。
矢の雨で砕かれた氷片が散らばったせいもあり、足元は水浸しになっていた。
「溶かすまでが想定の内だっ! 『アグニ』!!」
疑問に対し、シャクヤは妙な返事と共に莫大な火炎の一振りで以って答えた。
バットのように振りかぶるのではなく、縦に振り下ろすように火炎の斬撃を放つ。
だがそれでは回避も容易だ、少し横にズレるだけで対応は完了する。
薙ぎ払うならまだしも何故──考えて、気づく。
「水……そういうことかッ」
「いっけぇ!!!!!」
石畳の床を濡らす水と炎熱の斬撃が接触する。
直後のことだった。
白煙と共に、爆音と爆風が会場内に吹き荒れた。
結界で遮られなかった分の影響を受けた観客たちの悲鳴が上がる。
俺もまた肌を焼く熱量にわずかに顔をしかめた。
「水蒸気爆発とはな……っ!」
油を引いて熱したフライパンに水を入れると、弾けて爆発してしまう現象と同じだ。
こちらは逆に水浸しの床に高熱の炎をぶつけることで瞬時に気化、爆発を引き起こした。
息を止める。魔力で防護される外側はまだしも、内側である喉は焼けてしまいかねない。
狙って引き起こしたのか。
いや、シャクヤにそんな知識があるとは思えない。これまでの試合で得た知識を応用したのだ。
──あの時か!
アレクサンドラの『アウシュニャ』の炎がセツカの水分身を拘束した際、白い蒸気が上がった。
恐らくあそこから着想を得たのだろう。
つまり本命は煙、目眩しだ。
「…………」
周囲を覆う蒸気に生じる僅かな変化も見逃すまいと、視野を広く保ち、来るであろう攻撃に備える。
視覚、聴覚、触覚、五感のうち三つを総動員して敵の気配を探り、その時を待つ。
そして、
「そこか」
「ッ!!」
火花が散る。
シャクヤの顔が苦しげに歪むのが見えた。
「後ろからの不意打ちか。馬鹿の一つ覚えだな」
わざわざ気配を感じ取らずとも分かりそうな常套手段だ。嘲笑を浮かべ、余裕をアピールする。
「聞いているのか? 後ろの貴様に言っているんだぞ」
「ッ!?」
鍔迫り合いになっている『シャクヤ』を力尽くで押し出すことで体勢を崩す。
胴体ごと横薙ぎに切り裂くと同時、勢いのまま背中を取ったつもりでいる間抜けの
「くっ……! 読んでた、のか……!」
「馬鹿が。サルファ相手に通じたからといって、よりにもよってこの俺に『影武者』による二重の不意打ちが通じるとでも?」
最初の不意打ちを防いだ際、魔剣が黒い刀の形状をしていた時点で丸わかりだ。
もっといえば一目見ただけでも看破できた。
「『影分身』も『影武者』を影を持たない。その程度のことにも気づかなかったのか?」
シャクヤが目を伏せた。万策尽きたのだろう。
爆発による水蒸気も徐々に晴れてきた。あとはもう公衆の面前で格の差を見せつけるだけだ。
「少しは楽しませてもらったが、やはり貴様はまだまだ青二才ということ……だ……?」
そこまで言って、ふと違和感を覚えた。
剣が軽すぎる。
俺とシャクヤの実力差を考慮しても、この手応えのなさはおかしい。
それだけじゃない。今視界に映っている情報の中で、見過ごせない不審点がある。
それはなんだ。どこにある。一体何がおかしい──わずか一秒にも満たない時間に思考を回転させ、ようやくその違和感に気がついた。
魔剣の形状が、白いロングソードになっていた。
『影武者』同様に、この剣もまた『永闇』の黒刀であるべきはずなのに。
「『
そして異常を見抜いた時にはもう奴らの狙いは完遂されていた。
詠唱が、俺の背後から聞こえた。
振り返ろうと動く一瞬、凝縮された時間の中で確かにシャクヤが呟く声がした。
「言ったでしょう、師匠──僕たち二人で、君を超えてみせるって」
行動は、間に合わなかった。
「術式8項『
初級とはいえ光は光。真実光の速さで突き進む熱量が、俺の体に直撃した。
「ちィっ……!?」
だが致命傷に至るほどではない。背中を蹴り飛ばされ、一歩前によろめく程度の衝撃。
しかし前方にシャクヤがいる状態でのそれは、あまりに致命的という他なかった。
「貰ったッ!!」
瞬間できた絶好の機会。シャクヤは鍔迫り合いになっていた剣を外すと、即座に俺の首元目掛けて最速の斬撃を叩き込んできた。
受ければ間違いなく致命傷。
だがここから『技』による挽回は困難だ。
ならばどうするか。
「……嘘」
シャクヤの目が見開かれる。観客たちもあまりに衝撃的な光景にざわめきだす。
司会進行のローズですら絶句した表情だった。
俺が、白剣を指一本で防いでみせたことに。
「……何を驚く。ラニと分離したということは魔剣の強化も解けたということ。その状態で魔剣を解放した俺に傷一つでもつけられると思ったか?」
そもそもの力量《レベル》に天地の差があるというのに、魔剣の強化すら失ったシャクヤから受けるダメージなど皆無に等しい。
仮に実力が拮抗していたとしても片腕の骨で十分に防げただろう。影を巻きつけて止血もできる。
「だが……まさか遥か格下の貴様相手に『技』ではなく『体』による対処を迫られるとは」
ふと、フヨウのせいで作戦が失敗して黒十字の本部に呼び出された時のことを思い出した。
あの時、俺は自分の影武者として文字通り『影武者』を学園に置いた。
魔力さえ込めれば魔剣を休眠状態にしても持続的に活動できるという実験の証明のためだ。
シャクヤはそれに気付いたのだ。
魔力さえ込めておけば『永闇』を維持せずとも『影武者』は維持される。
そうして『影武者』に攻撃を命じておき、自身は元の白剣に戻した上でラニを分離させたのち、俺に切り掛かる。
水蒸気爆発という初見の手段で虚をつくと同時に目眩し。『影武者』を囮にした不意打ちだとたかをくくっていた俺の、真の不意をつく魔法の一撃。
完全に油断した。ゲームにおいて、ラニ自身が魔法を覚えるなんて設定はなかったからだ。
「魔法は……読めたぞ。フヨウにでも教わったか」
武闘会の少し前、フヨウに話しかけられた時のことを思い出す。
奴は意味深に「楽しみにしときなよ」と俺にこぼしていた。
「魔法の習得も強くなるための手段だって、教えてもらったから」
『他にも強くなる手段はある。魔法の習得もそのうちの一つだ。盲目に一つを追うのではなく、複数の手段を検討した上で自分だけの
シャクヤに修行をつけた初回、確かに俺が口にした言葉だ。まさかラニが魔法を習得するとは思ってもみなかったが。
「フ……ククッ、だがまあ、これはこれで」
悪くない。
ライバルというのは最初主人公より格上であったとしても、徐々に追いつかれていくものだ。
原作より強くなった以上並び立たれる時期も後になるのは織り込み済みだが、やはり早く強くなってよりライバルらしくさせてほしいとも思う。
そこへいくと、今の
ゲームにない手段で虚をついてきたのも最高だ。
「『技』で俺を出し抜いてくれた褒美だ。御礼にいいものを見せてやろう」
少しだけ本気の魔力を解放する。
本能で恐怖を感じ取ったのか、シャクヤが慌てて距離を取った。
「魔剣には所有者のレベルに応じた状態がある。未覚醒の休眠状態。起唱を詠んだ起動状態。そして……内に眠る真なる力に目覚めた、覚醒状態」
一度『永闇』を鞘に納め、下緒を外す。鞘を下に、柄を上に向けてゆっくりと引き抜いていく。
魔力が、
「な、なにこれ……っ!?」
「ッ、ラニ! 離れて!」
黒い刀身を見せる鞘から『影』が溢れ出していく。波打つ影は瞬く間に武闘台を染め上げ、周囲を侵食し、会場を覆う結界すらも呑み込んでいく。
「これは……ッ、ラゴウ選手! そこまでにしなさい! それ以上は危険がすぎる!!」
司会進行のローズから制止の声が上がるが、構うものか。ここまで楽しませてくれたんだ。
こっちも相応の盛り上がりを提供しなくては、主人公に失礼というものだろう。
「"
瞳が赤光を湛える。
そうして、魔剣の『覚醒』を見せようとして。
──王都全域に、轟音が響き渡った。